異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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遺跡村ティーヴァ、白鏐の賢者と炎禍の業編

1.遥か昔の希望、今そこにある絶望

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 一人の男が、狭く薄暗い部屋にこもり、古い机に向かっていた。

 土壁の部屋に窓は無く、ただ水琅石すいろうせきの明かりが煌々と部屋を照らしていたが、机上の紙に一心不乱に筆記具を走らせる男には、光の強さなど関係は無い。
 ただ、脇目も振らずに男は必死に手を動かしていた。

「――――それは……何の役に立つものなんだ?」

 男の名を呼ぶ凛々しくも可愛らしい少女の声が、恐る恐ると言った口調で問いかける。邪魔をすまいかと思っての弱い言葉だったが、男はそれに怒ることも無く、苦笑しながら少女の方へと振り向いた。

「今は役に立たないよ……たぶんね。これは、遠い未来に役立つものなんだ」
「……すまない、私には君の言ってる事が理解しかねる……」

 明かりがあまり届かない部屋の端に陣取った少女は、影を纏いながら身を縮める。しかし男は咎めるでもなく、彼女に笑って肩を竦めた。

「リズ、二人っきりの時はもうちょっと砕けてくれよ」
「あ……えっと……ご、ごめん……。でも、遠い未来とはどういうことだ?」

 狭い部屋に男と二人きりだというのに緊張する事も無く、少女は青銀の髪を揺らし、軽く頭を傾げる。長く時間を共にして来たが故か、彼女にとって男はもう他人という存在ではなくなっていた。
 だが、彼女にとって男は謎が多く、そしていつもある懸念を抱く存在でもある。今もその懸念への不安を抱いているのか、思わしげな表情を浮かべていた。

 けれども、男はそれすらも理解しているのか、ランプの明かりに背を向けて椅子にもたれかかり、気楽そうにしてみせる。それが、この男なりの少女を落ち着かせる態度だった。……それが、何を解決する訳でもない事を解っていても、あえて。

「……遠い……遠い未来、必要になるんだ」
「…………未来には、なにがあるんだ?」
「恐らく……俺と同じような、異世界からの冒険者が来る。ロクな説明も与えられず、明らかな不親切に導かれてきた、不幸な人間が。……俺は、そいつを救いたい。誰かも判らないけど、俺が出来る事が有るのなら……長い時間を掛けて、やってやりたいんだ。……最強を極めた後でやることなんて、そうないしな」

 おどけたように言う男に、やっと少女は屈託なく笑った。

「ふふ……君らしいな。君はいつもそうやって、誰かを気に掛ける。けれどまさか、まだ見ぬ相手にまでそれが及ぶなんてね」
「なに、やれる事をやっているだけさ。これも、その一部。この国を救う為に、俺が遺跡に置いてきた“アーティファクト”を使えるように、そいつだけに解る言葉を書き記してるんだ。……俺と同じようなタチの奴なら、きっとこのヒントが存在する場所に行きつくだろうって思ってな」

 胸を張って言い切る男に、少女はまた首を傾げて、くすくすと声を漏らした。

「いつも思うんだが、君のその不思議な造語は一体どこから出て来るんだ? 異世界人というのは、本当に色んな事に堪能なんだな」
「そうでもないさ。……きっとこれから……これから、この世界は変わるよ。誰もが動き出す。きっとそうなるように、俺が変える。……いや、俺が変えて行かなければならないんだ」

 そう言って、男は椅子から立ち上がり、少女の前に立った。
 男は、己を見上げる彼女に微笑んで、その柔く優しい輪郭をした頬に手を添える。それだけで甘い思いに包まれたのか、少女は息を漏らし嬉しそうに目を細めた。

「私も……命尽きるまで、君のその理想の行く末を見守りたい……。他の子達がそう望んだように、最後の一人になるまで……君を……」

 切なさを含んだその声に、男は身じろぎ――――小さく可憐な唇に、触れるだけの優しいキスを施した。

「ずっと、一緒にいる。約束するよ。……俺は、君を一人にしない」
「…………ありがとう……すまない……。すまない、私ばかりが……幸せで……」

 彼女の口が、涙声でその名を呼ぶ。
 男は彼女の言葉に何を言うでもなく、ただ彼女を抱き締めた。

 ――男は、間違いなく今まで幸せだった。彼女が隣にいれば、どんな事でも耐えられた。それほど、男は彼女との日々に幸せを感じていたのだ。
 けれど、少女の切ない言葉に掛けてやる言葉が無い。
 いや、どう答えたとしても、何の慰めにもならなかったが故に、何も言えなかったのだ。何故なら、二人とも全てを承知の上で、今、この狭く質素な部屋に籠って作業を続けていたのだから。

