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第36話
しおりを挟む「万里、ハタチのお誕生日おめでとー!!」
「ありがとー!!!」
夏休みも終わり、すっかり秋真っ只中な今日この頃。
私は二十才の誕生日を迎えていた。
毎年この日は知佳と一緒に過ごすのが恒例となっていて、今日も知佳の家でケーキを食べるため、二人で予定を合わせていた。
「えーと、私の5才の誕生日からだから、十五、……十六回目か!」
「短いような、長いような……」
「毎年ありがとうございます」
「いいってことよ。あ、それより見てよ!」
知佳がそう言うので手元のコンビニ袋を覗いてみると、「じゃじゃーん!」と言いながら、ビールの缶を二本取り出した。
「やっと万里とお酒が飲める! 楽しみにしてたんだよー!」
知佳はすでに、五月の頭、つまりはゴールデンウィーク中に誕生日を迎えていて、アルコールも経験済だ。
「長いこと待たせて悪いね」
「ホントだよー! なんてね。いいっていいって。とりあえず乾杯しよ! はいコレ万里の!」
ビールの缶を渡されたので、とりあえずプシュリと開ける。
「じゃ、万里のアルコールデビューを祝しまして!!」
「「カンパーイ!!!」」
「!!! ……っ、にが~!!」
乾杯の勢いに任せてグビリと飲んだが、初めて飲むその味に、私は思わず顔を顰めた。
「あはは! やっぱり? それが大人の味だよ、万里君」
「なによそれ~。あーでもホントに苦い。よく飲めるね」
「私も最初は苦くて飲めなかったよ。だからまぁ、想定の範囲内の反応だわ。だからしょうがない、知佳ちゃん特製シャンディ・ガフ作ってあげちゃう」
知佳はそう言うと、続けて、紙コップとペットボトルのジンジャー・エールを袋から取り出した。
「……シャンディ・ガフ?」
「そそ。ジンジャー・エールで割るだけなんだけど、結構飲みやすくなるのよぅ。……はい!」
そう言って、笑顔で渡された紙コップ。その中を見れば琥珀色の液体がシュワシュワと音をたてていて、鼻を近付けるとジンジャー・エールの甘い香りがした。
ビールの味を思い出しながら、恐る恐る口を付ける。
「……ん?! 美味しい! 私これ好きかも!!」
その美味しさに、私は目を見開いた。
甘さが加わるだけでこんなにも飲みやすくなるのかと驚きである。これなら私でもグビグビいけそうだった。
「でしょー! 万里なら絶対気に入ると思ってた! さすが私だわ!」
「ホント! 知佳様々だね! あはは!」
「よーし、じゃ、今日はカロリーなんて気にしないでケーキ食べよ!!」
「食べよ食べよ!」
私たちはそう言うと、お互いにフォークを持ち、ホールのケーキにぶすりと突き刺した。
*
「――でね、最近そのチャラ男がよく来るんだよ」
「ふぅーん? もしかして連絡先とか交換は……?」
「最初に言われたけど断ったよ。どうせただの暇人のナンパか、罰ゲームだろうしね」
ほどよくアルコールが回り始めた、年頃の女子が二人。それらがケーキを突きながらする話といえば、まぁ、やはり恋バナな訳で。
今は知佳の話を聞いているところだった。
知佳は、彼女が通う大学近くのコンビニでバイトをしているのだが。
それは、夏休みが中盤に差し掛かった頃の事らしい。一人のチャラそうな男の人が買い物に来て、レジの際、「一目惚れしたから付き合って下さい!」と言ってきたんだそうだ。
もちろんその時にキッパリ断ったそうだが、それからもちょくちょく来ては告白してくるらしい。
ちなみに。
知佳が通う大学と私が通う大学は、割と近いところにある。なので、私もたまに知佳がいるコンビニに買い物に行ったりするのだが、告白の場面に出会したことはなかった。
「顔は? カッコイイの?」
「うーん、カッコイイっちゃ、カッコイイかなぁ」
「え、知佳がナンパ男をカッコイイって言うの珍しいね」
「そうかなぁ?」
知佳はショートボブがよく似合う、オシャレで可愛い女の子だ。
昔からよくモテて、それこそナンパもよくされる。しかし、本人が面食いでなかなかお付き合いまではいかず、いったとしてもすぐに別れてしまうのである。
本人は「クール系イケメン彼氏が欲しい!」とよく言っているが、一見ツンとした雰囲気とは裏腹に、結構な構いたがり屋な性格をしているので、連絡等がマメなワンコ系の人の方が合うのではないかと私は内心てわ思っている。
(それにしても……)
いつもならチャラ男は論外と言う知佳が、ナンパ男をカッコイイと言うなんて。
これは結構な顔面どストレートなのかもしれない。などと思っていれば、知佳が話を切り替えるように手を振った。
「まぁ、私の話はもういいじゃん。ていうか、万里は?」
