完結済 ドブネズミの革命 ─虐げられる貧民たちは、自由を求めて下克上する─

ちはやれいめい

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革命戦争編(親世代)

五十三話 偽物の罪

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 スラムと貧民の救済を求む、という信書を使者に托して一晩経った。
 ガーニムの兵が攻撃してこないところを見ると、信書を返すという対応は功を奏したようだ。


 ファジュルはスラム東側の巡回を終えて、ルゥルアのもとに向かう。

 何かあったときにすぐヨハンに診てもらえるよう、今ルゥルアは診療所そばの小屋で寝起きしている。
 起き抜けだから、ルゥルアの声はまだ眠そうだ。

「おはよう、ルゥ」
「おはよう、ファジュル。どうだった?」
「今の所なにも変化はない。ガーニムなら逆上してスラムを燃やしにかかるかと思ったが、兵も来ないし落ち着いている」
「そっか。よかった」
 
 ぼんやりしたままファジュルの胸にもたれかかり、そのまま再び夢の世界に旅立とうとする。
 ルゥルアは人前だとしっかりものなのだけど、 たまに甘えん坊。それがたまらなく可愛い。
 柔らかな体を抱きしめて、ファジュルはルゥルアに口づける。

「最近ルゥは体温が高いな。温かくて気持ちいい」
「ほめてるの?」
「褒めてる褒めてる。お腹の子が順調に育っているっていう証拠だろう」
「そうだといいな」

 まだお腹は目立たない。けれど、日によってパンを受け付けなかったり無性に甘いものを欲しがったり、味覚に大きな変化が現れはじめた。
 そんなルゥルアのために、ナジャーがあれこれと食事内容を試行錯誤してくれている。

「ナジャーが朝食の準備ができたと言っていた。起きられるようなら行こう。起きるのが辛いならここまで持ってくる」
「もう……心配性なんだから。少しは歩かないと体が鈍っちゃうよ」

 ルゥルアの手を引いて煮炊き場に行くと、傭兵の何人かが食事を終えて見回りに出るところだった。
 ファジュルとルゥルアが朝食を採っていると、彼らと入れ替わるようにジハードが来る。

「北方と西方は問題なし。南側を巡回したサーディクからも、何もなかったと報告を受けています」
「そうか。ご苦労だった」

 軍師という立場ゆえ、ジハードは巡回分担を組み、時間ごとに報告を受ける。
 もともと大将として同じ仕事をしていたというのを差し引いても、驚くほど早く持ち回りを決めた。

 しかも個々の得手不得手や人柄、相棒となる者との相性を考えた上でだ。人あたりもよく聡明。知将の呼び名がこれほどまで相応しい人はそういない。
 なぜこんなに優秀な人を切り捨てたのか。ファジュルにはガーニムの考えが理解できない。

 視線に気づいて、ジハードがファジュルに尋ねる。

「如何《いかが》なさいましたか、ファジュル様」
「いや、ジハードが仲間でよかったと思っただけだ。これからもよろしく頼む」
「主君からそのように思っていただけて、光栄にございます」

 ジハードは深々と頭を下げる。主から全幅の信頼を寄せてもらえる……将として、これほど誇らしいことはない。



 風に、何かが焦げ付くような臭いが混じった。
 スラムは市街からの侵入を阻むよう兵を布陣してあるため、敵兵が来たらすぐにわかる。
 見張りの者たちからの報告がないということは、スラムの火事ではない。
 ジハードとルゥルアも臭いを感じたようだ。顔を見合わせる。


「ファジュル!! 大変だファジュル!!」

 リダがつんのめるようにしながら走ってきた。ファジュルの姿を認めると、肩で息をしながら叫ぶ。

「どうしたんだ、リダ」
「反乱軍だって名乗る奴らが、市場で暴れているんだ! 客が何人も斬られている」
「は!?」

 ファジュルはそんな命令出していない。
 反乱軍の仲間にも、街を襲うなんて馬鹿なことする人間はいない。いないはずだ。
 ファジュルは反乱軍に所属する全員の顔を知っている。

