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分岐 肆 君は首を吊った

君は首を吊った

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 僕の左手首にはマイナスドライバーが刺さっている。

 その様子を右手で心臓の部分をプラスドライバーで刺しながら見ていた。

「京介、もう自分を刺すのは……。どのみちすぐ元通りなのに……。」

 血だらけになった耳にそんな言葉が入ってきた。

 充血しきってもうどこか黒目なのか分からないで前を見ると、涼波が涙を浮かべながら訴えている。

 僕は眉一つ動かさず、右手に力をより一層加える。

「もしかしたら、これで……。戻れるかも……。」

「私とこの世界で暮らしてほしい。」

 涼波がもう何度も言った台詞を繰り返した。

「それでは……。駄目な……。」

「なんで?なんで、そんなに現実に戻りたいの?」

 僕は腕から抜いたマイナスドライバーを腹に刺す。刺した傷跡はどんどん埋まっていく。

「現実の辛さは京介が一番知ってるでしょう?」

 僕はマイナスドラーバーを回す。回しても傷口は広がらない。

「だって、京介、。」

 僕はそれを体に刺したまま首元まで持ち上げる。

「毎日、いつも一人で……。」

 涼波は僕の血まみれの右手を優しく包みこんで、

「ここなら、そんなことには絶対にならない。私がずっといる。」

「だから、二人でここで暮らそ?」

 見ると、外には花畑が広がっている。

 この世界は花畑と一見の小さな小屋だけがある世界だった。

「でも、それでは……。現実の君に……。」

 鈴波は僕を抱いて、

「現実なんてもう、沢山でしょ……。」

 と呟く。

 僕は体から力が抜けた。





 京介は壊れたテープレコーダーの様に「現実の涼波に……。」と言っている。

「現実なんて……。考えたくもない。何をそこまで現実に拘っているの?」

 私はもう、ここで暮らしていくことを心に決めていた。

 それは、京介と私が事故にあって、私だけ助かって、そして、京介が人間の意識をデジタル化し、より高次な進化を遂げる事と不老不死を目的としたプロジェクト、「Watch Project」の実験体になった頃から考えていたことだった。

「にしても、あの榎本って人、凄いな。まるで現実と遜色がない。高校の先輩がとか言ってたけど……。」

 私はそのプロジェクトで使用される装置、「グリーン」を使って、京介が二針村に意識を移される前日に意識をデジタル化し、二針村にやって来たのだ。

「結構、大変だったんだけどな。ここまで来るの……。」

 でもこれで京介と暮らせる。

 私が京介の方を見ると、京介は天井からぶら下がっていた。

「そこまでする程の魅力が現実にあるのかしら……。」

 私は京介の体を首を吊っていたロープから外し、持ち上げた。

 首に付いた跡はどんどん薄くなっていく。

「どんなに傷を負ってもデジタル化された意識は不老不死なんだから意味がないのに……。それに……。」

 京介はまだ起きない。私は京介を背負って小屋の外に出る。

 そして、花畑の中に横たわらせる。そして、私の膝の上に京介の頭をのせた。

「ねぇ、京介。あなたが現実に拘る理由は何かしら?ずっと私の名前を読んでいたけれど……。」

 今じゃなくて良い。いつか聞けば良い。

 私は京介の頭を優しく撫でた。

 分岐 肆 君は首を吊った~完~
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