美味しい契約

熊井けなこ

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三章

6 ポトフ(前編)

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別に買い物は嫌いじゃない。
わざわざ買いに行かなくても、ネットなどで済ませてしまうほうが簡単だとは思うけど。

身に付ける装飾品や服は、手にとって選ぶほうが失敗しない。のは分かっているけどなかなか買い物ってだけで外出は…
ああ、こんな考えだから、ジンと買い物という名のデートをした事がないんだ。

買い物と言う名のデート…
デートと言う名の買い物…



「ただいまー!」

玄関からジンの声が聞こえて、ソファで寝転がりながら音楽を聴いていた俺は飛び起きて玄関へ向かった。

「おかえり。」

「ただいま!」

たった今帰ってきた俺の愛する人は、真っ白い肌に頬と唇だけ真っ赤にして両手に重そうなビニール袋をぶら下げている。
その袋を奪うように受け取った。

「こんなに買い物あるなら
呼んでくれたら良かったのに。
荷物持ちするのに…」

「ありがと。…買いすぎちゃったかな。
こんなに買うつもりなかったんだけどさ…
ジョン、明日いるよね?
僕も明日は時間あるからさー
沢山料理出来るかなって…
作り置きも作りたくってー…」

「…ジン、なんか鼻声?」

冬の雰囲気は好きだけど、寒くてそろそろマジで春よ来てくれって思っていた矢先…

「……うん。ちょっと鼻風邪、かな?」

「うん。つらかったら寝とかないと。
休まないと。」

「つらくないよ?
とりあえず、あったかいもの作って
ジョンとふたりで食べたい。」

「…まぁ…うん。食べないとではある…
…俺が…作れればいいんだけど…
何作るの?何食べたい?」

「ん?ポトフー……だけでいいか。」

「手伝う!」

「フっ…じゃあ、僕が具材切るから、
その切ったのをどんどん鍋に入れてって?」

もともと加湿器をしっかり起動させていた
リビングと繋がっている、暖かいキッチン。
いつも通りの手際の良さで次々にカットされる野菜たち。

「もしかして野菜の順番とか考えてる?」

「もしかしてじゃなくて、うん、普通に。
火が通りづらいものとか、
煮込んだ方が美味しいものから先に…」

人参や玉ねぎ、じゃがいも、キャベツ…ジンから渡される通りにそっと鍋へ入れていく。

「いつもより小さく切って…
これならすぐ仕上がるから。」

「ああ…なるほどね、すぐ食べれそう。」

「ほんとはゴロっとした大きめの具材で
食べ応えあった方がポトフなんだけどね。」

「臨機応変だ。」

「そうだね。作る人、食べる人、
臨機応変に変われるね。」

そう言ってウィンナーに切り込みを入れ、それをジンから渡されると鍋へ…ゆっくり具材を混ぜながら眺めていると花のように広がるウィンナー。

「……?ウィンナーって、
もともと花みたいなやつじゃないんだ?」

「ん?切り込みいれると開くから…」

「ジンがいつもデザインしてたの?」

「デザインってほどじゃ…
火が通るように、ってのもあるし…」

「…凄い。やっぱり魔法だね。」


鍋からグツグツと暖かい湯気があがる中、2人協力して入れた鍋の中の野菜とウィンナーの様子を見ながらジンが俺に微笑む。
…どことなく瞳が蕩けている…
…風邪、だからか。
ジンがよそってくれた2人分の器を受け取り、水を注いだコップと一緒にトレイに乗せてダイニングテーブルへと運ぶ。

「…ジンは食べれるだけ食べて、
食べたら熱測って、薬飲んで…
喉とか痛い??喉の薬なら任せて?」

「……ん?ほんと鼻水だけだよ。
喉は痛くないし、熱っぽくも無いし。」

トレイをテーブルに置いて振り返ると、すぐ後ろをおでこを抑えながらついて来たジンの手を取り、自分のおでこをジンのおでこにくっ付けた。

「ん、…そんなに熱無い…かな?」

「ん……」

「ではでは…」

くっ付けたおでこを少しだけずらし、唇を重ねた。

「ん!?ちょっと…風邪…」

「ん?熱無さそうだひ…」

「けど、少しあるかもだし、
鼻風邪でも移したらまずいし!」

「んーー?別にまずくないけど…」

唇は離し、おでこをくっ付けながら話す。

「…ちょっと控えて。移したくないし。」

「…はーい…」

…このまま長いチュウをして、離さずに押し倒したいけど…
いつもならそうしてるけど…
ポトフを冷ましてしまわないように、ジンを離すことに。
ジンの言う事をちゃんと聞く恋人、な俺。

「……そんな顔しない!
早く元気になったら、沢山するんだから、
ジョンに移ったら
沢山するのが延びちゃうでしょ!」

我慢したのが顔に出てしまったのか?
ほっぺたを両手で挟まれてグリグリされる。そして髪もクシャクシャされた。
…我慢、したのに…
ジンの可愛い行動と可愛い言葉と可愛い笑顔で俺の脳内やばい。
どうにかジンに笑顔を返して一緒にポトフを食べる。
……脳内では、
メチャメチャに俺に抱かれているジン…


