弟のお前は無能だからと勇者な兄にパーティを追い出されました。実は俺のおかげで勇者だったんですけどね

カッパ

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第三章:盗賊ライドと不愉快な仲間たち

13、僧侶はお怒りです

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「ザクス、お前は甘いんだよ」

 ある日ある時、突然兄貴に言われた。

「なんだよいきなり」
「いきなりじゃない、前から思ってたことだ。お前は甘い。なんで喧嘩売ってきた相手を許すかね」

 最強と名高い勇者パーティーは羨望の眼差しで見られる。
 と同時に、嫉妬の目を向けられることも珍しくはない。
 だが強い者に面と向かって歯向かうような暴挙に出れる者は、ほぼいない。ならばどうするか? 弱いやつを叩けばいい。
 パーティーの中のお荷物と揶揄される俺ほど、格好の餌食はなかっただろう。
 みんなに能力を分けていた俺は、凡人に等しい能力しか残っていなかった。そこに嫉妬にかられた冒険者が殴りかかってきたら? そんなもの避けれるわけがない。
 少しぐらい能力を返してもらえば良かったのかもしれない。それは俺のさじ加減で好きに出来たのは確か。
 だが俺はそうはしなかった。なぜってそんなことをしたら、兄貴が仲間が危険にさらされると分かっていたから。
 いつしか最強を自負するようになっていた兄貴達は、危険なクエストにも臆さず飛び込んだ。
 そんな状態で能力を返してもらおうものなら、自殺行為に等しい。兄貴達に死地に飛び込めと言ってるようなものだ。
 だから、あくまでパーティーである以上、面倒だからと逃げて他の者に戦ってもらって恩恵を受けてた俺は、一度とて能力を取り戻したことはない。

 そんな兄貴達に嫉妬した者からの暴力、やっかみを受け止めること。それを流すこと、許すこと。
 それは俺の義務だと思ったのだ。そうすべきだと思っていたのだ。

──そんな俺はたしかに甘いのだろう


・ ・ ・


 目を開けば、見知った顔が俺の顔を覗き込んでいた。

「お、起きたか。無事でなによりブシッ!」

 思わず殴ってしまった俺は悪くないと思う。

「あ、すまんすまん。世界でもっとも不快な、寝起きに見たくない顔を目にしたもんで、つい……」
「俺の顔って、世界最悪なの!?」

 涙目で頬を押さえるライドは放って置いて、体を起こした俺は周囲を見回した。
 見回して顔をしかめた。

「これは一体……」
「聞きたいのはこっちだ。すんげ―音が上からするから、慌てて上がってくればお前が血ぃ吐いて気絶してるんだもんよ。ホッポも血まみれで真っ青だし、セハは……うん、まあ」

 なぜそこで言葉を濁す。
 眉をしかめる俺を見ることなく、一点を見つめるライド。

「お前が気絶してる間に2階を散策して、ザジズとエヴィアを見つけたよ」
「そのようだな」

 ライドの視線を辿れば、横たわるエヴィア。ゴールドドラゴンにさらわれた彼女は幸い生きてたようで、今ルルティエラが僧侶の能力で治癒している。
 少し離れた場所にザジズが倒れていた。
 その横に座ってボーッとするホッポ。その横にはセハもいた。どうやら彼女は泣いてるようだ。

「ダメだったのか?」
「ああ、ありゃ即死だな」

 一目見て、それが物言わぬ死体となり果てていることがわかった。いくら僧侶でも、亡くなってしまった命を戻すことはできない。この世界に蘇生魔法は存在しないのだ。命は神の領域だから。

「ゴールドドラゴンのしわざか?」
「その可能性が高いんだろうけど、俺はそもそもドラゴン自体を見てないからな、正確なところはわからん。それにちと気になることもある」

 そう言って、チラリと背後の壁に視線をやる。そこには、この塔で出会った桃色の髪と橙色の瞳をもつ姉妹が、壁にもたれ座り込んで震えていた。こういった、凄惨な場面を受け入れることすらできない程度の冒険者。

