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開戦
願いを、祈りを繰り返してークリュスエントsideー
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王子はその日以降も、前触れもなく部屋の扉をノックする。
花を視界から遠ざけてしまった私には、もう意識を逃す手段はなく、何度もその苦痛を真正面から受け入れさせられた。
花を見えるところに飾りたい、飾っておきたい。その思いと、こんなことをアイシュタルトに知られてしまうのではないか、そんな不安がせめぎ合って、私はいつまでも引き出しの中から花を出せないままでいた。
「其方はいつになれば、子を為すのか。」
何度目かの行為の後、王子が私にそう言った。
「お子……ですか。」
「必要なのは後継ぎだ。まだかと聞いておる。」
「そんな……」
そんなこと、私にわかるわけがない。後何回必要かなんて、誰にもわからない。
「はぁ。其方とのこの時間は私にとっては苦痛でしかない。早く、済ましてしまいたいのだ。」
「申し訳、ございません。」
なにに謝っているのか、謝ることが正しいのか、そんなこともわからない。ただ、王子との会話をやめたくて、聞きたくなくて、謝罪の言葉を口にする。
「可愛げもなければ、役にも立たないとはな。」
そう言い放つと、乱暴に扉を開けて出て行った。王子は今夜も、あの赤いドレスの方が待つ寝室へと戻られる。
子なんて、欲しくはない。あの人の子どもなんて……きっと、可愛がることなんてできない。
もしこのまま、子をもうけることができなければ……処分されようと、城から追い出されようと、どのような目にあったとしても、なんだってかまわない。
この地獄から抜け出せるなら、何が起きたって良い。私は強くそう願った。
コーゼに嫁いで、いつしか月のものも止まってしまっていた。部屋の中を歩く以外に体を動かすこともない。残りものだけの食事は間違いなく足りていない。一目で日光に当たっていないことのわかる肌。妊娠など、できるはずもない体。
私の体はもう役に立たないのね。でも、それでいい。このまま朽ち果ててしまったとしても、なんの後悔もないわ。
子ができないよう、毎日毎日祈り続ける。あらゆるものを禁じられ、もう私にできることはそれぐらいのことしかないもの。
次の春が来たらコーゼに嫁いで2年になる。あれほど鮮明に思い出すことのできたアイシュタルトとの思い出が、その顔が少しずつ霞んでいた。
長い間残しておくことができるようにと、乾燥させたあの花は、花びらに亀裂が入ってしまった。砕けてしまうかもしれない。
フェリスの体にも限界がきているのがわかる。子ができないことに、そろそろ愛想をつかしてくれないかしら。
私のことを、諦めてくれないかしら。
「姫さま。コーゼ国はカミュート国に攻め込んだそうですよ。」
王子が王となって半月、周りの景色が冬色を濃くしてきた頃、フェリスが私にそう告げた。
「カミュート国に?」
フェリスのその言葉に、つい反応を返してしまった。もう、心を動かすことさえ辛くて、毎日祈ること以外は、何も見ずに、何も聞かずに、何も考えずに日々を過ごしていた。
シャーノでなくて良かった。コーゼが攻め込めば、シャーノはもたないはず。父様や母様、アイシュタルトが無事でいてくれれば。私がここに嫁いだ意味もある。
「はい。こちらまで何もなければ良いのですが。」
「えぇ。そうね。何事もないと良いわ。」
何事も……本当に?本当はこちらまで戦禍が及べば良いと思ってしまった。そうすれば、もしかしたら、それに巻き込まれて……
いえ。無理ね。まさかこのような所に、王の第一夫人が暮らしているなんて、誰も思いもしないもの。このような生活では、誰にも王族の一人だなんて認めてもらえないわ。
ふと、窓に目をやれば、戦いが起きているだなんて嘘のような澄んだ青空。誰でもいい、誰か私をここから連れ出してくれないかしら。どんな形でも良いの。ここから……。