 ジハードは顔をしかめ、町の方に目をやる。

「ガーニムが人を雇って襲わせた、と考えるのが妥当ですね」
「ああ。それ以外に考えようがないな」
「……いくらお金を積まれたからって、ふつう自分たちの住む町を襲うかな」

 ルゥルアの疑問にジハードが答える。

「何かを盾にして脅されたのだと思います。私がマッカを人質に取られたように、従わないなら家族を殺すとでも言われたのでしょう」
「あんたら悠長に分析してる場合じゃねぇ! そのことに平民の奴らが怒ってスラムのまわりに集まって、ファジュルを出せって言ってんだ」

 それがガーニムの狙いなのだろう。
 平民たちは、市場で暴れている反乱軍が偽者か本者かなんて判別する材料を持たない。
 偽者を捕まえてガーニムに雇われた者だと自白させたところで、ガーニムを陥れるため自作自演したんだろうと言われる。

 どう動いても事態はファジュルたちの悪い方にしか向かわない。冤罪を証明する手立てがない。

「……わかってはいたが、ガーニムは端から停戦交渉をする気がなかったんだな」

 ガーニムがほんの少しでも貧民のことを想う王なら、十八年の間に救済措置を講じている。
 ファジュルを陥れて殺すことしか頭にない。
 それが自分にとって唯一の血縁なのかと思うと泣けてくる。

「ファジュル様、偽者を捕えに行きましょう。理由がなんであれ無関係の民を助けなければなりません。それに、あなたが止めに入ることは、反乱軍の潔白を証明することに繋がる」
「あぁ。リダ、誰か呼んでルゥの護衛をしてくれ。俺たちがスラムを離れている間に奇襲が来る可能性もある」

 リダが頷き、人を呼びに行く。

「ファジュル……」
「大丈夫だ、ルゥ。すぐ戻る」
「うん、どうかファジュルたちも無事で」

 ファジュルはルゥルアを安心させるため、笑いかける。

 途中オイゲンに合流してもらい、三人で市場に向かった。



 武装した五人の男が、剣や槍を振るい露店を破壊している。燃える天幕が次々と燃え、平民が逃げ惑う。
 何人かの者は倒れ伏して微動だにしない。
 もう事切れているのが遠目にもわかった。

