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1.ぴったりな結婚相手

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「なぜ、望めば王太子妃にもなれるリーベン公爵家のご令嬢が私のような者に……?」


ある日突然、格上の公爵家から婚約の打診を受け、ゲシェンク伯爵家の三男であるレオナルド・ゲシェンク様は、真意を測りかねているようだった。

(……だって、その王太子殿下との婚約を阻止する為に貴方がちょうどぴったりなんですもの!)

などと、こちらを訝しげに見つめてくるレオナルド様に本音を言えるはずもなく……。

わたくしシャルロッテ・リーベンは、見目麗しい貴公子にのぼせ上がってしまった、恋に恋する令嬢に見えるよう、胸の前でギュッと両手を握り締めた。
上目遣いにレオナルド様を見つめ、恥ずかしそうに用意してきた言葉を伝える。

「……わたくし、以前からレオナルド様の事をお慕いしておりましたの。
レオナルド様とは、きっと運命の糸で結ばれているんですわ」

(どうかしら!よく物語に出てくる、政略も家の繁栄もこれっぽっちも考えていない恋愛脳な令嬢の言いそうな台詞でしょう!!

貴方の目の前にいるのは、その麗しすぎる美貌に恋して、溺れてしまった乙女……。
だからどうぞ、何の裏も条件もありませんので身一つで安心して逆玉の輿にのって下さいね!)

こうして無事に、王都一と謳われる眩い光を放つ金髪の美青年の元に辿り着けた事実に、わたくしは運命への勝利を確信する。

もう何も心配しなくていい、悩まなくていいのだから……。

あとは若い二人で……と両家の両親から送り出された、ゲシェンク家の秋を彩る真紅のダリアが咲き誇る庭園。
その中央に配された小径で、わたくしはレオナルド様の美しいサファイアブルーの瞳が見開かれるのを眺めながら、この後の算段をつけていた。

おそらく今頃は応接室に残っているお父様が、ゲシェンク伯爵と両家の婚姻に向けての取り決めを話し合っている事だろう。

ゲシェンク伯爵もご夫人も、突然の婚約申し出には驚いていらしたけれど、三男に舞い込んだ逆玉の輿な幸運に興奮を隠せない様子だったから、反対などなさらないはず。

いえ、そもそも格上の公爵家からの申し出を断れない。

婚約発表は一刻も早く、再来月の王妃様主催のお茶会前には何とか話を纏めてしまいたい……。

(わたくしは運命に勝ったわ……!
だって、これでわたくしは断罪される事もなく、無事に公爵家でこのまま穏やかに暮らせるんだもの……。いいえ、将来は有能な従兄に公爵家の未来を託して、わたくしは領地でひっそり過ごすのもいいかもしれない……)

「……以前から……? 」

「はい」

(こんなちょうどぴったりな結婚相手が見つかるなんて、本当に夢のよう。
神様、素晴らしいギフトをありがとう……!
レオナルド様、貴方はわたくしにとって正に運命の夫、このご恩は必ずお返しします……)

夢見る乙女らしく、両手を握りしめたままうっとりと目を伏せる。


……半年ほど前、わたくしは突然前世を思い出してしまった。

ええ、そう、ある日突然……。

お父様の執務室で、来年一月に王宮で行われる新年恒例のお茶会に招待され、恐らくその場でわたくしが王太子妃筆頭候補に選ばれるだろうと言う事を伝えられた、その瞬間に。

前世も一人娘だったわたくしは平凡だけれど穏やかな両親の元に生まれ、女子校へと進学していた記憶がフッと蘇った。

最後の記憶は、通学中に駅の階段から足を踏み外し落ちてしまった辺り……。

──両親はどれほど悲しんだだろうか。
それを思うと、半年経った今も胸が痛くなる。

そして気持ちを落ち着けて自分と周りを見回してみると、どうやらここは前世女子高生だったわたくしが嗜んでいた乙女ゲーム「聖女は月夜のレゾンデートル」の世界で、よりにもよって断罪されてしまう悪役令嬢に転生している事に気付いたのだった。

