19 / 109
第一話 カフェ「兎の寝床」
隔絶
しおりを挟む
「ねえ。余ってる筆くらい、あるでしょ。私に分けてくれない?」
「生まれて初めて見た。厚顔無恥って、藍子さんみたいな人のことを言うんだね」
「何とでも言いなさいよ」
「そうだね、うん、その強気な態度に敬意を表して……」
綾汰は作業場の中に引っこんだ。
かと思えば、すぐに出てきて、巾着袋を投げてきた。
藍子はその袋をキャッチすると、中身を確認した。
筆が一一本入っている。下絵の青花用の筆が一本。普通の彩色筆と、片羽の筆が五本ずつ。
欲を言えば、もっと筆の数は欲しいところであるが、今の藍子には十分な本数だ。
「一度逃げ出した人が、また友禅作家を目指そうなんて、そんな甘いことを考えているんじゃないよね? それだったら、今すぐ、その袋、返してもらうけど」
綾汰は、口元は笑っているが、その瞳は冷ややかだ。
「そんなこと考えてないわよ」
さすがに藍子は、綾汰を睨みつけた。
しばらく二人は、階段の上と下で対峙した。無言のまま、目線を逸らすことなく。
かつて、この國邑工房は、國邑千都子の師匠の工房だった。藍子の母もここで活動していた。いつか母が跡を継ぐと目されており、そうなれば藍子も、自由に使わせてもらえるはずだった。
今となっては、夢まぼろしに終わった。
藍子の母亡き後、國邑千都子が跡を継ぎ、國邑工房として再スタートし、藍子はそこに客分として修行に入ったが、あまりの厳しさについていけず、飛び出してしまった。
以来、ここはもう二度と、藍子が自由に使える場所では無くなった。
そのことを強調するかのように、階段の上に、綾汰は立ち塞がっている。
「筆、ありがたくいただいてくわ」
藍子は袋を掲げながら、きびすを返し、階段から下りた。
「もう諦めればいいのに」
不意に、上の方で、綾汰がボソリと呟くのが聞こえた。だが、藍子は、何を言われたのか聞き取ることが出来なかった。
「どうしたの? 何か言った?」
「いや……なんでも」
綾汰は目をそらすと、部屋の中へと戻っていった。
「変なの」
藍子は首をかしげた。ともあれ、少しでも仕事に必要な道具を入手出来たのだから、これ以上ここに長居する必要もない。
千都子に見つからないよう気をつけながら、裏口を通って外に出た。
「生まれて初めて見た。厚顔無恥って、藍子さんみたいな人のことを言うんだね」
「何とでも言いなさいよ」
「そうだね、うん、その強気な態度に敬意を表して……」
綾汰は作業場の中に引っこんだ。
かと思えば、すぐに出てきて、巾着袋を投げてきた。
藍子はその袋をキャッチすると、中身を確認した。
筆が一一本入っている。下絵の青花用の筆が一本。普通の彩色筆と、片羽の筆が五本ずつ。
欲を言えば、もっと筆の数は欲しいところであるが、今の藍子には十分な本数だ。
「一度逃げ出した人が、また友禅作家を目指そうなんて、そんな甘いことを考えているんじゃないよね? それだったら、今すぐ、その袋、返してもらうけど」
綾汰は、口元は笑っているが、その瞳は冷ややかだ。
「そんなこと考えてないわよ」
さすがに藍子は、綾汰を睨みつけた。
しばらく二人は、階段の上と下で対峙した。無言のまま、目線を逸らすことなく。
かつて、この國邑工房は、國邑千都子の師匠の工房だった。藍子の母もここで活動していた。いつか母が跡を継ぐと目されており、そうなれば藍子も、自由に使わせてもらえるはずだった。
今となっては、夢まぼろしに終わった。
藍子の母亡き後、國邑千都子が跡を継ぎ、國邑工房として再スタートし、藍子はそこに客分として修行に入ったが、あまりの厳しさについていけず、飛び出してしまった。
以来、ここはもう二度と、藍子が自由に使える場所では無くなった。
そのことを強調するかのように、階段の上に、綾汰は立ち塞がっている。
「筆、ありがたくいただいてくわ」
藍子は袋を掲げながら、きびすを返し、階段から下りた。
「もう諦めればいいのに」
不意に、上の方で、綾汰がボソリと呟くのが聞こえた。だが、藍子は、何を言われたのか聞き取ることが出来なかった。
「どうしたの? 何か言った?」
「いや……なんでも」
綾汰は目をそらすと、部屋の中へと戻っていった。
「変なの」
藍子は首をかしげた。ともあれ、少しでも仕事に必要な道具を入手出来たのだから、これ以上ここに長居する必要もない。
千都子に見つからないよう気をつけながら、裏口を通って外に出た。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
2
1 / 3
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる