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秘密の聖女様、人類国家群の盟主の座を分捕る件 6
しおりを挟む魔女は倒れこみながらどうにか意識を保っていた。
眼前に広がるのは、彼女の盟友の娘だ。
この胸に刺されたままで倒れこんでは共倒れになってしまう。
だめだ、彼女を傷つけては彼が泣いてしまう。
あの時、彼はいかりくるっていたではないか。
己の妻に兵器を仕込むなど、この外道が、と。
そんな他人の為に怒れる男の娘だ。
きっと、意識を取り戻せばいい王か指導者の一人になるに違いない。
フェイブスタークははるか宇宙にいる。
いかに元神であり、転生してその力の使い方を思い出したといっても神は万能じゃない。
万能なら、あの人もきっと敵わなかった。
「ラードリー‥‥‥」
まさか、愛した彼の剣でこの身を貫かれるなんて‥‥‥
「しくじったんだよ‥‥‥。
まさか、その中にいるなんてー」
どうにか片手で倒れこむ大勢を変えると、シェナは勢いをつけて床に沈んだ。
背中から胸へと続いていた神剣アージェスは、その勢いと彼女の能力により後方へと遠く追いやられる。
最悪なんだよ、まさか、魂すら貫く剣だなんて‥‥‥
そう心でぼやきながら、シェナは己の周囲の時間を調整する。
背中に残るかつての大翼の根元に眠る、二つの緑水晶。
いまは皮膚に隠れて見えないそれは、この魔都の半分程度なら自在に浮かせるほどの重力操作を可能にする。
いや、望むならば神すらも光すらも戻れない、虚無の虚空の入り口。
重力があまりにも強大になり、空間すら歪ませたそれはあらゆるものを取り込み、その中で圧殺する。
シェナは己の周囲の空間を凝縮し、質量を歪ませ、光を操作して‥‥‥魂すら溶かす神剣の効力を可能な限り相殺しようとしていた。
「お前‥‥‥スィールズだけではないんだよ。
誰?
その中にいるのは――」
その時。
シェナの記憶は今より前に戻っていた。
魔王のあまりにも無謀な宇宙へと打ちあげてくれんかのう?
なあ、バジェスの姫や。
そなたしかできぬことだ。ほら、この通り。
ラードリーがかつて話していた、なんだ?
宇宙船か?
あの打ち上げに必要なだけの熱量は、これで足りるはずだ。
そう、彼がフェイブスタークが言い、もってきたのはエリスが大公から受け取った大量の紅蓮の王。
シェナは呆果てていた。
「フェイブスターク‥‥‥。
あれは俊介が、ラードリーが生きていた地球という世界の技術があるから出来たんだよ‥‥‥」
と。
これだけでそれはそれは大きな打ち合げができるだろう。
だが、宇宙に到達できるほどの威力ではないし、何よりそれを可能にしてもー‥‥‥
「あなたが燃え尽きるだけなんだよ、フェイブスターク。
そんな無理なことを――」
「ああ、それなら心配いらんぞ。
既に宇宙に戻る方法は知っておる。
そなたは、ただ、我を光にまで加速してくれれば良いのよ。
摩擦との抵抗など、どうにでもなるのでな」
魔王は自信に溢れた顔でそう言った。
ああ、そうだった。
シェナは思い出す。
彼は元、神。
それも、創造神並みの座にいたんだった。
ただ、この大地からの束縛から逃れればどうにでもなるのだ、と。
「そんな力を使うほど、わたしの死が早まると理解しているの?
あなたは酷い人なんだよ、フェイブスターク‥‥‥」
「そうかな?
その神剣の吸い込んだ力の行く先がどこか、我は知っておるぞ。
バジェスの姫?
彼の帰還が間に合えば良いがな?」
あと千年ほど先か?
それとも二千年か?
人の転生はなかなかに遅いからな。
愛は時空を越えるとはよく言ったものよ‥‥‥
そんな返しをされてシェナは黙ってしまった。
貫いたものの存在を消す代わりに、その持ち主から寿命を奪うある意味の魔剣。
その機構を改良したのは、亡き夫ラードリーだ。
彼はそれを用いて、多くの神や魔を殺した。
「俺は死んだら、地獄へも行けないかもな?
お前は待つんじゃないぞ?」
そう言い残して彼は戻っていった。
せめて、子供だけでも残してくれればよかったのに。
この千年と少し。悲しみに暮れない日々は無かった。
同族はいない。
はるかな過去に置き去りにしてきた。
二度目の転生で得た力で巻き戻ったものの、彼はやはり、己の元を去って行く。
異世界から来た者は異世界に帰るべきだ。
英雄王はそう言って去って行った。
「あの時、ついて行けば良かったんだよ‥‥‥」
意識は今に引き戻される。
魔王はもう見えない天空の彼方にいるだろう。
目の前?
いや、視界の端でいやらしく下卑た笑い顔をみせているのはハーミアの宰相、グランだった。
「スィールズだけじゃなかったんだよ。
その中にいるのは誰‥‥‥?
ああ、そうなんだよ。
感じたことのある気配‥‥‥ダーシェ。
お前なんだよー‥‥‥」
カイネ・チェネブが滅ぼしたはずの古代神。
今回の騒動の様々な基盤を、数百年前のあの日から?
いや、もう少し前だろう。
その頃から整えて静かに静かに計画を運んできたに違いない。
「おや、これは珍しいな?
わしの名はいまの時代にまで残っているのか?
そなたは誰だ?
いや、この質問はおかしいな。
知っておる。
我らがあやつを、そそのかしたあの時もそうだった。
影の六王とやらが邪魔をしてくれたわ‥‥‥竜神め。
忌まわしきカイネの部下と共に、いつも邪魔をしおる」
「あの時?