「……元気になったら…」

「ん?あ、熱、37.4…微熱だ。」

洗い物をしている俺に、熱を測っていたジンがダイニングから体温計をヒラヒラさせて見せてくれた。

「おっと……微熱か…薬薬…
あの'ひきはじめの薬'はどうだろ?
あ、あと冷蔵庫にビタミン飲料もあるから…」

洗い物も途中で、しまってある薬を取ろうと手を拭いていると…

「そんな焦らないでよ。
薬、自分で飲むし、ビタミンも自分で飲んで、
…早く治すから…」

後ろから腰に手を回されて抱き締められた。
背中にくっつくジンの身体。
……俺の脳内…

「…寝室にあとで持ってく。
もう寝なさい。早く元気になって…」

「ふふっ…
'もう寝なさい'って……ジョン可愛い…」

ジンに抱きしめられても、我慢する俺。
……おれの……脳内……

「……ジン、」

「ん?」

「あのさ、……俺の忍耐力を試してる?
それとも珍しくジンの'S'っ気が
凄く出て来ちゃってる気が…」

「……なにそれ。」

「だって…」

後ろでくすくす笑うジンの息が、背中に当たって温かくてくすぐったい。

「……」

「……ジョンだけじゃないから。」

笑い声が小さくなって、回された腕と背中の温もりをただ感じていたらジンの囁く声が背中に響く。

「ん?」

「ジョンだけが我慢してると思わないでよ?」

「……ジン、」

「じゃ、薬飲んで寝るね。
あ、…ジョン、別のところで寝た方が…」

……もう、ほんと、おれの脳内はヤバい事になっているけど、すり抜けて行きそうなジンの手を掴んだ。
触れ合う、だけでも、温かい。

「いや、ジンの隣で寝たい。」

「あ、……そう?」

「けど、我慢するから。
時ンの風邪が酷くなったら嫌だし、
早くジンに元気になって欲しいし。」



薬を飲んだジンは寝室へ向かった。
少し残っていた洗い物を済ませ、ビタミン飲料、スポーツ飲料、氷枕も用意してジンのもとへ運んぶと、ジンはすぐに眠りについたようでスヤスヤ寝ていた。
俺は宣言通りジンの隣で大人しく寝た。
夜中に何度もジンの様子を確認した。
よく寝ていたけど、少し汗をかいていたら濡らしたタオルで拭いたりして。
…よくドラマで見るような…甲斐甲斐しくお世話する感じ。
寝顔を何度も見て、また我慢して隣で寝て…



「おはよ。」

頬をくすぐられる感覚と、ジンの優しい声。

「……ん、おはよ…」

「熱、下がったよ?鼻水も出ないし。」

「…よかった…」

ホッとして、まだ開かない瞼のままジンを引き寄せて抱きしめた。

「…もう出かけないと…」

「ん…もうそんな時間?」

ジンの申し訳なさそうな声。
瞼はまだ開かないし、抱きしめいる手も緩ませられないけど…

「うん…本当は、体調悪くなければ、
差し入れをゆっくり作る予定だったんだけど…
あ、あのホンミさんの仕事でさ、
差し入れ頼まれてるから
これから買い物して届けたくて。」

「んーー…それは…
俺が誰かに頼むとかじゃダメ?
ナムとかソンギとか…」

「…僕が届けたいし。」

「……そう、か…
買い物……出来そうなの?元気になった?」

「うん。」

「元気になったらする予定なことはあった、
、けど……よし!起きる!俺も買い物行く!
ジンと一緒に買い物!」


少し戸惑うジンの買い物へついて行った。
差し入れの軽食が売っているデパートの地下は以外と混んでいて、手を繋いで歩かないと逸れそうなほど。
外出先でこんなにくっ付いているのは日本だと初めてかもしれない。
少し時間が余ったというジンと、デパートの上も見て回る事にした。

「ねぇ…さっきみたいに手ー繋ごうよ?」

「…ダメ。こんな所で手繋いでたら
カップルにしか見えない。」

「…カップルですけど…」

…まぁ、ちょっと言ってみただけ。
恋人に見られるような振る舞いは、他人の目がある時はしないようにしている。
ジンが嫌がるから。
ジンも芸能人だし。
俺にもジンにも、イメージというものは大事らしいから。

「目立つでしょ、ダメ。
ほら、マフラーだっけ?ダウン?これは?」

「ああ……可愛いんじゃない?どう?」

「うん、ジョンならなんでも似合うよ。」

「俺じゃなくて。ジンは?使ってくれる?」

「え、僕?」

もう風邪などひかないように。
暖かくして冬を乗り切って貰う為に、ジンに防寒着を買うことにした。
1人で買って後でプレゼントするのもいいけど、こうして一緒に買い物をして、ジンのものを一緒に選ぶのも新鮮で楽しい。
こんな事、今までしてこなかったし、こんなに買い物が楽しいとか…
つくづくジンは特別だなぁ…なんて実感してしまう。

「僕には派手じゃない?
…どうせならずっと使えるシンプルなのが…」

「なるほど。確かに。
派手なの使いたかったら俺の貸すし…
ジンにはシンプルなのがいいか…」


黒のマフラーやニット帽を買った。
コートも買おうとしたら、あるからいらないという事で上着の下に着る薄手のダウンベストなど…
いくつか買い物をして車に戻った。

やはり……買い物デートは楽しかった。



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