異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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神域島ピルグリム、最後に望む願いごと編

25.それを世界が望んだとしても

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   ◆



「……そっか、そんな事あのクソ眼鏡に言われたんだ……」

 祭壇の部屋。噴水のすぐ横の壁に凭れたブラックが、そう言う。
 俺は、泣き疲れて気力も無くなった体を横からブラックに抱かれて、ただ頷いた。

 ……勢いで、全部話してしまった。
 そう、全部。

 隠していたテウルギアの事も、キュウマに言われた「神のかわり」の事も、とにかく今までずっと内に閉じ込めていた全てを、涙と鼻水でずるずる言いながら、まるで「誰かにいじめられたよ」と子供が喚くように話してしまった。

 まだ頭の中は整理できてないし、涙腺は緩みっぱなしだ。
 こんな風に話して良い事じゃない。解っているのに、口が止まらなかった。

 それだけブラックを信用して甘えていると言えば聞こえはいいが、こんなの結局は「悲しさの片棒担ぎ」を要求しているに過ぎない。同情して貰いたかったんだ。
 自分でもそんな卑怯なことをしていると解っている。だけど、抑えられなかった。

 誰にもこんな気持ちは解って貰えない。
 自分の身勝手な選択のせいで捻じ曲がった世界が更に狂ってしまうとしたら、悪いのは間違いなく俺だ。そこに弁解の余地は無い。これはワガママでしかないんだ。

 でも俺は、自分一人のワガママを通したくて仕方が無かった。
 世界の寿命を縮めると知っても、ブラックの傍に居たかった。神様になんて、絶対になりたくなかった。そんな物になるくらいならいっそ……ほろんでも、いい。

 そんな考えが通るはずもない、解っている。理解しているのに、ダメだった。
 俺は涙腺もアタマもいつも以上にバカになってしまってて、抑えなくちゃいけない感情を抑えられなかったんだ。
 だからこんな、子供みたいに喚いて、ワガママを言って、ブラックに……俺の事を、最後まで受け入れてくれると信じているブラックに、話して、しまって……。

「ごめん……なさい……」

 今まで隠していた事もそうだけど……こんなの、ブラックに話して良い事じゃないんだよな。だって俺は、ブラックの世界が壊れようが、俺の願いが叶うならもうどうでも良いって言ったような物なんだから。

 いくらブラックが「この世界も神もどうでもいい」と言っても、俺のせいで自分の世界が壊れてしまうとしたら、怒っても仕方ないだろう。
 そう、思ったんだけど。

「なんで謝るの? ツカサ君は悪い事なんてなにもしてないじゃない。むしろ、あのクソ眼鏡の失敗の尻拭いをさせられてる可哀想な被害者でしょ」
「でも……元はと言えば、俺の世界の奴らの失敗だし……それに……俺、ブラックの世界を、壊れても良いって……」

 自分の答えに今更体が冷えて震えるが、ブラックが引き寄せて俺の上半身を自分の体の中にすっぽりと入れてしまう。変な体勢になって、立て膝から女座りみたいになってしまった俺に、ブラックはぎゅうっと抱き着いて来た。

「それは、僕と一緒に居たいからでしょ? ふふ、嬉しいよ……。だって、ツカサ君は最後に僕を選んでくれたんだもの。他の奴なんてどうでも良いじゃない。どうせ、いつ滅ぶか解らないんでしょ? なら、好き勝手しようが誰も怒りっこないよ」
「でも……」

 だからって、自分勝手にして良いんだろうか。
 もし今神の座が本当に空席で、俺に「神格」が回って来るのだとしたら……俺は、絶対にその座を維持する事は出来ない。

 俺はキュウマみたいに頭もよくないし、ナトラみたいに世界を平和に出来ない。
 アスカーのように無限の知識を持っていた訳でも無ければ、武力も、創造性も、何一つ誇れる所のないただの一般人にしか過ぎないんだ。

 そんな奴が世界を制御するなんて、それこそ自ら破滅を選ぶような物だろう。
 だけど今の状態が「狂っている」のだとすれば……俺が、神様になって、この世界の為に何かしなきゃいけないんじゃないのか。

 本当は、そのためにこの世界に転移させられたんじゃないんだろうか。
 神を殺すためじゃ無く、神の座に就いて、命懸けでこの世界の狂いを修正する。
 それが、俺の本当の役目じゃないのか。そう思うと、吐き出した俺のワガママは、どうしようもなく独りよがりのように思えて……。

「ツカサ君は深く考えすぎなんだよ」
「え……」

 顔を上げると、ブラックはすかさず頬にキスをして来た。
 ちくちくして、柔らかいんだか硬いんだかわかんない、いつものキス。

 見上げた菫色の瞳は、いつもみたいに笑っていた。

「僕は、世界なんてどうだっていい。ディルムでそう言ったけど……でもさ、本当はみんな、自分の暮らしている場所が無事なら世界がどうなっても知ったこっちゃないのさ。隣町が焼かれたって『自分の村は無事だと良いんだけど』と思うし、三軒先の家が盗賊に襲われて殺されたって『自分じゃなくて良かった』って思うだけだ。もし世界が明日滅ぶんだとしても、どうせ全員死ぬんだから恨み言なんて無駄だよ」
「……ブラック…………」

