21 / 28
21
しおりを挟む
王都の大聖堂。そこは、かつて多くの罪人が裁きを受けてきた厳粛なる場所である。
だが今日、この場所は「宗教的な審問場」というよりは、「不採算部門の強制捜査現場」のような空気に包まれていた。
「被告、スゥ・ル・ブリリアント! 貴様には『禁忌の魔術を用いて王宮を混乱に陥れ、人々の心を数字で呪った』という、魔女の疑いがかけられている!」
大司教が、天高く十字杖を掲げて宣言する。
その傍らで、リュカ王太子は「今度こそ勝った」と言わんばかりの歪んだ笑みを浮かべ、ミィナは震える小鹿のような目をしてスゥを見つめていた。
「……大司教様。一つ、定義の修正をお願いしてもよろしいでしょうか?」
スゥは、手錠をかけられることもなく、むしろ自分のデスクに座っているかのように堂々と審問席に立っていた。
「修正だと? 何をだ!」
「『心を数字で呪った』という表現です。数字は、曖昧な感情を客観的な指標に置き換えるための『祝福』であり、呪いではありません。呪いと呼ぶべきは、貴方たちが垂れ流してきた、根拠のない予算編成の方ですわ」
「黙れ、魔女め! 証拠はあるのだ! 王宮の地下から、貴様が描いたと思われる禍々しい魔法陣が発見されたのだぞ!」
リュカが自信満々に、一枚の写しを提示した。
そこには、血のような赤で描かれた複雑な図形と、見たこともない数式が並んでいる。
「……ああ、あれですか。ミィナ様が昨晩、夜な夜な赤いジャムを使って描いていたものですね。私の監視カメラ(カイル特製・熱源感知型)に、その製作工程が三倍速で記録されていますわ」
「なっ……!? ジャ、ジャム……!?」
ミィナが、ギクリと肩を跳ねさせた。
「さらに言えば、その魔法陣に書かれている数式……。円周率の計算が五桁目で間違っています。魔女を陥れるにしても、もう少し算術の基礎を叩き込んでからになさるべきでしたわね。……非常に、知性の低い捏造ですわ」
「う、うるさい! 大司教、あいつは今、魔法で私の記憶を書き換えたのだ! それこそが魔女の証明だ!」
リュカの支離滅裂な叫びが、静かな聖堂に虚しく響く。
大司教が困惑したように咳払いをした。
「……では、物理的な証拠が不十分だと言うのであれば、この『真実を暴く魔導具』で判定を下そう。カイル・ヴァン・ランドール伯爵より寄贈された、最新式の嘘発見器である!」
聖堂の中央に、銀色に輝く奇妙な機械が運び込まれた。
それは先日、カイルがスゥの指示で「最適化(デバッグ)」を済ませたばかりの代物だった。
カイルが物陰から親指を立てて合図を送る。
スゥは平然と、その機械の前に立った。
「スゥ・ル・ブリリアント。貴様は悪魔と契約し、魔法で国を支配しようとしているか?」
大司教の問いに対し、機械が「ピーッ!」と軽快な音を立て、青いランプを灯した。
「判定:真実。……スゥ嬢は白(クリーン)です。彼女が契約しているのは、悪魔ではなく『ブリリアント公爵家との雇用契約』のみであると、この機械は示しています」
「ば、馬鹿な! 機械が壊れているんだ!」
「次に、リュカ殿下。貴方はスゥ嬢を陥れるために、証拠を捏造しましたか?」
「そ、そんなわけが……!」
リュカが機械の前に引きずり出される。
彼が否定した瞬間、機械は「ブブーッ!」という爆音と共に、真っ赤なランプを激しく点滅させた。
「判定:虚偽。……殿下、貴方は今、嘘を吐きましたね。しかも、その嘘を吐く際の心拍数の上昇から推測するに、貴方の脳内には現在『罪悪感』が欠如し、『自己正当化』という名のバグが蔓延しているようです」
「な、なんだこの機械は……! 私を侮辱しているのか!」
「いいえ、殿下。この機械は、貴方の不誠実さを『数値化』しているだけです」
スゥは一歩、審問官席へと歩み寄った。
「大司教様。この審問により、私の業務は合計で二時間三十分、停止しました。この時間の損失は、王国の経済成長率に換算して約〇・〇二パーセントのマイナスに相当します。……この損失補填(ほてん)を、教会と王太子のどちらが負担されるか、今ここで決めていただきましょう」
大司教の顔が、みるみるうちに青ざめていく。
「き、教会が負担!? そんな、我々には予算など……!」
「であれば、今回の告発が『王太子による完全な虚偽』であったことを認め、公式に謝罪しなさい。……そして、リュカ殿下。貴方には、今回の『不当な身柄拘束』に対する追加の慰謝料として、ブリリアント家が所有する新興事業の株を、強制的に買い取っていただきますわ」
「また金か! また、私の小遣いを削るのか!」