「ん?」
「最近どうなの? その、研究室の智也先輩とは?」
「どうって。……特に、……なにも」
先輩の名前をピンポイントで出されて、思わずしどろもどろになってしまう。
「えー? 好きなんでしょー? 告白は? しないの?」
「や、たしかに、カッコイイなぁとは思うし、ちょっとヤバいなって思ったこともあったけど。……まだ出会って三ヶ月も経ってないんだよ? 好きなんて……」
「甘い! 甘いよ万里君! 恋に落ちるのに時間なんて関係ないのだよ?!」
「ナンパ嫌いの知佳に言われたくない~」
「私の事はいーの! カッコイイんでしょ? 真面目で優しいんでしょ? 一緒に居て楽なんでしょ? 何がダメなの?! あっ! ……もしかして、彼女がいるとか?」
「ああ、彼女はいないって……別の先輩が……」
この前会った時に、涼先輩が聞いてもいないのに教えてくれた情報である。
「え、それ、信用できるの?」
「たぶん、できる。彼女がいる雰囲気全然しないし。それに……」
「それに?」
「先輩、前まで髪長かったんだよ。特に前髪が目にかかってて。でも、私が目のこと褒めてからさ」
「あー、この前聞いた図書館のグレーダイヤ事件ね」
「事件って。まぁ、あれからちょっとしてね、先輩、髪を……」
「もしかして、……切ってきたの?」
「……うん」
「あーもーなによー! 確定じゃない?! その先輩絶対万里に気があるってー!!」
「まだ分かんないじゃん! 先輩就活あるし! 私が言ったからですか? なんて聞けないし!」
「聞こう! ついでに告白しよう!」
「やだよ!! 自信ない!!」
「なんでよ?! 万里可愛いよ! この知佳ちゃんが保証する! 髪はサラサラだし、色は白いし、化粧してないのにパッチリした目にピンクの唇! 私と違って胸もあってスタイルもいい! 素材が良いから、もうちょっと化粧してオシャレすれば絶対その先輩落ちるって!! ……っていうか、万里! 先輩の前でその顔しちゃダメだよ?! 告る前に襲われちゃう!」
「知佳もう何言ってるの?! 酔ってる? 酔ってるのね?!」
「襲われる時はちゃんと合意の上で、ゴムは付けてもらいなね?!」
「ひーーーー! もう知佳黙って!!」
「――ちょっと、あんたたち。何騒いでんのよ?」
私たちがキャーキャー言っていると、そこへ、知佳の母親がドアを開けて顔を覗かせた。
「お母さん! お帰り!」
「おばさま! お帰りなさい!」
「……元気ねぇ。って何そのケーキとお酒……あ! もしかして今日、万里ちゃんの誕生日だった?! しかもハタチじゃない?! やだー! おばさん何も用意してないのよー!」
「あはは、大丈夫ですよー! 知佳が祝ってくれましたし、おばさま忙しいでしょう? お気持ちだけで十分です」
「やーん、万里ちゃん相変わらずイイ子ー! やっぱりウチの子にならないー?」
ゴメンネと慌てた様子で謝ってくる知佳母に、私が笑顔で答えれば、ガバリとハグをされ、そんな事を言われた。
「あははは! ありがとう、おばさま! えーっと、じゃあ、大学卒業したら知佳と結婚しよっかなー」
「ねーもー本当に! 知佳が男だったら、というかウチに男の子がいれば絶対お嫁に来てもらうんだったのにー!」
「あはは!」
知佳母にギュウギュウとされて、それがなんだか可笑しくて笑っていると、知佳がおばさまの肩を叩いた。
「何言ってんのお母さん! 万里、とうとう好きな人ができたんだよ?!」
「ちょ、知佳! 何言ってるの?!」
知佳の突然の暴露に、おばさまの腕の中でギョッとする。
「えっ?! 相手は?!」
「大学の先輩!! イケメンで! 真面目で! 優しい人だって!」
「まああ!! 万里ちゃん、本当なの?! 告白は?!」
「ま、まだです、けど……っ」
恥ずかしくてまともにおばさまの顔が見れない。
「まだってことは、好きなのは好きなのね?!」
私が知佳母からの更なる追求にアウアウと答えられないでいると、そこから何を読み取ったのか、知佳母が何故か感動したように眉を寄せる。
「……良かった!! 明日休みで!!! ちょっと、知佳! お母さん自分のビール取ってくるから! 戻ってきたら詳しくお願いね!」
そして、知佳の「まかせて!」という言葉を受けて、知佳母はガバリと私から離れ部屋から出て行った。
一方私といえば、今までの話をもう一度しなければならないという予感で帰りたくなったが、当然、知佳がそれを許してくれる筈もなく。
たくさんのビールを抱えたおばさまの再登場に、内心で絶望の叫び声をあげたのだった。
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