 確かに、そうかもしれない。
 自分の棲んでいる家が、街が、無事で良かった。誰もがそう思う物だ。
 そしてどこか遠くの町が滅んでも、誰もそれを長く悼んだりはしない。自分の世界が、今生きている場所が無事なら……みんな、忘れてしまう。

「人ってさ、本当は他人なんてどうでも良いんだよ。だから僕は、世界がどうなったっていい。ツカサ君が居てくれたら、最後の最期まで抱き締め合って一緒に死んでくれるなら、それで満足だよ。その次なんて、もうないんだ。今、ツカサ君が傍に居てくれる。僕を永遠に欲してくれる。それで、満足なんだ」

 支え合って生きるのが人だと言う。
 みんなで仲良くしよう、助け合おうって俺は教わった。
 自分が助けた事で人が喜んでくれるのは、嬉しい。そしていつかはその助けた記憶が、巡り巡って自分や自分の子供達に還って行く。そんな世界に、俺は生きていた。

 だから、ブラックの言う事も解るし、解らない。
 解らないと言わなければいけないのに、言葉が出なかった。

「明日なんて、どうなるか解らない。この世界は最初からそんな世界だ。文句を言う奴なんて、放っておけばいい。だから、ツカサ君は、ツカサ君のままでいいんだよ。だって、今僕の目の前にいるツカサ君はちっとも変わらないよ? 黒曜の使者でも、一つ罪を犯したのだとしても、ワガママを言っても……僕の大好きな、ツカサ君だ。きみはきっと何が有っても変わらない。一つ何かが増えるだけ。それは変わったんじゃない、君が『生きるための何かを得た』だけなんだ。……だから、無理しなくて良いんだよ」

 ブラックの言葉が、俺を甘やかす。
 理性では駄目だと自分を叱咤していたのに、全て許しそうになる。
 全てを投げ出して、ブラックの言うままにずっとこうして居たくなってしまう。

 優しい。
 俺にだけ優しい、おかしなヤツ。

「……ねえ、それにさ、まだどうなるかなんて決まった訳じゃないんだよ」
「…………?」
「明日はどうなるか解らないって言っただろう? ……僕だって、ツカサ君と出会うまでは、こうやって誰かと一緒に居る想像なんてつかなかった。運命が有るんだって人は言うけどさ、でも……運命って、蜘蛛の巣のように入り組んでる物なんだよ」

 言いながら、ブラックは俺の前で掌を開いて見せる。
 そうして、片方の手の指で二本脚を作ると、掌を歩かせ始めた。

「例え行きつく先が同じでも、幾つも道筋が有って分かれてる。だから、誰も自分が歩む先が解らない。結末だって、仮に決まっていても……足掻いたら破れて弾けて、別の道になってしまう事も有るんだ。この先自分達に降りかかる幸不幸が解らないとしても……道まで決まってるわけじゃない。それは、自分で選べるんだ。僕は、そう教わったよ。……随分昔の話だけどね」
「ブラック……」

 名前を呼ぶと、抱き締めてくれる。
 今日は何度抱き締めて貰ったんだろう。だけど、一度も嫌と思わない。
 ブラックに包んで貰えるだけで、それだけで心が安らぐような気さえした。

「だからさ……足掻いてみようよ。僕がツカサ君の味方になるよ。ツカサ君がしたいようにしてあげる。僕と一緒に居たいって言ってくれたツカサ君のためなら……僕はこの世界を壊してでも……ずっと、一緒に居てあげる……」
「っ…………」

 ああ、もう。
 どうしてアンタはそうなんだよ。

 なんで、俺をそうやって甘やかすんだ。

 待っているのは破滅かも知れないのに、俺が「一緒に居たい」と思っただけで全部肯定して、帰りたがらず神様にもなりたくないダメな俺の為に動こうとしてくれる。
 そんなの俺が望んだ対等な関係じゃない。
 ブラックの幸せを願うなら、絶対に選んではいけない道なのに。

 ……なのに……ブラックが、今を幸せと言ってくれる。
 俺を、助けようとしてくれるんだ。

 好きで、好きで、どうしようもなくなる。
 可能性に賭けて見たくなる。希望が見える保証も無いのに。
 だけど。

「僕に任せてよ、ツカサ君」

 いつものだらしない、人懐こい笑顔でそう言われると――――
 泣きながら頷くしかなかった。








   ◆



 その夜、俺達は遺跡に戻って見て来た事を艦長達とマグナに話した。
 クロッコの事は伏せて、首謀者と件の装置を見つけた……と。

 そして、装置がある部屋には俺とブラックしか入れないと言う事も話した。これには疑いの目が向けられるかも知れないと思っていたが……みんな、すんなりと俺達の話を受け入れてくれた。拍子抜けするぐらい、あっさりと。

