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番外編
秘密の聖女様と物言わぬ神剣 1
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あれはいつのことだったかしら?
まだ淑女になりたての若い女公爵は記憶を探る。
数年前の聞いた話だったし、あの頃はただ懸命に領内の統治にだけ専念していたから興味はあってもそれを深く知ろうという余力がなかった。
終戦直後のこと?
それとも、スィールズ様が正式に竜王になることが決まったと聞かされたあの時?
もしかして、おじい様とラーナが子供を連れてきた時かしら?
うーん、なにが違う。
あの時もそんな話は聞いていたし、それ以前にも――
ああ、そうだ。
思い出した。
ハーミアは唇に当てていた指先を放すと、以前は腰まで伸ばしていた髪をもう男性に向ける期待はないからとばっさりと切ってしまい、それはそれで潔さと新たな女性的な魅力を生み出していたのだがまとめらずにうっとおしいことに後から気づく始末。
仕方がないからと伸ばし始めたものの、ここ二年ほどでようやく肩口にまで伸びてきた髪を、今度は目にかかるからうっとうしいと描き分けながら考えていた。
「あの時だわ。
シェイブ様と妻のー‥‥‥エリーゼ様。
あの二人には悪いことをしたわね」
良縁でしたと、最初に会った時の童子の姿ではなくフェイブスタークそっくりの青年と、彼に全幅の信頼を寄せている若い大地母神の大神官の衣装を着た女性がそこに――彼らの王の戴冠式の場にいた。
「亡き父との盟約は世界の同胞、同盟国家群との名に於いて継承させていただきます。
クルード女公爵」
「それは大変助かります、魔王シィエブ陛下」
そう挨拶するハーミアの前にはあの時の懐かしい顔ぶれが並んでいた。
若き地上世界の魔族の王となった彼の隣に王妃のエリーゼ、その後ろには兄であり、復活したルゲル大将軍と後見人の祖父、虚竜レグルスの使者として‥‥‥
「なんでここにいるのよ!?
おとなしく、引っ込んでいればいいでしょ!?」
そう叫んでしまうほどに嫌味を、いや、その指先を足元でしっかりと握りしめて母親を守ろうとする少年を連れたサーラがいた。
たった四年ほどでこんなに大きく成長するんだ。
見た目は十歳前後。
まるで、わたしが旦那様に出会った頃みたいね‥‥‥
そうまじまじと彼女にとっては叔父にあたる事になる少年は、母と見知らぬ人間の女性を見比べいきなり言ったのだ。
「お母様、この無礼な人間はどちら様ですか!?
このような公の場で、お父様の名代のお母様にそのような発言。
八竜会議が一角、虚竜レグルスの血族と知っての無礼ですか、あなた様は?」
あら、子供の竜のくせに一人前の口を利くじゃない?
おまけに母親を身を挺して守ろうなんて、まるで小さな騎士の様だわ。
ハーミアは半ば苦笑し、叔父の成長ぶりに目を見張っていた。
「こら、やめなさい、まったく。
お母様の親友ですよ、あなたはどうしてそう、お父様の御名前を立てようとするの。
いつもダメですと教えているでしょう?
家柄や格式や血筋など、こだわるものではありませんよ」
「だってお母様」
「お黙りなさい。
いまはお母様がこの御方と話しているのです。
お前こそ、場を弁えなさい」
「はい‥‥‥」
可哀想に小竜はしゅんとしてしまった。
ざんねーん、と手をひらひらとしてやると睨むこと睨むこと。
べーっと舌を出して母親の後ろに隠れながらまだ睨んでいた。
「あららー‥‥‥」
「もう、オーウェル!!
この子ったら、きちんと挨拶をなさい」
母親に無理矢理引きずり出されて少年は、かかんだハーミアを直視できずに視線を逸らしてしまう。
ほら、と頭を軽くサーラにはたかれ、オーウェルは渋々とハーミアに視線を戻した。
時折、チラリと気恥ずかしそうにどこかを見やりながら、
「き、虚竜レグルスが‥‥‥第一子、オーウェルでございます。
以後、お見知り置きをーその、美しき無礼な貴婦人‥‥‥」
この子ったら、どこでそんな挨拶を‥‥‥呆れるサーラにハーミアはいいわよ、そう苦笑した。
この歳でもう、ナンパ?
