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知りたくなかった真実②

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「ルドヴィカ。執務室に来るように言ってあっただろう。セレーナが声をかけても返事がなかったと言っているが、まさか抜け殻に戻ったのではあるまいな?」

 日が暮れた頃、訝しげな顔をしながら部屋に入ってきたルキウスが床に座り込んだままのルドヴィカを睨みつける。そんな彼を一瞥し、また視線を手元の手紙へ戻した。

「私は……とんでもないことをしたのかもしれぬ」
「は?」
「ルチアが……ルチアが、私が誓いを全うせずに逃げると踏んで、幻術や妖術などの怪しいものに頼り保険をかけたのだ……」

 そう言って、今日見つけた手紙をルキウスに渡す。彼は怪訝な顔のまま、その手紙に目を通した。


 ――手紙にはルチアがとある占い師の力を借りて、己の命と引き換えにルドヴィカを皇室にとって近しい者に転生させる術を使ったと書いてあった。そして、決して逃げられないようにさらに術を上掛けしたとも書いてあった。


 ぼろぼろと涙があふれては敷かれている絨毯を濡らす。ルドヴィカはぐしぐしと目を擦った。

「そういった怪しい術は不完全なことが多いと聞く。見事に私を転生させられたようだが、記憶が戻る前のこの体の状況を考えるに成功とは言えぬ。だからこそ抜け殻のようだったのだ。きっと心が欠落していたに決まっている」
「……それがある意味、決して逃げられない方法なのではないか? 考える能力がなければ、そもそも逃げることなど思いつかぬからな」
「だ、だが、それでは魔法も使えぬし皇后も務まらぬ。ルキウスのように容姿が似ていれば、そんな伴侶でも構わないという皇帝は少ないだろう」
「その占い師がどう考えていたかは知らないが、どこまで初代皇后の願いに寄り添ったかは分からぬ。転生させることと逃亡を防ぐこと、この二点の成功に重きを置いたのなら、あながち失敗とは言えないな」

(なぜだ……なぜそこまでして……)

 ルキウスの言葉に呆然とする。ルドヴィカは震えながら立ち上がり、ルキウスの胸ぐらを掴んだ。


「なぜそこまでして、私を皇后にしたいのだ? なぜそこまで魔力を血統に取り込みたいのだ? それは己の命より大切なことなのか?」
「私は初代皇后ではないから推測の域を越えないが……国を興してそんなに経っていない時に、先に初代皇帝が崩御し、己が皇后として次代に引き継いでいかねばならぬというプレッシャーは並大抵のものではなかっただろうな。その上、民も臣下も建国の魔女である其方を頼る。皇帝の愛は確かに皇后のものであったかも知れぬが、皆からの評価や支持だけを考えると其方のほうが皇后に相応しいと考えていたのかもしれぬ」
「そんな……」

 胸ぐらを掴む手をやんわりと払うルキウスを揺れる目で見つめる。涙が止まらず、彼の顔がぼやけてよく見えなかった。

「私は彼女がそんなにも思い詰めているなんて思っていなかったんだ……」

(ルチアは何度も行かないでと一人にしないでと縋ってきた……私はそんな彼女を置いて城を……)

 誓いがあったとしても不確かで、遠く未来のことだ。現状を打破する一手には決してならない。
 ルドヴィカは自分の行動がルチアを追い詰め、そして命を奪ったことを知り、ショックで泣き続けた。



「落ち着いたか?」
「……はい。取り乱して申し訳ございません」

 顔を赤らめ小さく頷く。
 あのあと、ルキウスに抱きつき子供のように泣いてしまった。ルドヴィカは未だ背中をさすったり頭を撫でたりしているルキウスから視線を逸らした。

(そ、そういえば、我を忘れて言葉遣いを改めるのを忘れていたし、もうバレているとはいえ喋りすぎた……)

 これでは証拠を渡したようなものではないかと、ルドヴィカは己の迂闊さを恥じた。頬を赤らめ、彼をチラッと見るがまた慌てて視線を逸らす。

(まあすでにルキウスの中で確信があったようだし、然程気にするほどでもないか……。それに、今さら建国の魔女ではないと言い張るほうが往生際が悪い……)


 ルドヴィカは悩むことを放棄した。
 何を言っても彼には言葉では勝てそうにもないし、これ以上余計なことを言えば墓穴を掘ってしまう可能性のほうが高い。

 ルキウスはかつての仲間の子孫でもあり、現時点では唯一の理解者であり協力者でもある。そう、敵ではないのだから強く警戒をする必要はない。

(今は素直に甘えてもよいかもしれぬな……最近目紛しく色々なことがあり疲れた……)

 小さく息をついてルキウスの肩に頭を乗せる。その時、ルキウスの手がドレスの中に入ってきた。

(ん?)

 目を瞬かせると、彼はあれよとあれよという間にルドヴィカが着ているものを乱していく。瞠目し、慌てて彼の胸をドンッと押した。


「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください! え? 何をして……」
「慰めようとしただけだが?」

(体で!? いやいや、おかしいだろう!)

 信じられないものを見るような目で彼を睨み、ソファーの端まで寄って距離を置く。そうしたら、なぜかルキウスが首を傾げた。

「なぜ、そのような顔をするのだ? 婚約式は行ってはおらぬが、皇室とファビアーニ公爵家との間で正式に取り交わされ神殿も認めている。私たちはれっきとした婚約者同士なのだから問題はあるまい」
「問題しかありません! 婚前交渉は絶対に駄目だし、婚外子などもっての外です!」

 迫ってくるルキウスを押しのけると、彼が分かりやすく拗ねたような顔をした。そして大仰な溜息をつき、ルドヴィカから体を離す。

「婚外子などと面倒なことを言うな……」
「面倒じゃありません。大切なことです。ルキウスは私との間に生まれた子を玉座につけたいのでしょう?」
「婚姻前に生まれたというだけのことで帝位から遠のくならば、最初から天運も才覚もなかったということだ。帝位とは力で手に入れるもの。私は長子相続をさせるつもりはない。最も力のある者が帝位につけばよい」

(お前のようにか?)

 そう口をつきそうになり、きゅっと唇を引き結ぶ。だが、ルキウスは不満げな顔をしているがもう襲ってはこなかった。なんだかんだと言って彼は優しい。ルドヴィカの前では冷酷な顔を見せたことはない。

 安堵の息をついた途端、ハッとした。ルキウスは今長子相続ではなく力のある者を帝位につけると言った。ということは――

(私との間に何人も子を作るつもりか?)

 言葉の意味を理解すると、ぶわっと汗が出てくる。頭から湯気が立ちそうだ。


 二人の関係は、あくまで互いの利益のために手を組んだだけに過ぎない。それなのに、交わりを何度もするのかと思うと床を転がりまわりたくなるくらい恥ずかしい。

(で、でも、一回で子供ができるなんて奇跡はそうそう起きるわけがないし、跡取りを選ぶ上での手数は多いほうがいい。ということは、つまり……。やっぱりたくさんしなきゃいけないってことだよな?)

「ルドヴィカ。今のお前の年齢に近い者を女官としてつけることにした。其方に足りないのは年相応に考え笑うことだ。過去は過去にしか過ぎぬことを知れ」
「ひゃあっ!」

 突然肩を叩かれて素っ頓狂な声を上げてしまう。

(しまった。変なことを考えていたから……)

 ルドヴィカが真っ赤な顔で言い訳を探していると、ルキウスが呆れた顔をして部屋を出ていった。代わりに数人の女官が部屋に入ってくる。

 何も言われなかったことにホッとしていると、女官がずらりと目の前に並んだ。
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