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第56話 サゼフト王国の首都アテム

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 有言実行。即断即決。

 一度やると決めたら、アーフリードは素早く行動する性格である。

 たった一人の護衛の騎士とともに、草原を馬で駆け抜け、森と山を踏破し、砂漠の上を走る砂上船に乗って、約半月もかけて大移動を行い、砂漠の王国サゼフトへと到着した。

 大河のほとりにある首都アテムは大いに栄えており、運河を使って帆船が行き来している。世界各地から運び込まれた物資が、このアテムへと集まっているのだ。

「さすが、サゼフトですね! 私、なんだか感動です!」

 護衛に連れてきた少女騎士ユナは、船の外の風景を眺めながら、興奮気味に喋っている。

 アーフリードは、そんなユナのことを見て、フッと微笑んだ。

「ユナ、ちょっとおいで」
「あ、はい。なんでしょう?」

 呼ばれるままに、素直にトコトコと近寄るユナ。

 ユナが目の前に立った瞬間、アーフリードは彼女を抱き寄せ、その唇にキスをした。

「ん……♡」

 うっとりとした声を上げ、ユナは目を閉じ、しばし唇の感触を味わっている。

 キスが終わると、少し物足りなさそうにしながらも、ユナは照れた様子で「もお」と言った。

「みんなが見てるじゃないですかあ。恥ずかしいです」
「私達はいつから他人に仲を隠すような関係になったんだ?」
「騎士団では公認ですけど……ここは外国ですよ。なんだ、あの二人は、って思われるじゃないですか」
「別に、普通の恋人同士だと思われるだけだって」
「えっと……なんというか……」

 あはは……とユナは苦笑した。

 そういう問題じゃない。自分が恥ずかしいから、恥ずかしいのだ。

 このあたりがアーフリードの、アーフリードたるゆえんである。とにかく天然。基本的には他者への気遣いが出来る人格者なのだが、こと恋人との関係となると、たちまち盲目的になってしまう。

(まあ……でも……アーフリード様のそういうところが……大好き♡)

 今回、ユナが護衛に選ばれた時も、騎士団の面々はニヤニヤ笑いながら、黙ってアーフリードとユナのカップルを眺めていた。みんな、二人が熱愛関係にあることを知っている。重要な任務に騎士団長が私情を持ち込んだ、とは誰も考えない。外国へ行くのに、四六時中ずっと一緒にいる護衛として、恋人のユナを選ぶのは当然だろう、と理解を示している。

 こういうところに、ガルズバル騎士団の結束力の高さが表れている。

 アーフリードは全員から慕われているのだ。

 ゆえに、アーフリードすら欲情の対象として見ていたルドルフが、騎士団を追われたのも当然の話である。彼はガルズバル帝国で騎士としてやっていくには、団長への忠誠心が足りなさすぎた。

 しかも、あろうことか、ルドルフはユナに夜這いをかけようとした。団長の恋人であるユナを力尽くで手籠めにすることに、興奮とやりがいを感じたルドルフは、そんなとんでもない暴挙に出たのである。

 結果は――返り討ちにあった。

 ユナが、ルドルフを撃退したのだ。

 ルドルフはユナのことを甘く見ていた。

 騎士団の中では、アーフリードに次ぐ実力の持ち主。重要な第一隊の部隊長を任されている騎士。それが、ユナだ。

 まっすぐな性格で、人当たりもよく、いつも明るい。人柄の良さもあって、彼女を嫌う人間は一人もいないくらい。そんなユナだからこそ、アーフリードの恋人という立場でありながら、今回の旅の護衛として任命されても、誰も文句を言わなかったのである。

「あ! 見えてきました! 王宮ですよ、アーフリード様!」

 無邪気にはしゃぎながら、ユナは船の行く先に姿を現した、白亜の壁の壮麗かつ巨大な宮殿を指さした。

 端が霞んで見えるほど、長大。真っ白な壁には、色鮮やかなタイルがちりばめられており、遠目に見ても豪華絢爛である。サゼフト王国の権勢を感じさせる、見事な宮殿だ。

 船着き場に到着し、船を下りたところで、迎えの者がやって来た。

「ようこそサゼフトへ。手紙は三日前に受け取りました。お待ちしておりました」

 眼鏡をかけた浅黒い肌の美女だ。雰囲気からして、サゼフトの高官であることは間違いない。

「私はディマ。宰相を務めております」
「へえ。宰相自ら迎えてくれるなんて、光栄だね」
「勘違いなさらぬよう」

 ディマは眼鏡を指でクイと上げて、鋭い目で睨みつけてきた。

「あなた方を歓待しているわけではありません。むしろ、その逆です。だからこそ、私自ら見極めに来たのです」
「なるほど、私達は、敵国というほどではないけど、交友関係があるわけでもない。警戒するのも無理はないね」
「率直に伺いましょう。なぜ、我が国にやって来たのですか」
「なら、率直に言うよ。それは君に言う話ではない」
「聞いていなかったのですか? 私は宰相ですよ。女王の代行としてこの場に立っています」
「代行じゃあ、話にならないなあ。女王と直接やり取りしたいんだ、私は」

 舌鋒鋭いディマに対して、アーフリードは一歩も引かない。

 ディマは肩をすくめた。早々に、これはお互いに譲らず、話は平行線を辿るだろう、と見切りをつけたのだ。

「いいでしょう。あまり愉快ではありませんが、あなたの意思を尊重します。宮殿へご案内しましょう」

 パチン、とディマが指を鳴らすと、奴隷の少年達が駆け寄ってきて、アーフリードとユナの荷物を運び始めた。

「ほどよい緊張感だね。ユナ、気分は大丈夫?」
「私はさっきから、何かあれば、すぐお守りできるよう、心構えしております」
「ありがとう。よろしく頼むね」

 恋人でありながら、一部隊の隊長であり、頼れる護衛でもある。

 そんなユナのことを、アーフリードは愛しげに見つめていた。
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