竜族のオスは本当に、綺麗な女性に目がないわねえ?
まあ、それはメスも‥‥‥なんて、ばつがわるそうな顔をするサーラに嫌味を言いながら。
それでも、彼はきちんとした紳士として扱われたいらしい。
さて、どうしたものかしら?
おじい様は確か、大公なんて名前で呼ばれていたっけー???
古い記憶を呼び覚ますと、ハーミアは若き騎士に淑女として丁寧なあいさつをする。
「初めまして、公子。
大地母神の聖女にして、爵位は前皇妃‥‥‥」
「こっ、こう‥‥‥!!??」
聖女ならまだ張り合えるけど‥‥‥帝国の皇室の人間!?
それがー‥‥‥僕の目の前に。
しかも、前皇妃なんて。
途端、爵位なんてものに縛られがち、いや夢見がちなまだ世間を知らない少年は固まってしまう。
「ハーミア!!」
「ごめんなさい、サーラ。
オーウェル?
あなたの姪に当たるハーミアと申します。
家柄が大好きなら、いまの竜王様はまだ我が夫でもありますが?」
捨てられた女公爵はお好きですか、公子?
そう嫌味を言って抱きしめてやると、彼は顔を真っ赤にして慌てふためいていた。
「もう、そろそろ許してやって。
後からきつく叱っておくから‥‥‥。
周りの影響を受けやすくて困ってるのよ」
「あら、いいじゃない?
貴方だって、前竜王アールディア様ー‥‥‥なんでもない」
目の前の母親になった雷竜は、その最大級の雷を今度は容赦なく落としてきそうな顔をしていた。
サーラの目の奥では、それ以上の暴露は‥‥‥と雷は瞬いているようにハーミアには見えたものだ。
「アールディア様が何かー‥‥‥?
叔母、いえ、姪御殿?」
抱きしめられたまま、振り返って母親を見ようとする少年を押しとどめてハーミアはそっと囁いてやる。
公子、捨てられた女公爵の夜は寂しいのですよ、と。
「ハーミア様!
それは‥‥‥また、後日。
この場には相応しい会話ではありません」
あら、乗らないのね?
悪戯が過ぎたか。
やりすぎよ、そう目で語るサーラにごめんごめんと愛息子を返してやる。
彼は命からがら敵の捕虜から生還したといった風情で、母親の影に再度隠れてしまった。
「まったくもう、しっかりなさい、オーウェル。
戻ったらお父様に叱って貰いますからね」
しょぼんとなってしまった少年の顔を見て、ハーミアはにひひ、と笑ってやる。
まるで、あの日。
いまではラスディア帝国の皇帝となったエミリオが皇太子殿下時代のじぶんに聖女認定の儀式をするからと呼び出され、その行くすがらの馬車の中でサーラが見せたあの笑顔のように。
「ハーミア。
あなた、自由になってから少しだけ子供っぽくなったんじゃないの‥‥‥」
「あなたは真反対にとても良い母親になったわね、サーラ?」
そうね、まるで正反対。
それだけ貴方は重しを背負い、苦しんでいたのだろうけど。
サーラは今になってようやく、過去のハーミアが体験していた様々な出来事とその責任というものを受けとめて見ることができるようになっていた。
時間は人も竜も成長させる。
それ以上に、環境も必要かもしれないが。
そして、ハーミアはふと、気づくことがあった。
「ねえ、サーラ。
彼の名前といい、その腰の剣‥‥‥」
ハーミアが指差した先にある少年の腰に巻かれたベルトには、一本の剣があった。
それは記憶が正しければ――
「ええ、エリス様から生誕の時に贈られたの。
もう持ち主がいないけれど、一万年以上の時を勇者と共に生きてきた聖剣。
オーウェルという名は、彼から。
オーウェン様から頂いたのよ」
「やっぱり、見覚えがあると思ったわ。
それでね、オーウェル、か。
オーウェン様は強かったし、とても寡黙で物静かな。
それでいて、素朴な優しさを備えた勇者様だったわよ、オーウェル?」
家柄なんて彼は農家の出身だしね‥‥‥
それは言わないが、オーウェルは恥ずかしそうにうつむいてしまう。
周りの影響、か。
竜族が若い頃から盛んなのは本当なのね。
サーラがこれから苦労しそう。
ハーミアがそう思う中、
「そうなのよ。
あの御方のようにもっと多くを学ばなければ、だめよオーウェル。
色恋はまだ早い‥‥‥」
どの口がそれを言うかな?
