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前世の約束
「ルチア、すまぬ。私はどうも其方らの子とは反りが合わないようだ。もうこの国は盤石だし、私はヴェンツェルのところに行こうと思う。そこで国境を守りながら、其方らを見守っている」
「駄目! 絶対に駄目よ! そんなことは許しません! ヴェンツェルが辺境伯になると言って皇城を去り、マルクスまで亡くなった今、貴方にまで去られたらこの国は終わりだわ」
(そんな大袈裟な……)
初代皇后であるルチア・セヴェルスは、魔女ルドヴィカ・カスティリオーネに縋りついて泣いた。ルドヴィカは彼女を拒絶することができず止めどなく流れる涙を拭ってやりながら、その震える体を緊と抱き締めた。
――生まれた国を出て旅をしている時に、この大陸に流れ着いた。その時はこの地は毎日、大小様々な国が争い滅ぼしあう混沌とした場所であった。だが、そんな時に出会ったマルクスとルチアという夫婦とその友人のヴェンツェルに、ルドヴィカは助けられたのだ。彼らはこの乱世の時代を憂い、なんとしてでも平和な世を切り開きたいと、常に足掻いていた。
いや、彼らだけじゃない。誰もが死に怯えることのない世を強く欲していた……。ルドヴィカはその姿を見て、自分がどれほどに恵まれ幸せだったかを強く思い知った。
(だからこそ私は力の限り戦い抜いたのだ)
この大陸に魔法はなかったが、生まれた国には当たり前のようにあり、当然ながらルドヴィカも使えた。
この地に流れ着いたのは神の思し召しだと思ったルドヴィカは――仲間の望みを叶えるために持てる力のすべてを使い、一介の兵士であったマルクスを大陸全土に名を轟かす皇帝へとのし上げたのだ。そのせいか、この国は自分の姓を取り、『カスティリオーネ帝国』という名になり、ルドヴィカは建国の魔女として崇められるようになった。
ルドヴィカはルチアの背を撫でながら、小さく息をついた。
「愚か者。終わるわけがないだろう。誰が建国したと思っているのだ。私やマルクス、ヴェンツェルだぞ。決して揺るぎはせぬ。この大陸はあの時よりも見違えるほど強く平和になった。あとは皇后でもあり妻である其方が次代へと引き継いでいけばよい。私はそろそろ引退する」
「で、でも……」
「離れていても我らは一緒だ。何かあれば私もヴェンツェルも駆けつける。心配するな」
「本当に……?」
不安に揺れる目でルドヴィカを見つめるルチアに、ニコリと微笑みかけ頷く。彼女はハンカチで涙を拭い、俯いた。
(平民出身であるルチアにとってマルクス亡き今、皇后を務め上げるのはしんどいのだろう。不安も多く側にいてほしいというのは分かるが……)
ルドヴィカは大きな溜息をつき、ルチアの肩に頭を乗せた。
「其方も分かっておるだろう。私はマルクスに惚れている。其方の夫に惚れているのだ。マルクスが亡くなったとしても良い気分ではないだろう」
「そんなことはないわ。だってルドヴィカは私たちの仲間だもの」
「それはマルクスが私を相手にしなかったからそう言えるのだ。だが、其方らの子は違うだろう。その恋心を利用されるのは真っ平御免だ。なぁ、ルチア。私はマルクスの道を切り開く剣でありたかったし、マルクスの治世を守る盾でもありたかった。だが、そろそろ潮時だ」
(どんなものにも引き際というものがある。きっとそれが今だろう)
この命を賭して、乱世を終わらせ誰もが安心して住める国をつくる。そしてその国を治めるのはマルクスだ――心は通わせられなくとも、同じ方向を見ているなら大丈夫だ。何度そう己に言い聞かせたかしれやしない。
ルチアにはできないことが自分にはできる。
彼女が慈愛と母性で日々の戦いに疲れたマルクスを癒すのならば、自分はこの手を血に染め、マルクスの盾となり武器となろうと心に決めたのだ。
