殿下、あなたが借金のカタに売った女が本物の聖女みたいですよ?

星ふくろう

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秘密の聖女様、ブチ切れて皇太子殿下をぶん殴る件 16

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 魔王エリスの号令一下。
 彼女の部下と大公閣下軍団、そして二人の勇者は陣形を整える。
 いかに急襲をかけたとはいえ、ここは帝国最奥部。
 帝国の精鋭部隊に竜王配下の直属の猛者たち。
 そして、その奥のほうに皇帝の後ろに隠れていたあの皇太子殿下は‥‥‥

「ふざけるな!
 この魔族風情が!!!
 我が、人類国家群の盟主たるラスディア帝国のこの最深部にやってきたことだけは誉めてやる。
 だがな!?
 竜族と人類最強の魔導騎士団。
 その存在を舐めるなよ!!??」

 いつの間にか、彼は皇帝や竜王を差し置いて、いや‥‥‥
 二人にそそのかされて前衛に出て来ていた。
 ここで勝てば皇帝への昇格、それとまあ、あれだろう。
 ハーミアは後ろにそびえる神殿の本尊。
 大地母神ラーディアナの抜け殻を見ていた。
 魔王陛下の第一王女エミスティアと同じクリスタル形状の少しだけ紫の壁の中に、彼女の肉体は眠っている。
 黄金にたなびく豊かな金髪の少女。
 そして、同様の視線が数人。
 エリスにアシュリー、オーウェンも彼女を見ていた。

「あの肉体に戻った大地母神の意識が目覚めた時、本当にこんな不毛な戦争がなくなればいいのにね‥‥‥」

 エミリオ皇太子に侮蔑の視線を送りながらエリスはそう、ハーミアの隣で呟いていた。
 意識があればだけど、そう付け加えて。
 竜王の娘の誰かとの婚姻でも、エミリオ皇太子は許可されたのかもしれない。
 古竜以降の竜族が人と交わること数百年。
 竜王にはまだ嫁入り前のハーミアより少しだけ年長の姫がいたはずだ。
 その美貌は三国一とも噂高い。
 もしそうなら‥‥‥

「また、奪われた、かな」

 彼に婚約を破棄されたハーミアはエミリオを見ていた。
 前夫、いや、まだ夫であるスィールズは好きだ。
 彼を失ったあとに、迎えようとした夫候補は賭け狂いだった。
 自分にどれだけの価値を見出したのかは知らない。
 それでも、賭けれるほどには――

「愛は無かったわよねえ。
 あのわけのわからない令嬢を嫁にするなんて捨てるんだもの」

 あの時の怒りが未だにおさまらない。
 そうだ、忘れていた。
 これは――わたしの戦争だ。
 ハーミアは、途端、ふと我に返った。
 大公閣下から債権を買い取り、魔王陛下を巻き込んで帝国に喧嘩を仕掛けたのはわたしじゃないか、と。
 
(いつの間にか、天界対魔界なんて大舞台になってたけど)

 帝国と竜族と魔族。
 それに周辺諸国や精霊・妖精国家群。
 その一大覇権争いの頂点が今であり、引き金を引いたように見えて、それはあまり関係のないことだったのかもしれない。

「わたしとお前の子だ。
 大事にしておくれよ」

 あの言葉がよみがえる。

「スィールズ‥‥‥」

 子供と言った時のどこまでも嬉しそうな、未来への期待と親としての愛情の視線。
 大事にしてくれよ。
 そう言った時の、悲し気で、憎しみに満ちていて、そう。
 祖父の属する八竜会議からの指示と、竜王への忠誠?
 いや、違う。
 それだけなら、あんな果てしなく怒りに満ちた視線を自分に向けるはずがなかった。
 一瞬。
 ほんの数秒だけのその視線に、妻だったハーミアは戦慄した。
 敵わない、どこまでも強大なる暴力。
 その猛威に恐怖した。
 今思えば、あの時の視線は誰に向けられたものだったのか。
 
「あーあ、偉そうに。
 子供が出る幕じゃないのよ?
 皇帝を差し置いて出てくるなんて、戦場の礼儀もわきまえない馬鹿な皇太子殿下」

 エリスの黒い羽が舞う。
 それは真紅の炎をまとい、蒼い魔力の風と共に両軍の狭間に簡単には越えられない壁を作り上げた。

「わざわざ、こんなとこで戦う訳ないでしょ、ばかねえ。
 竜王とわたしたちの誰かがやりあったら、この帝都なんて灰燼に帰すわよ。
 あんたたちはそこで見ていなさい。
 大地母神の復活とやらをね」

