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新章 魔導士シルドの成り上がり ~復縁を許された苦労する大公の領地経営~
第十八話 アルメンヌの嘆息 3
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「そろそろ、側室をもらおうかしら?」
家督を相続した女公爵のその言葉に、朝食を取ろうと大広間に集まっていた全員は口に含んでいた料理を思わずふきだしそうになった。
いきなりなにを言い出すんだ!?
そんな一同の視線が、この屋敷の主に注がれる。
彼女は赤毛をうっとうしそうに肩に払いのけると、逆に全員を見返して口を開いた。
「もちろん、わたしが頂くというのも……悪くはないわね。
そう言えば、女が複数の夫をもつことを禁止すること自体が不公平な訳ですし」
そう言い、壁面に控える、自分よりも同年代かそれよりすこしだけ年長の従僕だの家臣だのに目をやる。
彼らはここで視線を合わせればとんでもないとばっちりを喰らうことを恐れて思わず目を反らした。
一人だけ、場の雰囲気を読まないというか、おっとりとした風情の少年、いや、この発言主と同年代の少年騎士がその視線を間近に受けてしまう。
「おはよう、アルフレッド?」
その声かけに彼はこれはとてもマズイ雰囲気だ、そう感じながら、
「おはようございます、女公爵様」
そう答えるしかなかった。
ユニスはにっこりと優しい笑顔で微笑むと、テーブルに対面して座るグレンに別種の視線を向ける。
「アンリエッタ、ミーシャ、カレン、リナリー」
数人いる侍女の名を読み上げ、呼ばれたその場にいる侍女もまた生きた心地がしなかった。
「旦那様は随分と、いろいろな侍女を釣りを誘われるのね?」
この前、あれほどに注意をしたにのまだ懲りてないの?
伝説の氷の女王のような微笑が、グレンの心を凍り付かせていた。
含むような言い方をするときのユニスは、容赦がない。
あの晩餐会の夜に身を投げようとしたその根性というか、揺るぎない信念は甘いものではなかったことをグレンはここ数か月、思い知らされていた。
もっとも、皇帝夫妻に言わせればそれほどの賢妻でなければ困る、のらしいのだが。
しかし、今回はグレンにも言い訳があった。
逃げるための言い訳ではなく、彼もまた被害者だ。
そういう意味の言い訳だった。
「なあ、ニアム。
僕はあれ以降、公務の時間を除いて暇がきちんとあるときにしか釣りにはいそしんでいない。
それも、一人でだ。
公務の時間にお誘いに来られ、その用意を言いつけられるのはーー」
視線の先にあるのは、ユニスの実父、元エシャーナ公である。
「あ、いやそれはーーな?
わしもたまには、剣より魚の心を知りたい、と‥‥‥」
まだ四十代前半とはいえ、白髪交じりになってきたその髪を見ながら彼はしどろもどろにそう言った。
決して、婿殿の邪魔をしたいわけではないのだが、と。
「そうですか、お父様。
それで、誰がお好みなのですか?」
いきなり核心をつく質問をされて、彼は返答に窮してしまう。
誰が好みとは、そんなことを軽々しく言えるはずもない。
「みな、身元の明らかな商人、もしくは貴族令嬢ですよお父様。
エイシャとシルド様もあと十年は領内平定で子造りをしないと宣言しておりますし。
わたしと旦那様の間の子はそのまま帝室に入りますし。
もう、十年後にはこのエシャーナの領地も帝国に返上して、お父様にはどこか別宅で静かに隠遁生活でもして頂こうかしら。
また、青い狼の師団に戻るとか言い出さないうちに?」
にこやかに言うユニスはさすが女大公としての席に座っただけのことはある。
実父は冷や汗をかいていた。
「ユニス、わしはそんな気では‥‥‥ただ、グレン殿下との時間をはかりたいとだなーー」
「時間をはかるなら、公務を共にするなり、髪を染めさせて領内の細やかな領民との交流をさせるなり。
いかようにでも手はあるのではないですか?
陛下はこの屋敷から出るな、そうは言われましたが変装をして外を歩くことを禁じる。
それは言われませんでしたわ、ねえ、お父様?」
「いや、それはさすがにーー」
「そうだ、ニアム。
それをすれば僕の首がーー」
お黙りなさい!
ドン!!
と屋敷の女主人はテーブルを叩いて一同を見渡した。
その剣膜に逆らえる者は誰もいない。
「それならば、殿下を育てる方向性を模索してください、お父様。
側室が御望みならば、今からでも、あの四人からお選びください」
あの、お嬢様、いえ、御主人様‥‥‥
そう、アンリエッタが力なさげに手を挙げる。
「何かしら、アンリエッタ?
侍女長になるかもしれないのに、最近どういうことなの?」
逆に問いただされてアンリエッタは困ってしまう。
「その、みな誰も、です‥‥‥ね。
大旦那様の御年齢のお側にはちょっと‥‥‥ねえ?」
そう言うと、四人以外の侍女たちも首を振る。
「このように、その大旦那様には失礼なのですが。
みな、婚約者や恋人がおりまして。いえ、御下命とあらばそれは致し方ないのですが。
さすがに三人目の側室や妾にはーー」
十数名いる侍女たちはみんなユニスと同じ十代か、二十代前半。
なかには夫もいて、通いで働いてくれている者も多い。
「はあ‥‥‥そうよねえ。
でもエシャーナの血は絶やせないし」
ため息をつくユニスに一言も言い返せない父親は逆に問いかけたかった。
わしには自由はないのか、と‥‥‥
そして、ユニスの脳裏に浮かんだのは誰であろう、アルメンヌの姿だった。
家督を相続した女公爵のその言葉に、朝食を取ろうと大広間に集まっていた全員は口に含んでいた料理を思わずふきだしそうになった。
いきなりなにを言い出すんだ!?