「…………夕飯にしようか。今日は俺が作るよ」
「うん。……とびきり美味しい、ハンバーグ……楽しみにしてる」
「おいおい、本当食い意地だけは変わんないな、お前は」

 少女を抱き締めたまま明るい声で笑う男に、少女もつられて笑う。
 お互い顔は見えなかったが、それでよかった。
 二人とも、まだ笑い合えるような表情に戻れてはいなかったのだから。

 彼女の命は、自分よりも短い物だと――――男も、少女も、知っていた。
 知っていたからこそ、相手にこんな表情を見せたくは無かったのだ。

 たとえそれが、何千回繰り返された茶番だったのだとしても。




   ◆




 ティーヴァ村……と言うからには、村の形をしている物だと勝手に思っていた。

 牧歌的な建物にまばらな軒数、村長の家だけがやけにデカくて、周囲には畑やら家畜小屋やらが散らばっている。大体がそのような「あるある」で構成されていて、ゲームなら「これ屋根の色変えただけやん」みたいなレベルの村がある。そんな風な物を想像していたのだが……現実は、全く違っていたのだ。

 ……いや、トランクルやベイシェール(家事妖精のマーサ爺ちゃんとリオルがいた所な)で嫌と言うほど「この世界の“村”と言う定義はアテにならない」と思い知ったハズだったし、ディルフィ村を見て察するべきだったのかも知れないが……なんと言うか、それでもティーヴァ村は予想に反した場所だったのだ。

 まず、最初に思った事が……荒野じゃない。そう、荒野じゃないのだ。
 フォキス村の村長・ソラさんが言うには、ディルフィ村から南は完全な荒野地帯で、緑が密集している場所など無いとの事だった。

 なのに、この村の周囲にだけ何故か緑が茂っており、村の中心にはどっから流れて来てんだって量の水が水路に流れまくっている。ちなみに、村の地面は黄土色の煉瓦敷き。オール煉瓦だ。子供が怪我し難くなったぜヤッタネ。
 ……じゃなくて。

「な……な……なんで村がこんな栄えてんだよ!!」

 そう、俺が言いたかったのは、ソコ。そこなのだ。

 いやまあディルフィ村も結構おかしかったけど、こっちの村のがおかしいわ。
 なんで、荒野の中にある村の家が、白い漆喰でお化粧をしてたり花壇設置されたりしてんの。どうしてまともな屋根作って煉瓦の煙突つけられる財力があんの。おまけに……な、なんで……なんで風呂屋があるんだよぉっ!!

「おかしーじゃん、おかしーじゃん!? 宿屋があるのは解るけど風呂屋ってなに、鍛冶屋もあるし酒場も有るってなんなんだこの村! もう街じゃん、ちっちゃい街になってんじゃん!!」
「お、落ち着いてツカサ君」
「どうどう」

 ブラックとクロウが両側から俺を落ち着けようとするが、裏街道の他の村落を見てきた俺としては我慢が出来ない。他の村は物凄く質素な暮らしをしてるのに、何故に国の支援を受けているだろうこの二つの村だけこんなにリッチなんだ。

 普段は裏街道つって捨て置いてる場所のくせして、自分達の息のかかった場所だけこんな風に優遇するなんて間違ってるよ。なんなんだよマジで。
 質素に暮らせって言ってる訳じゃないし、理由があるのかもしれないけど、でも何かすげえ納得いかない。いくら人工村だっていっても限度があるってばよ。

 村の入口で人の迷惑にならない程度にキイキイ怒る俺だったが、しかしブラックは俺の背中をどうどうと擦りながら、珍しくまともなことを言ってくる。

「ツカサ君落ち着いてよう。僕が言う事じゃないけど、この村にも何か金を貰うだけの不都合だとかが有るのかも知れないだろう? ディルフィ村も畑づくりを知らない奴らを呼び寄せた偽の村だったし、裕福にもそれなりに理由が有るのかもよ」
「うぐ……」
「ツカサ、他の村を思う気持ちは解るが、旅人の俺達には測れん事もある。まずは宿に行って荷物を置こう。話はそれからだ」

