Pain

如月巽

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鳥と獣の出会い

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 天界軍と魔界軍が抗争を始めて早十年。
 天界中枢部は暗雲が立ち込めているというのに、戦場から幾分か離れているそこは以前の平和だった世界を保持し続けるように雲一つない晴天。
 腰まである絹糸のような長い亜麻色の髪を風になびかせて歩く少女は、澄んだ青空が眩しく感じて薄氷色の瞳を細めた。


彼女の名は レン・ショコラフィールド。


 天界軍治療班の一人である彼女は、長期に渡っている天魔戦争で負傷した兵の治癒に程々疲れ、まだ戦火に撒かれていない、天界の外れの丘に向かっていた。
 街の住人は既に避難していて誰かに見咎められる事も無く、何より天界の外れの方なので殆ど立ち入りがないと聞いていた。
 しかし、戦火に巻き込まれた者が怪我をしてしまったのだろうか、大樹に背を預けているらしい姿を見つけ、レンは足早に蹲る人物の元へと向かった。
「…あの…大丈夫ですか……?」
「失せろ」
 荒い呼吸を続ける男に警戒されているのか、傍らに置かれた剣が握られる。殺されてしまうかもしれないと恐怖心に襲われるが、レンは小さく首を振りそれを払った。
 艶のある黒髪を持った男はうっすら蒼み掛った黒い眼に鋭い眼光を宿し、天界では見ぬ黒髪と黒い瞳に魅入ってしまい動けなくなってしまった。


**********

 樹木に背を預け、赤黒い血が流れる肩口を押さえ付けながら男は薄氷色の瞳の女を睨みつける。


男の名は、ガウル。


 肩口を深く抉られ、戦線から離脱し休んでいたが天界兵に見つかり、そこから動けずにいた。
 しかし、傷の深さに戦いに出向くことが出来ない自分に止めを刺しに来た様子はなく、少女はガウルをじっと見つめて来るだけであった。
「聞こえなかったのか?」
 言葉と同時に剣を突き付け目を眇めて見せれば、少女は小さく首を振った。

ー 少女とは言っても合成獣である自分よりも年齢は上であろうが、幼さの抜けきらない姿を見ればその言葉が合う。

「剣を引いて下さい…私は傷の手当をしたいだけで……」
 真っ直ぐ自分を見つめてくる少女の目には一筋の曇りもなく、言葉に偽りが無いことを伝えてくる。
 舌打ちを響かせつつ痛みを堪え立ち上がり、ガウルは少女を突き飛ばし相手の胸に剣を突きつけた。
「…さっさと逃げたらどうだ」
「イヤです」
 多少なりとも戦えるのであろう、見た目によらず肝が座っている。
「肩の傷見せてくださいませんか…?」
「解らない女だな…」
 痛む右腕を振り、威嚇程度に脚を斬りつけると白いワンピースの裾が薄く紅に染まり、少女は息を呑む。
しかし、次の瞬間には恐怖心を見せる事のない真っ直ぐな目でガウルを見返し、口を開いた。

「何をされても、手当てをさせてくれるまでは絶対に退きません!」

 敵対しているはずの自分を手当てしたいとのたうつ少女に煩わしさを覚え、大樹の影に足を踏み入れる。
「ま、待ってくださ…、っと、うわっ!」
 樹の根に足を取られたのか、勢い余った少女に右腕を強く引かれ激痛が突き抜け、影に身を落とせずその場に膝をついた。
「あ…ごめんなさいっ!」
 わざとじゃないんです、と少女が焦ったように謝罪し頭を下げる。
 いまにも泣き出しそうな瞳に罪悪感を覚え、仕方なく少女の治療を受け入れて上衣を脱ぎはじめる。
 開いた傷を見て、持っていた鞄を開ける。何種類もの治療薬や衛生用品、包帯が詰められた鞄から幾つかの瓶を取り出すと、止血に使っていた服の破片を外され、水を染み込ませたガーゼで丁寧に傷口を拭われる。
「………何故助ける」
 この状況下ならば傷口に聖水でも掛けてしまえば致命傷を負わせる事も可能だろう。
 傷を拡げたのは偶然にしろ、敵である自分に手当を施す行動は余りにも不可解な行動にガウルは問い掛けた。
「敵とか味方とか…私には関係無いんです」

怪我をしているから手当するだけ。

 純粋な笑みを浮かべて話す少女に思わず苦笑する。
 蒼み掛った半液状の物を肩に塗りこまれると、体に響いていた痛みがすぐさま引き始め傷の再生が始まった。
 少女は自分の肩口に白包帯を丁寧に巻くと何が嬉しいのか柔らかく微笑んだ。
「…礼は言わんぞ」
「はい、私が勝手に治療しただけですから」
 上衣を羽織りながら呟くと、にっこりと笑いながら返され少女は樹に背を預けて目を閉じる。
 暫く少女を見下ろし、ガウルはその場を後にした。
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