捨てられた悪役令嬢は、自由を買いたい!

萩月

文字の大きさ
25 / 28

25

しおりを挟む
 王宮の審議室。重々しい扉が閉まる音と共に、アステリア王国の歴史上、最も「合理的」な宣告が下されようとしていた。

 上座には疲れ果てた表情の国王。そしてその隣には、無機質な美しさを湛えたスゥと、余裕の笑みを浮かべるカイルが並んでいる。

 対する下座には、髪を振り乱し、豪華なマントもボロボロになったリュカ王太子が立たされていた。

「父上! これは何かの間違いです! なぜ私が、自分の宮殿から追い出されなければならないのですか!」

 リュカの悲鳴に近い叫びに、国王は深く、重いため息をついた。

「……リュカよ。間違いなのは、お前の存在そのものだったのかもしれん。……スゥ、報告書を」

「はい、陛下。……三秒で要約いたします」

 スゥは一束の分厚い書類を、まるでゴミを見るかのような手つきで捲った。

「リュカ・フォン・アステリア。貴方の過去三ヶ月における国家への寄与度は、マイナス四億リブラ。対して、貴方の維持にかかるコスト――贅沢な食事、無意味なパレード、そして不毛なポエムの執筆時間――を合算すると、我が国の教育予算の一年分に相当します」

「な、なんだと……!? 私の美しさは、民にとっての希望ではないのか!」

「美しさ? ……カイル卿、分析結果を」

 カイルが待ってましたと言わんばかりに、小型の魔導スキャナーをリュカに向けた。

「へいへい。……出たぜ。現在のリュカ殿下の『王族としてのオーラ指数』は、道端の石コロ以下だ。……むしろ、ストレスによる表情筋の劣化で、国民の美的指数を低下させる『視覚公害』の域に達してるな」

「視覚公害だと!? 貴様、この不遜な平民め……!」

「不遜なのは貴方の方ですわ、殿下」

 スゥの声が、カミソリのように鋭くリュカの言葉を切り裂いた。

「貴方は『愛』という名の無責任な言い訳で、国家のOSを破壊しようとしました。……先日の魔女告発という名の捏造。これに伴う裁判費用、および王家の信頼失墜による株価の大暴落。これらをすべて精算するには、貴方の王太子としての地位を『売却』するしか道はありません」

「地位を……売却……? 何を言っている……」

「廃嫡(はいちゃく)です。陛下はすでに、貴方の王位継承権を剥奪し、平民以下の『無期労働刑』に処すことを決定されました」

 リュカの顔から、血の気が一気に引いた。

「は、廃嫡……? 私が、王子でなくなる……? 嘘だ! 父上、冗談でしょう!?」

 国王は視線を逸らし、震える声で告げた。

「……スゥの言う通りだ、リュカ。お前のしでかした損害は、親の情でカバーできる範囲を三光年ほど逸脱している。……もはや、お前を王子として飼っておく余裕は、わが国の金庫には一リブラも残っていないのだ」

「そんな……! では、私はこれからどうすれば……!」

「ご安心なさい。貴方の再就職先は、私が既に最適化(セッティング)済みですわ」

 スゥは、ニッコリと――しかし目は一切笑わずに――一通の辞令を差し出した。

「王都から百キロ離れた辺境の『文書整理局』。そこでの匿名事務員が、貴方の新しい役割です。……あそこは現在、ミィナ様が地下で発電しているエネルギーを、ひたすら点字に変換するだけの、極めて地味で、極めて孤独な職場です」

「点字……。誰にも見られない場所で、ただ紙を打つだけだと……!? そんなの、私のドラマチックな人生に相応しくない!」

「ドラマなど不要です。必要なのは、正確なタイピングと、沈黙です。……貴方が一文字打つごとに、貴方の負債が〇・〇一リブラずつ減却される仕組みにしました。完済まで、およそ三百年といったところでしょうか」