 ううう、オッサン二人がいつになくマトモな事を……。

 でもそうだな。俺には解らない事情が有るのかも知れないし、表面だけを見て判断するってのは早計だ。まずじっくり調べて、人の話も聞いて見なくちゃな。
 見た所このティーヴァ村は広く、道を行き交う人を見る限りでは俺達以外の旅人もいるみたいだから、そう人見知りする人は居ないだろうし……。酒場とかに行けば、この村の概要とかも少しは解るかも。

 うむ、ここは冷静に、決めつけはナシで行こう。どうしても婆ちゃんの村を基準にして考えちゃうから、村っぽくない所見るとすぐこうなっちゃうんだよなあ。
 つーかまあ、村って五百人住んでて現代的でも、「町」の要件を満たさないと村のままだっていうし、そもそも異世界じゃ村の定義だって違うかもしんないし。
 一目見て決めつけるだなんて、俺もまだまだ修行が足りんな……。

 とりあえず、宿に行って頭を冷やそう。色々見極めるのはそれからだ。
 今回はブラック達に従い、村にしては随分と大きな宿屋に向かうと、俺達はやけに商売慣れした受付のお姉さんに部屋を頼むことにした。
 ……にしても、宿屋も街っぽいな本当……。

「いらっしゃいませ。ご宿泊ですか?」
「あ、はい。えーっと、三人部屋なんですが……空いてますか?」

 そう問いかけると、お姉さんはすぐに顔を曇らせた。

「申し訳ございません……私どもの宿では部屋数が足りず、三名様用の部屋は取り扱っていないのです。それと……」

 そう言って、お姉さんはちらりとクロウの方を見る。
 どうしたんだろうと思っていると、彼女は申し訳なさそうに頭を下げた。

「私どもの宿は、熊の獣人の方にはご遠慮いただいてまして……」
「えっ」
「以前、別の熊族の方が寝惚ねぼけて獣の姿になられて……その……客室を幾つか、破壊なさってしまいまして……。ですので、他のお客様の安全の為にもご理解下さい」

 ああ……熊の体って大きいし、力も強いもんね……。
 でもそれなら泊まれないなと思っていると、クロウが妙な事を言い出した。

「オレなら野宿でも平気だ。二人で泊まればいい」
「ハァ!? そんな事出来る訳ないじゃん!」

 思わず反射的に返してしまったが、まったくその通りだ。
 なんでクロウだけ野宿させるんだよ。意味解んないんだけど。

 何を言ってんだとクロウに詰め寄るが、相手は至極本気なのか当たり前の事を言うかのように、いつもの無表情でさらさらっと反論してくる。

「ツカサはベッドで休んだ方がよく眠れるだろう? オレなら森で身を隠して眠れるし、襲われる心配も無い。熊の姿なら服も汚れる事は無いぞ」
「はっ……ばっ、ばか! クロウ一人で野宿させるわけないだろ!? パーティーを何だと思ってんだよお前はっ!! も、もういい! お騒がせしてすみませんでしたほらいくぞ二人とも!!」

 言葉の流れで受け付けのお姉さんに頭を下げてから、俺は二人の背中を押して宿屋から無理矢理に押し出した。
 これ以上あの中に居たら、押し問答の末に強引に二人で泊まる羽目になってたかも知れないからな。そんな事出来るかっつーの。

「本当にいいのか?」

 首を傾げて熊耳を動かしながら、俺をじっと見つめて来るクロウ。
 口では遠慮しているけど、熊耳は明らかに俺が宿に泊まらないのを喜んでいるようで、無邪気にピコピコと動いていた。
 ……そんな仕草をされたら、余計に泊まりたくなくなるじゃないか。

「良いんだよ! まあ、なんか……こんだけデカい村なんだから、他に泊めてくれるところがあるだろ。なっ、ブラック!」
「えー。僕別に二人で泊まっても良かったよー?」
「本当に酷いなお前は!」

 まあ通常運転ですけれども……怒っても仕方ないか。
 とりあえず人の多い場所で情報を集めようと言う事になり、俺達は村の広場の近くにある酒場に入ってみる事にした。








 


※今回の章は久しぶりに危ないかもしれない(色々と)
 
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