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こぎつね望む露の花 (この章だけ喫茶要素少なめです)

7.蔵子お嬢様、あらわる。

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 鯨瀬埠頭くじらせふとうでの練習から三日後――ついに、真剣勝負の日となった。

 決戦の場はイナマキが用意してくれるとの事で、和祁かずき速来はやきは食料品店に集合する事になったのだが。

「だーもー、ほんっとあの店長面倒臭がりだなあ!」

 速来を肩に乗せて商店街を歩きながら、和祁は先程の丈牙じょうがの態度に憤慨する。
 バイト先の店長である相手だが、今回ばかりはいい加減な人だと思わずにはいられない。自分から関わっておいて、いざ決闘の日となると「僕は店が心配だから残ってるよ。二人で行っておいで」ときたもんだ。

 今まで銀平をサポートして来たというのに、実にいい加減だ。
 そんな丈牙の態度には速来も怒っているらしく、不機嫌そうにふかふかの尻尾をばしんばしんと和祁の肩に叩きつけていた。

「決闘、真剣なもの。ふまじめいなくていい」

 【宝蓮灯ほうれんとう】という不思議な道具を「奪う」と豪語していた戦闘民族な速来にとっては、丈牙の腑抜けた態度はかなり気に入らない物だったらしい。
 しかしわりと痛い尻尾攻撃には少々参ってしまう。
 とんだとばっちりだなと思いつつも、和祁は前方に見えてきたイナマキ食料品店に向かって歩いて行く……と、その店の前に仁王立ちで立つ人影が見えた。

「ん……?」

 じっとよく見て、あれは人影ではないと察する。
 何故なら、そのふわりとしたスカートをはいた人影には……耳らしきものと、風船のように尾の先っぽが膨らんだ独特の尻尾がついていたのだから。

(もしかして……あれが“蔵子”っていう子だぬき妖怪……?)

 近付いてみると、相手はくるりと毛先を巻いたツインテールを揺らして、実に高圧的な態度で和祁に振り向いた。

「あなたが、銀平の助っ人って奴ですわね!?」

 きっ、とこちらを睨み付けながら、ゆるふわ茶髪ツインテの小さな少女が和祁に強く問いかける。しかし、幼い彼女のけわしい表情は、愛らしさは有れど凄みなど欠片も感じられなかった。

 たぬき特有なのか、太い眉に丸く愛らしいどんぐり眼。ふくよかと言う訳ではないが丸い頬と輪郭は彼女の愛嬌を強めており、幼い子供特有の小さくまだ寸足らずの手足はふくふくとしていてまさに「健康優良児」と言った風体だった。
 現に、彼女は今腰に両手を当ててふんぞり返っている。
 本当に元気なお子さんだ。

(見た目からするとお嬢様だな……ですわねとか言ってたし……)

 対戦相手を無視する訳にもいかないので、和祁は跪いて彼女に目線を合わせた。

(えーと、こういう時は自分から名乗った方がいいんだよな……?)

 出来るだけ敵意を持たれないように、和祁は微笑みながら自己紹介をする。

「初めまして。俺は和祁。こっちは速来って言うんだ。君は?」

 優しく問うと、彼女は急にどぎまぎしだして、ドレスにも似た桜色のワンピースの裾をぎゅっと握りながら、もごもごと答えた。

「わ……私は蔵子ですわ……。由緒正しき化け狸であり、西海統主せいかいとうしゅ長次郎狸様の血縁、分家筋ですの」

 よく解らないが、狸妖怪達の中ではとても位の高い一族ということだろうか。
 分家だの西海せいかいだのと言った単語はよく解らなかったが、ドリルツインテで「ですわ」口調の少女はお嬢様だと相場が決まっている。

(だったら、銀平の為にも怒らせない方が良いよな。こっちのが妖術の扱いが上手なんだし、この手のお嬢様タイプは怒らせると滅茶苦茶になるし……それに、そもそも子供でしかも女の子なんだから、こういう時は優しく、だよな)

 ぼっちなので経験則などは何もないが、漫画では大抵そうするものだ。
 それで面倒が回避できるのなら、頭を下げるに越したことはない。

 しかし、彼女が銀平をそそのした悪いタヌキだとは思わなかった。
 話してみると年恰好の割にはしっかりした御嬢さんだし、気位は高そうだが、下々の民をむやみやたらに見下したりするような子ではなさそうだ。