「お金ではありません。『責任の価格設定』ですわ。……さあ、判決を。時間は金なり、ですよ」
大司教は、震える手で無罪の鐘を鳴らした。
聖堂を出るスゥの背中に、ミィナが泣きながら叫んだ。
「スゥ様……! どうして、どうしてそんなに完璧なんですか! 機械みたいに、一点の曇りもなくて……!」
スゥは足を止め、振り返らずに答えた。
「ミィナ様。完璧なのではありません。……ただ、無駄な感情に振り回されて、計算を間違えるほど暇ではないだけです」
隣に並んだカイルが、楽しげに肩を叩いてくる。
「……お疲れ、スゥ代表。魔女裁判の収益率、予定より五パーセント上振れしたな」
「ええ。ですが、移動の馬車で二分の遅延が発生しました。……次は、聖堂の屋上にヘリポートを設置させる必要がありますわね」
断罪の舞台は、いつの間にかスゥの「増収の場」へと塗り替えられていた。
悪役令嬢としての彼女の価値は、今日また一つ、天文学的な数字へと上昇したのであった。
だが今日、この場所は「宗教的な審問場」というよりは、「不採算部門の強制捜査現場」のような空気に包まれていた。
「被告、スゥ・ル・ブリリアント! 貴様には『禁忌の魔術を用いて王宮を混乱に陥れ、人々の心を数字で呪った』という、魔女の疑いがかけられている!」
大司教が、天高く十字杖を掲げて宣言する。
その傍らで、リュカ王太子は「今度こそ勝った」と言わんばかりの歪んだ笑みを浮かべ、ミィナは震える小鹿のような目をしてスゥを見つめていた。
「……大司教様。一つ、定義の修正をお願いしてもよろしいでしょうか?」
スゥは、手錠をかけられることもなく、むしろ自分のデスクに座っているかのように堂々と審問席に立っていた。
「修正だと? 何をだ!」
「『心を数字で呪った』という表現です。数字は、曖昧な感情を客観的な指標に置き換えるための『祝福』であり、呪いではありません。呪いと呼ぶべきは、貴方たちが垂れ流してきた、根拠のない予算編成の方ですわ」
「黙れ、魔女め! 証拠はあるのだ! 王宮の地下から、貴様が描いたと思われる禍々しい魔法陣が発見されたのだぞ!」
リュカが自信満々に、一枚の写しを提示した。
そこには、血のような赤で描かれた複雑な図形と、見たこともない数式が並んでいる。
「……ああ、あれですか。ミィナ様が昨晩、夜な夜な赤いジャムを使って描いていたものですね。私の監視カメラ(カイル特製・熱源感知型)に、その製作工程が三倍速で記録されていますわ」
「なっ……!? ジャ、ジャム……!?」
ミィナが、ギクリと肩を跳ねさせた。
「さらに言えば、その魔法陣に書かれている数式……。円周率の計算が五桁目で間違っています。魔女を陥れるにしても、もう少し算術の基礎を叩き込んでからになさるべきでしたわね。……非常に、知性の低い捏造ですわ」
「う、うるさい! 大司教、あいつは今、魔法で私の記憶を書き換えたのだ! それこそが魔女の証明だ!」
リュカの支離滅裂な叫びが、静かな聖堂に虚しく響く。
大司教が困惑したように咳払いをした。
「……では、物理的な証拠が不十分だと言うのであれば、この『真実を暴く魔導具』で判定を下そう。カイル・ヴァン・ランドール伯爵より寄贈された、最新式の嘘発見器である!」
聖堂の中央に、銀色に輝く奇妙な機械が運び込まれた。
それは先日、カイルがスゥの指示で「最適化(デバッグ)」を済ませたばかりの代物だった。
カイルが物陰から親指を立てて合図を送る。
スゥは平然と、その機械の前に立った。
「スゥ・ル・ブリリアント。貴様は悪魔と契約し、魔法で国を支配しようとしているか?」
大司教の問いに対し、機械が「ピーッ!」と軽快な音を立て、青いランプを灯した。
「判定:真実。……スゥ嬢は白(クリーン)です。彼女が契約しているのは、悪魔ではなく『ブリリアント公爵家との雇用契約』のみであると、この機械は示しています」
「ば、馬鹿な! 機械が壊れているんだ!」
「次に、リュカ殿下。貴方はスゥ嬢を陥れるために、証拠を捏造しましたか?」
「そ、そんなわけが……!」
リュカが機械の前に引きずり出される。
彼が否定した瞬間、機械は「ブブーッ!」という爆音と共に、真っ赤なランプを激しく点滅させた。
「判定:虚偽。……殿下、貴方は今、嘘を吐きましたね。しかも、その嘘を吐く際の心拍数の上昇から推測するに、貴方の脳内には現在『罪悪感』が欠如し、『自己正当化』という名のバグが蔓延しているようです」
「な、なんだこの機械は……! 私を侮辱しているのか!」
「いいえ、殿下。この機械は、貴方の不誠実さを『数値化』しているだけです」