 ジェラード艦長が言うには「お前達の事を今更疑う奴がいるか」と言う事だったが、信用して貰えてたんだろうか。兵士達も、心配そうに俺に声をかけてくれる以外は痛い事なんて一言も言わなかった。
 少しの間この島で行動しただけなのに、仲間だと思ってくれている。
 それが嬉しくて……心苦しい。だけど、もう後には引けなかった。

 けれどそんな中で、マグナが一人だけブラックに対して異様に突っかかっていた。
 二人に何が有ったのか解らない。でもその剣幕と言ったら異常で。
 事有るごとに俺を見ていたから、多分俺が体力を消耗したような顔になっているのを心配してくれたんだと思う。でも、それは俺のせいでブラックは関係ないんだ。

 必死に宥めたけど、マグナは不満げだった。
 しかしどうしようもない。
 マグナ達には、クロウと一緒に避難して貰うしかないのだから。
 それについては、クロウも少し不満げだったけど……もしかしたら俺達の話を聞いていたのか、自分の役割については何も言わなかった。

 ただ、行動を起こす前の仮眠を取っている時に、俺の方に近寄って来て「必ず、戻って来てくれ」と俺を抱き締めて眠ってしまったけど。
 ……でも、仕方ないよな。だって下手をすると、俺は居なくなるかもしれない。
 クロウと約束した事を果たせなくなるんだから。
 ブラックは不機嫌層だったけど、今はクロウの望み通りにさせてやりたかった。

 ……待っているクロウが、一番つらいと思うから。

 それを理解していて突き放すなんて、俺も酷い奴だなと思う。
 クロウの「大人の部分」に期待して別行動を取らせるなんて、クロウにとって一番イヤな事かも知れないのに。でも、クロウは何も言わずに従ってくれた。
 俺が「本当はどうしたいのか」を理解してくれているから……信じて待っていると言ってくれたんだ。

 その気持ちを無駄に出来ない。

 だから俺は……なんとしてでも、これから先に起こるだろう事を捻じ曲げなければならなかった。

「じゃあ、俺達は砦で待機してるぞ」

 翌朝、ジェラード艦長が俺達に言い、バルコニーから前庭に降りて行く。
 兵士達も俺とブラックに暖かい言葉を掛けてから、降りて行ってくれた。

 みんな、誰ひとり俺達を疑わない。
 きっと生成装置をどうにかしてくれると信じていた。

「…………ツカサ、どうか気を付けて」

 兵士達が降りたのを見届けたマグナが、そう言って俺の手を握ってくれる。
 温かい、友達の手。俺の事を心底心配してくれている、この世界で出来た、初めての友達だったやつの手だ。俺はそれを握り返して、ただ頷いた。

 そして、最後に残ったのは。

「……ツカサ……ブラック……」
「なんだよ、早く行けよ駄熊」

 いつもの辛辣なブラックの言葉にクロウはあからさまに耳を伏せたが、それでも俺の方へと近寄って来る。そうして、ぎゅっと抱きしめて来た。
 ブラックとは違う、硬くて息が苦しくなるほどの抱擁。クロウの抱き締め方だ。

「ツカサは、絶対にオレを置いて行かない……信じて、待っている」
「……ありがとう、クロウ……」

 何もかも知っていても、俺達を送り出してくれる。
 本当に……クロウには、助けて貰ってばっかりだ。

 帰って来たら、この遺跡で目的を果たして無事に脱出できたら……絶対に、クロウを一番に抱き締めに行こう。
 そう思って顔を上げると、クロウは少し目を細めて――俺に、キスをして来た。

「あ゛ッ!! なっ、だっ駄熊お前なにやって……!!」
「ツカサ……好きだ……愛してる……ずっと、ずっと待っているからな……」
「っ、ん……んぅ、う……っ」

 何度も、なんどもキスを繰り返されて、最後に唇を舐められる。
 少しざらついた独特な感触の舌は、忘れることなんて出来そうにない。
 やっと離してくれたクロウに、俺は一度だけ頷いて抱き締め返した。

「だあもうほらほらさっさと行けよクソ熊!!」
「ムゥ……。ブラック、絶対にツカサを連れて帰れ。約束だぞ」
「わかったわかった!」

 鬱陶しがりながらも、ブラックはちゃんと返事をしている。
 他のヤツだったら「わかった」なんて言いもしないのに、クロウにだけは「やってやる」と言い切っているみたいだった。

「…………ツカサ君、なに笑ってるのさ」

 クロウをロープに追い立てて前庭に降ろしたブラックが、俺を胡乱な目で見やる。それを「何でも無い」と一蹴すると、俺は大きく息を吸った。

「……行こうか」

 俺のその言葉に、ブラックは急に真面目な顔になって頷く。
 そうして、今度はブラックが俺を強く抱きしめて来た。

「僕に任せて。絶対に……絶対に、ツカサ君を守って見せるから」
「……うん…………」

 その言葉だけで、救われるような気がする。

 ブラックが肯定してくれるのなら、世界を裏切る事すら怖くなくなりそうだった。













 
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