捨てられた悪役令嬢は、自由を買いたい!

萩月

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 王都の大聖堂。そこは、かつて多くの罪人が裁きを受けてきた厳粛なる場所である。

 だが今日、この場所は「宗教的な審問場」というよりは、「不採算部門の強制捜査現場」のような空気に包まれていた。

「被告、スゥ・ル・ブリリアント! 貴様には『禁忌の魔術を用いて王宮を混乱に陥れ、人々の心を数字で呪った』という、魔女の疑いがかけられている!」

 大司教が、天高く十字杖を掲げて宣言する。

 その傍らで、リュカ王太子は「今度こそ勝った」と言わんばかりの歪んだ笑みを浮かべ、ミィナは震える小鹿のような目をしてスゥを見つめていた。

「……大司教様。一つ、定義の修正をお願いしてもよろしいでしょうか?」

 スゥは、手錠をかけられることもなく、むしろ自分のデスクに座っているかのように堂々と審問席に立っていた。

「修正だと? 何をだ!」

「『心を数字で呪った』という表現です。数字は、曖昧な感情を客観的な指標に置き換えるための『祝福』であり、呪いではありません。呪いと呼ぶべきは、貴方たちが垂れ流してきた、根拠のない予算編成の方ですわ」

「黙れ、魔女め! 証拠はあるのだ! 王宮の地下から、貴様が描いたと思われる禍々しい魔法陣が発見されたのだぞ!」

 リュカが自信満々に、一枚の写しを提示した。
 そこには、血のような赤で描かれた複雑な図形と、見たこともない数式が並んでいる。

「……ああ、あれですか。ミィナ様が昨晩、夜な夜な赤いジャムを使って描いていたものですね。私の監視カメラ(カイル特製・熱源感知型)に、その製作工程が三倍速で記録されていますわ」

「なっ……!? ジャ、ジャム……!?」

 ミィナが、ギクリと肩を跳ねさせた。

「さらに言えば、その魔法陣に書かれている数式……。円周率の計算が五桁目で間違っています。魔女を陥れるにしても、もう少し算術の基礎を叩き込んでからになさるべきでしたわね。……非常に、知性の低い捏造ですわ」

「う、うるさい! 大司教、あいつは今、魔法で私の記憶を書き換えたのだ! それこそが魔女の証明だ!」

 リュカの支離滅裂な叫びが、静かな聖堂に虚しく響く。

 大司教が困惑したように咳払いをした。

「……では、物理的な証拠が不十分だと言うのであれば、この『真実を暴く魔導具』で判定を下そう。カイル・ヴァン・ランドール伯爵より寄贈された、最新式の嘘発見器である!」

 聖堂の中央に、銀色に輝く奇妙な機械が運び込まれた。
 それは先日、カイルがスゥの指示で「最適化(デバッグ)」を済ませたばかりの代物だった。

 カイルが物陰から親指を立てて合図を送る。
 スゥは平然と、その機械の前に立った。

「スゥ・ル・ブリリアント。貴様は悪魔と契約し、魔法で国を支配しようとしているか?」

 大司教の問いに対し、機械が「ピーッ!」と軽快な音を立て、青いランプを灯した。

「判定:真実。……スゥ嬢は白(クリーン)です。彼女が契約しているのは、悪魔ではなく『ブリリアント公爵家との雇用契約』のみであると、この機械は示しています」

「ば、馬鹿な! 機械が壊れているんだ!」

「次に、リュカ殿下。貴方はスゥ嬢を陥れるために、証拠を捏造しましたか?」

「そ、そんなわけが……!」

 リュカが機械の前に引きずり出される。
 彼が否定した瞬間、機械は「ブブーッ!」という爆音と共に、真っ赤なランプを激しく点滅させた。

「判定:虚偽。……殿下、貴方は今、嘘を吐きましたね。しかも、その嘘を吐く際の心拍数の上昇から推測するに、貴方の脳内には現在『罪悪感』が欠如し、『自己正当化』という名のバグが蔓延しているようです」

「な、なんだこの機械は……! 私を侮辱しているのか!」

「いいえ、殿下。この機械は、貴方の不誠実さを『数値化』しているだけです」

 スゥは一歩、審問官席へと歩み寄った。

「大司教様。この審問により、私の業務は合計で二時間三十分、停止しました。この時間の損失は、王国の経済成長率に換算して約〇・〇二パーセントのマイナスに相当します。……この損失補填(ほてん)を、教会と王太子のどちらが負担されるか、今ここで決めていただきましょう」

 大司教の顔が、みるみるうちに青ざめていく。

「き、教会が負担!? そんな、我々には予算など……!」

「であれば、今回の告発が『王太子による完全な虚偽』であったことを認め、公式に謝罪しなさい。……そして、リュカ殿下。貴方には、今回の『不当な身柄拘束』に対する追加の慰謝料として、ブリリアント家が所有する新興事業の株を、強制的に買い取っていただきますわ」

「また金か! また、私の小遣いを削るのか!」

「お金ではありません。『責任の価格設定』ですわ。……さあ、判決を。時間は金なり、ですよ」

 大司教は、震える手で無罪の鐘を鳴らした。

 聖堂を出るスゥの背中に、ミィナが泣きながら叫んだ。

「スゥ様……! どうして、どうしてそんなに完璧なんですか! 機械みたいに、一点の曇りもなくて……!」

 スゥは足を止め、振り返らずに答えた。

「ミィナ様。完璧なのではありません。……ただ、無駄な感情に振り回されて、計算を間違えるほど暇ではないだけです」

 隣に並んだカイルが、楽しげに肩を叩いてくる。

「……お疲れ、スゥ代表。魔女裁判の収益率、予定より五パーセント上振れしたな」

「ええ。ですが、移動の馬車で二分の遅延が発生しました。……次は、聖堂の屋上にヘリポートを設置させる必要がありますわね」

 断罪の舞台は、いつの間にかスゥの「増収の場」へと塗り替えられていた。
 悪役令嬢としての彼女の価値は、今日また一つ、天文学的な数字へと上昇したのであった。
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