真昼のドラゴン

なめこプディング

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第15話① お披露目

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 ――冒険者ギルドの信用が失墜したあの騒動から早くも二月以上の時間が経過した。

 様々な思惑が交錯し、今や町の勢力図は大きく変わろうとしている。
 商工ギルドはそれまでの蜜月関係を解消し、冒険者ギルドから多数の冒険者の引き抜いた。
 その立役者が一連の騒動の渦中にいたサイラスという若い男だということは、ロ―ジアンに住む者なら誰しもが知っていることである。

 彼の評価は様々だ。
 商工ギルドが喧伝するように、冒険者ギルドの怠慢から理不尽な苦境に立たされた被害者だと言う者もいる。
 その一方で、全てが彼の仕組んだ企みであるという噂も町の陰で囁かれていた。

 元々証拠などあってないような話なので是非も無い。
 ただどちらの立場に立っても、ただ一つだけ皆が一致する思いがあった。
 それはサイラスという男が、油断ならない勝利者だということ。

「なあ、オレたちは収集人ギャザラーを見に来たんだよな」

 若い商人の男は隣に立つ友人にぼんやりと呟いた。

 ロ―ジアン郊外。
 まばらに木々が立ち並ぶ山すそに、複数の男たちが集まっていた。
 彼らはみな商工ギルドの所属である。

 冒険者ギルドから人員を引き抜き、商工ギルドは『収集人ギャザラー』と呼称する集団を新たに結成させた。
 彼らの仕事はその名の通り、薬草や魔物素材の収集に偏重している。
 今日は商工ギルドの人々が、その集団の視察に訪れていた。

「……元冒険者なんて所詮ゴロツキ崩れだと思ってたんだがなぁ」
「いや、そういう問題じゃねえだろ。ヤバいぞコレ」

 そんなどこか呑気な友人の返答に、商人の男は焦るような顔を見せる。

 収集人ギャザラーの仕事ぶりに問題があったわけでは無い。
 むしろその逆である。
 今はただ視察団の前で簡単な予行演習をしているだけだが、ケチをつけられるような点は見受けられない。

 それでも無理に失点を見出すとすれば、それはただ一つ。
 やり過ぎだ、ということだけ。

「集合ー!」

 サイラスと思わしき若い男が、首から下げた笛を吹きならす。
 耳をつんざく甲高い音が辺りに響き渡ると、鍛えられた体躯の男たちが一斉に駆け寄る。

「一列になって、前ぇ、ならえ!」

 号令と共に、ざっと列が作られる。
 途中サイラスが、前の人間とかかとを合わせろだとか、視界の中で頭が重なるようにしろという小さく注意を飛ばしたが、それ以外は特に細かい指示などは無かった。

 それで整然と動く収集人ギャザラーの集団を見て、商工ギルドの面々は顔を青くしている。

「これもう軍隊だろ。普通は騎士団が黙ってねえぞ……」

 ただの腕が立つだけのゴロツキならばまだ良い。
 魔物との戦いに冒険者のような肉壁は必須だし、彼らは対人戦に関しては素人だ。
 だがそれらを集団で、組織的に運用できるとなれば話は違う。
 そこまでいけばもう、騎士団の領分だ。

 ただ素材集めが上手い集団を作るというだけの話だったのに、これでは立派な私兵団として通用してしまう。

「別に平気だろう。数は二十そこら。それもただ号令で整列できるってだけだ」
「それが問題なんだよ! 戦場でなんで太鼓打ち鳴らしてるんだと思ってやがる! それに普通、ゴロツキ風情にそんなこと教え込む知識があるのか?」
「なんだよ、大げさだなぁ。だったらあのサイラスってのにそう注意してやれば良いだろ?」
「やだよ! アイツ絶対ヤバいヤツだ!」

 ただでさえ、怪しい噂の流れてる男だ。
 その上手早く冒険者を引き抜いたかと思えば、どこで学んだのか初歩でも軍事教練の技術まで持っている。
 他にも採取や探索の技術を統一しようとする動きがあったり、どうにも玄人くさい組織づくりをしようとしている節も見受けられるのだ。

