殿下、あなたが借金のカタに売った女が本物の聖女みたいですよ?

星ふくろう

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番外編

秘密の聖女様と物言わぬ神剣 3

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 あの時、ただ感情に任せて戻ってきてしまったけどいくつか失敗したなと。
 そう、いまになってハーミアは幾分か後悔していた。
 もし、スィールズの心がどこかに存在しているとする。
 それは多分、グランの中か‥‥‥いまの竜王となった別人のような彼の中か、それとも――???

「分からないわねー。
 竜神様はなんど聞いてもグランの居所を吐かないし。
 直接行って締め上げるべきかしら、ねえ、大地母神様!?」

 自分にだけ聞こえ・交信できる夫婦神はいまやハーミアの良き隣人であり、友人であり、日々の愚痴や怒りの相談相手‥‥‥もとい、被害者になりはじめていた。
 大地母神ラーディアナは、たまにだけどその姿を酔い席のハーミアの元に表すほどに仲良くなり、はるかな過去の懐かしい物語を聞かせてくれた。
 魔神との出会い、ダーシェやエストとの仲良かった時代のこと、男神たちの慰みものとして夜の相手をするためだけに作られた氷の女王の悲しみに、はるかな異世界の地球からこのエル・オルビスへと逃げてきた時の竜神アルバスとの出会い‥‥‥
 だが、その時は大地母神は魔神と恋仲であり、それを捨てても竜神アルバスは彼女に尽くしてくれるほどに優しく、魔神との結婚後の浮気すら責めることはなかった。
 やがて魔神は竜神とともに天空大陸を建造することを提案する。
 表向きは力をつけてきた新竜たちを魔族から独立させること。
 内実は、二神のかつて属していた世界の崩壊をもくろむ『喰らうもの』を、虚無の世界からこの世界へと帰還させるための計画。
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 そして、仇を取ろうとしてカイネの仲間であった神狼ディアスに食われた時の恐怖。
 ダーシェとエストがカイネに破れ、魔神も当時、魔族全てを統治していた魔王フィオネと相討ちになり――

「ねえ、ラーディアナ様。
 長いですよ、その神話。
 それになぜ、大地母神が地下世界と地上世界を閉ざしたんですか?
 魔族の自由のため?
 盟友の氷の女王が魔素を作り出すために犠牲になったから?
 それ、誰が得するんですか‥‥‥???」

 もっとうまい方法なかったの?
 そう言うと、ラーディアナは涙するのだ。
 仕方なかったの、あの時は彼等、魔神と竜神の子供たちを守るために――
 なんて涙された日には、責める気にもなれない。

「その子供たちが結局いろいろと悪さを覚えて、十二英雄を誕生させるし。
 おまけに自分たちどころか‥‥‥一万年前の神や魔の反対派の全てを殺戮してその信徒たちに追われてしまいシェナの力で時空転移して一万年後にきて影の六王になる前のラーズ大帝。
 つまり、ラスディア帝国の初代皇帝に出会い匿われながらひたすら逃げていたあなたの子供たちを滅亡させるなんて‥‥‥どんな神話ですか、それ。
 止めなさいよ」

 だからー‥‥‥その時にはもうこうなっていて!!!
 なんて彼女は力説する。
 止める前に、身体は大地になってしまい、もう力すら残っておらず‥‥‥

「だって、ね?
 おかしくないですか?
 その前に魔王フェイブスタークとか来てたわけだし、聖者サユキだっていたんでしょ?
 太陽神アギトや暗黒神ゲフェトだって‥‥‥」

 それは違うの。
 そう、大地母神は否定する。
 フェイブスタークはこの世界に異世界から子供たちとやってきたけどすぐに眠りについてしまい、サユキは最初は一人だった。
 その後に、黒狼セッカの属する異世界の創始の神、ヤンギガルブの仲間たちが彼女の配下になった。
 それはたかだか、数千年前でその前に子供たちが――‥‥‥はあ。
 そんなため息を大きくつかなくても。
 毎夜のように繰り返される、大地母神のため息。
 己の腹を痛めて産んだ子供の死は、それがどんな愚かな罪を償うとはいえ‥‥‥殺害された事実は辛くて受け止めがたいのだろう。

「わたしも、スィールズの子供を宿してましたわ、ラーディアナ様。
 というか、最近‥‥‥なんだか幻が段々と濃くなってきているのは気のせいですか?
 あ、それ‥‥‥わたしのワインなんですけど。
 そのチーズも‥‥‥あの、大地母神様!!???」

