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王太子殿下とのお茶会からの帰り道、馬車の窓から荘厳な佇まいの王宮を振り仰いだ。

セプタード王家の権威の象徴である王宮は、赤薔薇を配した広大な庭園の中央に堂々と建ち、その美しさは諸外国からも「神に捧ぐ麗しき薔薇」と讃えられている。

「幼い頃から毎週のように足を運んでいたけれど、それも今日が最後ね……」

(もちろん、王宮舞踏会などの機会はあるけれど、今までの様にあんなに足繁く通うことも、もう無いんだわ…)

「あれで、良かったのかい?本当は後悔しているのでは?」

「……喪失感が無いと言えば嘘になりますわ」

向かいに座るお兄様に、正直に答えた。

今日は、王太子殿下の再三のお申し出を受け、直接お会いしてご挨拶してきたのだ。

「でも、きちんと殿下にお会いして、破棄の件を謝罪できて良かったです。
最後には理解して下さって、今後は友人として支えて欲しいと…。何だか肩の荷が下りたもの。
付き添ってくださって、ありがとうございました」

前世を思い出してからは、自分を裏切って断罪して毒殺までするハニトラ殿下!と腹が立っていた。

けれど、エマが捕まったことで、実際はまだ何も起きていないのに、一方的に婚約破棄をした事に罪悪感を感じていたから。

「幼い頃から支え合ってきた殿下との信頼関係も、これまでの自分の努力も泡となって消えてしまったけれど、不思議と後悔はありませんわ…」

そう言葉にした途端、あの艷やかな紺碧の瞳が浮かんで慌てて心に蓋をした。

(……この気持ちが恋だとしても、あの方との未来は無いもの)

しばらく、お兄様が心配そうに視線を向けていたけれど、公爵邸に着くまで窓の外を眺めていた。

(少し疲れたわ…しばらくは静かに過ごそう。
婚約者探しはそれからでもいいわよね…?)

そう思っていたのだけれど…。

公爵邸に戻り、お兄様にエスコートされ玄関ホールのアーチをくぐると、家令のエリックに静かに過ごせそうもない報告をされた。

「若様、お嬢様、お帰りなさいませ。先ほど旦那様がオリバー・アプロウズ様とお戻りになり、今はお二人で応接室の方に…」

「「…………」」 

「おそらくお嬢様の件かと。すぐ向かわれますか?」

「ああ、僕も顔を出すよ。エリーもおいで」

そう言って応接室に向かうお兄様は、わたくしの手を取って廊下を進んだ。

「……そろそろ強行突破をする頃だと思っていた。お手並み拝見といこう」

お兄様に問い返そうとすると、応接室の重厚な扉から、お父様の筆頭公爵家当主とは思えないような、素っ頓狂な声が響いた。

「なんとッ!オリバー殿にお告げが……!?」

「「…………お告げ?」」

どこかで聞いた言葉に、慌ててエリックの開けた扉から入室すると、そこには驚愕に目を開き長椅子を立ち上がったお父様と、向かいのソファに座る、漆黒の髪を後ろに撫でつけ、正装をしたオリバー様がいらした。

「やあ、ジョージ、エリザベス嬢もお帰り。お邪魔しているよ」

「オリバー、よく来てくれたね。今日はどのような用件で…?」

(お告げ??……自意識過剰な自分が恥ずかしい。てっきり正式にお父様のお許しを貰いにきてくださったのかと…バカね。アプロウズ公爵ご夫妻だって王家に睨まれるような婚姻をお許しになるはずが…)

諦めと期待とよく分からない感情でない交ぜになりながら、オリバー様の顔を伺うと、微笑みながらも強い光を帯びた瞳で返された。

「殿下とのお茶会は楽しかったかな?」

「は、はい。あの、ごきげんよう」

(ひっ……目が少しも笑ってない!!圧!圧が…!誰なの、わたくしの予定を漏らしたの!)

「堅苦しい挨拶などよい、二人ともいいところに帰ってきてくれた。実はオリバー殿の夢にシャーロットが現れたそうでな」

「ほう、母上が……」

(…………は?)

思わず遠い目になったわたくしは、応接室に飾ってあるお母様の肖像画から、強い視線を感じた気がした。

「しかしだね、なぜ妻が家族でもない君の夢に…」

さすがに衝撃から立ち直ったお父様が、オリバー様に訝しげな視線を送った。

「閣下、実は亡き公爵夫人はこう仰ったのです。ジョージの無二の親友である、あなたがエリザベスの旦那様になってくれたら嬉しいわ、と」

「なんとッ!……いや、しかしだね、私の夢にもなかなか来てくれないのに…」

「いやいやいや父上、落ち着いてください」

「公爵夫人は生前、ジョージの無二の親友だった僕の事も目を掛けて下さっていました。僕の母とも学院時代から親しく友情を交わしていたとか」

「いやいやいや待て、いつ無二の親友になった!」

お兄様の制止も聞かず、オリバー様は神妙な面持ちで続けた。

「そのご縁でお告げを頂けたのかと…」

「確かに…妻はアプロウズ公爵夫人とお互いが結婚する前から仲が良かった。色々相談などもしていたようだったが…しかしだね…うーむ」

「……閣下、夫人はこうも続けられたのです。あなたが義理の息子になってくれたら、ようやく旦那様に手紙が届けられると」

「「「手紙?」」」

「はい、不思議な夢だと思いまして、母に夢のお告げを話したところ、母はシャーロットのお告げに間違いないと感動に震えながら、こちらの手紙を見せてくれました」

そう言ってオリバー様は、白地に薄いクリーム色の薔薇が浮き出ている可愛らしい手紙を取り出し、お父様に差し出した。

「本来なら、亡き夫人の私信をお見せするのは、マナーに反しますが…母が夢のお告げなら許されるでしょうと」

「こ、これは確かに妻の筆跡だ。夢でシャーロットが私にこれを…?」

恐る恐る手紙を開いたお父様は、読み進めるたびに、その淡い金色の瞳を潤ませていった。

「す、すまないが少し一人にしてくれないか……」

「お父様、お母様の手紙にはなんて…」

心配になり声を掛けたけれど、お父様は無言でわたくしとお兄様を抱きしめた後、そのままご自分の執務室へ戻られてしまった。

「あれほど父上を動揺させるとは…。さて一体どんな手紙なのか、詳しい話を聞かせてもらうぞ」

お父様の後ろ姿を見送ったお兄様が、苦々しく告げると、オリバー様は少し眉を下げて申し訳なさそうな表情をした。
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