スゥは一歩、審問官席へと歩み寄った。
「大司教様。この審問により、私の業務は合計で二時間三十分、停止しました。この時間の損失は、王国の経済成長率に換算して約〇・〇二パーセントのマイナスに相当します。……この損失補填(ほてん)を、教会と王太子のどちらが負担されるか、今ここで決めていただきましょう」
大司教の顔が、みるみるうちに青ざめていく。
「き、教会が負担!? そんな、我々には予算など……!」
「であれば、今回の告発が『王太子による完全な虚偽』であったことを認め、公式に謝罪しなさい。……そして、リュカ殿下。貴方には、今回の『不当な身柄拘束』に対する追加の慰謝料として、ブリリアント家が所有する新興事業の株を、強制的に買い取っていただきますわ」
「また金か! また、私の小遣いを削るのか!」
「お金ではありません。『責任の価格設定』ですわ。……さあ、判決を。時間は金なり、ですよ」
大司教は、震える手で無罪の鐘を鳴らした。
聖堂を出るスゥの背中に、ミィナが泣きながら叫んだ。
「スゥ様……! どうして、どうしてそんなに完璧なんですか! 機械みたいに、一点の曇りもなくて……!」
スゥは足を止め、振り返らずに答えた。
「ミィナ様。完璧なのではありません。……ただ、無駄な感情に振り回されて、計算を間違えるほど暇ではないだけです」
隣に並んだカイルが、楽しげに肩を叩いてくる。
「……お疲れ、スゥ代表。魔女裁判の収益率、予定より五パーセント上振れしたな」
「ええ。ですが、移動の馬車で二分の遅延が発生しました。……次は、聖堂の屋上にヘリポートを設置させる必要がありますわね」
断罪の舞台は、いつの間にかスゥの「増収の場」へと塗り替えられていた。
悪役令嬢としての彼女の価値は、今日また一つ、天文学的な数字へと上昇したのであった。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】旦那様、わたくし家出します。
さくらもち
恋愛
とある王国のとある上級貴族家の新妻は政略結婚をして早半年。
溜まりに溜まった不満がついに爆破し、家出を決行するお話です。
名前無し設定で書いて完結させましたが、続き希望を沢山頂きましたので名前を付けて文章を少し治してあります。
名前無しの時に読まれた方は良かったら最初から読んで見てください。
登場人物のサイドストーリー集を描きましたのでそちらも良かったら読んでみてください( ˊᵕˋ*)
第二王子が10年後王弟殿下になってからのストーリーも別で公開中
四人の令嬢と公爵と
オゾン層
恋愛
「貴様らのような田舎娘は性根が腐っている」
ガルシア辺境伯の令嬢である4人の姉妹は、アミーレア国の王太子の婚約候補者として今の今まで王太子に尽くしていた。国王からも認められた有力な婚約候補者であったにも関わらず、無知なロズワート王太子にある日婚約解消を一方的に告げられ、挙げ句の果てに同じく婚約候補者であったクラシウス男爵の令嬢であるアレッサ嬢の企みによって冤罪をかけられ、隣国を治める『化物公爵』の婚約者として輿入という名目の国外追放を受けてしまう。
人間以外の種族で溢れた隣国ベルフェナールにいるとされる化物公爵ことラヴェルト公爵の兄弟はその恐ろしい容姿から他国からも黒い噂が絶えず、ガルシア姉妹は怯えながらも覚悟を決めてベルフェナール国へと足を踏み入れるが……
「おはよう。よく眠れたかな」
「お前すごく可愛いな!!」
「花がよく似合うね」
「どうか今日も共に過ごしてほしい」
彼らは見た目に反し、誠実で純愛な兄弟だった。
一方追放を告げられたアミーレア王国では、ガルシア辺境伯令嬢との婚約解消を聞きつけた国王がロズワート王太子に対して右ストレートをかましていた。
※初ジャンルの小説なので不自然な点が多いかもしれませんがご了承ください
勝手にしろと言われたので、勝手にさせていただきます
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
子爵家の私は自分よりも身分の高い婚約者に、いつもいいように顎でこき使われていた。ある日、突然婚約者に呼び出されて一方的に婚約破棄を告げられてしまう。二人の婚約は家同士が決めたこと。当然受け入れられるはずもないので拒絶すると「婚約破棄は絶対する。後のことなどしるものか。お前の方で勝手にしろ」と言い切られてしまう。
いいでしょう……そこまで言うのなら、勝手にさせていただきます。
ただし、後のことはどうなっても知りませんよ?
