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第二章
9報道部
しおりを挟む生徒会に風紀委員会、この学園の主要組織とも言える二つとの絡みに肝を冷やしたが、人脈が増えるのは悪い事ではないと自分に言い聞かせて数日。放課後に村海先輩に襲われたらしい後、美姫弥先輩に助けられてから俺は美姫弥先輩と会うとどうしてもそのことを思い出してしまい……。
などという事は無く、所詮妄想は妄想で美姫弥先輩が色っぽく見えるという事は結局一度もなかった。
そんなことはどうでも良いけれど、問題はあの時の村海先輩とのソレをどういうワケか報道部にすっぱ抜かれていたらしい、という事だ。
ジン先輩が何か用事があるとか言って不参加で、一人で練習を終えて部室に戻って来た所で部室のドアの前に、前に一度見たことのある顔が立っていた。
「あ……いつかの報道の先輩」
藤原が来てから間もない頃に俺にインタビューをした先輩だった。
こげ茶色の髪に上が銀のフレームの眼鏡。身長は俺より高いくらいだけど俺よりも少し細いかもしれない……。
「冬月心法だ」
少し不機嫌そうな表情だけれど、声は割と柔らかい感じがした。もともとはさわやかな声をしているんだろう。今は表情と合わさってキツめに聞こえるが。
そういえば前に会った時は名前を聞いてなかったかもしれない。
「お久しぶりです」
「お前さぁ、無防備すぎねぇ?」
「えっと……。はい?」
眼鏡をクイっと上げて眉間にすごく皺が寄ってる……。
というか用事があって来たんだろうに名前の次の二言目がソレって何なんだ。
「何で部室に鍵掛かってねぇんだよ。しかも荷物置いてんじゃねぇか!」
「あー……携帯とか学生証みたいな貴重品は身に着けてますし」
「アホか! 貴重じゃ無くても私物は全部盗まれる可能性があるだろ!! この学校舐めてんのか」
それは一部の人気のある方だけで俺みたいな平凡には縁の無い世界では……まぁこの先輩見目がイイから何か嫌な思い出とかあるのかもしれない。
「次回から気を付けますから……。で、今日は何で此処に? 入部希望ですか?」
まぁまさかそんな事は無いと思うが……。
「んなワケあるか。俺は報道部員だぞ、他に入ってる暇なんぞねぇ」
「では何で……」
「これ見ろ」
突き出された写真を見ればそこには俺を押し倒す村海先輩が映っていた。
「あちゃー……。コレこないだのですねぇ」
「認めんのか」
不機嫌そうな様子はそのままに呆れた声で言われてしまえば否定は出来ない。
実際にナニしたという事は無いが確かに報道部員に見せつけられて平然としていていい写真ではない。
「この態勢になったのは事実ですからねぇ……。この後ナニもありませんでしたし。本物じゃなくてコラって言い張ったって報道部にすっぱ抜かれて記事にされちゃえば既成事実という事になっちゃうでしょうし」
「ったく、なかなか尻尾を掴ませない品行方正なキレ者かと思ったらあっさり醜聞とか何なんだよお前……」
「尻尾というか……。基本的にやましい事をしてませんから」
ヘラリと笑えばギロリと睨まれる。
しかしこんなもの見せつけられたという事は何かしら要求があるのだろう。
「(つーか、コレ俺だけじゃなくて村海先輩のが脅し甲斐があるんじゃあ無いだろうか)」
地位とか名誉とか、俺なんかよりもあの人の方がよっぽど失うものがある。
「こんな写真見せつけられてもそんな事言えんのかよ……」
「キスする直前、みたいではありますが俺からじゃありませんし。俺にソッチの気はありませんから村海先輩を誘惑なんてしませんよ」
「お前にその気が無くてもこの写真からお前を恨もうとする奴なんてごまんといるぞ」
さっきからこの先輩はキツい口調と険しい顔だが、何か心配されてるようにも感じる。
まさか忠告だけして帰るなんて事はないだろうが本当に何のために来たんだ……。
「でしょうねぇ……。で、先輩はまさかそれだけ言いに来たわけじゃないですよね? どんな風に脅しをかけるんです? 俺にそんな大した利用価値は無いと思いますが」
「ソレを決めんのはこっちだ。そんで俺はただの下っ端だ。コレを餌にお前を報道部の部室まで連れてこい、と部長から言われてきたんだよ。どうするんだ?」
どうするのか、と聞かれても俺に拒否権はないよなー……。
行ってみなきゃ何を要求されるかもわかんねぇし。
「あっさりしてんな。マジでナニ要求されるか分からねぇぞ」
「えー、報道部の部長ってそんな怖いんですか?」
「横暴で短気、基本的に人遣いは荒い。それに……ノンケを食うのが好きだって噂もあんな」
「うわー、こわーい」
ソレは笑えない。まぁ俺にソッチの魅力があるかは分からないが……。
「だからお前は無防備だって言ってんだ。俺に一回取材受けてんだから危機感くらい覚えとけよ」
確かに前に一回先輩とは会ったが、藤原の影響以外の何でもないと思っていた。
俺に報道にとっての利用価値なんて今の所思いつかない……。
というか報道ってそんな危ない組織ってイメージは無かったんだけど実際はどうなんだ?
アレな情報をネタにゆするにしてもゆする内容が想像つかん。さっきのノンケどうこうがマジだったとしても食ったらソレでおしまいだよな……。
つーか脅してまでセックスしたいのか……。
「いまいちまだこの学校の価値観が分からないんですよねー……」
「さっきの部長の性癖は置いといても、お前には利用価値はあるぞ」
「え……?」
俺はずっとのらりくらりとヘラヘラ話していたが、先輩は一度も表情を崩すことは無かった。事の大きさを分かっていない自覚はあったが先輩は何を考えているのだろう……。
赤の他人の俺の安否なんて先輩の気にする所じゃあないだろうに……。
「目立ってはいないが生徒会や教員とのつながりは多い。藤原みたいな派手さが無いがお前を手駒にできればいろんな所の情報を手に入れる事ができる……」
まぁ、確かに藤原よりは俺の方がスパイには向いているだろう……。
しかし、結局は全て学校内の事。スパイにした所でどんな情報が役に立つんだろうか。醜聞や弱み……そんなものを手に入れても本当にどうしても従わせたい相手のモノじゃなきゃ意味なんてないのではないだろうか……。
まぁ此処を卒業して企業の社長になった後にそのネタでゆするとかそーいう事を考えているなら話は別だが……。気が長い事だ。
俺は2年後、どこの大学を受験するかすら考えて無いのに……。
呆れた様に先輩を見れば、先輩は神妙な表情のままだった。
「学園内なら安全、というワケでもないからな。取引の種は多ければ多い程有利に事を進められる……。謀略めいた話は映画の中だけにあるワケじゃない。この学園にもいくらでもある。学校というのは一つの社会だ。報道や風紀、生徒会のような公の組織は潰すことは出来ないが弱体化させることは出来る」
そう無知な子どもにでもに言い聞かせる様に冬月先輩が訥々と語る。
「別に組織同士いがみ合ってるワケじゃなくても頭が互いを気に食わないと思えば戦争なんて簡単に起こせる……。例えば、ウチの部長が生徒会長の親衛隊長に片思いしてるとかな」
「はぁ!? ソレマジですか!?」
そんな下らない理由で利用されるのはさすがに嫌すぎる。
「まぁコレは嘘の喩え話だ。だが、私怨で誰かを潰そうとするなんて事は此処じゃざらにある。そんで、今言った親衛隊みたいな非公認の組織は気に食わなけりゃ本当に潰せる」
軽く言ってくれる……。
先日その非公認の組織の解体の難しさを生徒会と話したばかりだというのに……。
「まぁ一番潰したがってるのは風紀だがな。アイツ等よほどOZが目障りらしい……」
「あー、だいぶ前にそんなのに遭遇しました……」
「……風紀にか?」
一瞬、先輩の顔つきが変わった気がした。
もちろん、あの時の事を全部話すつもりも無いが何処にどんな確執があったもんか分からない今余計な事はなるべく言わない方が賢明だったかもしれない。
「はい、何かOZの人を見なかったかって聞かれました。まぁ実際見たんですけどびっくりしてそのまま見送ってしまったので素直にそう言ったら捕まえろよって怒られました」
「ハッ、無理だろ。本気で追ってる風紀にすら捕まえられないような奴等が一般の生徒に捕まったら世話しねぇしな」
ですよねー。俺もそう思います。
というか、何か先輩は風紀が嫌いそうだ。
「風紀、報道、生徒会、この三つは別にいがみ合ってるわけじゃあないが情報の共有をするほど仲良くは無い。だから、風紀の知らないOZの情報を生徒会やウチが持って無かったら何かと引き換えにしなきゃソレは手に入んねぇ。そういう事だ。タダじゃ動きたくねぇ我儘ども。言ってしまえば全員が全員ケチで腹の探り合いしてんだよ」
ケチ……。思い切った言い方だ。
しかし本当に下らない。協力すればいいものを何で出来ないのか……同じ機関が覇権を争っているんじゃないなら争うだけ無駄で非効率的だ。
どうコメントしていいやら迷っていると、そんな俺を無視して先輩は続けた。
「ソレに、お前は情報屋……ジンのお気に入りだからな。報道としちゃお前じゃなくて、お前を通して奴の弱みを握りたいんだろ。目の上のたんこぶだからな」
「は?」
情報屋?
またジン先輩の新たな一面が出てきた……。一体何者なんですか貴方は。
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