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序/優雅とは言えない高校生活

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 学校までの距離はそこまで離れていない。徒歩であれば十分ほど、原チャリなどを使用すれば五分もしない間に到着する。

 徒歩で向かう道中、適当に俺たちはコンビニに寄ることにした。時間については十二分にある。夜食というか、それらしきものを買ってから学校に向かうのも別に悪くはないだろう。

 俺は適当なお茶を、皐はレモンティーを買う。俺は握り飯、彼女はサンドイッチという具合。皐はそれに合わせてキャンディー類も買っている。ガムじゃないだけ素行はいいと考えるべきかもしれない。

 適当なものを買い上げた後、俺がレジ袋をもって、そうしてまた歩みを進める。

 その間に会話はない。会話はないけれど、沈黙をしているということも出ない。皐がずっと隣で鼻歌を歌っている。

 何の曲だったかは思い出すことができない。でも、確か幼い頃から聞いていた曲。教育番組の何かだったかもしれない、もしくは有名な歌謡曲だったかもしれない。そのどちらかもわからない。

 俺はそんな鼻歌を耳にしながら、それに同調するように心の中で歌声をあげる。口で歌うのは恥ずかしいから、別にこんなもんでいいだろう。





 学校に到着して、慣れない下駄箱に靴を仕舞い込む。以前から買っておいた上履きを履き替えて、二人で廊下を歩く。道のりはわかりやすいように壁に矢印が書いてある。一応、入学式の時にクラスの紹介も教室の紹介もされていたから迷うことはない。……と、そう思っていたが、夜間と昼間では見る世界が異なるせいか、どこまでも違和感を覚える景色がそこにはある。矢印があってよかったかもしれない。

 そうして矢印のままに、二人で歩みを勧めれば、確かに昼間でも見覚えがある教室の方にたどり着く。

『1年 A・B・C組』

 入り口上部に掲げられている教室の表札。一見、違和感を持ちそうな表札ではあるけれど、朝の部、昼の部、夜の部それぞれで教室を共有していることは入学式の時に説明されていたから、納得する要素はある。

 教室の中を覗いてみる。

 窓から見える外の景色は夜だけれど、確かな電灯が教室の中にともっている。

 見慣れたような学習机と椅子、一年という期間しか空けていないはずなのに、どこか懐かしい気持ちが拭えない。

 いや、実際懐かしいのだ。取り入れるべき期間に取り込んでいないのだから、郷愁を覚えるのも仕方がないような気もする。

 教室の中には人はまばらだ。入学式の時に人の顔を見ようとしていなかったから、その時にいたメンツなのかどうかを把握することができない。

 年齢層についてもまばら、中年のような男や、主婦をやっていそうな女、金髪のギャル男だったり、まあ、本当に様々にいる。

 その中でも、なんとなく雰囲気の近そうな女が一人。他の年齢層については俺と同じような私腹を着込んでいるものの、その女についてはきちんと規定とされている制服を着こんでいて、きちんと女子高生ということを主張するような雰囲気。

 全体的に髪の長さは短いけれど、目元を髪の長さで覆い隠している。それで視野はきちんと機能しているのか気になるところではあるけれども、俺が気にすることではないかもしれない。

 机の上にはそれぞれ名前が書かれた厚紙が置いてあり、自分たちが座る席について容易に把握することができる。

 運がいいのか悪いのか、俺は窓側の席、その隣に皐が座る。

「隣同士だね」

「ま、なんとなくそんな気もしていたけれど」

 俺の名字は加登谷《かとや》、そして彼女の名字は高原《たかはら》。

 席は前から後ろまで四列、横には五列という具合で並べられている。

 苗字の順番で出席番号が決められているなら妥当だと言えるだろう。

 教室の前方中央にかけられている時計は、五時十三分を示している。

 まだ、授業開始までは余裕がある。

 俺は手に持っていたレジ袋を開けると、彼女が買った分と俺が買った分を仕分けして、隣にいる皐に渡す。

 ここから四時間は真面目に集中しなければいけない。せめて軽食を入れておかなければ、気力は持たないだろう。





「はいどーもー、初めましてぇ」

 五時半きっかり、比較的静かなチャイムが鳴った後、そこに入学式でも見かけなかった皴が目立つ中年の男が入ってくる。

 一応、自分と皐以外の生徒に関しては興味がなかったから顔を見ることはしなかったけれど、教師陣については別の話だ。きちんと顔を認識していたはずなのだけれど、その男については入学式では顔を見ていない。

「ええ、どうもね。うんうん、初めまして。欠席は数人いそうだね。まあ、そういうこともあるでしょ。こんばんはこんばんは」

 眠たげな声の中にしつこく挨拶を織り交ぜて、男は言葉を続ける。

「ええとねえ、今年は夜間の部を担当いたします、中原《なかはら》 雄二《ゆうじ》というものでございます。ええ、ええ。お見知りおきを。今日から一年間はみんなとね、ええと、なんだっけな、青春的なことを頑張っていこうと思うんでね、よろしくねぇ」

 男はそう自己紹介した。半ば冗談めいた口調で、適当過ぎる口調で。

 それでいて呆けているような発言だったが、その自己紹介は、なんとなくこの教室にいる俺たちを歓迎しているような一言だと考えることができた。

 ここには、青春を失った者たちが集う場所。……皐に関してはどうだろう、別に失ったわけではないとは思うけれど、一応その類に含めておこう。

 ともかく、ここには青春を失っている者たちが集まっている。そんな者たちに青春を与えよう、という紹介をこの男はしたのだ。それを歓迎と言わずして何と言おうか。

「ええと、そうだなぁ。とりあえず、最初から勉強っていうわけにもいかないし、なんなら最初はホームルームだからね。一年同じクラスメイトでやっていくから、今日のホームルームは自己紹介とか、学校の流れとかを改めておさらいとかしようかな」

 というわけで、と中原と名乗った教師は、俺の座っている列の一番前に座っている女を指さす。

「自己紹介、お願いね」
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