わたくしが真っ先に決めたのは、ヒロインである聖女と、その攻略対象者達に関わらない事。

貴族の子息令嬢は、特別の事情がない限り16歳になると王都の王立貴族学院に通わなくてはならないのだけれど……。

ちょうど学院の第二学年に進級していたわたくしのクラスには、「何故か」攻略対象者達が勢揃いしているし、
ついに先週には、庶民でありながらも聖女の癒やしの力が突如目覚めたとか言うヒロインが、「何故か」同じクラスに転入してきてしまった。

「何故か」なんて勿論わかっている。テンプレだもの……。

教室で乙女ゲームの登場人物に取り囲まれている時の恐ろしさと言ったら……!

必要最低限の挨拶はしても目を合わせない、自ら関わりに行かない、でも声を掛けられた場合はにこやか且つ簡潔に対応する。
当たり前だけれど、生徒会のお仕事はやんわりと辞退して関わらない。

公爵家令嬢としての矜持を保ちつつも、決して目立たないと言う、正直とても難易度の高い神経を遣う日々を送っている。

その次に取り掛かったのは、乙女ゲームのシナリオ通りに王太子殿下と婚約する事の無いよう、公爵家とわたくしにとって、ぴったりな結婚相手を懸命に探し出す事。

公爵家当主であるお父様が納得する家格でありながら、ゲームの強制力が及ばないであろうモブな存在で、更に公爵家の乗っ取りを企むような野心家でないお相手を探さなくてはいけない。

しかもどなたかを不幸にしないよう、婚約者のいない方を探し出しては調べ、探し出しては調べて……。

やっと見つけたのがレオナルド様だ。

ゲシェンク家はリーベン公爵家の派閥に属する為、政治的にもこの婚姻は問題ない。

しかも三男なので継ぐ爵位も無く、放蕩三昧のせいで婚約者が決まらなかったレオナルド様にとっても、わたくしは願ってもない相手だろう。

何しろ、リーベンへの婿入りなのだ。

(貴方にとってまさに棚から牡丹餅、鴨が葱を背負って来た感じでしょう? 
決して損はさせませんわ……)

この先起きる未来を知っている事で、傲慢にもそんな風に考えていたわたくしは、この後レオナルド様から予想外の言葉を聞く事になった。

「──失礼ですが、それはどのような場でしょうか」

「………………はい?」

「ご令嬢はまだデビュー前で、夜会にも参加なさっていないはず……。
しかも文官見習いの私と、学生であるご令嬢とでは接点がありません。一体どちらで私を……?」

「………………えっ?」


(……どこでって……それ必要……なの?
そんな事、聞かれると思っていなかったから、何も考えていなかったわ……。

だって、それだけ美しいビジュアルをお持ちなんだもの、きっとどこかで見初められたんだな、さすが王都に響き渡る俺様の美貌!くらいに受け止めればよろしいのでは……?)

とはさすがに言えないので、適当にお父様と登城した時にお見かけした事にしようかしらと、目線をそっと上げてレオナルド様に合わせる。
 
すると思い掛けず、噂で聞いていた放蕩息子のものとは思えない、聡明で鋭利な眼差しに射抜かれてしまった。

(これは……。高嶺の花の令嬢に見初められて、舞い上がっている状態では全然無い、わよね?

いやだ!…………わたくしったら放蕩息子だと侮っていたから、詰めが甘かったのだわ……!)

社交界で浮き名をこれでもかと流しているくらいなのだから、
つまりはレオナルド様は色恋のプロ……!

プロの勘で疑われているのかもしれない。この令嬢、少しも恋する乙女の目じゃないって。

(……どどどう
しましょう……。何か、何か真実味のあるエピソードを捻り出さなくては……!!)

シャルロッテは、ここで逃げたら神様からの幸運が手からすり抜けてしまいそうで、一旦応接室に戻り設定の詳細を詰めたい気持ちに蓋をして、ぐっと踏み留まった。
    
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