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 そんな風に働いてきた人たちと比べたら、多少女性客に馴れ馴れしいところはあれど、しっかり仕事をしていると思う。仕事の覚えも、店長目当てで入ってきたわけではない人に比べても早い方だと思うし。
 店長とそんなこと話していると、客が帰った後のテーブルを片付け終えたソルヴェード様が戻ってくる。王子の中では一番細身な人だと思っていたが、それでもやはり男なのか、何枚も皿を持っていても重そうにしていない。

「どうかしました?」

 わたしたちが話をしていたのが気になったらしい。洗い場に皿を持って行って、戻ってきたソルヴェード様が話しかけてくる。

「シルくんが仕事できる人でいいね、って話してた。リノちゃんも褒めてたよ」

「……ちょっと」

 まさか言われるとは思っていなくて、わたしは店長を小突く。
 別に言われたところで何も困ることはないけど、なんか、目の前でそういう話を去れるのは嫌だ。照れる、ともまたちょっと違うような気がする。

 どうせ、ソルヴェード様のことだから、調子に乗るのかな、なんて思ってちらっと彼を見れば――一瞬、あからさまに安堵したような表情を見せた。
 でも、それも、本当にちょっとのことで、すぐにいつもの人懐っこそうな笑みを浮かべる。

「こういう仕事、初めてなので、ちゃんとできてるなら良かったです」

 調子に乗れば釘を刺すこともできたけど、素直に喜ばれると何も言えない。
 わたしが拍子抜けしていると、カラン、と入口のドアベルが鳴った。弾かれたように、パッと入口の方を見たソルヴェード様の顔がびしっと固まる。

 わたしも、少し遅れて見ると、そこには見覚えのある顔が、二人。
 オーヴェーン子爵家のテリエ嬢とアッシブルジュ子爵家のシュティ嬢だ。
 いかにも平民ですよ、という顔をしてやってきてはいるが、微妙に挙動不審だし、身につけている衣服のデザインはシンプルでも質はいいしで、ちょっと浮いている。

 貴族令嬢や夫人の情報が全て頭に入っている、というだけあって、彼女たちを一発で見抜いたんだろう。わたしですら分かってしまうくらいの、つたない変装だし。まあ、平民からしたら、いいとこのお嬢様なのかな、と思われるくらいで、あの二人からすれば、同じ貴族に見つからなければそれでいいんだろう。
 実際、席にいるお客さんたちは、彼女たちに気が付いて、二度見することはあっても、あからさまに動揺している人は一人もいない。高い服だけど、平民でも手が出る範囲のブランド品だから、金持ちが来た、くらいにしか思っていないのかも。

 まあ、ここに貴族と王族がいて、一目で見抜いているんだけど。
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