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王宮の審議室。重々しい扉が閉まる音と共に、アステリア王国の歴史上、最も「合理的」な宣告が下されようとしていた。
上座には疲れ果てた表情の国王。そしてその隣には、無機質な美しさを湛えたスゥと、余裕の笑みを浮かべるカイルが並んでいる。
対する下座には、髪を振り乱し、豪華なマントもボロボロになったリュカ王太子が立たされていた。
「父上! これは何かの間違いです! なぜ私が、自分の宮殿から追い出されなければならないのですか!」
リュカの悲鳴に近い叫びに、国王は深く、重いため息をついた。
「……リュカよ。間違いなのは、お前の存在そのものだったのかもしれん。……スゥ、報告書を」
「はい、陛下。……三秒で要約いたします」
スゥは一束の分厚い書類を、まるでゴミを見るかのような手つきで捲った。
「リュカ・フォン・アステリア。貴方の過去三ヶ月における国家への寄与度は、マイナス四億リブラ。対して、貴方の維持にかかるコスト――贅沢な食事、無意味なパレード、そして不毛なポエムの執筆時間――を合算すると、我が国の教育予算の一年分に相当します」
「な、なんだと……!? 私の美しさは、民にとっての希望ではないのか!」
「美しさ? ……カイル卿、分析結果を」
カイルが待ってましたと言わんばかりに、小型の魔導スキャナーをリュカに向けた。
「へいへい。……出たぜ。現在のリュカ殿下の『王族としてのオーラ指数』は、道端の石コロ以下だ。……むしろ、ストレスによる表情筋の劣化で、国民の美的指数を低下させる『視覚公害』の域に達してるな」
「視覚公害だと!? 貴様、この不遜な平民め……!」
「不遜なのは貴方の方ですわ、殿下」
スゥの声が、カミソリのように鋭くリュカの言葉を切り裂いた。
「貴方は『愛』という名の無責任な言い訳で、国家のOSを破壊しようとしました。……先日の魔女告発という名の捏造。これに伴う裁判費用、および王家の信頼失墜による株価の大暴落。これらをすべて精算するには、貴方の王太子としての地位を『売却』するしか道はありません」
「地位を……売却……? 何を言っている……」
「廃嫡(はいちゃく)です。陛下はすでに、貴方の王位継承権を剥奪し、平民以下の『無期労働刑』に処すことを決定されました」
リュカの顔から、血の気が一気に引いた。
「は、廃嫡……? 私が、王子でなくなる……? 嘘だ! 父上、冗談でしょう!?」
国王は視線を逸らし、震える声で告げた。
「……スゥの言う通りだ、リュカ。お前のしでかした損害は、親の情でカバーできる範囲を三光年ほど逸脱している。……もはや、お前を王子として飼っておく余裕は、わが国の金庫には一リブラも残っていないのだ」
「そんな……! では、私はこれからどうすれば……!」
「ご安心なさい。貴方の再就職先は、私が既に最適化(セッティング)済みですわ」
スゥは、ニッコリと――しかし目は一切笑わずに――一通の辞令を差し出した。
「王都から百キロ離れた辺境の『文書整理局』。そこでの匿名事務員が、貴方の新しい役割です。……あそこは現在、ミィナ様が地下で発電しているエネルギーを、ひたすら点字に変換するだけの、極めて地味で、極めて孤独な職場です」
「点字……。誰にも見られない場所で、ただ紙を打つだけだと……!? そんなの、私のドラマチックな人生に相応しくない!」
「ドラマなど不要です。必要なのは、正確なタイピングと、沈黙です。……貴方が一文字打つごとに、貴方の負債が〇・〇一リブラずつ減却される仕組みにしました。完済まで、およそ三百年といったところでしょうか」
「さ、三百年……!? 私は死んでしまう!」