「飲むか?」
「……ありがとう」

 ライドが差し出した水袋を受け取って、リューリーが口に含む。
 それを確認してから、ライドが立ち上がる。

「ちょっと見てくれ」

 その言葉に促されて俺も立ち上がる。そしてそのままザジズの遺体を覗き見た。

「これ、この傷。かつてホッポが背中に受けた、ブラックドラゴンの爪痕と似ても似つかないんだ。ゴールドドラゴンはどうだった?」

 言われてなるほどと思う。
 そこには上半身と下半身が泣き別れになった、ザジズの遺体があった。顔には布がかけられてるので苦悶の表情を見ないですんだが、それでも思わず目を伏せる。
 息を吐いてから、、もう一度それを見た。

「これは……剣による傷か?」
「やっぱりそう思うか」

 それはこれまで見てきたドラゴンの爪痕とは違った。かと言って、剣でバッサリというには……
 あまりに綺麗すぎたのだ。この世界で、どれだけ鍛え抜かれた剣があろうとも、一刀両断なんてできるものは無いに等しい。叩きつけ、何度も何度も切りつけて相手を倒す。
 だがザジズについた傷はそうではなかった。本当にそれは一刀両断という言葉が相応しい、見事な斬り口だったのだ。

「普通ならありえない、だがそうとしか思えない。これは剣による傷だ」
「見覚えは?」
「ある」

 即答して、膝をついていた俺は、ゆっくりと立ち上がった。

「この切り傷に見覚えは、ある」

 立って見下ろす俺の手に、触れるものがあった。セハの手だ。

「ザクス……」

 セハがザジズ達と出会って共に行動した時間は短い。それでも仲間となった者の死を悲しむセハ。俺を追い出した時とは、随分心境が変わったのだろうか。それとも彼女の本質はそれくらい情に熱いものなのか。

「この、傷……ねえザクス、この剣の傷に私も見覚えあるよ。これは、この傷は……」
「ああ。そうだなセハ。俺も同じことを考えてるよ」

 ビリッと瞬時に俺の気が上がるのが感じられた。ビクリと体を震わせてセハが手を離す。

 ああ分かってる。俺にもわかってる。
 これはドラゴンのしわざではない。これは……ザジズをやったのは……

 ギリと拳を握ったその時だった。

「終わりましたわ」

 ルルティエラが大きく息を吐いて、言った。その肩にはミュセルが乗っている。あれを肩に乗せると魔力が減らないのだ、それくらいにエヴィアの治療には魔力を要したのだろう。減らなくても疲れは生じる。ルルティエラはとても疲れた顔をしていた。
 彼女の視線の先で、ゆっくりと体を起こすエヴィア。

「エヴィア! 良かった……!」

 止まりかけた涙をまた流して、セハがエヴィアに抱きついた。それを受け止めるエヴィアは、まだ顔色が悪いが、体の怪我はもうすっかり治ってるようだ。さすが僧侶。

「ホッポ、お前もルルティエラに……」
「とっくに治してもらったさ」
「そうか」

 俺の中途半端な回復魔法では、傷はふさがっても流れた血は戻らない。全てを治してくれるのは、やはり僧侶の力が必要だ。聞けばセハと合わせて、エヴィア達を見つける前に回復してもらったんだとか。

「なあルルティエラ、ついでに俺も……」
「なんの御用でしょうか!?」

 俺も治してくれ、と言いかけた俺をジトッと睨み、突き放すように言われてしまった。
 え、なに、俺なにかした?

「え。いや、俺も治療を……」
「ザクスは回復薬を飲んでピンシャンなさってますでしょ!? わたくしの拙い治療魔法なんてお呼びじゃないんじゃないですの!?」
「えええ……」

 なにを怒ってるんだ。ルルティエラはそれこそ髪を逆立たせそうな勢いで、怒って俺を睨んでくる。いやちっともわからない、なにこれ。
 まあ確かに俺はどこも怪我してないようで、ピンピンしてるけど。確かセハの強力な黒魔法による突風で、血を吐くような怪我をしたのではなかったか。
 そもそも俺、いつ回復薬飲んだっけ?
 首をかしげてライドを振り返った。

「なあライド、俺っていつ回復薬飲んだんだ?」
「俺が口移しで飲ませてやった」

 ドラゴンの塔に、ライドの悲鳴が響き渡る。安心しろ、ルルティエラが直ぐに治してくれるさ!
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