ハーミアの視線に気づき、サーラはばつが悪そうな顔をする。
言えば承知しないわよ?
そんな怒りも含んでいたが。
「そうね、公子様。
辺境国の城まで深夜に来れるなら‥‥‥
歓迎はしますけどね?」
途端、真っ青になって首を振る息子を呆れ果てて叱るサーラがいた。
叱る相手が違う気がするんだけど、ハーミアがそう思う中、サーラは真顔に戻って質問してくる。
「それで、あなた、どうするの?
まだ、正妻の座を譲る気はないの、ハーミア。
竜族の、古竜はともかく。
新竜たちがあまり良く思っていないわよ‥‥‥?」
「スィールズのこと?
だって、生きてるしまだ離縁状すら貰ってないもの。
辺境国はもう竜族との関係を断ってしまったし、彼は新しく亡くなられたアールディア様の娘様を妻に迎えているし、ね?
思い出だけでも、汚さないで欲しいわ」
「ならー‥‥‥離縁されれば受け入れるの?」
そんな言い方、もし聞こえたらどうするの。
そう、サーラは旧友であり、かつての主であり、いまは義理の孫を心配していた。
「そうねえ、彼が妻とともにわたしの目の前で謝罪するなら、まあ、考えようかな?
でも、受け入れる気はないと伝えておいて頂戴。
新しい、前竜王の娘で竜族最高の美姫を妻にする旦那様なんて、ね‥‥‥」
「‥‥‥だめね、これは」
この親友は許すとかそういう次元をもう超越している。
心の中で思い出の夫だけがいればいいと言うその言葉も嘘ではないのだろう。
長い付き合いのサーラにはそれがなんとなく、分かってしまう。
竜に魔に人間にと。
神話や伝説の英雄たちまで巻き込んだあの一大紛争で彼女は取り戻せなかった。
最愛の人を。
その心を。
その痛みを忘れるためか、それとも悲しみからか、それとも諦めからか。
ハーミアは明らかに、現実を見ようとせずに過去に逃げている気配がある。
サーラはそう感じていた。
「でも‥‥‥ね、ハーミア。
そのうちに大きな問題になるわ。
今の竜王様は、まるで以前の旦那様とは変わってしまわれた。
あの優しさはー」
「サーラ!!」
ハーミアはそこでサーラの言葉を区切ってしまう。
もういいわ、そう言わんばかりに。
「それはそっちの問題。
わたしはもう竜族とは関係したくないの。
あの帝国からお情けで与えられている生家を守り生きていきたいだけ。
お願い、もうほっておいて」
「ハーミア‥‥‥」
「お母様!!」
それでも親友として捨て置けないとするサーラを止めたのは、意外にもオーウェルだった。
息子に目をやると、彼はだめですよ、お母様。
そう語り掛けてくる。
「竜族とはすでに無縁である、と。
こう申されております。
先程も、血筋の話はされましたが正妻であるという事実だけでそれを盾にされる発言もありませんでした。
もう、あの御方は。
姪御様は関係されたくないのです。
止めましょう」
「オーウェル、こんな時にあなた」
はあ。
サーラはその見識がどうして女漁りを奨励する周りには向かないのかしら。
そうため息をついてしまう。
かつての自分もそうだったから、これに関しては大きく叱れないのも事実だった。
そうねえ。もうダメかもね。
心の中でサーラは諦めてしまう。
これから何も起きなければいいのだけど。
そう願いながら、
「では、公子。
ハーミアは毎夜お待ちしておりますよ?
その度胸があれば、ね?」
「ハーミア!!」
息子をからかい、旧友を抱きしめて頑張って産んだのね。
そう励ましてくれる彼女が、サーラは心配でならなかった。
二人の竜族と人間の婦人が会話をしている中、相変わらず元気ねーあなたたちとエリスがやってくる。
エリスは、フェイブスタークから預かったシェイブ夫妻を、地上世界の魔王にしようといろいろと頑張ってきたのよー、なんてぼやていた。
ここまで様々な裏工作をして持ち込んだ苦労を明かすように元気なく彼女はぽつりとつぶやいた。
「あのポンコツ勇者、勝手に一人で逝ってしまうんだから‥‥‥ばか」
と。
まだ淑女になりたての若い女公爵は記憶を探る。
数年前の聞いた話だったし、あの頃はただ懸命に領内の統治にだけ専念していたから興味はあってもそれを深く知ろうという余力がなかった。
終戦直後のこと?
