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王都の喧騒から少し離れた一等地に、一軒の奇妙な店がオープンした。
装飾は一切なく、清潔感だけが際立つ白い壁。
そこには、王都中の人々が首を傾げる看板が掲げられている。
『ブリリアント効率化コンサルティング ―あなたの人生から、秒単位の損失を排除します―』
開店初日。
記念すべき第一号の依頼人は、王都で三代続く老舗仕立て屋『銀の針』の店主、ゴードンだった。
彼は震える手で、スゥの前に一束の帳簿を差し出した。
「お、お嬢様……。助けてください。このままでは来月には、店を畳むしか……」
スゥは、カイルが改良したばかりの「超高速集計機能付き眼鏡」をクイと上げ、帳簿を一瞥した。
視界には、赤字を示す不吉な数字がグラフ化されて浮かび上がっている。
「……三秒でわかりました。ゴードンさん、貴方の店が潰れかけている理由は、不況でも流行の変化でもありません。ただの『論理的怠慢』です」
「た、怠慢!? 私は毎日、朝から晩まで必死にミシンを回しています!」
「それが最大の問題です」
スゥはペンを手に取り、帳簿の空白を鋭い数式で埋めていく。
「貴方の作業工程を分析したところ、生地を取りに行くための移動だけで、一日に合計四十分も費やしている。さらに、この『こだわりの手刺繍』。顧客の満足度向上に対する寄与率はわずか〇・五パーセントに対し、製作時間は三割も肥大化させている。……完全な赤字要素です」
「で、ですが! それが我が店の誇りであり、お客様への愛でして……!」
スゥは冷徹な視線でゴードンを射抜いた。
「愛? そんな実体のない、変換効率の悪い燃料を経営に持ち込まないでください。いいですか。顧客が真に求めているのは、貴方の『自己満足の愛』ではなく、『適切な価格で、適切な品質の、機能的な衣服』です」
スゥはデスクに、自身が着ている「機能性重視のジャケット」の設計図を広げた。
「現在の王都は、物流と工業の発展により、活動的な服装への需要が爆発的に高まっています。それなのに、貴方は未だに貴族の真似事のような、フリルだらけの服を平民に売ろうとしている。……これは、砂漠で傘を売るようなものですわ」
「な、ならば、どうすれば……」
「ターゲットの再定義です。今日から『銀の針』は、働く人々のための『高効率ウェア専門店』へと生まれ変わります。装飾をすべて廃し、ポケットの配置を人間工学に基づいて最適化した服を作るのです。……カイル卿!」
オフィスの隅で魔導具をいじっていたカイルが、ヒョイと顔を上げた。
「ん? なんだい、スゥ代表」
「彼に、私が考案した『自動裁断魔導カッター』のプロトタイプを貸与しなさい。手作業による切り出し時間を八割削減させます。……それからゴードンさん。店内のレイアウトを、私の指示通りに組み替えなさい。一歩も無駄に歩かせない配置にします」
「は、はい! 仰せの通りに!」
ゴードンは、スゥの放つ圧倒的な「ロジックの圧力」に押され、吸い込まれるように店を後にした。
一週間後。
王都の街角で、ある噂が駆け巡った。
「知ってるか? 『銀の針』の新しい作業服。あれを着ると、荷物運びがいつもの一・二倍は早く終わるんだ!」
「見た目は地味だけど、動きやすさが半端ないんだよ。ポケットの位置が絶妙で、道具がすぐ取り出せるんだ!」
店の前には、かつてないほどの行列ができていた。
それも、流行を追う令嬢たちではなく、屈強な運送業者や、手際の良さを求める職人、そして家事に追われる主婦たちである。
さらに一週間が経過し、ゴードンが再びスゥの事務所を訪れた。
その顔は、以前の悲壮感とは打って変わって、興奮で赤らんでいた。
「代表! スゥ代表! 信じられません! 今月の利益が、昨年度の総利益を上回りました!」