「三百年分の仕事を、八十年で終わらせる効率を身につけなさい。……それが、私からの最後の教育的配慮ですわ」
スゥが合図を送ると、鉄仮面を被った衛兵たちが左右からリュカの腕を掴んだ。
「離せ! 私は王太子だ! 世界で一番愛されるべき男なんだ! スゥ! ミィナぁぁぁ!」
リュカの叫び声が、廊下の彼方へと遠ざかっていく。
かつて彼が「悪役令嬢」と呼び、見下していた少女によって、彼の華やかな夢は完全にシュレッダーにかけられた。
静かになった審議室。
国王はがっくりと肩を落とし、スゥに向き直った。
「……これで、良かったのだな。……スゥ。わが国は、本当にこれで救われるのか?」
「救われるのではありません。……ようやく、『正常に動作(バグ抜き)』し始めただけですわ。……陛下。これより、王家の資産をすべてブリリアント公爵家、およびカイル卿の研究所が管理する『新・国家ファンド』へと移管いたします。……異論はありませんわね?」
「……うむ。好きにするがいい。……もう、私には数字のことは分からぬ」
国王は、もはやスゥの覇気に押され、ただの「印鑑を押すだけの置物」と化していた。
カイルが、スゥの隣に歩み寄り、耳元で囁いた。
「……おい、スゥ。これで王家も完全に手中に収めたな。……あんた、本当に『支配者』の顔をしてるぜ」
「支配ではありません。……ただの、大規模な『経営再建』の完了です。……さあ、カイル卿。邪魔なゴミはすべて片付きました。……私たちの『新しい日常』の計算を始めましょうか」
「へいへい。……まずは、あんたの心拍数を上げるための『非効率な甘いケーキ』の予算からだな?」
「……却下です。……といいたいところですが、本日の収益率は目標を大幅に上回りましたので、〇・五パーセントの誤差として、許可いたしますわ」
二人の背後で、かつてないほど洗練された王都の夜景が輝き始めていた。
無能な愛が消え、冷徹な論理が支配する国。
だが、その冷たさこそが、民に明日への活力を与える最強のエンジンであることを、スゥだけが確信していた。
上座には疲れ果てた表情の国王。そしてその隣には、無機質な美しさを湛えたスゥと、余裕の笑みを浮かべるカイルが並んでいる。
対する下座には、髪を振り乱し、豪華なマントもボロボロになったリュカ王太子が立たされていた。
「父上! これは何かの間違いです! なぜ私が、自分の宮殿から追い出されなければならないのですか!」
リュカの悲鳴に近い叫びに、国王は深く、重いため息をついた。
「……リュカよ。間違いなのは、お前の存在そのものだったのかもしれん。……スゥ、報告書を」
「はい、陛下。……三秒で要約いたします」
スゥは一束の分厚い書類を、まるでゴミを見るかのような手つきで捲った。
「リュカ・フォン・アステリア。貴方の過去三ヶ月における国家への寄与度は、マイナス四億リブラ。対して、貴方の維持にかかるコスト――贅沢な食事、無意味なパレード、そして不毛なポエムの執筆時間――を合算すると、我が国の教育予算の一年分に相当します」
「な、なんだと……!? 私の美しさは、民にとっての希望ではないのか!」
「美しさ? ……カイル卿、分析結果を」
カイルが待ってましたと言わんばかりに、小型の魔導スキャナーをリュカに向けた。
「へいへい。……出たぜ。現在のリュカ殿下の『王族としてのオーラ指数』は、道端の石コロ以下だ。……むしろ、ストレスによる表情筋の劣化で、国民の美的指数を低下させる『視覚公害』の域に達してるな」
「視覚公害だと!? 貴様、この不遜な平民め……!」
「不遜なのは貴方の方ですわ、殿下」
スゥの声が、カミソリのように鋭くリュカの言葉を切り裂いた。
「貴方は『愛』という名の無責任な言い訳で、国家のOSを破壊しようとしました。……先日の魔女告発という名の捏造。これに伴う裁判費用、および王家の信頼失墜による株価の大暴落。これらをすべて精算するには、貴方の王太子としての地位を『売却』するしか道はありません」