それとも、スィールズ様が正式に竜王になることが決まったと聞かされたあの時?
もしかして、おじい様とラーナが子供を連れてきた時かしら?
うーん、なにが違う。
あの時もそんな話は聞いていたし、それ以前にも――
ああ、そうだ。
思い出した。
ハーミアは唇に当てていた指先を放すと、以前は腰まで伸ばしていた髪をもう男性に向ける期待はないからとばっさりと切ってしまい、それはそれで潔さと新たな女性的な魅力を生み出していたのだがまとめらずにうっとおしいことに後から気づく始末。
仕方がないからと伸ばし始めたものの、ここ二年ほどでようやく肩口にまで伸びてきた髪を、今度は目にかかるからうっとうしいと描き分けながら考えていた。
「あの時だわ。
シェイブ様と妻のー‥‥‥エリーゼ様。
あの二人には悪いことをしたわね」
良縁でしたと、最初に会った時の童子の姿ではなくフェイブスタークそっくりの青年と、彼に全幅の信頼を寄せている若い大地母神の大神官の衣装を着た女性がそこに――彼らの王の戴冠式の場にいた。
「亡き父との盟約は世界の同胞、同盟国家群との名に於いて継承させていただきます。
クルード女公爵」
「それは大変助かります、魔王シィエブ陛下」
そう挨拶するハーミアの前にはあの時の懐かしい顔ぶれが並んでいた。
若き地上世界の魔族の王となった彼の隣に王妃のエリーゼ、その後ろには兄であり、復活したルゲル大将軍と後見人の祖父、虚竜レグルスの使者として‥‥‥
「なんでここにいるのよ!?
おとなしく、引っ込んでいればいいでしょ!?」
そう叫んでしまうほどに嫌味を、いや、その指先を足元でしっかりと握りしめて母親を守ろうとする少年を連れたサーラがいた。
たった四年ほどでこんなに大きく成長するんだ。
見た目は十歳前後。
まるで、わたしが旦那様に出会った頃みたいね‥‥‥
そうまじまじと彼女にとっては叔父にあたる事になる少年は、母と見知らぬ人間の女性を見比べいきなり言ったのだ。
「お母様、この無礼な人間はどちら様ですか!?
このような公の場で、お父様の名代のお母様にそのような発言。
八竜会議が一角、虚竜レグルスの血族と知っての無礼ですか、あなた様は?」
あら、子供の竜のくせに一人前の口を利くじゃない?
おまけに母親を身を挺して守ろうなんて、まるで小さな騎士の様だわ。
ハーミアは半ば苦笑し、叔父の成長ぶりに目を見張っていた。
「こら、やめなさい、まったく。
お母様の親友ですよ、あなたはどうしてそう、お父様の御名前を立てようとするの。
いつもダメですと教えているでしょう?
家柄や格式や血筋など、こだわるものではありませんよ」
「だってお母様」
「お黙りなさい。
いまはお母様がこの御方と話しているのです。
お前こそ、場を弁えなさい」
「はい‥‥‥」
可哀想に小竜はしゅんとしてしまった。
ざんねーん、と手をひらひらとしてやると睨むこと睨むこと。
べーっと舌を出して母親の後ろに隠れながらまだ睨んでいた。
「あららー‥‥‥」
「もう、オーウェル!!
この子ったら、きちんと挨拶をなさい」
母親に無理矢理引きずり出されて少年は、かかんだハーミアを直視できずに視線を逸らしてしまう。
ほら、と頭を軽くサーラにはたかれ、オーウェルは渋々とハーミアに視線を戻した。
時折、チラリと気恥ずかしそうにどこかを見やりながら、
「き、虚竜レグルスが‥‥‥第一子、オーウェルでございます。
以後、お見知り置きをーその、美しき無礼な貴婦人‥‥‥」
この子ったら、どこでそんな挨拶を‥‥‥呆れるサーラにハーミアはいいわよ、そう苦笑した。
この歳でもう、ナンパ?
竜族のオスは本当に、綺麗な女性に目がないわねえ?