「当然の結果です。感情を排し、需要と供給のミスマッチを解消すれば、数字は正直に応えてくれます」
スゥは事務的に、一通の請求書を差し出した。
「約束通り、増加した利益の三割をコンサルティング料として徴収します。……端数は切り捨ててあげましたから、感謝しなさい」
「もちろんです! これほど安い授業料はありません! お嬢様……いえ、代表! これからも、我が店の舵取りをお願いします!」
ゴードンが深々と頭を下げる。
スゥは満足げに、手元の通帳の数字が跳ね上がるのを眺めた。
「……ふふ。一リブラの種銭が、二週間で三千リブラの果実に育つ。土いじりをするより、よほど建設的な収穫祭ですわね」
カイルが呆れたように、しかしどこか楽しそうに笑う。
「スゥ、あんた本当にえげつないな。あの店主、最初は泣きそうだったのに、今じゃあんたを『導きの聖女』なんて呼んでるぜ」
「聖女? 心外ですね。私はただ、無駄という名のゴミを掃除しているだけです。……さて、次の案件は? 王都の運送ルートの非効率性に頭を抱えているギルドマスターがいると聞きましたが」
「ああ、そっちは俺が魔導ナビシステムのデバッグを済ませてある。いつでも行けるぜ」
スゥは不敵に微笑み、立ち上がった。
悪役令嬢としての断罪。
それは彼女にとって、この非効率な世界を自分好みの「完璧な数式」に書き換えるための、免罪符に過ぎなかった。
その頃。
王宮では、予算会議の席でリュカ王太子が、誰にも理解できない独自の計算式(もちろん間違っている)を披露し、官僚たちを凍りつかせていた。
「……リュカ様。その計算だと、わが国の来年の税収は『マイナス百億リブラ』になりますが……」
「な、なんだと!? 愛の力でプラスに転じる計算ではないのか!?」
王宮が混乱の極致に達する中、スゥのコンサルタント事務所は、着実に王都の経済という名の心臓部を掌握し始めていた。
装飾は一切なく、清潔感だけが際立つ白い壁。
そこには、王都中の人々が首を傾げる看板が掲げられている。
『ブリリアント効率化コンサルティング ―あなたの人生から、秒単位の損失を排除します―』
開店初日。
記念すべき第一号の依頼人は、王都で三代続く老舗仕立て屋『銀の針』の店主、ゴードンだった。
彼は震える手で、スゥの前に一束の帳簿を差し出した。
「お、お嬢様……。助けてください。このままでは来月には、店を畳むしか……」
スゥは、カイルが改良したばかりの「超高速集計機能付き眼鏡」をクイと上げ、帳簿を一瞥した。
視界には、赤字を示す不吉な数字がグラフ化されて浮かび上がっている。
「……三秒でわかりました。ゴードンさん、貴方の店が潰れかけている理由は、不況でも流行の変化でもありません。ただの『論理的怠慢』です」
「た、怠慢!? 私は毎日、朝から晩まで必死にミシンを回しています!」
「それが最大の問題です」
スゥはペンを手に取り、帳簿の空白を鋭い数式で埋めていく。
「貴方の作業工程を分析したところ、生地を取りに行くための移動だけで、一日に合計四十分も費やしている。さらに、この『こだわりの手刺繍』。顧客の満足度向上に対する寄与率はわずか〇・五パーセントに対し、製作時間は三割も肥大化させている。……完全な赤字要素です」
「で、ですが! それが我が店の誇りであり、お客様への愛でして……!」
スゥは冷徹な視線でゴードンを射抜いた。
「愛? そんな実体のない、変換効率の悪い燃料を経営に持ち込まないでください。いいですか。顧客が真に求めているのは、貴方の『自己満足の愛』ではなく、『適切な価格で、適切な品質の、機能的な衣服』です」
スゥはデスクに、自身が着ている「機能性重視のジャケット」の設計図を広げた。
