働きたくないので断罪ENDを希望します

雨夜りょう

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12:王妃殿下の来訪

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「王妃殿下が面会を希望されています」

 突如現れた侍女に、マリアンヌは、リリィは大物を釣り上げて来たのだなと口端を上げた。
 やってくるだろうとは思っていたが、思った以上に早い登場だ。

「王妃殿下が? なぜこのような薄汚い牢屋にやってくる必要があるのか、私には理解できかねますが。面会を楽しみにしていますと伝えてください」

 包み紙を開いて中のチョコレートを口に含んだマリアンヌは、朗らかに微笑んだ。本音を言えば来てほしくなどないのだけれど仕方がない。
 そう思っていると、じっと視線を向けられているのに気が付いた。

「……ああ、どうぞ」

 チョコレートが食べたいのだろうとふんだマリアンヌは、新しいチョコレートの箱を取り出し侍女に差し出す。

「いえ、頂くことはできません」

 そう言いながらも、物欲しそうにちらりと視線が一瞬チョコレートに移る。新品を差し出した方とは反対の手で、食べかけのチョコレートを摘まんで口に運んだ。
 とろりと口の中で溶けだしたチョコに頬を緩めたマリアンヌは、侍女にもう一度声をかける。

「そうですか? 甘くて、ほろ苦くて、口に入れたら雪が解けるように消えてなくなる美味しい甘味なんですけど」

「…………いえ、お言葉だけいただきます。では、私はこれで失礼いたします」

 たっぷり数秒時間を置いた侍女は、頭を下げて出ていってしまった。気になっていても、誘惑を振り切れるとは、流石の一言だ。

「あーあ、行っちゃった。流石に、王妃に仕えてるだけはあるね」
 残されたマリアンヌは、もう一つチョコを口に入れた。

「ま、良いや。あーん。んー、美味しい!」

 早くとも明日、遅くとも一週間の間には王妃が牢屋を訪れるだろう。予想では明日にでもやってくるのではないかとマリアンヌは思っている。
 王妃の侍女がやって来たということは、リリィの宣伝が上手く機能したという事だ。今までマリアンヌには魔力量も使えるスキルもない、家柄があり、美しく賢いだけの女性だと思われていた。きっとリリィの言い分を信じている者は少ないだろう。しかし、懐疑的な中でも流行に敏感で聡いものが、いち早く美しくなれる機会を逃すわけがない。

「早く来ないかな。楽して稼ぐんだー、働かないためにね」

◇ ◇ ◇

「……マリアンヌ・ベラート」

 翌日、楽園でのんびり漫画を読んでいたマリアンヌのもとに、待ち人がやってくる。
 やって来た王妃は、眉根を寄せ固い顔をしている。緊張しているのだろうことが伝わり、マリアンヌはふっと口角を上げた。

「あら、王妃殿下。ご機嫌麗しゅうございます」

「……リリィ・フリーベルトが言っていたわ。貴方が彼女を美しくしたと」

 リリィの様相を思い出したのか、王妃の眉間に寄っていた皺がさらに深くなり、紅唇こうしんを引き結んでいる。
 それはそうだろう。自分よりも美しい女が現れ、己の権威を脅かすかもしれないとなれば、このような顔にもなるというものだ。

「まあ、その通りですね。それで、王妃殿下がこのような場所にやって来た理由は何でしょうか」

「今ので分かるでしょうに」

 苛立ちを露にする王妃に、マリアンヌは説明を始める。

「ふふ。スキンケア化粧品がクレンジング、洗顔料、化粧水、乳液、美容液、パックの五つ。メイク用化粧品が、ファンデーション、コンシーラー、フェイスパウダー、チーク、アイシャドウ、アイライナー、マスカラ、リップ、アイブロウの九つ。ベースメイクに使用する化粧下地と、ハイライト、シェーディング、フィニッシングスプレーの四つ。ヘアケア用品が、シャンプー、コンディショナー、トリートメント、ヘアマスク、ヘアオイル、ヘアミルク、ヘアクリーム、ヘアミスト八つ。他にも、香水、ネイル、日焼け止めと各種取り揃えていますよ」

 王妃は黙ったままマリアンヌの話を聞いている。この世界に存在していない物も多くあるから、分からない言葉もあるだろう。
 一つ一つ丁寧に説明していくと、更に真剣な顔で話を聞いている。

「ちなみに、ランクによって変わりますが、スキンケア用品の最高ランクで金貨一枚。最高ランクで金貨十枚ですね。」

「……リリィ・フリーベルトはどのランクを?」

 こんなことを聞いてくるあたり、たかが男爵令嬢よりも低いランクの品を使うのはプライドが許さないのだろう。あるいは数が多すぎてビビっているのか。

「最低ランクに決まっているではないですか。最低ランクで最低限の物を集めるだけで、金貨二十一枚は必要ですよ? 彼女にそれだけの金がぽんと払えるとでも? 特に香水やネイル、アイシャドウやリップなんかは沢山の色数があるんですから」

「……最高ランクをいただくわ」

「かしこまりました。では、スキンケアが五つ、メイクが九つ、ベースメイクが四つ、ヘアケア用品が五つ、その他、アイシャドウ、リップ、香水、ネイル、日焼け止めは要相談で」

 最低でも金貨二百六十枚。日本円で二億六千万円。そこからさらに種類が多い物を中心に増えるだろうから、三億くらいになるだろうか。
 ぽんと払える辺りは流石金持ちといったところだ。

「ああ、そうだ。念のためお伝えしておきますが、金貨ではなく、宝石やドレス等の同価値の物で、物々交換をお願いします。王妃様が使っていないドレスなどをお持ちしていただくと良いかと。多めに頂いた場合は、次回ご利用の際にそこから引いておきますので」

「分かったわ」

「そうだ、王妃殿下にお願いしたいことがあります」

 願いがあると言われた途端、王妃の肩が微かに跳ねる。虐めているようにしか見えないのでやめていただきたい。

「……聞きましょう」

「ふふ。そんなに怖い顔をなさらないでください、私が虐めているみたいですから。簡単なお願いですよ、私の代わりに令嬢たちに美容品を売りつけて欲しいんです。ああ、別に殿下がご婦人方に譲ってもかまいませんよ」

「…………!」

 さらりとマリアンヌが許可を出したせいで、王妃の目が見開かれる。恐ろしい物でも見るような目で見られ、思わず笑い声を上げそうになり、マリアンヌは頬の内側を噛みしめて我慢した。
 転売したら良いという商人はいないのだから、当然の反応ではある。

「いかがですか?」

「……その案に乗らせていただくわ」

「ひとまずはお茶会を開いて美を見せつけ、羨望を独り占めにし、その後高位貴族から順に売るなり譲るなり、なさると良いでしょう。ああ、購入金額から上乗せしても構いませんが、売れなくとも費用は殿下持ちですからね」

「ええ、分かったわ。有意義な時間をありがとう」

 美容品を侍女に受け取らせた王妃は、しゃなりと効果音がしそうなくらいに優雅に牢屋から出ていった。
 彼女が出ていってからたっぷり数分後、大息を吐く。

「…………はー、緊張したぁ。ふふ、まいどあり~」 

 聞こえないはずの金貨の音がちゃりんちゃりんと聞こえて、マリアンヌは、にたりと笑みを浮かべた。

「このお金で、扇風機と除湿器を買うんだー」

 風呂上りの暑さを思い出したマリアンヌは、不快そうに眉間に皺を寄せた。まだ肌寒い季節でこれなのだ、真夏の風呂上りの地獄さを想像し、早急にネットショッピングを使うのだった。
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