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 空が夕焼けに染まり始めた頃、控えめなノックの音がシャルロットの耳に届いた。
「はい──あら?」
 扉の向こうにいたのはセルヴィンで、自分が扉を叩いたくせに何故だか驚いたような顔でこちらを見下ろしている。
「旦那様?何かご用ですか?」
 昼に言った通り、別に用事があるのならわざわざ来なくともメイドに伝えてくれたら自分から出向くのに。緩く首を傾げたシャルロットにほんの少し言い淀んでから彼は口を開いた。
「すまない。何かしていたか?」
 こちらの都合を伺うその言葉にやはり婚約時と比べてしまう。いつも約束など取り付けず、用事があった時はこちらの事情を考えもしないで押し掛けてきていた彼は一体どこへいってしまったのか。
「本を読んでおりましたから大丈夫です。何か私に御用ですか?」
 妻子を持てば変わる人は聞いたことがあるけれど、結婚しただけで百八十度も変わるこんな人を目にしたのは勿論初めてのことであるし、なんなら聞いたことすらないのだが。
「夕飯はどうするのかと思ってな」
 たったそれだけのことで部屋に来るとはよほど暇を持て余していたのだろうか。
「私は普段は部屋に運んで貰いますけれど」
「それは聞いた」
 ならば何が聞きたいのだろう。
 言葉の意図が掴めず困った表情を浮かべたシャルロットにセルヴィンは大きくため息を吐いた。
「いくら無関心でも夫婦なら普通、食事くらいは共に取るべきじゃないのかと思うんだが」
「はぁ…」
 人の決めた普通などどうでも良い、自分に利のないことをわざわざ行う必要もないと言ったのは他でもない貴方なのだけれど。
「ええっと…」
 流石にそれを口にすることは憚られて口籠ったシャルロットに、廊下に控えていたジェームズが口を開いた。
「奥様。旦那様は奥様と顔を合わせて食事の時間を楽しみたいようです、もし宜しければ旦那様がいらっしゃる時にはご一緒に召し上がってはいかがでしょうか?」
 その言葉に特に何も言わないあたり、どうやら彼のその解釈で合っているらしかった。
(確かに一人の食事もなかなかに味気ないものね)
 実家にいた頃も別に和気藹々とした会話があったわけでもないけれど一応は家族で揃って食卓についていた。この家に来てから食事の際に少し味気なく感じたのは、なんだかんだで共に同じ食事を取ることはそれなりに大切なことだったのかもしれない。
「旦那様がそうお望みでしたらそのように致します。よろしいですか?」
 首を傾げて尋ねたシャルロットに、セルヴィンはそれはそれは嬉しそうな顔で大きく頷いた。
「あぁ、そうしてくれ!」
「……分かりました」
 その様子があまりにも子どものようだったから思わずパッと目を逸らしてしまう。この胸の動悸は別におかしなものではない。ただ驚きや他のたくさんの感情が混じっただけ。
(…そんな顔で笑うのね)
 ただほんの少しだけ、結婚したことを悪くないと思ってしまった。

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