ラムネ瓶の底に沈む

ぱぷりか

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好きな人は

第三話※

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「好き、です」
 毎日のように通った離れに別れを告げに訪れた、あの暑い夏の日。たとえばれてしまっていても、決して言葉にはするまいと決めていた気持ちを漏らしまった。
 聡介のことが好きだった。憧れの恩師であり理想の父のような、そんな尊敬すべき人に抱いてしまった、肉欲を伴った深い愛着。初めて彼を思い浮かべながら吐き出した精液を見たとき、恐ろしさに泣きながら後始末をした。
 無口で無愛想で面白みのない、そんな陸の話を、聡介はいつも最後まできちんと聞いてくれる。そのままの陸を、受け入れて笑ってくれる。
 幼い頃から愛していた古生物の世界が聡介と陸を結び、親への愛着も、師への尊敬も、陸の全ては聡介に向けられた。好きだとか、愛しているだとか、そんな言葉では足りない。聡介は陸にとって世界そのものだった。
 だからこそ、知られるわけにはいかなかった。どんなに可愛がってくれていても、自分を性対象としても見ている同性の教え子を受け入れられるわけがない。この感情を失うことが生涯ないとしても、決して聡介に知られることなく、この身が朽ちて土になり果てるまで秘めておくと決めていた。
 その気持ちを、名前を出さなかったとはいえ言葉として口にしてしまったのは、情けないただの感傷だ。おまけに暁人に聞かれてしまい、勘違いをした彼といつの間にか付き合うことになった。
 蝉の声を聞くたびに思い出す、あの日の自分の些細な過ち。口にするべきでは無かったひと言と、受け入れるべきではなかった気持ち。結局どうしようもないのは、愛情というものに飢えている自分なのかもしれない。


「ひっ、あ、あ、ああっ、め、だめッ」
 中をかき回す指にとんとんと弱いところを刺激されると、慣れてきてしまった身体が震えながらのけ反る。
 己の不誠実を棚に上げて聡介の前で泣いてしまった夜。何故そうなったのかも分からず、求められるままに聡介に抱かれた。
 初めて知る人との性交は、暁人としていた中途半端な触れ合いとは比べものにならないほど恥ずかしくて、気持ちが良いのか痛いのかもよく分からなかった。ただ彼に触れられていることが嬉しくて、感じる体温が愛おしくて、一夜の気まぐれでも何でもかまわなかった。
「や、もっ、せッんせ、ぁっ、もう」
「駄目だよ、意識を集中してごらん。ほら、陸の可愛いところが、気持ち良いってよだれを垂らしてる」
「そ……んな、っあ、んンっ」
 真っ昼間のリビングで大きく割り開かれた下肢の中心で、震える性器の先から透明な液体がくぷりと溢れては聡介の手を濡らしていく。
 明るい陽の下でするぐちぐちと濡れた音と、内臓を探られるなんとも言えない感触。
聴覚から視覚から、五感の全てが犯され飲み込まれていくようだ。
「せんせっ、も、やぁッ、さ……わってくだ、ひぅッ」
「ここだけじゃあ、まだ無理かな」
「やうッ、あっ、ぅあ、あ、あ、あぁっ」
 無理だと言っているのに執拗に感じる一点を押されて、イけそうでイけない感覚が内部で暴走する。思わず押しつけるように浮いてしまった腰に、ふと聡介が笑う気配がしたが止められない。
「分かったよ。こっちはお強請り上手だなんて、僕の想像より君の身体は素直だね」
「あっ」
 体内を満たしていた指が抜かれると、物欲しげに中が動くのがわかった。もう恥ずかしいと思う余裕もなく、こちらを見下ろす聡介を生理的な水分で濡れた目で必死に見つめ返す。
 あの夜からもう三日。二人揃って季節外れの風邪をひいたと研究室に連絡をした聡介と、外に出ることもなく昼も夜もセックスに明け暮れている。
 これまで何もなかったことの方が嘘のようだ。執拗に求められ続ける時間に現実感は薄れ、痛みと不快感の方が上回っていた感覚は次第に快感に上書きされていく。立場だとかなんだとか、煩わしいことなど忘れて、ただ聡介だけで満たされる世界に溺れてしまう。 
「陸、自覚してるかい。すごく……物欲しそうな顔をしている」
「ぁ……ンん」
 とろとろに解された後ろの口に、ゴムをつけた性器が擦り付けられる。もう何度もこれに押し入られて、許してくれと言ってもごりごりと中を擦り上げられて、嫌というほど聡介の形を覚えさせられた。
 記憶が感覚を身体が先に追ってしまい、ぶるりと腰から背中に大きく震えが走る。はやくと内壁がひくつくのに、熱く硬い肉は入り口を浅く突くだけで中に入ってこようとしない。
「ッ……んで、せ、んせっ、もぅ」
「どうしたい、陸」
「ぁやッ」
 くぷりと先まで入ったそれがあっさりと出ていくのに思わず声が出る。欲しい。今すぐあの熱に中を満たされて、息も詰まるような感覚を味わいたい。どこもかしこも彼に支配されて、聡介しか見えない世界に連れて行って欲しい。
「ほ……しい、んッ、そ…すけさんが、欲しい、っ」
「陸」
「いれ、て、そうすけさんの、ぜんぶ……俺に、ぁ、っあッ、あ、ひんっ、んッ」
 いきなり深くまで突かれ、ぐんと背中が反り返る。必要最低限な処理をするだけで事足りると思っていた自分に、こんなに強い性欲があったなんて信じられない。
 陸、陸と何度も名前を呼ぶのが暁人を思い出させて、心臓に重くて深い痛みが走る。
「や、ぁあっ、まっ、まってく、ッあ、だめ、だめッ、おかし……ッく、なるか」
 ぐずぐずになった内側を容赦なく穿たれて、思考回路が意味をなさなくなっていく。覆いかぶさる聡介の流した汗が落ちて、ほんの少し目に染みた。その痛みが、吐きかけられる荒い息が、必死に耐えているような顔が、愛おしくて恋しくてすがり付くようにキスをねだった。
「陸、僕の陸」
「あ、っあ、そうすけさ、すき、す、きです、あッ、すき、ぅあッ、あ」
 最奥に注ごうとするようにしっかりと押し付けられた腰が震えて、ゴムの幕越しに聡介が達した感覚が伝わる。びくびくと動くそれを締め上げながら、この熱を直に欲しいと溶けた意識の片隅で思った。
 何度も吐き出して空っぽの陸の性器からは、さらりとした少量の液体が溢れるだけだ。いまだきゅうきゅうと疼く内臓に、自分の身体があっという間に聡介によって変えられてしまったのだと自覚する。
「ん、ンん、っあ」
 絡められる舌にまた溺れかけていると、ぐっと両肩を押されて距離を取られた。力を失った性器が出ていくと、繋がっていた場所から溶けたジェルがとろりと溢れてくる。
 離れてしまう寂しさに聡介を見つめると、困った子どもをあやす様な顔をしてから、優しく頭を撫でられた。
「もうさすがに休憩だ。水分をしっかり取って、ご飯も食べないとね。仮病も明日までが限界だから、陸くんの身体を回復させないとね。タオルと水を持ってくるから、このまま寝ていて」
「……はい」
 聡介が梶教授の顔に戻ったのを感じて、陸も大人しくその言葉に頷いた。三日目、間を空けながらとはいえ抱かれ続けた身体は、髪の先から爪先までグズグズのドロドロだ。
「先生」
 彼が肩に残した噛み跡を、そっと指の腹で撫でる。聡介に抱かれたこの身体が、愛おしくて誇らしい。理性を無くしてしまった脳が、愛欲にどろりと形を崩していく。
 幸せと言うには重い感情に押しつぶされるように、陸は悪酔したような暗い酩酊感にうっとりと目を閉じた。



