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新章 魔導士シルドの成り上がり ~復縁を許された苦労する大公の領地経営~

第七話 エイシャの長い夜 

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 三十代、黒髪のこの隊の指揮役、サーバス・アルム卿。
 二十代、赤毛で聡明な、ギース・イルバン卿。
 同じく、金髪で寡黙な、ルイ・アルアドル卿。
 最後に、十代で赤毛に緑の瞳のアルメンヌ。
 問題は、男性だと思っていたのが女性、なあ‥‥‥?
 一階の食堂とは名ばかりの酒場が酔客でにぎわう中、シルドは三名の男性陣からの視線に心の所在がなかった。
「ここは改築が多いな、アルム卿?」
 ふと、シルドが見当違いの質問をしたかのように聞かれた彼は虚をつかれた。
「あ、はあ‥‥‥ここの尖塔が多いのは、シェスの氾濫が多いからです」
「氾濫?」
 その為のあの二重の内堀、外堀にこの城塞都市内を縦横に走る水路か。
 なるほど。
「なら、あの尖塔は中期頃までの改築で成立したものだな。なるほど」
「それが何か?」
「ん?
 うーん‥‥‥まあ、食事時なんでな。
 また、明日にしよう」
「はあ‥‥‥左様ですか」
「まあ、知りたいことはいろいろある。
 数日は滞在したいな」
 シルドは席を立つとアルメンヌの手を引いた。
「行こうか、夜の仕事に、な?」
 その問いかけにアルメンヌは俯いて手を取り席を立ちシルドの後へと続いて二階へと姿を消す。
「まだ食事も酒もあるんだがなあ‥‥‥?
 大公様は、お気に召された、か」
 三人は顔を見合わせて、いいのか?
 そう視線を交わす。
「エイシャ様が怒らなければいいんだが、な‥‥‥」
「焚きつけておいてそれを言うか、イルバン卿。
 俺は知らん、ぞ?」
 アルム卿はそれでも、この旅は続くがな。
 そう言い、三人は食事を続けた。


「さて、どうするかな。
 最近、この言葉ばかり言っている気がするんだがなあ?」
 さて、と階段を上がり切ったアルメンヌを肩に担ぎ上げ、シルドはその場から転移を開始した。
「だ、旦那様!?
 なにを‥‥‥?」
 視界が瞬間的に切り替わる体験は初めてなのだろう。
 次に目の前にあった光景に、彼女は小さく悲鳴を上げていた。
「ひっーーそんな、こんなとこに‥‥‥!?」
 つい先ほどまで、眼下にあった宿屋にいたはず。
 今はそれを見降ろせる尖塔の屋上にいる。
 なのになぜ‥‥‥?
「こういうのもいいだろう?
 まあ、落ちはしない。
 一献、やらないか?」
 下では連中がうるさすぎる。
 シルドは懐から酒瓶を二本取り出した。
「そんなのどこから?」
 宿屋には後から支払いしないとな。
 シルドはニヤリと笑うと栓を開けて彼女に渡す。
「まだアルメンヌ、しか知らない。
 年齢も、その他のこともな。
 だが、そちらは多くを知っている。
 これは幾分、僕が不利、だな?」
 飲めるか?
 そう差し出された酒を彼女は困ったように受け取る。
 こちらはこちらで、逃げ場の無さに困ったようにしていた。
「はあ、仕方ないですね。
 旦那様は随分‥‥‥強引ですね。
 奥様の言われた通りですよ。
 こんなとこに拉致されるなんて」
 酒瓶ごと飲み始める少女はそれまでよりは明るい顔をしていた。
 ふうん、それが本性か?
 南方美人は気性が激しいと聞くが。
「‥‥‥で?
 どこまでが作りものなんだ?」
「作り物?」
 まあ、なんと言うか。
 シルドは言葉に詰まる。
「あれが言うように、俺は放蕩者だった。
 エルムンドと共に毎夜、遊び歩いていたよ。
 いまのアルメンヌの年齢にはさんざん、夜を楽しんでいた。
 酒も喧嘩も‥‥‥女もな。
 いまでは僕、だ。人は変わるーー僕はエイシャ以外に誰かを求める気はない」
 意外そうな顔でアルメンヌはシルドを見上げる。
「ふうん、もっと裏の顔があると思ってたけど。
 エイシャがあれこれ言うから‥‥‥」
 エイシャ?
 呼び捨てにする仲なのか?
「何ですか?
 そんな意外そうな顔して?
 あれの姉の母親はレブナス高家の出ですよ?」
「そんなことは知っているがーー従姉妹か?
 それとも、分家か?
 まさか、高家の姫君などと‥‥‥???」
 アルメンヌはシルドにニヤリと意地悪く微笑んでやる。
 酒を煽りながらこの光景もいいですねえ、旦那様?
 などとからかう始末だ。
「ふうんー‥‥‥」
 化かし合いをしても仕方ないな。
 降りるか。
 ふいっと宙に浮くシルドにアルメンヌは驚きの声を上げる。
「えええっ、ちょっとーー!!!」
 慌てて尖塔から身を乗り出す少女にシルドは微笑んで言ってやる。
「また気が向けば迎えに来よう。
 それまでにどこまで話すか決めておいてくれ?
 まあ、来ないかもしれんがな?」
「そんな!?
 旦那様!!
 もうー‥‥‥話しますから。
 こんなとこに置いていかないでくださいよ」
「ふん?
 そんな時だけ旦那様、か?
 これは色々と聞けそうだな?」
 アルメンヌの脳裏に、絶対に手綱を握られたらだめよ!!
 そう、叫んでいたエイシャの顔が過ぎる。
 ごめん、エイシャ‥‥‥
 負けたかもしれない。
 不敵な笑みを浮かべるシルドのほうがどうやら一枚か二枚、上手のようだった。
 まあ、これくらいで許してやるか。
 元の位置に座り直すシルドは、
「さて、何から話してもらおうか?
 ちなみに、嘘を見破る魔導もあるぞ?」
 と、とても親切な兄貴分のような笑みを浮かべたのだった。