 そんな得体の知れない人間は、絶対にヤバい奴だ。
 商人の男はそう強く主張した。

 友人はそれをなだめるように、やんわりと制した。

「落ち着けよ。確かウチのお偉いさんだけじゃ無くて、騎士団とか町の他の重役も『収集人ギャザラー』作りには協力してくれてるって話だ。話が通ってるなら安心じゃあないか」

 それを聞いて、商人の男は落ち着くどころかかえって焦燥の色を濃くした。

「知ってるよ! ますます怪しいだろ! なんで冒険者ごときがそんな人たちを動かせるんだ?」
「……商工ギルドから話を通したんじゃなかったのか?」
「俺の聞いた話だと、あのサイラスってのが収集人の頭張るって段になって急に協力的になったんだと。な、変だと思うだろ?」

 こうなると、あの噂も現実味を帯びてくる。
 一連の騒動はサイラスの企みであるというあの噂。
 中にはサイラスが冒険者ギルドの乗っ取りを謀ったのだ、とまで言う者までいる。

 さすがにそこまでいけば眉唾ものだと思っていた。
 昨日までは。

「そういえば、あのジルがおかしくなったのはサイラスと出会ってからって話もあったな」
か……」

 二人の男は顔を見合わせ、遠い目をした。
 思い出すのは、数週間前の商工ギルドの会合での出来事だ。

 収集人ギャザラー結成の報告を兼ねたその会合は、歓迎する者ばかりでは無かった。
 元々商工ギルドと冒険者ギルドは縁が深い。
 それが軋轢となることもあれば、仲を深めるものもいる。

 冒険者相手の商売をする店主など特にそうだ。
 あの会合では、そうした反対派が収集人への嫌悪の情を隠そうともしなかった。
 きっと冒険者ギルドからの働きかけもあったのだろう。

 それらを相手取ったのが、収集人ギャザラー結成の旗頭の一人であったジルという少女だった。
 年若く将来有望な錬金工房の主として、彼女の名はそれなりに知れ渡っていた。
 皆の記憶では、可憐で気弱な野に咲く花のような純朴な乙女のはずだったのだ。

 そんな儚い乙女の幻想は、あの会合で無残に砕け散った。

「最初はな、可哀そうだと思ったんだよ。泣き出す前に助け舟を出してやろうとも思った」

 反対派は口汚く収集人を、ジルを罵った。

 上手く行く保証が無いだとか、なんてのはまだ理性的な批判だ。
 中には冒険者への人情に欠ける、変化に付いて行けずに潰れる店が出たら申し訳ないと思わないのか、などという言いがかりに近いものまであった。

 そんな昔かたぎな老人たちに、ジルという娘は少しも怯まずにっこりと笑って見せた。

『でもそれってただ怠けてるだけですよね?』
『努力した人がのし上がるのは当然じゃないですか』
『店が潰れたら? 冒険者が首を吊ったら? 頑張りが足りなかったんですよ!』
『運が悪かっただけかもしれない? なら神のご采配ですね。次に進む私たちに席を空けてください!』

 そんな暴力的な正論を、冒険者上がりの強面な雑貨屋の店主に正面からぶつけていた。
 顔こそ優し気に微笑んでいたが、瞳は完全に猛禽のそれだった。

「ジルちゃん……、うう、いつか告白しようと思ってたのに!」
「あんな良い子をあんな獣にしやがって! サイラスってやつは悪魔なんだ!」

 ゴロツキ崩れを軍人のように動かすとか、妙なコネを持ってるだとかいうのは小さなことだ。
 一人の少女をあんなにも無残に変えてしまう――その事実が殊の外恐ろしい。

『サイラスさん……収集人ギャザラーのリーダーの方が言ってました。競争社会ってそういうもんだからしょうがないって!』

 あの会合から、ジルの言葉が脳裏に突き刺さったままだ。
 『競争社会』とはまた随分と挑戦的で強迫的な造語を作る男である。
 そんな野心家な男が、収集人をただの職人の下請け集団で終わらせる訳がない。

 ――奴は何を企んでいる。

 商人の男たちはいつまでもサイラスへ怯えた瞳で見つめていた。
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