完結済 ドブネズミの革命 ─虐げられる貧民たちは、自由を求めて下克上する─

ちはやれいめい

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革命戦争編(親世代)

五十四話 敵でも味方でもない関係

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「こんなことをしろと言ったのか? 陛下が、民を襲えと!? 間違っていたら許さんぞ。答えろ、ハキム!!」

 バカラが声を荒らげるが、ハキムは意識を失っていて、答えは返らない。
 かわりに、町で暴れていた男たちが口々に訴える。

「ハキムさんの言うとおりです……我々は、こうしなければ笞刑二百回に処すと言われて、しかたなく……」
「そ、そうだ! おれたちやりたくてこんなことをやったわけじゃねえ。罪に問うなら、あんたらをここに派遣した国王の方だろう!」
「最初からおれたちを消すつもりだったんだ、畜生!」

 ハキムと雇われた男たちの告発により、王国兵たちに動揺が広がっていた。
 町をこんなにした黒幕が国王だなんて、そう簡単に受け入れられるわけがない。しかも自分たちはその国王から、町を襲った反乱軍《・・・》を殲滅しろと言われてここにきたのだ。
 反乱軍を陥れるため。そのためだけに、町が燃やされている。

 嘘だと思いたいだろう。
 だが、ハキムが嘘を吐く理由がどこにもない。
 兵たちは何が本当なのか迷い、偽物反乱軍を斬り伏せることができずにいた。




「大丈夫か」

 ファジュルは剣を鞘に収め、ハキムに駆け寄った。
 衣服の背中には赤く血が滲んでいる。
 命令に逆らったら笞刑。倒れる前にハキムが言っていた。

 ハキムは命令に背いて罰を受けたのだと、想像に難くない。
 触れた体は傷のせいかかなりの熱を帯びている。早く適切な治療を受けさせないとまずいことはファジュルの目からも明らかだった。

「ハキムに近づくな反乱軍め!」
「害を加えるつもりはない」
「誰が敵なんかの言葉を信じると……」

 怒鳴るバカラに短く答える。

「俺たちと戦うよりも先に、怪我人の救護と町の消火をしたほうがいい。あいにく貧民は嫌われているから、ここの消火のためであっても水を貸して貰えそうにない」
「ぐ……っ」

 スラム火災のときも、人命のための頼みですら聞いてくれず、町に近寄ることを許してはくれなかった。
 バカラも隊長として、今何を成すべきかわかっているはず。

 歯噛みしながらも、部下たちに消火活動と怪我人の救護を命じた。
 兵たちはそれぞれの役目を果たすために駆け出す。水路の水を汲み上げて撒き、逃げる人たちを誘導する。
 これを好機とばかりに、市場を襲った男たちは人ごみに紛れ逃げていく。


 王国軍の隊列にいた一人……ザキーが、ハキムの救護のため近づいてきた。
 こんな事態だ。敵だの味方だのと言ってファジュルたちに斬りかかってきたりはしない。
 ハキムのそばに膝をついて問うてくる。

「……ハキムの容態は?」
「ひどい怪我だ。一刻も早く手当てを受けないと、数日も持たないと思う」

 手当しないと持たないが、このまま王国軍の……ガーニムの支配下に搬送されたなら。
 ハキムにとって不幸な未来しか待っていないように思える。
 ファジュルは傍らに立つジハードに確認する。

「ジハード。……ガーニムは、自分に不都合な告発をしたハキムを許さないんじゃないか」
「殿下の仰る通りでしょう。良くて、私と同じ目に遭わされる。悪ければ始末される」

 ターバンを巻いているため、ジハードの表情は読めない。
 けれど、晒されている目には隠しきれない怒りが滲んでいる。

「そこにいる者は、ジハード……と言うのか? しかし、その声は……」

 ザキーが怪訝そうに眉を寄せる。顔を隠していても、声と背格好はウスマーンそのままだ。敏い者なら、ジハードが何者なのか感づいてもおかしくはない。
 ジハードは明確には言わず牽制する。

「私は一度殺された。もう、貴方の想像した者ではない。生きていると知れたなら、次こそ消されるだろう」

 だからウスマーンだと気づいても口外してくれるな。ザキーには伝わったようだ。
 何か言わんとして言葉を飲み、かわりに深く頷いた。

「ハキムはこちらで治療する。今回のことが知れたら、遠からずガーニムに殺されてしまう」

 敵にこんなことを言われて、信じるという人間がどれほどいるかわからない。
 我らの仲間を人質に取る気かと詰られてもおかしくはない。
 けれど、ザキーは意外な言葉を口にした。

「貴方のお父上のように?」

 ザキーの言い回しから、ファジュルへの敬意が伺えた。
 王子を騙る者に対してではなく、真実ファジュルを王子だと思って接しているような。
 だからファジュルも真摯に答える。

「ああ。ガーニムのいる場所に搬送されたら、間違いなく消される。俺はハキムを見殺しにできない。だからここは見逃してくれ」
「……御心のままに。殿下」

 ザキーは真っ直ぐにファジュルを見て、最敬礼をする。

「ジハード、オイゲン。ハキムを先生のもとへ」
「はー。敵とわかっていて助けるなんて、もの好きだなぁアンタは」
「もの好きでけっこうだ」
「拗ねんなって。褒めてんだからよ」

 オイゲンは楽しそうに笑い、ハキムを荷物担ぎする。
 

「オイゲン、ハキムは怪我人なんだぞ。丁重に扱え」
「はいはい」

 ジハードにたしなめられてもどこ吹く風だ。
 二人がスラムに戻り、ファジュルはザキーの方に振り向く。

「ザキー。あんたも来ないか」
「いいえ、殿下。この戦は、ガーニム様がああなるまで止めなかった配下《われら》にも責任があります。だから、ガーニム様が不利になった途端に見限るなどという真似はできません。今更と言われようとも、非道をお諌めする所存です」

 そこにはザキーなりの覚悟があるのだろう。
 ファジュルは彼の心を尊重し、もう同じことは言わないことにした。

「信じてくれてありがとう、ザキー」

 今だけは、ファジュルとザキーは敵ではない。
 ザキーは懐かしそうに目を細める。
 深くお辞儀をしてから、怪我人を救護する隊列に混じっていった。
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