「と、いうことは何か?
 ユニス様の母上殿の従姉妹の娘、と?
 随分、血縁のはなれた関係だな?
 では妻とは血の繋がりすらないわけか?」
 まあ、そうですね。
 アルメンヌはそううなづき、
「それでも、エシャーナ家には叔母様の側女としてユニス姉様が産まれた後に上がりましたから。
 もう、十年ほどは」
 いや、待てよ。
 シルドは否定の声を上げる。
「エシャーナ公家には側用人も少なく、それに君の名は僕は妻から一度も聞いてはいない。 
 随分、都合のいい出入りの仕方じゃないか?」
 そんな血筋ならばあの晩餐会にもいたはずだ。
 この若さなら‥‥‥若さなら?
「なあ、いま何歳なんだ?
 女性に年齢を問うのは失礼だが。妻よりは上だよな?」
「晩餐会にはいなかった顔だ?
 そう思ってます?」
「まあな。
 あの会場の顔は殆ど覚えているが、君はいなかった」
 凄い記憶力。
 さすが旦那様ですね。
 感心されても答えにはならんのだが‥‥‥シルドは困ってしまう。
 旅装束のアルメンヌはズボンを履いていた。
 しかしいまは湯浴みした後で、着ているのは薄着の上着に丈の長めのスカートだ。
 返事の変わりに、アルメンヌはスカートを大きくたくし上げた。
 同時に左の脇腹も。
「おいおい‥‥‥まさか、それが原因で差し出されたとか、か?」
「似たようなものですね。
 子供はおりませんが、未亡人ではありません。
 追い返された身ではありますよ?
 剣も使えば馬にも乗ります。船も使います。
 それが南方の流儀ですから」
「なるほど。
 世の中はいろいろだな。
 僕はまだ二十一だがな?」
「十九です。エイシャ的には血が繋がるなら別に良い、とは命じられていますけど?」
 お気に召しません?
 そんな風に裾を戻すアルメンヌは意地悪そうに笑いかける。
「そうか。わかった」
 シルドはアルメンヌの酒瓶を取り上げるとどこかに消してしまう。
 そのまま、彼女を抱えあげた。
「え、ちょっと‥‥‥」
「血が繋がるなら良いのだろう?」
 あの妻はちゃんと教育しておく。
 シルドは真面目にそう返事をすると二人の部屋へと転移した。
「え、もう‥‥‥大公様。
 こうもころころ、場所を変えられては気分が‥‥‥」
「そうだろうな?
 それを狙っていたからまあ、許してくれ。
 僕は少し出てくるとしよう」
「え、どこーへ‥‥‥」
 先に寝ていてくれ、そう声だけを残してシルドは消えてしまう。
 そして、ハーベスト大公城の自室で、一人のんびりと夜を迎えて本を読みながら、お菓子を食べていたエイシャは小さな悲鳴を上げることになる。
 気づけば、視界の向こうに。
 本を下げた時にはシルドがとても微妙な笑顔をして立っていたからだ。
「だ、旦那様!!?」
 いつの間に‥‥‥そう唖然とするエイシャにシルドは冷たく言った。
「アルメンヌには血が繋がるならよい、そう許可したらしいな、ミレイア?」
 わざと魔女の名前で呼ぶ時は不機嫌な時だ。
 エイシャは長い説教の夜が来ることを覚悟した‥‥‥
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