「さ、三百年……!? 私は死んでしまう!」

「三百年分の仕事を、八十年で終わらせる効率を身につけなさい。……それが、私からの最後の教育的配慮ですわ」

 スゥが合図を送ると、鉄仮面を被った衛兵たちが左右からリュカの腕を掴んだ。

「離せ! 私は王太子だ! 世界で一番愛されるべき男なんだ! スゥ! ミィナぁぁぁ!」

 リュカの叫び声が、廊下の彼方へと遠ざかっていく。
 かつて彼が「悪役令嬢」と呼び、見下していた少女によって、彼の華やかな夢は完全にシュレッダーにかけられた。

 静かになった審議室。
 国王はがっくりと肩を落とし、スゥに向き直った。

「……これで、良かったのだな。……スゥ。わが国は、本当にこれで救われるのか?」

「救われるのではありません。……ようやく、『正常に動作(バグ抜き)』し始めただけですわ。……陛下。これより、王家の資産をすべてブリリアント公爵家、およびカイル卿の研究所が管理する『新・国家ファンド』へと移管いたします。……異論はありませんわね?」

「……うむ。好きにするがいい。……もう、私には数字のことは分からぬ」

 国王は、もはやスゥの覇気に押され、ただの「印鑑を押すだけの置物」と化していた。

 カイルが、スゥの隣に歩み寄り、耳元で囁いた。

「……おい、スゥ。これで王家も完全に手中に収めたな。……あんた、本当に『支配者』の顔をしてるぜ」

「支配ではありません。……ただの、大規模な『経営再建』の完了です。……さあ、カイル卿。邪魔なゴミはすべて片付きました。……私たちの『新しい日常』の計算を始めましょうか」

「へいへい。……まずは、あんたの心拍数を上げるための『非効率な甘いケーキ』の予算からだな?」

「……却下です。……といいたいところですが、本日の収益率は目標を大幅に上回りましたので、〇・五パーセントの誤差として、許可いたしますわ」

 二人の背後で、かつてないほど洗練された王都の夜景が輝き始めていた。
 無能な愛が消え、冷徹な論理が支配する国。
 だが、その冷たさこそが、民に明日への活力を与える最強のエンジンであることを、スゥだけが確信していた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】旦那様、わたくし家出します。

さくらもち
恋愛
とある王国のとある上級貴族家の新妻は政略結婚をして早半年。 溜まりに溜まった不満がついに爆破し、家出を決行するお話です。 名前無し設定で書いて完結させましたが、続き希望を沢山頂きましたので名前を付けて文章を少し治してあります。 名前無しの時に読まれた方は良かったら最初から読んで見てください。 登場人物のサイドストーリー集を描きましたのでそちらも良かったら読んでみてください( ˊᵕˋ*) 第二王子が10年後王弟殿下になってからのストーリーも別で公開中

【完結】子爵令嬢の秘密

りまり
恋愛
私は記憶があるまま転生しました。 転生先は子爵令嬢です。 魔力もそこそこありますので記憶をもとに頑張りたいです。

四人の令嬢と公爵と

オゾン層
恋愛
「貴様らのような田舎娘は性根が腐っている」  ガルシア辺境伯の令嬢である4人の姉妹は、アミーレア国の王太子の婚約候補者として今の今まで王太子に尽くしていた。国王からも認められた有力な婚約候補者であったにも関わらず、無知なロズワート王太子にある日婚約解消を一方的に告げられ、挙げ句の果てに同じく婚約候補者であったクラシウス男爵の令嬢であるアレッサ嬢の企みによって冤罪をかけられ、隣国を治める『化物公爵』の婚約者として輿入という名目の国外追放を受けてしまう。  人間以外の種族で溢れた隣国ベルフェナールにいるとされる化物公爵ことラヴェルト公爵の兄弟はその恐ろしい容姿から他国からも黒い噂が絶えず、ガルシア姉妹は怯えながらも覚悟を決めてベルフェナール国へと足を踏み入れるが…… 「おはよう。よく眠れたかな」 「お前すごく可愛いな!!」 「花がよく似合うね」 「どうか今日も共に過ごしてほしい」  彼らは見た目に反し、誠実で純愛な兄弟だった。  一方追放を告げられたアミーレア王国では、ガルシア辺境伯令嬢との婚約解消を聞きつけた国王がロズワート王太子に対して右ストレートをかましていた。 ※初ジャンルの小説なので不自然な点が多いかもしれませんがご了承ください

