捨てられた悪役令嬢は、自由を買いたい!

萩月

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 魔女審問という名の「壮大な時間泥棒」を跳ね除けた翌日。

 王宮の円卓会議室には、再び重苦しい、というよりは「逃げ場のない」空気が充満していた。

「……スゥ。いくらなんでも、この予算案は厳しすぎるのではないか? ミィナが、お茶会に出すケーキの質が落ちたと言って、三時間も泣き続けているんだぞ」

 リュカ王太子が、目の下のクマをさらに深くして訴える。
 彼の前には、スゥが昨晩のうちに作成した『王宮内食費・娯楽費削減ガイドライン』が置かれていた。

 スゥは、眼鏡を指先で一ミリの狂いもなく押し上げた。

「殿下。三時間も泣き続けられる体力があるのなら、そのエネルギーをスクワットにでも回せば、基礎代謝が上がって暖房費の節約になりますわ。……ミィナ様、あちらでハンカチを噛んでいる貴女のことです」

「ひっ……! だ、だって、スゥ様! こんな安い茶葉、喉を通らなくてぇ……。私、心が枯れて死んじゃいそうですぅ!」

 ミィナが部屋の隅から、今にも崩れ落ちそうなポーズで叫ぶ。
 スゥは無表情のまま、一冊の分厚い帳簿を机に叩きつけた。

「死ぬ前に、この数字という名の『遺言』を確認してください。……カイル卿、準備を」

「了解。……スイッチ、オン!」

 背後に控えていたカイルが、自作の投影用魔導具を起動させる。
 壁一面に、鮮やかな光のグラフが映し出された。

「これは……何の図だ? 山がいくつもあるようだが」

「殿下。これは過去一ヶ月における、ミィナ様の『美容・被服・交際費』の推移グラフです。赤く跳ね上がっている部分は、貴方が彼女に『真実の愛の証』として贈った宝石代ですね」

「そ、それは……将来の王妃への投資として……」

「投資? いいえ、完全な『死に金』です。……カイル卿、比較データを出して」

 画面が切り替わる。
 そこには、王国の辺境にある村の、崩れかけた橋の写真が並んでいた。

「ミィナ様が先週購入された『ドラゴンの涙を凝縮した美容液』一本分。……この金額があれば、この村の橋が三つ架け替えられ、物流効率が四割向上し、年間の村の収益が二〇パーセント増加しました」

 会議室に、凍りつくような沈黙が流れる。
 スゥは淡々と、しかし容赦のないトーンで続けた。

「貴女が『お肌のハリが足りない』と嘆いている間に、三つの村の物流がマヒし、数千人の民の生活が滞った。……これが、貴女の言う『みんなが幸せになる愛』の正体ですわ」

「そ、そんな……! 私は、ただ綺麗になって、リュカ様に喜んでもらいたかっただけでぇ……!」

「ミィナ様。貴女の美しさに国家予算を投じるのは、不採算な公共事業以下の損失です。……さらに、こちらをご覧ください。貴女が内密に発注していた『純金入りの入浴剤』。……これはどこから捻出した費用ですか?」

 ミィナの顔から、一気に血の気が引いた。

「え、えっと……それは、予備費からちょっとだけ……」

「予備費、ではなく『救急医療用備蓄金』の流用ですね。……財務大臣。貴方の判が押されていますが、これは私の『権限独占契約』に対する重大な契約違反ですわ」

 財務大臣がガタガタと震え出し、机の下に潜り込もうとする。
 スゥの視線は、もはや絶対零度のそれだった。

「論理という盾は、感情という名の鈍い矛では貫けません。……殿下。ミィナ様のこれらの浪費行為は、すでに『横領』の域に達しています。……これでも、彼女にケーキの質を上げる権利があるとお思いですか?」

「……っ、すまない、スゥ……。私が、甘すぎた……」

 リュカは、ついに頭を抱えて机に突っ伏した。
 彼の誇っていた「愛」という名の虚像が、スゥの突きつける「数字」という名の現実によって、粉々に粉砕されていく。

「ミィナ様。貴女の涙の一滴を、金貨一〇〇枚に換算するような甘い時代は終わりました。……今日から貴女の食事は、私が算出した『生存に必要な最低限の栄養素を凝縮した高効率ペースト』のみとします」

「ペ、ペーストぉ!? そんなの嫌ですぅ! せめて、せめてパンを……!」

「パンを焼くための燃料代すら、今の貴女には貸し付けられません。……カイル卿、次の議題へ」

「へいへい。……次は、王宮内の不要な装飾品をすべて売却した場合の収益シミュレーションだな。……スゥ、あんたのこの『断捨離リスト』、えげつない額になるぜ」

 スゥは再びペンを執り、王宮という名の巨大なシステムの「不純物」を次々と消し込んでいく。

 かつて、愛を囁き合ったバラ園は今や工事現場となり。
 かつて、贅を尽くした晩餐会は今や効率的な栄養摂取の時間へと変わった。

 ミィナは、もはや泣き叫ぶ力もなく、ただ空中に浮かぶ無慈悲なグラフを見つめていた。

 自滅。
 それは、数字を無視し続けた者が辿る、最も合理的で、避けられない結末。

 スゥ・ル・ブリリアント。
 彼女の掲げる「論理の盾」の前に、王宮の腐敗した夢は、ただのチリとなって消えていくのであった。
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