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物流拠点ノイブラの旅

60.木こりの家

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 ハルジオンとシーヴは、係留された木々の間に生えた雑草をひたすらもしゃもしゃと食べていた。二人の帰りを待っている間に、先ほどまで感じていた熱風が収まり、日が暮れてきた。

 私たち、置いてけぼり?まさかね!と二頭で顔を見合わせていると、水を汲みに来たユーリが歩いて来るのが見える。

「あれ!シーヴ!それにあなたはさっきの…どうしてここに?」

 ユーリが2頭の首元を撫でて、いい子だねと話しかけても、人間の言葉が話せるわけではないから、答えは当然返ってこない。2杯の木桶を家から持ってきて、道沿いの水路から水をたっぷり汲んで2頭が飲める範囲のところにおいてやると、どちらも嬉しそうに水を飲んだ。

 空はもうすっかり薄紫色になっている。真っ暗になる前に戻らないと母が心配するから…と2頭から離れると、森林の奥から、先ほど見送った銀色の髪をなびかせて走ってくる人の姿が見えた。

「ハイデル様…と、アストラル?」

 マリの姿が一瞬見えないことに不安を覚える。まだ真っ暗になるまでは時間がある。二人がここを通るなら事情を聴こうと待っていると、なんだか少しずつスピードを落としているように見えた。

「ユーリ!ユーリだな!」

 あんなにも冷静沈着で、静かな大人代表ですと言わんばかりのキリリとした顔、高貴な雰囲気だったハイデル様が、髪を乱し、声を荒げてユーリの名前を呼ぶ。そんなことよっぽどのことがない限りあり得ない。まさか…と嫌な予感がする。

「マリが魔力酔いしている…っ、私は外で構わないから、マリをユーリの家に泊めてほしい。」

 ユーリは始め、馬の上にいるハイデル様にばかり目がいっていた。暗くて見えなかったが、よく見ると眠っているのか気分が悪いのか、会話が出来そうにはない状態で抱きかかえられているマリ様が、ハイデル様の腕の中にいた。

「うちはたぶん大丈夫だけど…おかあさんに言ってきます!」

 ユーリは一目散に森を出て右手にあるログハウスのような家へ駆けていく。

「アイツんちは、もともと木こりなんだけども、父親が早くに病気で亡くなってなぁ。今は母子の二人暮らしだァ。悪い奴やないけぇ、安心してくれ。」
「あぁ。ここの存在に君が気付いてくれて、助かったよ。
職務中に時間を取らせてしまって申し訳ない。」

 軽くぺこりと頭を下げたところで、ユーリが家から走って戻ってきた。家のドアを開けて背の高い女性がこちらを心配そうに見ている影が見て取れる。

「おかあさん良いって!
 ハイデルさま、早くマリさまをおうちの中に…!」
「ありがとう、助かるよユーリ。
 アストラル殿、グレイ殿にも感謝すると伝えてほしい。」

 軽く手を振って返事をしたアストラルに、ハイデルも手を挙げて感謝を伝え、マリを下ろしてから自身も馬を降りる。運んでくれた馬はマリが心配なのか、マリの顔に顔を寄せて、匂いを嗅いでから目をぱちぱちとさせている。この町の人々について、自分は考えを改めなければならないなと強く思いながら、ハイデルは急いでユーリの家へマリを運んだ。

「こんばんは宰相様。巫女様の体調がすぐれないと伺いました。
古い我が家で申し訳ありませんが、どうぞこちらへ。」
「夜分遅くに無茶を言ってしまってすまない。ありがとう。」

 ユーリの母はすぐに中へと2人を案内した。入ってすぐのリビングを通り、奥の部屋に進むと大きなベッドがある。

「昔、夫が使っていたものですが、今はユーリのものです。
 今日は私のベッドでユーリを寝かせますから、どうかここを使ってください。」
「母子の二人暮らしに邪魔をしてしまって、大変申し訳ない。
 私は表で構わないので、どうかお気遣いなく。」

 マリをベッドに下ろし、布団をかけた後、ハイデルは深々と頭を下げる。

「そんな…どうか頭を上げてください、宰相様。

 今日うちに帰ってきたユーリは、おふたりがユーリにどんなに優しく接してくださったか、可愛がっていた馬がどんなに嬉しそうだったか、たくさん話してくれました。

 お恥ずかしいことに、こんなに楽しそうに一日の事を話すユーリに、私はとても久しぶりに会うことができたんです。夫が亡くなってからというもの、ユーリにはたくさん我慢をさせていましたので…それだけで私はとても幸せですし、お二人には感謝してもしきれないほどで。

 夫の実家であるこの家を、お二人が身体を休める場所として使っていただけるなら、まだまだ足らないくらいですが、それこそ恩返しになるというもの。
どうかゆっくり、休まれてください。」

 ユーリの母は先ほどのハイデルよりもさらに深々と頭を下げる。ユーリもあまり意味は分かっていない様子ながら、「さいしょうさまも、泊まっていってください!」と、母と一緒に頭を下げた。

「お二人にお願いされては仕方ありませんね。
今日はマリの傍に居させていただいても、よろしいですか?」
「えぇ、もちろんです!
 簡単な食事しかありませんが、よかったら…お召し上がりになられますか?」

 机には既に食事を済ませた後と思われる大きな鍋と、かごに乗ったいくつかのフルーツ、半分ほど残った大きめの丸いパンが置かれている。

「では…ご厚意に預かり、お邪魔させていただいてもいいかな。」
「はい!どーぞ!ハイデルさまは、こっち!」

 ユーリはすぐに、火の近くにある大きく丸くくり抜かれた切り株状の椅子を引き、ここに座ってとばかりに案内する。カッと笑ったユーリの顔は昼に見た時よりもだいぶ幼げで、あそこでは大人に混じって一生懸命気を張って頑張っているのだなと思わされる。

 薄切りのライ麦のパンと、いくつかの根菜を細かく切って煮た真っ赤なスープが丸い木皿で出される。どれも柔らかく、しっかりと煮込まれたその味は、普段の食事とは違う暖かみのある味で、心身ともに疲労の色が出ていた体の隅々まで、栄養が染みわたるようだった。

 食事を済ませると、ハイデルは表に出て、ユーリが木桶に汲んでおいてくれた水で顔を洗い流し、髪を一度結び直した。残りの清潔な水でハンカチを濡らして、軽く絞る。シーヴとハルジオンが無事なのをちらっと確認して、マリの寝るベッドサイドへ戻ると、マリの額や首筋にうっすらと浮かぶ汗を先程のハンカチで拭った。

 マリは、ここへきた時よりも、明らかに穏やかな表情で眠っている。朝になるまでマリを見ていよう、と傍で座っていたハイデルだったが、結局安心した気持ちと疲労からくる眠気には勝てず、マリの手を握ったまま、ベッドサイドに突っ伏して眠ってしまったのだった。
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