 それは彼女と会話を始めてから約五年目のこと。
 もう天界と魔界のことに気をもむこともなく、愛する夫が戻りその力を受けてなのか‥‥‥
 大地母神ラーディアナはその幻影を実体化させるほどに、力を強めていた。
 少なくとも幼い少女のようなエメラルドの豊かな女神が発した最初の一言。
 それが、

「ああ、いいわね‥‥‥。
 ねえ、ハーミア!!
 もっともって来なさいな!!
 わたし、もう一万年以上も食事をしてなくてー‥‥‥」

 だったのには、ハーミアは閉口してしまった。
 それから執事を起こし、コックや侍女を総動員させて調理させたものをまあ、食べること食べること‥‥‥

「奥様!!??
 もう、来月分の穀物の蓄えがあああ――――!!!」

 そう悲痛な顔をして管理を任せている役人が叫んだ時。
 ハーミアはいい加減にしろ、この駄女神!!
 そう心の中で叫びながら、ラーディアナが今まさに頬張ろうとしていた肉の串焼きをその手から奪い取ったのだった。

「そんなあ‥‥‥酷いわ、ハーミアはそれでもわたしの聖女だったの???」

 涙を流す幼女ほどたちが悪い物はない。
 ハーミアは目の前で奪った串焼きを代わりに頬張ってやった。

「あああ――――!!!
 ひどいーーっ!!?
 わたしの、わたしの串焼きがぁ‥‥‥」

「ひどくない!!
 復活してその食欲なんて聞いてないわよ。
 この辺境国の穀物倉を空にする気ですかラーディアナ様!!!!」

 もう、食事は終わりです。
 欲しいなら、いいえ!!
 食べた分のお金を払って下さい!!!
 そう迫るハーミアに、

「なんて酷い‥‥‥あのカイネよりも守銭奴なんて‥‥‥」

「そうですか?
 そんなに酷い聖女なんです、このハーミアは!!
 払えないんですか?
 払えないならー‥‥‥」

「なっ!?
 なによ、なにをする気なの‥‥‥まさか、またあの時みたいに食べるとか!?」

 食べる?
 ああ、あの神狼に食べられた話本当だったんだ。
 こんなに怯えて‥‥‥可哀想だけどまた穀物だの食糧を買いこむ余裕はこの辺境国には無い‥‥‥
 ハーミアの脳裏で覚えている限りの収支表がそろばんを弾いていく。
 この損失を埋めるにはどれほどの対価が必要か。
 これから冬を迎えて、領民のためにどうにかやりくりして貯めた越冬用の保存食だったのに。
 ここは一つ、脅してでも‥‥‥分捕るしかないわ。
 太古の女神様を脅す聖女なんて不名誉な行動取りたくないけど。
 そう思いながらもハーミアの行動は早かった。
 なにか異変に気付き、勘が鋭いのかそそくさと消えて行こうとする女神のその後ろ髪を、ハーミアの腕輪の力により時空を操作した彼女の手が――がっし、と取っ捕まえていた。

「へ?
 嘘!?
 なんで、ハーミアにこんな力――!!!??」

 時空の裂け目から掴みだされ、引きずり降ろされてラーディアナは不敵に笑う自分のかつての聖女に恐怖する。その瞳に映るのはー‥‥‥まるで、あの日のあの天敵。
 神狼の怒りの瞳と同じ色をたたえていたからだ。

「へ、じゃないですよ、ラーディアナ。
 食い逃げですか?
 まさか、大地母神ラーディアナはそんな真似、なさいませんよね?
 ちゃんと払って頂きますよ、大金貨二十枚。
 なければ、黄金でも結構。
 ただ食いさせれるほど、この辺境国の国庫は裕福ではないんですからね!!」

「は、はいーっ、待って食べないで。
 払います、払うから‥‥‥黄金、どれだけあればいいの?!!」

 さすが女神だ。
 しかも一万年眠りについていたような状態だっただけのことはある。
 どこに黄金の鉱脈があるのか、ハーミアやかつてのこの土地の領主たち以上に熟知していた。
 それだけの資源あるなら、これを逃がす理由はないわ‥‥‥
 家臣に地図を持ってこさせ、ハーミアは考えていた。
 ラーディアナから、搾れるだけ搾り取ってやろうと。
 その代わりに、彼女には長い逗留としてもらおう、と。
 