もう乾いてしまったと思っていた涙が、頬を伝っていく。叶うはずのない願いを、意味もなく繰り返した。
花を視界から遠ざけてしまった私には、もう意識を逃す手段はなく、何度もその苦痛を真正面から受け入れさせられた。
花を見えるところに飾りたい、飾っておきたい。その思いと、こんなことをアイシュタルトに知られてしまうのではないか、そんな不安がせめぎ合って、私はいつまでも引き出しの中から花を出せないままでいた。
「其方はいつになれば、子を為すのか。」
何度目かの行為の後、王子が私にそう言った。
「お子……ですか。」
「必要なのは後継ぎだ。まだかと聞いておる。」
「そんな……」
そんなこと、私にわかるわけがない。後何回必要かなんて、誰にもわからない。
「はぁ。其方とのこの時間は私にとっては苦痛でしかない。早く、済ましてしまいたいのだ。」
「申し訳、ございません。」
なにに謝っているのか、謝ることが正しいのか、そんなこともわからない。ただ、王子との会話をやめたくて、聞きたくなくて、謝罪の言葉を口にする。
「可愛げもなければ、役にも立たないとはな。」
そう言い放つと、乱暴に扉を開けて出て行った。王子は今夜も、あの赤いドレスの方が待つ寝室へと戻られる。
子なんて、欲しくはない。あの人の子どもなんて……きっと、可愛がることなんてできない。
もしこのまま、子をもうけることができなければ……処分されようと、城から追い出されようと、どのような目にあったとしても、なんだってかまわない。
この地獄から抜け出せるなら、何が起きたって良い。私は強くそう願った。
コーゼに嫁いで、いつしか月のものも止まってしまっていた。部屋の中を歩く以外に体を動かすこともない。残りものだけの食事は間違いなく足りていない。一目で日光に当たっていないことのわかる肌。妊娠など、できるはずもない体。
私の体はもう役に立たないのね。でも、それでいい。このまま朽ち果ててしまったとしても、なんの後悔もないわ。
子ができないよう、毎日毎日祈り続ける。あらゆるものを禁じられ、もう私にできることはそれぐらいのことしかないもの。
次の春が来たらコーゼに嫁いで2年になる。あれほど鮮明に思い出すことのできたアイシュタルトとの思い出が、その顔が少しずつ霞んでいた。
長い間残しておくことができるようにと、乾燥させたあの花は、花びらに亀裂が入ってしまった。砕けてしまうかもしれない。
フェリスの体にも限界がきているのがわかる。子ができないことに、そろそろ愛想をつかしてくれないかしら。
私のことを、諦めてくれないかしら。
「姫さま。コーゼ国はカミュート国に攻め込んだそうですよ。」
王子が王となって半月、周りの景色が冬色を濃くしてきた頃、フェリスが私にそう告げた。
「カミュート国に?」
フェリスのその言葉に、つい反応を返してしまった。もう、心を動かすことさえ辛くて、毎日祈ること以外は、何も見ずに、何も聞かずに、何も考えずに日々を過ごしていた。
シャーノでなくて良かった。コーゼが攻め込めば、シャーノはもたないはず。父様や母様、アイシュタルトが無事でいてくれれば。私がここに嫁いだ意味もある。
「はい。こちらまで何もなければ良いのですが。」
「えぇ。そうね。何事もないと良いわ。」
何事も……本当に?本当はこちらまで戦禍が及べば良いと思ってしまった。そうすれば、もしかしたら、それに巻き込まれて……
いえ。無理ね。まさかこのような所に、王の第一夫人が暮らしているなんて、誰も思いもしないもの。このような生活では、誰にも王族の一人だなんて認めてもらえないわ。
ふと、窓に目をやれば、戦いが起きているだなんて嘘のような澄んだ青空。誰でもいい、誰か私をここから連れ出してくれないかしら。どんな形でも良いの。ここから……。
もう乾いてしまったと思っていた涙が、頬を伝っていく。叶うはずのない願いを、意味もなく繰り返した。
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