 白昼夢のような数日が過ぎると、毎日はまたいつものリズムを刻み始めた。
 北の短い夏はあっという間だ。あれほど煩かった蝉たちが、ぽつりぽつりと地面に転がり始める頃には、陸の肩につけられた聡介の噛み跡も僅かに残るだけとなっていた。
 聡介との関係は、嘘のようにあるべき姿に戻されてしまった。肩に残された傷がなければ、恥ずかしい夢を見たのだと思うほどに、そこには何一つ変わらない優しい恩師しかいない。そして彼がそれを望むなら、陸からは何も言うべき言葉はなかった。
 身体に残った僅かな痕跡も消えたら、いつものように全てこの身の内に飲み込めばいい。聡介が望むこと、求める物、陸はただそれだけを叶えたかった。
「うわ、降ってきた」
 すぐ側にいた男が声を上げると同時に、ぽつりと大きな雨粒が鼻先を叩いた。つられて見上げたとたん、一気に勢いを強めた雨脚はスコールのように降り注ぎ始めた。
 慌てて近場の建物に避難する人々の姿が、断続的に地面を叩く雨の水飛沫に霞んで見える。
 マンションはもう目の前だというのに運が悪い。舌打ちをして走るが、強すぎる雨脚にあっという間に全身ずぶ濡れになっていく。
「くそっ、どうするんだ、これ」
 シャワーどころかバケツの水を頭から被ったようだ。ぼたぼたと滴を落とす邪魔な髪をかき上げて、レジ袋の中にまで水が入っている買い物を確認する。
 幸いにも、購入していたのは少しの野菜と肉だけだ。まあ大丈夫そうかと安心すると、今度こそ脱いで絞らなければ不味そうな服にため息が出る。
「何やってるの」
 せめて上着くらいはと脱いだところで、見知った声が傘を叩く雨音と共に聞こえてきた。エントランス入口で半裸になっている間抜けな男に、大きめの雨傘を持った暁人が目を丸くして立っている。
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