「地位を……売却……? 何を言っている……」
「廃嫡(はいちゃく)です。陛下はすでに、貴方の王位継承権を剥奪し、平民以下の『無期労働刑』に処すことを決定されました」
リュカの顔から、血の気が一気に引いた。
「は、廃嫡……? 私が、王子でなくなる……? 嘘だ! 父上、冗談でしょう!?」
国王は視線を逸らし、震える声で告げた。
「……スゥの言う通りだ、リュカ。お前のしでかした損害は、親の情でカバーできる範囲を三光年ほど逸脱している。……もはや、お前を王子として飼っておく余裕は、わが国の金庫には一リブラも残っていないのだ」
「そんな……! では、私はこれからどうすれば……!」
「ご安心なさい。貴方の再就職先は、私が既に最適化(セッティング)済みですわ」
スゥは、ニッコリと――しかし目は一切笑わずに――一通の辞令を差し出した。
「王都から百キロ離れた辺境の『文書整理局』。そこでの匿名事務員が、貴方の新しい役割です。……あそこは現在、ミィナ様が地下で発電しているエネルギーを、ひたすら点字に変換するだけの、極めて地味で、極めて孤独な職場です」
「点字……。誰にも見られない場所で、ただ紙を打つだけだと……!? そんなの、私のドラマチックな人生に相応しくない!」
「ドラマなど不要です。必要なのは、正確なタイピングと、沈黙です。……貴方が一文字打つごとに、貴方の負債が〇・〇一リブラずつ減却される仕組みにしました。完済まで、およそ三百年といったところでしょうか」
「さ、三百年……!? 私は死んでしまう!」
「三百年分の仕事を、八十年で終わらせる効率を身につけなさい。……それが、私からの最後の教育的配慮ですわ」
スゥが合図を送ると、鉄仮面を被った衛兵たちが左右からリュカの腕を掴んだ。
「離せ! 私は王太子だ! 世界で一番愛されるべき男なんだ! スゥ! ミィナぁぁぁ!」
リュカの叫び声が、廊下の彼方へと遠ざかっていく。
かつて彼が「悪役令嬢」と呼び、見下していた少女によって、彼の華やかな夢は完全にシュレッダーにかけられた。
静かになった審議室。
国王はがっくりと肩を落とし、スゥに向き直った。
「……これで、良かったのだな。……スゥ。わが国は、本当にこれで救われるのか?」
「救われるのではありません。……ようやく、『正常に動作(バグ抜き)』し始めただけですわ。……陛下。これより、王家の資産をすべてブリリアント公爵家、およびカイル卿の研究所が管理する『新・国家ファンド』へと移管いたします。……異論はありませんわね?」
「……うむ。好きにするがいい。……もう、私には数字のことは分からぬ」
国王は、もはやスゥの覇気に押され、ただの「印鑑を押すだけの置物」と化していた。
カイルが、スゥの隣に歩み寄り、耳元で囁いた。
「……おい、スゥ。これで王家も完全に手中に収めたな。……あんた、本当に『支配者』の顔をしてるぜ」
「支配ではありません。……ただの、大規模な『経営再建』の完了です。……さあ、カイル卿。邪魔なゴミはすべて片付きました。……私たちの『新しい日常』の計算を始めましょうか」
「へいへい。……まずは、あんたの心拍数を上げるための『非効率な甘いケーキ』の予算からだな?」
「……却下です。……といいたいところですが、本日の収益率は目標を大幅に上回りましたので、〇・五パーセントの誤差として、許可いたしますわ」
二人の背後で、かつてないほど洗練された王都の夜景が輝き始めていた。
無能な愛が消え、冷徹な論理が支配する国。
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