一生、血に濡れた道を歩くことになっても構わなかった。マルクスの歩む道を切り開く力となれるなら、この身がどれほど血に染まろうとも構わなかったのだ。
「共に同じ夢を見られるなら、寂しくなどない。虚しくなどない……私たちは繋がっている。たとえ離れた場所にいようとも」
「ルドヴィカ……」
「私の人生は突っ走ってばかりで忙しかったが、それでも結構気に入っていたのだ。そして最期はヴェンツェルの子や孫たちに見守られながら、死にたいと思う」
そう言って笑うと、ルチアが覚悟を決めた顔をした。涙が止まった彼女はもう友人ではなく皇后の顔をしている。その表情を見て、安堵の息をついた。
ルチアは真っ直ぐとこちらを見据えてルドヴィカの手を取り、力強く握り込んだ。
「分かりました。では約束して。生まれ変わったらこの城に帰ってくると。その時は貴方が皇后になり、誓いどおりに命を賭して、この国を守ってちょうだい。貴方の命は常にカスティリオーネ帝国皇帝と共にあると誓いなさい」
「それでルチアの気がすむのなら……」
ルドヴィカは跪きルチアの扇の下に入った。彼女が自分の背中をトントンと扇で叩くのと同時に誓いの言葉を唱える。
「転生した暁にはこの国の皇后となり、命を賭して務め守り抜くと誓おう。ルドヴィカ・カスティリオーネ――我が名にかけて、我が命は常にカスティリオーネ帝国皇帝と共にある」
言い終えると、ルドヴィカの言葉に魔力が乗り、神々しい金の光が二人を包んだ。キラキラと舞う光の粒の中でルドヴィカとルチアは笑い合った。
「いってらっしゃい。また帰ってくるのを待っているわ」
「待つのではなく、其方も同じ世に生まれ変われ。来世も共に駆けよう」
「ふふっ、それができたら幸せね」
そう言って笑ったルチアを残し、ルドヴィカは皇城を去った。
この時はルチアの気がすんだらと軽い気持ちで行なったに過ぎなかった。まさか誓いの儀式が現実になろう日が来るとは、この時のルドヴィカには知る由もなかった。
「ねぇ、ルドヴィカ。約束よ。必ず帰ってきてね」
「駄目! 絶対に駄目よ! そんなことは許しません! ヴェンツェルが辺境伯になると言って皇城を去り、マルクスまで亡くなった今、貴方にまで去られたらこの国は終わりだわ」
(そんな大袈裟な……)
初代皇后であるルチア・セヴェルスは、魔女ルドヴィカ・カスティリオーネに縋りついて泣いた。ルドヴィカは彼女を拒絶することができず止めどなく流れる涙を拭ってやりながら、その震える体を緊と抱き締めた。
――生まれた国を出て旅をしている時に、この大陸に流れ着いた。その時はこの地は毎日、大小様々な国が争い滅ぼしあう混沌とした場所であった。だが、そんな時に出会ったマルクスとルチアという夫婦とその友人のヴェンツェルに、ルドヴィカは助けられたのだ。彼らはこの乱世の時代を憂い、なんとしてでも平和な世を切り開きたいと、常に足掻いていた。
いや、彼らだけじゃない。誰もが死に怯えることのない世を強く欲していた……。ルドヴィカはその姿を見て、自分がどれほどに恵まれ幸せだったかを強く思い知った。
(だからこそ私は力の限り戦い抜いたのだ)
この大陸に魔法はなかったが、生まれた国には当たり前のようにあり、当然ながらルドヴィカも使えた。
この地に流れ着いたのは神の思し召しだと思ったルドヴィカは――仲間の望みを叶えるために持てる力のすべてを使い、一介の兵士であったマルクスを大陸全土に名を轟かす皇帝へとのし上げたのだ。そのせいか、この国は自分の姓を取り、『カスティリオーネ帝国』という名になり、ルドヴィカは建国の魔女として崇められるようになった。
ルドヴィカはルチアの背を撫でながら、小さく息をついた。
