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第8部分 ヘタってるのは自分だけ

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 外に出ると、森側の方で家が火に巻かれているのが見えた。

「……‼︎……」

 一並びの長屋、その両端が火に包まれている。ただの火事にしてはおかしい……

「付け火か……⁉︎」
「……来てくれ。とにかく火を消さないと……!」

 俺は、苦い顔をして走り出した若竹の後に続いた。
 そして彼の指示で、鬼達は桶で水を効率よく運び、数時間後に火はなんとか収まった。

「皆、ご苦労だったな……!」

 ……鬼達の体力ときたらそれはもうすごいのなんの。あちらでは見ることのできない……良い物を見せてもらったな……制限なしの鬼の力がここまでとは…………

 ヘタっているのは自分一人なんじゃなかろうか。俺は他の者の邪魔にならぬよう火に巻かれなかった長屋の軒下に、あぐらをかいて座った。

 そして町の者が集まる中。全員が似たような緑の色をしているのに、何故だか目を惹き、どこにいるのかすぐわかった若竹をぼんやり眺めていると、

「若竹、ここ最近多すぎる! 一連のこと、人間の奴らの仕業に違いない!」
「奴等はきっとまだ森の中にいる! 長達が戻る前に仕留めちまおう‼︎」

 火消しに走っていた男達が若竹に詰め寄っていく。

 仕留めるって……こんな時代じゃしょうがない……ことなのか──
 なんとも言えない苦いモノを感じながらその様子を見守った。すると、若竹がキッパリと言い放つ。

「こちらから仕掛けることは罷りならん! たとえ……町の家屋が全て焼かれようともだ!」

 そう言う若竹は、自分と二人だけで話していた時とは全く違う雰囲気だった。

 この時代の長が世襲制でないことは知っているが、若竹には間違いなくその器量があるように思える。

「我らは家屋に火をかけられたくらいでは死なん……違うか……?」

 確かに家に火がついたくらいでは死なんな。ここの鬼達ならばなおさら。焼け落ちる前に逃げ出す事は造作もないだろう。

「たかだか……長の息子ってだけで代理任されてる奴が……適当な事言ってんじゃねーぞ!」
「そうだそうだ、この腰抜けが! 長が帰ってきたらすぐにでも報復しに行くだろう。俺はそこについて行くからな!」
「やめときなよあんた! 長だって人間達にやられて湯治に行ってるんじゃないか! そんな状態で行ったって勝てっこないわよ」

 ざわめきは広がるばかり。直情的な鬼らしい性質は未来を知る自分にはなんとも複雑な物だった。そして──

“人間に報復しにいく”

 その言葉に心臓がヒヤリとしたモノを感じる。ここは戦乱の最中なのだ……と──

 歴史に手を出したらいけないのは常。だが──戻れる確証もない今、そんな事知ったことか。

 これからここで生きて行くなら、俺はどうやっても鬼の側だ。ならば若竹に協力しない理由はないだろう。

 心を決めた俺は、ざわめきが収まらぬ中、わざと大きめな声でつぶやいた。

「条約違反……だな」



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