まあ、それはメスも‥‥‥なんて、ばつがわるそうな顔をするサーラに嫌味を言いながら。
それでも、彼はきちんとした紳士として扱われたいらしい。
さて、どうしたものかしら?
おじい様は確か、大公なんて名前で呼ばれていたっけー???
古い記憶を呼び覚ますと、ハーミアは若き騎士に淑女として丁寧なあいさつをする。
「初めまして、公子。
大地母神の聖女にして、爵位は前皇妃‥‥‥」
「こっ、こう‥‥‥!!??」
聖女ならまだ張り合えるけど‥‥‥帝国の皇室の人間!?
それがー‥‥‥僕の目の前に。
しかも、前皇妃なんて。
途端、爵位なんてものに縛られがち、いや夢見がちなまだ世間を知らない少年は固まってしまう。
「ハーミア!!」
「ごめんなさい、サーラ。
オーウェル?
あなたの姪に当たるハーミアと申します。
家柄が大好きなら、いまの竜王様はまだ我が夫でもありますが?」
捨てられた女公爵はお好きですか、公子?
そう嫌味を言って抱きしめてやると、彼は顔を真っ赤にして慌てふためいていた。
「もう、そろそろ許してやって。
後からきつく叱っておくから‥‥‥。
周りの影響を受けやすくて困ってるのよ」
「あら、いいじゃない?
貴方だって、前竜王アールディア様ー‥‥‥なんでもない」
目の前の母親になった雷竜は、その最大級の雷を今度は容赦なく落としてきそうな顔をしていた。
サーラの目の奥では、それ以上の暴露は‥‥‥と雷は瞬いているようにハーミアには見えたものだ。
「アールディア様が何かー‥‥‥?
叔母、いえ、姪御殿?」
抱きしめられたまま、振り返って母親を見ようとする少年を押しとどめてハーミアはそっと囁いてやる。
公子、捨てられた女公爵の夜は寂しいのですよ、と。
「ハーミア様!
それは‥‥‥また、後日。
この場には相応しい会話ではありません」
あら、乗らないのね?
悪戯が過ぎたか。
やりすぎよ、そう目で語るサーラにごめんごめんと愛息子を返してやる。
彼は命からがら敵の捕虜から生還したといった風情で、母親の影に再度隠れてしまった。
「まったくもう、しっかりなさい、オーウェル。
戻ったらお父様に叱って貰いますからね」
しょぼんとなってしまった少年の顔を見て、ハーミアはにひひ、と笑ってやる。
まるで、あの日。
いまではラスディア帝国の皇帝となったエミリオが皇太子殿下時代のじぶんに聖女認定の儀式をするからと呼び出され、その行くすがらの馬車の中でサーラが見せたあの笑顔のように。
「ハーミア。
あなた、自由になってから少しだけ子供っぽくなったんじゃないの‥‥‥」
「あなたは真反対にとても良い母親になったわね、サーラ?」
そうね、まるで正反対。
それだけ貴方は重しを背負い、苦しんでいたのだろうけど。
サーラは今になってようやく、過去のハーミアが体験していた様々な出来事とその責任というものを受けとめて見ることができるようになっていた。
時間は人も竜も成長させる。
それ以上に、環境も必要かもしれないが。
そして、ハーミアはふと、気づくことがあった。
「ねえ、サーラ。
彼の名前といい、その腰の剣‥‥‥」
ハーミアが指差した先にある少年の腰に巻かれたベルトには、一本の剣があった。
それは記憶が正しければ――
「ええ、エリス様から生誕の時に贈られたの。
もう持ち主がいないけれど、一万年以上の時を勇者と共に生きてきた聖剣。
オーウェルという名は、彼から。
オーウェン様から頂いたのよ」
「やっぱり、見覚えがあると思ったわ。
それでね、オーウェル、か。
オーウェン様は強かったし、とても寡黙で物静かな。
それでいて、素朴な優しさを備えた勇者様だったわよ、オーウェル?」
家柄なんて彼は農家の出身だしね‥‥‥
それは言わないが、オーウェルは恥ずかしそうにうつむいてしまう。
周りの影響、か。
竜族が若い頃から盛んなのは本当なのね。
サーラがこれから苦労しそう。
ハーミアがそう思う中、
「そうなのよ。
あの御方のようにもっと多くを学ばなければ、だめよオーウェル。
色恋はまだ早い‥‥‥」
どの口がそれを言うかな?