 エリスの部下は優秀だった。
 竜王も皇帝も神殿の内部にかれら、賊が穴を掘り上げているなんて想像もしていなかったに違いない。
 その横穴を崩せば、その先にいるのは予測していた方向に向かって陣形を整えていた帝国と竜族の軍勢だ。
 だから、その後方からエリスたちが現れれば、後ろで控えていた皇帝や竜王と対峙するのは当たり前のことだった。
 大地母神を人質に取られ、彼等は安易に手が出せなくなる。
 
「本当、こういう智謀だけは優秀だよな、お前」

 夫のアシュリーが誉めたのかけなしているのか。
 良く分からない言葉をエリスにかけた。

「あら、失礼ね。
 暴走するのはあなたとエレノアって決まってたじゃない。
 ルシールとわたしとラーズがどれだけ苦労したの思ってるのよ。
 あの影の六王なんて。
 不名誉な名前で呼ばれた時代‥‥‥」

「六番目のマイラム様はいつ来るか分からないしな。
 金髪の退魔姫エレノア‥‥‥か」

 エリスとアシュリーの視線は再び、大地母神の肉体へと向いていた。
 それを見ながらハーミアは考える。
 あれは誰への怒りと憎しみ?
 竜王?
 おじいさま?
 魔王?
 帝国?
 それとも――

「愛を教えてくれた旦那様は大好き。
 兵器にした旦那様は大嫌い。
 でも、そのどれを捨ててもハーミアは‥‥‥スィールズ。
 あなただけのものよ」

 取り返せないなら、取り戻してやる。
 償えないなら、償わせる。
 より深い愛情で、彼を迎えるんだ。
 わたしは、妻なんだから。

「ねえ、エリス?
 千年前のダイナル王国で発生した山ほどもある金塊のせいで人類経済が崩壊の危機を迎えたのって。
 あれ、あなたとアシュリーが原因よね?
 わたしが乗って運ばれて来たあのムカデ、あれ、その時の金塊の元になった神獣を再生したそうじゃない。
 あの経済危機のおかげで、人類はまとまったけどそれまで地下世界との主要通路であったワーグナー王国が滅び、帝国が勃興し、竜族と妖精族と人類が魔族と敵対し、地上世界と地下世界の戦争の要因。
 原点を生み出したのってあなたたちよね?」

「また、古いことを‥‥‥」

 エリスは嫌そうに顔を背けた。
 あの一件がその後の世界のあり方そのものまで変えてしまうなんて。
 あの時は、気にも止めないでいたからだ。

「返してもらうわよ?
 これ、わたしの戦争だからー‥‥‥」

「は?
 あんた、ハーミア。
 何言って――」

 エリスが顔を戻した時、ハーミアは祖父からもらった腕輪を操作していた。
 自在に時空を操り、移動できる虚竜レグウスのもつ能力を付与したそれは易々と、エリスの張り巡らせた大火を跳び越える。
 そして、ハーミアは彼の目の前にその姿を出現させた。

「お久しぶりです、エミリオ皇太子殿下。
 元婚約者様。
 これが――!!!」

 吠えるとハーミアのその拳は、人間の女性の出せる最大限程度の威力でエミリオ皇太子殿下のボディーに鋭く突き刺さる。

「ぐっごぇ‥‥‥ふ‥‥‥おまえ‥‥‥」

「あの時のお礼ですわ、殿下。
 これはわたしの戦争ですの。
 竜王陛下、皇帝陛下。
 債権はまだわたしのものですわ。
 あの神殿そのものが――最後の債権。
 手出し無用。
 良いですわね?」

 気を失ったエミリオ皇太子をその肩に担ぎ上げ、逃亡を阻止しようとする兵が殺到する前にハーミアは姿を消した。

「債権の担保としてエミリオ皇太子殿下。
 預からせていただきますわ」

 そう高らかに笑って声だけを残して消えたのだった。
  ついでに、

「竜王陛下、魔王様と八竜会議より伝言ですわ。
 戦友よ、天空にて待つ。我らが王よ、いと気高くあれ、と」

 声だけを残し、ハーミアはエリスたちの元へと空間を跳び戻る。
 竜王アールディアは一人静かに見えないはずの空を見上げていた。
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