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女官ヴィヴィエンヌ

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「はじめまして、ルドヴィカ様。わたくしは女官長を務めるヴェラと申します。こちらの者はヴィヴィエンヌです。ルドヴィカ様付きとなりますので、以後お含みおきくだされば嬉しく存じます」

 すると、褐色の髪に珊瑚色の瞳の女性がルドヴィカの前に立ち、カーテシーをした。年は同じ二十歳くらいだろうか。護衛騎士であるセレーナより恰幅がよく強そうだ。彼女の纏う雰囲気から女官とは違うものを感じて、ほうっと息をついた。

(女官に扮した護衛か?)

 思った以上に過保護なルキウスに苦笑しながら、彼女にニコリと微笑む。

「よろしくお願いいたします。ヴィヴィエンヌは武術を嗜むのですか?」
「はい、体術と槍を少し」
「へぇ、女官なのにすごいですね。今度セレーナと一緒に私と手合わせしてください」
「喜んで」

 そう言って屈託なく笑った彼女に、一瞬懐かしい顔を見た。かつての仲間ヴェンツェルに似ている気がして、ルドヴィカは二、三度瞬きをしてかぶりを振る。

(まだ情緒が不安定なのだろうか。女性を見て友を思い出すなど失礼極まりない)

 自分に嫌気が差す。ルドヴィカが心の中で自分を詰っているうちにルキウスによって乱されたドレスが脱がされ、着せ替えられていく。そして美味しそうな食事が出てきた。

「陛下は忙しいらしく、一緒にお食事がとれないようです。なので、お寂しいとは思いますが」
「別に寂しくなんてありません。むしろ一緒にいると落ちつかないので、こちらのほうが気が楽です」

 そう言って笑うと、女官長のヴェラが「んまあ!」という声を出して、眉を吊り上げる。が、ヴィヴィエンヌは屈託なく笑ってくれた。

(まあ確かに誰かと笑い合うことは大切だな)

 ルキウスに感謝しながら、その後はヴィヴィエンヌの給仕で夕食をとることにした。


「皇后陛下。食前酒は何を飲まれますか?」
「まだ結婚していないので皇后ではありません。普通に名で呼んでください」
「分かりました。では、ルドヴィカ様。私のこともヴィヴィと呼んでくださいな」

 なぜだろう。彼女と話していると温かい気持ちになる。失礼なのは分かっているが、どうもヴェンツェルを思い出してしまうのだ。

(そういえばヴェンツェルも槍の名手であったな。重厚な鎧に身を包んでいるのに、とても素早く動き敵を屠る姿は本当に素晴らしかった)

 城を出てからは彼のところで世話になった。そこでのびのびと過ごせた余生は、ずっと駆け回っていた戦場や皇城での権力争いとは違い、ぬるま湯に浸かったかのように楽だった。

 ルドヴィカが昔のことに思いを馳せていると、ヴィヴィエンヌがルドヴィカの手を握った。突然のことに驚き顔を上げると、とても優しげに笑った彼女と目が合う。


「ヴィヴィ?」
「ルドヴィカ様は物事を難しく考えすぎなのです。過去にとらわれてもいいことなんてありません。せっかくなのだから、楽しく生きてみたらどうですか? それが誰にとっても何よりだと思います」
「……どういう意味ですか?」
「そのままの意味です。ルドヴィカ様は今まで公爵邸から一歩も出られなかったのでしょう? けれど、今は陛下のおかげで自由を得られている。なら、陛下の腕の中で健やかにお過ごしくださいませ。陛下なら、ルドヴィカ様を理解し、色々な世界を見せてくださいます。ルドヴィカ様がまだ知らない世界を――」

(私が知らぬ世界?)

 前世はずっと片想いを拗らせて生きていたので、正直なところ男女のあれこれについては詳しくない。ぶっちゃけ前世も今も生娘だ。ルドヴィカはふむと思考を巡らせた。

(ルキウスの手を取れば、愛し愛されるという普通にありがちな世界を見られるのだろうか。建国の魔女ではなく一人の女性として生きるという平凡な幸せが……)

 そこまで考えて、首を横に振って甘い考えを散らす。


 そのようなことを考えるのは、自分らしくない。ルキウスが良くしてくれるのはルドヴィカに利用価値があるからだ。彼は利を捨てて女に溺れるような男ではない。

 ルドヴィカは小さく息をついて、ふっと笑った。

(私がルキウスの手を離せないのはマルクスに瓜二つだからだ。好いた男に似ているから……)

 かつて好きだった男と容姿の似た男の手を取り恋愛ごっこを楽しむなど、ルキウスにとっても失礼だし最低な行為だ。彼とは今のようにビジネスライクな付き合いを続けるほうがいいに決まっている。

「……ありがとう。中々難しいでしょうけど、頑張ってみます」
「はい!」

 ルドヴィカはヴィヴィエンヌに誤魔化すように微笑みかけた。
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