「愚か者。終わるわけがないだろう。誰が建国したと思っているのだ。私やマルクス、ヴェンツェルだぞ。決して揺るぎはせぬ。この大陸はあの時よりも見違えるほど強く平和になった。あとは皇后でもあり妻である其方が次代へと引き継いでいけばよい。私はそろそろ引退する」
「で、でも……」
「離れていても我らは一緒だ。何かあれば私もヴェンツェルも駆けつける。心配するな」
「本当に……?」
不安に揺れる目でルドヴィカを見つめるルチアに、ニコリと微笑みかけ頷く。彼女はハンカチで涙を拭い、俯いた。
(平民出身であるルチアにとってマルクス亡き今、皇后を務め上げるのはしんどいのだろう。不安も多く側にいてほしいというのは分かるが……)
ルドヴィカは大きな溜息をつき、ルチアの肩に頭を乗せた。
「其方も分かっておるだろう。私はマルクスに惚れている。其方の夫に惚れているのだ。マルクスが亡くなったとしても良い気分ではないだろう」
「そんなことはないわ。だってルドヴィカは私たちの仲間だもの」
「それはマルクスが私を相手にしなかったからそう言えるのだ。だが、其方らの子は違うだろう。その恋心を利用されるのは真っ平御免だ。なぁ、ルチア。私はマルクスの道を切り開く剣でありたかったし、マルクスの治世を守る盾でもありたかった。だが、そろそろ潮時だ」
(どんなものにも引き際というものがある。きっとそれが今だろう)
この命を賭して、乱世を終わらせ誰もが安心して住める国をつくる。そしてその国を治めるのはマルクスだ――心は通わせられなくとも、同じ方向を見ているなら大丈夫だ。何度そう己に言い聞かせたかしれやしない。
ルチアにはできないことが自分にはできる。
彼女が慈愛と母性で日々の戦いに疲れたマルクスを癒すのならば、自分はこの手を血に染め、マルクスの盾となり武器となろうと心に決めたのだ。
一生、血に濡れた道を歩くことになっても構わなかった。マルクスの歩む道を切り開く力となれるなら、この身がどれほど血に染まろうとも構わなかったのだ。
「共に同じ夢を見られるなら、寂しくなどない。虚しくなどない……私たちは繋がっている。たとえ離れた場所にいようとも」
「ルドヴィカ……」
「私の人生は突っ走ってばかりで忙しかったが、それでも結構気に入っていたのだ。そして最期はヴェンツェルの子や孫たちに見守られながら、死にたいと思う」
そう言って笑うと、ルチアが覚悟を決めた顔をした。涙が止まった彼女はもう友人ではなく皇后の顔をしている。その表情を見て、安堵の息をついた。
ルチアは真っ直ぐとこちらを見据えてルドヴィカの手を取り、力強く握り込んだ。
「分かりました。では約束して。生まれ変わったらこの城に帰ってくると。その時は貴方が皇后になり、誓いどおりに命を賭して、この国を守ってちょうだい。貴方の命は常にカスティリオーネ帝国皇帝と共にあると誓いなさい」
「それでルチアの気がすむのなら……」
ルドヴィカは跪きルチアの扇の下に入った。彼女が自分の背中をトントンと扇で叩くのと同時に誓いの言葉を唱える。
「転生した暁にはこの国の皇后となり、命を賭して務め守り抜くと誓おう。ルドヴィカ・カスティリオーネ――我が名にかけて、我が命は常にカスティリオーネ帝国皇帝と共にある」
言い終えると、ルドヴィカの言葉に魔力が乗り、神々しい金の光が二人を包んだ。キラキラと舞う光の粒の中でルドヴィカとルチアは笑い合った。
「いってらっしゃい。また帰ってくるのを待っているわ」
「待つのではなく、其方も同じ世に生まれ変われ。来世も共に駆けよう」
「ふふっ、それができたら幸せね」
そう言って笑ったルチアを残し、ルドヴィカは皇城を去った。
この時はルチアの気がすんだらと軽い気持ちで行なったに過ぎなかった。まさか誓いの儀式が現実になろう日が来るとは、この時のルドヴィカには知る由もなかった。
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