勝手にしろと言われたので、勝手にさせていただきます

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
子爵家の私は自分よりも身分の高い婚約者に、いつもいいように顎でこき使われていた。ある日、突然婚約者に呼び出されて一方的に婚約破棄を告げられてしまう。二人の婚約は家同士が決めたこと。当然受け入れられるはずもないので拒絶すると「婚約破棄は絶対する。後のことなどしるものか。お前の方で勝手にしろ」と言い切られてしまう。 いいでしょう……そこまで言うのなら、勝手にさせていただきます。 ただし、後のことはどうなっても知りませんよ? * 他サイトでも投稿 * ショートショートです。あっさり終わります

【完結】見えてますよ!

ユユ
恋愛
“何故” 私の婚約者が彼だと分かると、第一声はソレだった。 美少女でもなければ醜くもなく。 優秀でもなければ出来損ないでもなく。 高貴でも無ければ下位貴族でもない。 富豪でなければ貧乏でもない。 中の中。 自己主張も存在感もない私は貴族達の中では透明人間のようだった。 唯一認識されるのは婚約者と社交に出る時。 そしてあの言葉が聞こえてくる。 見目麗しく優秀な彼の横に並ぶ私を蔑む令嬢達。 私はずっと願っていた。彼に婚約を解消して欲しいと。 ある日いき過ぎた嫌がらせがきっかけで、見えるようになる。 ★注意★ ・閑話にはR18要素を含みます。  読まなくても大丈夫です。 ・作り話です。 ・合わない方はご退出願います。 ・完結しています。

むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ。

緑谷めい
恋愛
「むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ」  そう、むしゃくしゃしてやった。後悔はしていない。    私は、カトリーヌ・ナルセー。17歳。  ナルセー公爵家の長女であり、第2王子ハロルド殿下の婚約者である。父のナルセー公爵は、この国の宰相だ。  その父は、今、私の目の前で、顔面蒼白になっている。 「カトリーヌ、もう一度言ってくれ。私の聞き間違いかもしれぬから」  お父様、お気の毒ですけれど、お聞き間違いではございませんわ。では、もう一度言いますわよ。 「今日、王宮で、ハロルド様に往復ビンタを浴びせ、更に足で蹴りつけましたの」  

悪役令息の婚約者になりまして

どくりんご
恋愛
 婚約者に出逢って一秒。  前世の記憶を思い出した。それと同時にこの世界が小説の中だということに気づいた。  その中で、目の前のこの人は悪役、つまり悪役令息だということも同時にわかった。  彼がヒロインに恋をしてしまうことを知っていても思いは止められない。  この思い、どうすれば良いの?

【完結】最愛から2番目の恋

Mimi
恋愛
 カリスレキアの第2王女ガートルードは、相手有責で婚約を破棄した。  彼女は醜女として有名であったが、それを厭う婚約者のクロスティア王国第1王子ユーシスに男娼を送り込まれて、ハニートラップを仕掛けられたのだった。  以前から婚約者の気持ちを知っていたガートルードが傷付く事は無かったが、周囲は彼女に気を遣う。  そんな折り、中央大陸で唯一の獣人の国、アストリッツァ国から婚姻の打診が届く。  王太子クラシオンとの、婚約ではなく一気に婚姻とは……  彼には最愛の番が居るのだが、その女性の身分が低いために正妃には出来ないらしい。  その事情から、醜女のガートルードをお飾りの妃にするつもりだと激怒する両親や兄姉を諌めて、クラシオンとの婚姻を決めたガートルードだった……  ※ 『きみは、俺のただひとり~神様からのギフト』の番外編となります  ヒロインは本編では名前も出ない『カリスレキアの王女』と呼ばれるだけの設定のみで、本人は登場しておりません  ですが、本編終了後の話ですので、そちらの登場人物達の顔出しネタバレが有ります  

処理中です...