ハーミアの視線に気づき、サーラはばつが悪そうな顔をする。
言えば承知しないわよ?
そんな怒りも含んでいたが。
「そうね、公子様。
辺境国の城まで深夜に来れるなら‥‥‥
歓迎はしますけどね?」
途端、真っ青になって首を振る息子を呆れ果てて叱るサーラがいた。
叱る相手が違う気がするんだけど、ハーミアがそう思う中、サーラは真顔に戻って質問してくる。
「それで、あなた、どうするの?
まだ、正妻の座を譲る気はないの、ハーミア。
竜族の、古竜はともかく。
新竜たちがあまり良く思っていないわよ‥‥‥?」
「スィールズのこと?
だって、生きてるしまだ離縁状すら貰ってないもの。
辺境国はもう竜族との関係を断ってしまったし、彼は新しく亡くなられたアールディア様の娘様を妻に迎えているし、ね?
思い出だけでも、汚さないで欲しいわ」
「ならー‥‥‥離縁されれば受け入れるの?」
そんな言い方、もし聞こえたらどうするの。
そう、サーラは旧友であり、かつての主であり、いまは義理の孫を心配していた。
「そうねえ、彼が妻とともにわたしの目の前で謝罪するなら、まあ、考えようかな?
でも、受け入れる気はないと伝えておいて頂戴。
新しい、前竜王の娘で竜族最高の美姫を妻にする旦那様なんて、ね‥‥‥」
「‥‥‥だめね、これは」
この親友は許すとかそういう次元をもう超越している。
心の中で思い出の夫だけがいればいいと言うその言葉も嘘ではないのだろう。
長い付き合いのサーラにはそれがなんとなく、分かってしまう。
竜に魔に人間にと。
神話や伝説の英雄たちまで巻き込んだあの一大紛争で彼女は取り戻せなかった。
最愛の人を。
その心を。
その痛みを忘れるためか、それとも悲しみからか、それとも諦めからか。
ハーミアは明らかに、現実を見ようとせずに過去に逃げている気配がある。
サーラはそう感じていた。
「でも‥‥‥ね、ハーミア。
そのうちに大きな問題になるわ。
今の竜王様は、まるで以前の旦那様とは変わってしまわれた。
あの優しさはー」
「サーラ!!」
ハーミアはそこでサーラの言葉を区切ってしまう。
もういいわ、そう言わんばかりに。
「それはそっちの問題。
わたしはもう竜族とは関係したくないの。
あの帝国からお情けで与えられている生家を守り生きていきたいだけ。
お願い、もうほっておいて」
「ハーミア‥‥‥」
「お母様!!」
それでも親友として捨て置けないとするサーラを止めたのは、意外にもオーウェルだった。
息子に目をやると、彼はだめですよ、お母様。
そう語り掛けてくる。
「竜族とはすでに無縁である、と。
こう申されております。
先程も、血筋の話はされましたが正妻であるという事実だけでそれを盾にされる発言もありませんでした。
もう、あの御方は。
姪御様は関係されたくないのです。
止めましょう」
「オーウェル、こんな時にあなた」
はあ。
サーラはその見識がどうして女漁りを奨励する周りには向かないのかしら。
そうため息をついてしまう。
かつての自分もそうだったから、これに関しては大きく叱れないのも事実だった。
そうねえ。もうダメかもね。
心の中でサーラは諦めてしまう。
これから何も起きなければいいのだけど。
そう願いながら、
「では、公子。
ハーミアは毎夜お待ちしておりますよ?
その度胸があれば、ね?」
「ハーミア!!」
息子をからかい、旧友を抱きしめて頑張って産んだのね。
そう励ましてくれる彼女が、サーラは心配でならなかった。
二人の竜族と人間の婦人が会話をしている中、相変わらず元気ねーあなたたちとエリスがやってくる。
エリスは、フェイブスタークから預かったシェイブ夫妻を、地上世界の魔王にしようといろいろと頑張ってきたのよー、なんてぼやていた。
ここまで様々な裏工作をして持ち込んだ苦労を明かすように元気なく彼女はぽつりとつぶやいた。
「あのポンコツ勇者、勝手に一人で逝ってしまうんだから‥‥‥ばか」
と。
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