「あいつら、オアシスの拠点を襲った傭兵だ。リーダー格のやつだけいないが、間違いない」
「……あの二人、王国兵だ。民を守るべき者がどうしてこんなことを」

 ジハードは五人のうち二人が王国兵であることに、瞳を伏せる。
 彼らがガーニムに雇われた者であることは明白だった。何を盾にされたらこんな酷いことができるのか。

「ハハハッ! 恨むなら国王を恨め。反乱軍の望みを受け入れないからこうなるのだ!」
「これも反乱軍の……ファジュルの命令なんでな、悪く思うな!」

 ファジュルとジハード、オイゲンは逃げる人々の間を逆走し、男たちと対峙する。
 屈強な男が振り下ろす剣を、オイゲンの刃が止めた。

 斬られそうになっていたおばあさんが泣きながら這いずり、後ずさる。

「よぉ、トゥルバのオッサン。いつから野盗に転職したんだ? 傭兵は一生の仕事だって言ってたのによ」
「てめぇ、オイゲン。誰が野盗だ誰が!」

 トゥルバと呼ばれた男は、オイゲンに向かって怒鳴る。

「婆さんとっとと逃げな」
「ひぃっ……!」

 ファジュルは炎に囲まれて立てなくなっているおばあさんを抱え、避難民がいる方に走った。家族だと思われる男と少女が駆け寄ってくる。

「母さん!」
「おばーちゃん!」
「あ、ぁあ、ありがとうよ、お兄さん、ありがとう」

 ファジュルは国民にほぼ顔を知られていない。あの公開処刑を見に来た人間でもない限りはわからないはずだ。
 おばあさんとその家族はファジュルに何度もお礼を言う。

 ガーニムが街を襲わせた原因はファジュルだ。襲うように命じたのがファジュルでなくても、罪悪感で胸が痛む。

「礼はいらない。早く逃げろ。あいつらは俺が止める」

 ファジュルは短剣を抜いて燃える市を走り、ジハードとオイゲンに加勢する。

「まさかてめーと刃を交えることになるなんてなあ! オイゲン!」
「堕ちたもんだなトゥルバさんよ、俺もこんな形で戦うことになるのが残念でならないぜ」

 オイゲンはトゥルバと剣戦を繰り広げる。
 オイゲンの背後に迫る兵の腹に、ジハードが剣を叩き込む。

「後ろです」

 あえてファジュルの名を言わず、ジハードがファジュルに短く言う。

「もらった!」

 ファジュルは振り向きざまに短剣を振るい、兵の刃を抑えた。

「そんな、オレの奇襲は完璧だったのに」

 声を上げておいて奇襲も何もあったものではない。
 兵がまた剣を振り、交錯する刃が嫌な金属音を立てる。

「もう一度教えてもらおうか。お前たちは誰の命令で動いているって?」
「ファジュルだよファジュル! あんたらの主と同じだろ!? 同士討ちはやめようぜ」
「馬鹿だな」
「馬鹿だと!? オレに馬鹿って言いやがったのかあんた!」

 馬鹿としか言いようがない。目の前にいるのが雇い主・・・ファジュルなのに。
 ファジュルに雇われたのではないと自白しているのと同じだと気づいていない。

 乾いた風が炎を大きく育てる。
 流石にこの中で戦っていると息苦しい。炎の熱さで汗が滴る。
 王城の方角から荒々しい足音がいくつも近づいて来る。
 先頭にいるのはバカラだ。再編したバカラの部隊だ。

「反乱軍よ。貴様ら、王命により全員排除する! 陛下は反乱軍全員殺しても構わぬと仰せだ」
「そ、そんな、こうすれば命を助けてくれると言ったのに!!」

 ファジュルと戦っていた兵は、王国兵の宣言を聞いて座り込んだ。
 ファジュルは後退し、ジハードとオイゲンに目をやる。

 ジハードとオイゲンが戦っていた相手もまた、王国兵が自分を殺しに来たとわかって硬直している。
 敵といえ、さすがに同情を禁じえない。

「こいつらは端から捨て駒だったようだな。王国兵が街を襲う反乱軍《・・・》を掃討し、ガーニムは民に信頼される。殺してしまえば口封じになるってことだな」
「ヒデェな。俺、あっちにつかなくてよかったぜ。こんな扱いされるなんて御免だ」


 ファジュルの嘆息にオイゲンが同意する。
 三人背中合わせになり、この場をどうするか思案する。
 トゥルバは何かを思いついたように、オイゲンの足にすがった。

「お、俺、本当に反乱軍に入ってやるよ。だから助けてくれ! 仲間を見捨てたりしないよな!」

 オイゲンはトゥルバを蹴り飛ばし、ゴミを見るような目で見下ろす。

「は? 命惜しさにこんなことする奴らをファジュルが反乱軍に入れるわけねーだろうが」
「私も同意見だ。民を巻き添えにする者など要らん」
 
 ファジュルが何も言わずとも、二人はよくわかっている。

「貴様ら、何をごちゃごちゃと! 仲間割れなら牢に入ってからしろ!」
「ま、ってくれ」

 怒鳴るバカラの声を、誰かが遮った。
 王国兵の隊列の後ろから、拠点を落としたリーダーがあらわれた。
 まるで赤子が立つ練習をしているような、危なげでおぼつかない足取り。家屋の壁を支えにしてなんとか歩いているような状態だ。

「ハキム准尉。なぜ止める」

 ハキムはバカラの前に出て、ファジュルたちを背で庇うようにしてその場に座り込む。

 かなりひどい怪我をしているのか、喋ることすらままならない様子だ。

「ぅ、あ……まちを、襲ったのは、反乱軍ではな…………陛下が、反乱、軍を騙って襲えと……聞かねば笞刑に…………」

 それを言うのがやっとだったようだ。ハキムは言い終える前に倒れ、気を失ってしまった。
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