* 他サイトでも投稿
* ショートショートです。あっさり終わります
【完結】見えてますよ!
ユユ
恋愛
“何故”
私の婚約者が彼だと分かると、第一声はソレだった。
美少女でもなければ醜くもなく。
優秀でもなければ出来損ないでもなく。
高貴でも無ければ下位貴族でもない。
富豪でなければ貧乏でもない。
中の中。
自己主張も存在感もない私は貴族達の中では透明人間のようだった。
唯一認識されるのは婚約者と社交に出る時。
そしてあの言葉が聞こえてくる。
見目麗しく優秀な彼の横に並ぶ私を蔑む令嬢達。
私はずっと願っていた。彼に婚約を解消して欲しいと。
ある日いき過ぎた嫌がらせがきっかけで、見えるようになる。
★注意★
・閑話にはR18要素を含みます。
読まなくても大丈夫です。
・作り話です。
・合わない方はご退出願います。
・完結しています。
むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ。
緑谷めい
恋愛
「むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ」
そう、むしゃくしゃしてやった。後悔はしていない。
私は、カトリーヌ・ナルセー。17歳。
ナルセー公爵家の長女であり、第2王子ハロルド殿下の婚約者である。父のナルセー公爵は、この国の宰相だ。
その父は、今、私の目の前で、顔面蒼白になっている。
「カトリーヌ、もう一度言ってくれ。私の聞き間違いかもしれぬから」
お父様、お気の毒ですけれど、お聞き間違いではございませんわ。では、もう一度言いますわよ。
「今日、王宮で、ハロルド様に往復ビンタを浴びせ、更に足で蹴りつけましたの」
悪役令息の婚約者になりまして
どくりんご
恋愛
婚約者に出逢って一秒。
前世の記憶を思い出した。それと同時にこの世界が小説の中だということに気づいた。
その中で、目の前のこの人は悪役、つまり悪役令息だということも同時にわかった。
彼がヒロインに恋をしてしまうことを知っていても思いは止められない。
この思い、どうすれば良いの?
【完結】最愛から2番目の恋
Mimi
恋愛
カリスレキアの第2王女ガートルードは、相手有責で婚約を破棄した。
彼女は醜女として有名であったが、それを厭う婚約者のクロスティア王国第1王子ユーシスに男娼を送り込まれて、ハニートラップを仕掛けられたのだった。
以前から婚約者の気持ちを知っていたガートルードが傷付く事は無かったが、周囲は彼女に気を遣う。
そんな折り、中央大陸で唯一の獣人の国、アストリッツァ国から婚姻の打診が届く。
王太子クラシオンとの、婚約ではなく一気に婚姻とは……
彼には最愛の番が居るのだが、その女性の身分が低いために正妃には出来ないらしい。
その事情から、醜女のガートルードをお飾りの妃にするつもりだと激怒する両親や兄姉を諌めて、クラシオンとの婚姻を決めたガートルードだった……
※ 『きみは、俺のただひとり~神様からのギフト』の番外編となります
ヒロインは本編では名前も出ない『カリスレキアの王女』と呼ばれるだけの設定のみで、本人は登場しておりません
ですが、本編終了後の話ですので、そちらの登場人物達の顔出しネタバレが有ります
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる