殿下、あなたが借金のカタに売った女が本物の聖女みたいですよ?

星ふくろう

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秘密の聖女様、大公閣下と共謀する件 18

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 それは‥‥‥深夜。
 夜も更け始めた酔いの口。
 帝都に不穏な人影が二つ。
 三連の月のうち、青い神々が住むと伝説にある月の光を背に受けて――彼らは静かに降り立った。
 ザイール大公の張り巡らしたはずの障壁をやすやすと透過し、一組の男女はその館のとあるバルコニーへと。
 それは静かであり、闇が忍び寄るようであり、真冬の大森林で狼の群れが獲物を追い詰めるかのような緊張感と高揚感を二人に与えていた。

「しかし、いいのかおい?
 こんなことがあそこにいる連中に知れたらー‥‥‥また文句が出るぞ?」

 顔も隠さず、赤毛の長身の若者がそう言い、

「うるさいわねーアシュリー。
 あの障壁を通る事なんて容易いけど、壊さないように通り抜けるのはコツがいるんだから。
 大体、人使いが荒すぎるのよあの虚竜のじいさん‥‥‥」

 相方の紫の髪を腰まで伸ばし、コウモリのような羽を持つ美女は髪色に合わせたドレスを風にひらめかせながらアシュリーと呼んだ男性の手を離した。

「仕方がないだろう?
 これも、あの時にエレノアと行くことを許した俺たちにも責任があるしな‥‥‥なあ、エリス?」 

「その事を言わないでよ。
 まさか、一万年前からの来訪者がそれ以前に消滅した魔神と竜神の転生者だったなんて。
 あのラードリーですら、気付いてなかったじゃない」

 エリスと呼ばれた女性とアシュリーと呼ばれた男性。
 片方は二十四柱の魔王の一人であり、片方は‥‥‥魔神と竜神、そして大地母神と氷の女王。
 その四神の息子や娘によって選ばれた、近世では最強の勇者だった。

「ラードリーは知らなかったかもしれないが、ラーズはどうかな?
 あの紋章眼には全てが映っていたかもしれない」

 まだ宙に浮いている妻をそっと抱き、彼は床へと彼女を立たせた。

「あれから既に千年。
 地球からの異世界転生者の襲撃に、覚醒した竜神の精神の崩壊による人間と竜族の戦争に‥‥‥。
 しまいには、魔神が地下と地上の蓋になってまで竜族の侵攻を防いだかと思いきや、今度は魔王が地上に出て。
 まったく、誰がどう犠牲になっても何も変わらないわねーこの世界は‥‥‥」

 魔王エリスは悲しそうに言い、そっと翼を畳んだ。

「あの頃が一番良かったなあ。
 まだ地下も地上もまともで、争いはあったが行き来も出来ていて―‥‥‥」

「その代わり、あなたは最後の古代神が選んだ勇者として、同族殺しをしていたじゃない。
 ルシールも死に、エレノアも死に。
 チェネブ神は戻らず、古代神がよみがえり今に至るってね。
 まあ、あの神剣をシェナに渡すことはできたし。
 もしかしたら何か変わるかもね?」

「それも八世紀も前の話だけどな?
 で、俺もお前も記憶が狂ってきたか?」

「うるさいわねーまだ、二千年と少ししか生きてないわよ!!
 で、ここでいいの?
 例のレグルスのじいさんの言ってた大公様がいるっていうのは?」

 赤毛の勇者はバルコニーの内側をすっと指差す。
 そこにはザイール大公が数人の女暗殺者と共に二人を待っていた。

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