「ラーディアナ様?
 まだ、あと数年はここにいて下さいませ、ね?」

「え!?
 だって、家には夫が!!?」

「その夫はいま、エリスの国にいることはもう、御本人から聞いておりますから‥‥‥」

 チッ、ばれたか。
 あの人、余計なことを知らせなくていいのに――
 そんなぼやきを大地母神ラーディアナはしていて、ハーミアはそれを聞き逃すはずがない。

「ちゃんと、複利で支払う方法用意していますから。
 ええ、大丈夫ですよ?
 祖父からきちんと聞いていますから。
 神様の捕え方‥‥‥」

 にっこりと微笑んでハーミアは腕輪を操作する。
 見えない時空の檻に?
 身体全体を包む泡のようなものに包まれて、見事にラーディアナはハーミアの捕虜。
 もとい、財布の財源となりはてたのだった‥‥‥南無。
 
 さて、話は戻り、捕虜もとい金のなる木と化したラーディアナを前にハーミアはぽつりと相談する。
 逃げられない、と涙する緑の髪の幼女は城でも噂になっていたがあの女公爵様のなさることだ、と誰しもが看過していた。

「ねえ、ラーディアナ様」

「なんですか、ハーミア!!
 もう、ここにずっといるならせめて、神殿くらい建立しなさいな!!
 そうすれば、守護神として地下の魔族だの帝国に手だしさせない程度には役に立つわよ?」

「えー‥‥‥そんな資金ありませんわ。
 いまでも、この国は帝国からの給金と自国での採掘した宝石などの輸出でギリギリなんです。
 あ、でもあれですよ?
 竜神様を奉る祠はありますけど。
 それで手を打ちませんか?」

「えー‥‥‥アルバスの抜け殻をわたしに押し付ける気ですか!?
 あなたという聖女は‥‥‥」

「いえ、もう大地母神ラーディアナ様の聖女はあの、魔都の新魔王の正妃となったエリーゼですから。
 嫌ならあちらに行かれては?
 帝国並みの、大地母神の神殿がありますわよ?」

 この!!
 この泡さえ立ち切れれば!!!
 なんて不信人な信徒なの!!!
 そう、大地母神は毎度のように己を束縛する泡から逃れようとするが‥‥‥それは逆効果なのだ。
 単純に、彼女の能力を反作用させて跳ね返しているだけなのだから。
 一度、力を完全に止めればいいだけなのだが‥‥‥神がそれをすれば存在理由を失う。
 よって、永遠に逃れ得ぬ牢獄、というわけだ。

「おじい様もとんでもないものを考えついたものよね‥‥‥神様を閉じ込める方法、か。
 で、ラーディアナ様。
 お願いがあるんですけど?」

「はあっ‥‥‥はあっ!!
 なんですか!
 こんな待遇でこのわたしを独占しようなどとー‥‥‥新しいケーキ?
 美味しそう‥‥‥」

 ふっ。
 一万年前よりは、現代の方がそりゃ調理方法も発達しているに決まっているじゃないですか。
 ラーディアナ様。
 ハーミアは密かにほくそ笑む。
 乳母や侍女たちが個人的に好きで作っている菓子類をそのまま与えているだけで――
 大地母神は目を輝かせて、その日だけでなくほぼ、一週間は黙ってにこにこしているのだから。
 帝国に作った負債を完遂したら、ようやくこの国も自由になるし。
 あと、三ヶ月ほどだけ‥‥‥お許しください、女神様。
 ハーミアはそう心で謝っていることをラーディアナはもちろん、知っていた。
 この牢獄だって、抜け出す方法なんてあるかもしれないけど探すのが面倒くさいだけ。
 こんな世界からもう終わってしまった女神を‥‥‥まあ、帝国は奉じてくれているし信徒はいるけど。
 それでも、同じ目線で語れる友人なんてこれまでいなかったのだ。
 この新しい友人との関係を、ラーディアナ自身が楽しんでいるのも間違いではなかった。

「聞いて頂ければ。
 もっと用意させますけど?」

「内容によるわねー。
 でも、食べたら考えるかも?」

「先にお答えいただけるなら種類増やしますよ?」

「聞くわ!!!」

 チョロイ。
 いえいえ、ありがとうございます。女神様。
 ハーミアは、エリスからあの日に聞いた別の話を思い出しながらラーディアナに尋ねていた。

「ねぇ、ラーディアナ様。
 もし、わたしの夫スィールズの今の竜王ではない自我。
 つまり、あの竜王様の自我はスィールズの残り香で本当は、グランの中でグランを守っていたとしたら。
 いま、彼の自我が残っている可能性が高いのは誰の中ですか?」

 と。


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