 だったら、どうして銀平をわざと激昂させて勝負を挑んだのだろうか。

(……む、駄目だ駄目だ。相手に肩入れすると真剣勝負出来なくなりそうだからな。小さな子とは言え、もっと幼い銀平に悪さをしようとしたんだから、その辺りはちゃんと決着を付けてからじゃないと)

 話を聞いてしまえば情も湧くだろう。
 だから、銀平をサポートする自分が話を聞く訳にはいかなかった。

「カズキ、早く入る」
「あ、そ、そうだな。蔵子ちゃん、行こうか」

 そう言うと、相手はフンと鼻を鳴らしてツインテールをなびかせた。

「気安くちゃん付けしないで下さいます!?」

 そんな事を言いながら、蔵子はさっさと店に入ってしまった。

「うーん……なんともテンプレなお嬢様キャラ……」

 現実世界で居たらコスプレなのではないかと疑ってしまいそうだなと思いつつ、和祁も速来を伴って店に入った。
 いつものように無数の狐火がふわふわと浮かぶ店内には、すでにイナマキと銀平が準備万端でスタンバイしていた。

「やっと来たね、和祁君。さ、それじゃあカギば開くけんね」

 長崎弁なまりが強いイナマキが、和祁達を自分の近くに呼ぶ。
 なんだろうかと思いつつ、銀平の横につくと――イナマキは古めかしい金属の鍵を取り出して、不意に頭上に掲げた。

「鍵よ、異界の掟に従い、争いを望む者に場を貸し与えたまえ!」

 強い発声でイナマキがそう言った刹那。

「――――!!」

 鍵がまばゆく光り、その瞬間和祁達の周囲が一気に白い光に包まれて――

「え……」

 気が付けば、明らかに店内ではない不可思議な場所に、立っていた。

「ここ、は……」

 驚く和祁の言葉を代弁するように、肩に乗っかっている速来が目をぱちくりさせながら、周囲を見渡す。それも無理からぬことだった。
 何故なら、今和祁達がいる場所は――周囲には晴れた空しかない、円形の天空闘技場と思しき場所だったのだから。

「な、なななんで、なんですかこの場所! 上下左右この場所以外全部空なんですけど! 逃げ場が全然ないんですけどイナマキさんん!」

 思わずイナマキに詰め寄ると、彼女は困ったようにアハハと笑って頬を掻いた。

「い、いや~、今回の決戦場はここしか空いとらんでねえ……。ちょっと危険な場所ばってん、ま、まあ、審判はあたしがやるけん……」
「空いてないって……」
「さっき使った鍵は“戦場の鍵”っちゅうて、こういう戦うための場所に連れて行ってくれるとよ。異界は【浮世に忘れ去られたもの】が訪れる、安息の場やけんね……争いばで起こしたくなかって、異界のヌシが決めたっさ」
「な、なるほど……」

 だが、龍やら緑の宇宙人が出てくる漫画みたいなステージがあるなんて。一体“異界のヌシ”とやらは何を考えているのか。

「よし、それでは始めるけんね! 銀平、蔵子、そこの線の所に互いに立つ!」

 イナマキにそう言われて、銀平達は素直に中央にある二本の線の両側に立ち、互いに睨み合う。幼女と子ぎつねという実に可愛らしいにらみ合いだったが、本人達はいたって本気なので茶化してはいけない。

 和祁は邪魔しないように少し下がると、二人を見守る事にした。

「カズキ、ギンペはうまく出来るか?」

 速来がそう問いかけて来るのに、和祁は小さく頷く。

「大丈夫、本番だって上手くやれるさ。だって、銀平はを完璧にマスターしてたんだからな!」

 和祁達は、この三日間銀平が必死に頑張って技を習得した事を知っている。
 小さな体で一生懸命に頑張っていた銀平を、今更心配など出来ない。
 今は、精いっぱい応援してやらねば。

 気合を入れる和祁の視線の先で、二本足で立つ子ぎつねの尻尾は血気盛んな様子を隠しきれないほどに、力強く毛を膨張させていた。









 
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