「現在の王都は、物流と工業の発展により、活動的な服装への需要が爆発的に高まっています。それなのに、貴方は未だに貴族の真似事のような、フリルだらけの服を平民に売ろうとしている。……これは、砂漠で傘を売るようなものですわ」
「な、ならば、どうすれば……」
「ターゲットの再定義です。今日から『銀の針』は、働く人々のための『高効率ウェア専門店』へと生まれ変わります。装飾をすべて廃し、ポケットの配置を人間工学に基づいて最適化した服を作るのです。……カイル卿!」
オフィスの隅で魔導具をいじっていたカイルが、ヒョイと顔を上げた。
「ん? なんだい、スゥ代表」
「彼に、私が考案した『自動裁断魔導カッター』のプロトタイプを貸与しなさい。手作業による切り出し時間を八割削減させます。……それからゴードンさん。店内のレイアウトを、私の指示通りに組み替えなさい。一歩も無駄に歩かせない配置にします」
「は、はい! 仰せの通りに!」
ゴードンは、スゥの放つ圧倒的な「ロジックの圧力」に押され、吸い込まれるように店を後にした。
一週間後。
王都の街角で、ある噂が駆け巡った。
「知ってるか? 『銀の針』の新しい作業服。あれを着ると、荷物運びがいつもの一・二倍は早く終わるんだ!」
「見た目は地味だけど、動きやすさが半端ないんだよ。ポケットの位置が絶妙で、道具がすぐ取り出せるんだ!」
店の前には、かつてないほどの行列ができていた。
それも、流行を追う令嬢たちではなく、屈強な運送業者や、手際の良さを求める職人、そして家事に追われる主婦たちである。
さらに一週間が経過し、ゴードンが再びスゥの事務所を訪れた。
その顔は、以前の悲壮感とは打って変わって、興奮で赤らんでいた。
「代表! スゥ代表! 信じられません! 今月の利益が、昨年度の総利益を上回りました!」
「当然の結果です。感情を排し、需要と供給のミスマッチを解消すれば、数字は正直に応えてくれます」
スゥは事務的に、一通の請求書を差し出した。
「約束通り、増加した利益の三割をコンサルティング料として徴収します。……端数は切り捨ててあげましたから、感謝しなさい」
「もちろんです! これほど安い授業料はありません! お嬢様……いえ、代表! これからも、我が店の舵取りをお願いします!」
ゴードンが深々と頭を下げる。
スゥは満足げに、手元の通帳の数字が跳ね上がるのを眺めた。
「……ふふ。一リブラの種銭が、二週間で三千リブラの果実に育つ。土いじりをするより、よほど建設的な収穫祭ですわね」
カイルが呆れたように、しかしどこか楽しそうに笑う。
「スゥ、あんた本当にえげつないな。あの店主、最初は泣きそうだったのに、今じゃあんたを『導きの聖女』なんて呼んでるぜ」
「聖女? 心外ですね。私はただ、無駄という名のゴミを掃除しているだけです。……さて、次の案件は? 王都の運送ルートの非効率性に頭を抱えているギルドマスターがいると聞きましたが」
「ああ、そっちは俺が魔導ナビシステムのデバッグを済ませてある。いつでも行けるぜ」
スゥは不敵に微笑み、立ち上がった。
悪役令嬢としての断罪。
それは彼女にとって、この非効率な世界を自分好みの「完璧な数式」に書き換えるための、免罪符に過ぎなかった。
その頃。
王宮では、予算会議の席でリュカ王太子が、誰にも理解できない独自の計算式(もちろん間違っている)を披露し、官僚たちを凍りつかせていた。
「……リュカ様。その計算だと、わが国の来年の税収は『マイナス百億リブラ』になりますが……」
「な、なんだと!? 愛の力でプラスに転じる計算ではないのか!?」
王宮が混乱の極致に達する中、スゥのコンサルタント事務所は、着実に王都の経済という名の心臓部を掌握し始めていた。
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