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聖騎士

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 クリストファーの予想は、この一日の内に三度覆された。

 一つ目は、オルガノの預言、二つ目はオリヴィエの決意。

 三つめは父シャルルの、承諾だ。

「父上!? 何故、賛成されたのです? 聖騎士の仕事など、オリヴィエに務まるはずがありませんし、そもそもが危険と隣り合わせです。それとも、父上もオリヴィエに試験突破は無理だとお考えなのですか?」

 シルバーモント家の書斎で、クリストファーは、父に詰め寄った。

 父の真意が知りたかった。

「そう興奮するな。思うところがあるなら、その場で発言すれば良かっただろう? お前だけオリヴィエの前で良い顔をする気か」

 痛いところを突かれて、クリストファーは口ごもった。

「っ……それは、そうかもしれませんが……」

 シャルルの言葉に棘を感じつつオリヴィエを想うと、クリストファーは何も言えなくなる。

「私はね、お前が思っているほど愚かでも優しくもない。半分はお前の言う通りだよ」

 シャルルの言に驚いて目を見張ると、彼は口元だけで笑った。

「聖女の選定に漏れた直後のオリヴィエをお前は知らないだろう? とても見ていられない様子だった。精気が抜けたようで。無理もない、あれだけ聖女とルーカス殿下に憧れていたのだから」

「それは……」

 クリストファーも良く知っている。

 ルーカスと約束をしたらしい日から、オリヴィエの描く似顔絵は全てルーカスになった。

 それまではシャルルもクリストファーも等しく描いてくれたのに、たった一日で全てが塗り替えられてしまった。

 悪夢の一日だ。

 聖女になるためにと、朝晩の祈りも欠かさず行い、気付けば聖典も序章から諳んじるようになった。

 シャルルもミレイユも、『我が子は聖女になるために生まれた、天才だ!』と褒め称えた。

「それに、私だとて信じたくはないが、オルガノ様の預言もある。あの方の預言は捨て置けない。……だからせめて、一つくらいの希みは聞いてやりたい」

 シャルルは苦し気に息を吐いた。

「私だって……あの子を失うような未来を、信じたくはない」

「父上……」

 クリストファーは、父の言葉に胸を突かれた。

 それもそのはずだ。シャルルはオリヴィエを、目に入れても痛くないくらいに可愛がっていた。

「それに、選定式の再審査を申し出たが、反応は芳しくない。それならばいっそ、殿下の側妃に挙げられないかとさえ考えていたところだった」

「オリヴィエを、側妃にですって!? いくらなんでも」

「聖女になる、ならないは人智を越えた天賦の資質だ。ならばまだ、人間の創り出した法に介入の余地がある」

「しかし、二番目の妻ですよ? 父上はそれで良いと!?」

「もう一つは、聖騎士団に入団する方法だ。……戦線に赴かない、内務に就かせてもらえるよう働きかけることはできる」

 クリストファーはそこまで聞いて、納得した。

 国教会よりも騎士団のほうが、父の意向が通りやすいということか。

「ですが、それであの細腕では……筆記試験はなんとかなるでしょうが、実技試験はなかなか」

「分かっているさ。だが、挑戦すら否定したのでは、生きながらに手足を捥ぐのも同じだ。諦めるまで見守ろうと、私は決めた」

 クリストファーはあっけにとられながらも、頭を垂れた。

「わかりました。ごもっともなお考えです。私も従います」

「ああ、頼む。……聖騎士団を一番よく知るお前だ。力になってやってくれ」




***




 父や兄、家族の心配をよそに、オリヴィエはめきめきと腕を上げた。

 元から集中力が人並外れている。

 翌日からは日の出と共に起き、日の入りと共に眠る、単純明快に健康的な生活を始めた。

 早朝ランニング、基礎体力作り、語学、宗教学、騎士団の歴史から慣習、戦術、礼儀作法……etc。

 それらを体力の続く限りこなす日々を送った。

 ほとんどは王都から呼び寄せた教師によって指導を受けたが、たまに様子を見に帰るクリストファーが脅威を抱く
ほどの成長ぶりを見せた。

 聖女に、ひいては王太子の妃となるためにと、基礎的な教養は既にほとんどを修めている。

 異常とも取れる怒涛の勢いで、格闘術を身に着けた。

 やがて三年の月日が経つ頃、オリヴィエは見事にアルディア王国聖騎士団の入団試験を突破した。

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