ああ、お陰でエレノアは封じられ、ルシールは死に‥‥‥詩音とキャルロットもこの世を去ったんだよ。
十二英雄はたった、九人になってしまった。
お前が、お前とエストさえ復活を望まなければカイネも滅びることはなかったのに」
「滅んだ?
あのじゃじゃ馬がか?
最高神にまでなっておきながら、滅ぶなど‥‥‥」
あり得ない、そう、惑星を支配したかつても神々の王はあざけてシェナの話を退けた。
しかし、カイネが滅んだという彼女の言葉に少しばかりの余裕を見せたのも真実だった。
いま、彼女が帰還すれば永遠に復活はできない。
それをこのグランの心に巣くった古代神たちは本心から恐れていた。
※長編『婚約破棄と魔女裁判で断首刑になった聖女さんはブチギレて復讐することにしました。(エル・オルビスシリーズ)』参照
「真実を知らない者は単なる愚か者。
ラーズの言葉は本当にお前たちに向いているんだよ」
そして、仲間はわたしだけではないんだよ、愚かな古代神ども。
先程から自分の影がうねり出しているのをシェナは感じていた。
ここ数百年、無かった仲間の起こす胎動。
彼が戻って来ていた。
「その中にいるのは、いえ、スィールズは‥‥‥!?」
スィールズ?
グランはふと思い出したかのように、後ろの二本の筒を指差す。
「ああ、あれか。
竜族の小僧ならあの時から、ずっとあそこよ。
あの、肉体を失いそうになったあの瞬間からな?
まあ、片方にわし。
片方に、エスト殿。
ここ最近では、良い依代だった。
忠実にも竜神の憑依だと思いこんでくれたしのう。
まったく。
幼き少女の胎内にあのようなものを仕込むとは‥‥‥外道にもほどがある」
「そう‥‥‥なら、遠慮はしないんだよ。
返してもらうんだよ。
セッカ!!」
シェナはかつての仲間の名を叫んだ。
地球の創始の神の系譜に連なる闇の一族。
虚無と虚空を自在に操る、黒狼の勇壮なる姿が影から舞い上がる。
「エミスティアとあの二人を‥‥‥。
エリスの元へ、早く!!」
牛よりも巨大な黒狼は、その顔をグランに向けて威嚇したまま、シェナに問いかけた。
「お前はどうする?
あの者の中にいる神の思念、本体がないとはいえ古代神。
一人で敵うのか?」
そう言いながらも黒狼の足元から這い出した影はエミスティアを、彼女の後ろにあったルゲルとスィールズの眠る筒をその土台ごと闇の中に埋めていく。
思わぬ強敵の出現に、古代神は驚いていた。
「まさか、このような場にお出ましになるとはな‥‥‥ヤンギガルブの眷属か。
この世界はそなたたちの世界とは、違うとは知らんのかな?
神には神の領分がある。
妙な手出しをするな、そう言いたそうなグランの言葉を黒狼は鼻で笑い飛ばした。
「ふざけるな。
すでに数千年に渡り、この世界の安定に尽くして来た我らをあざけるとは。
思い上がりにも程があるぞ、古代神ども?」
「だが、脅威はその親元であり、そなたではない。
黒狼よ、去るなら‥‥‥見逃すがな?」
シェナ、どうするのだ?
戦えばあのグランの肉体すら‥‥‥
黒狼はそう魔女に問いかけていた。
部屋の隅には、グランの仲間が。
ハーミアの家臣団が、ことの成行きを見守っている。
彼女たちは竜族だ、どうにか生き延びるかもしれない。
だが、人間のグランはどうなる?
そう、問いかけていた。
「お前たちは本当に愚かなんだよ。
さっきの剣が持つ仕組みを理解していない。
グランの中にいるのは単なる残像だなんてわたしにでもわかるんだよ。
ばかな古代神‥‥‥使うことでその存在の在り処を示すなんて――」
シェナの指示は思念として飛び、魔都の大地母神の神殿に密やかに隠れていた二神の本体はあっさりと捕まる。シェナの重力に、黒狼セッカの虚無の力に捉えらえ‥‥‥彼らは再開する。
はるかな過去にゲーム盤を囲み親しんだ仲間、竜神そのものに。
そして、次にあるのは――はるかなる魔王フェイブスタークの待つ宇宙だった。
「成功したようだな‥‥‥」
「そうなんだよ。
でも、もう時間が‥‥‥彼は、俊介はー‥‥‥!!??」
故郷へと戻り数百年かけて仲間を探したセッカは、残念だとそう首を振る。
「既に死んでいた。
魂がどこにあるのか、我が父上ですらわからん」
「そうー‥‥‥」
死ぬときは結局、孤独なんだよ。
魔女はあの時。
最初に迎えた死を再現するかのように、燐光となって粒子になりゆく我が身を見てそう思う。
「ありがとう、セッカ‥‥‥
後は任せたんだよ」
「シェナ!!」
ああ、いいなあ。
グランをレベッカやその仲間が囲んで抱き上げている。
彼の意識が戻れば、幸せな日々も来るだろう。
(俊介‥‥‥最後に、会いたかったんだよ)
夫の地球での本名を心で叫び、魔女は最後のバジェス族はこの世から消滅した。
その消えゆく意識の奥でそれは夢か幻かはわからない。
かつて英雄王と呼ばれたラードリー、いや、日本人、大隈俊介が迎えに来たようなそんな気がしたからだ。
あの若いままの姿、十二人でこの世界を旅してまわったあの時のままで――
彼は言っていた。
「お帰り、俺のシェナ」
と‥‥‥
※長編連載中『英雄の始め方。New Fate』参照
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