そんな一同の視線が、この屋敷の主に注がれる。
彼女は赤毛をうっとうしそうに肩に払いのけると、逆に全員を見返して口を開いた。
「もちろん、わたしが頂くというのも……悪くはないわね。
そう言えば、女が複数の夫をもつことを禁止すること自体が不公平な訳ですし」
そう言い、壁面に控える、自分よりも同年代かそれよりすこしだけ年長の従僕だの家臣だのに目をやる。
彼らはここで視線を合わせればとんでもないとばっちりを喰らうことを恐れて思わず目を反らした。
一人だけ、場の雰囲気を読まないというか、おっとりとした風情の少年、いや、この発言主と同年代の少年騎士がその視線を間近に受けてしまう。
「おはよう、アルフレッド?」
その声かけに彼はこれはとてもマズイ雰囲気だ、そう感じながら、
「おはようございます、女公爵様」
そう答えるしかなかった。
ユニスはにっこりと優しい笑顔で微笑むと、テーブルに対面して座るグレンに別種の視線を向ける。
「アンリエッタ、ミーシャ、カレン、リナリー」
数人いる侍女の名を読み上げ、呼ばれたその場にいる侍女もまた生きた心地がしなかった。
「旦那様は随分と、いろいろな侍女を釣りを誘われるのね?」
この前、あれほどに注意をしたにのまだ懲りてないの?
伝説の氷の女王のような微笑が、グレンの心を凍り付かせていた。
含むような言い方をするときのユニスは、容赦がない。
あの晩餐会の夜に身を投げようとしたその根性というか、揺るぎない信念は甘いものではなかったことをグレンはここ数か月、思い知らされていた。
もっとも、皇帝夫妻に言わせればそれほどの賢妻でなければ困る、のらしいのだが。
しかし、今回はグレンにも言い訳があった。
逃げるための言い訳ではなく、彼もまた被害者だ。
そういう意味の言い訳だった。
「なあ、ニアム。
僕はあれ以降、公務の時間を除いて暇がきちんとあるときにしか釣りにはいそしんでいない。
それも、一人でだ。
公務の時間にお誘いに来られ、その用意を言いつけられるのはーー」
視線の先にあるのは、ユニスの実父、元エシャーナ公である。
「あ、いやそれはーーな?
わしもたまには、剣より魚の心を知りたい、と‥‥‥」
まだ四十代前半とはいえ、白髪交じりになってきたその髪を見ながら彼はしどろもどろにそう言った。
決して、婿殿の邪魔をしたいわけではないのだが、と。
「そうですか、お父様。
それで、誰がお好みなのですか?」
いきなり核心をつく質問をされて、彼は返答に窮してしまう。
誰が好みとは、そんなことを軽々しく言えるはずもない。
「みな、身元の明らかな商人、もしくは貴族令嬢ですよお父様。
エイシャとシルド様もあと十年は領内平定で子造りをしないと宣言しておりますし。
わたしと旦那様の間の子はそのまま帝室に入りますし。
もう、十年後にはこのエシャーナの領地も帝国に返上して、お父様にはどこか別宅で静かに隠遁生活でもして頂こうかしら。
また、青い狼の師団に戻るとか言い出さないうちに?」
にこやかに言うユニスはさすが女大公としての席に座っただけのことはある。
実父は冷や汗をかいていた。
「ユニス、わしはそんな気では‥‥‥ただ、グレン殿下との時間をはかりたいとだなーー」
「時間をはかるなら、公務を共にするなり、髪を染めさせて領内の細やかな領民との交流をさせるなり。
いかようにでも手はあるのではないですか?
陛下はこの屋敷から出るな、そうは言われましたが変装をして外を歩くことを禁じる。
それは言われませんでしたわ、ねえ、お父様?」
「いや、それはさすがにーー」
「そうだ、ニアム。
それをすれば僕の首がーー」
お黙りなさい!
ドン!!
と屋敷の女主人はテーブルを叩いて一同を見渡した。
その剣膜に逆らえる者は誰もいない。
「それならば、殿下を育てる方向性を模索してください、お父様。
側室が御望みならば、今からでも、あの四人からお選びください」
あの、お嬢様、いえ、御主人様‥‥‥
そう、アンリエッタが力なさげに手を挙げる。
「何かしら、アンリエッタ?
侍女長になるかもしれないのに、最近どういうことなの?」
逆に問いただされてアンリエッタは困ってしまう。
「その、みな誰も、です‥‥‥ね。
大旦那様の御年齢のお側にはちょっと‥‥‥ねえ?」
そう言うと、四人以外の侍女たちも首を振る。
「このように、その大旦那様には失礼なのですが。
みな、婚約者や恋人がおりまして。いえ、御下命とあらばそれは致し方ないのですが。
さすがに三人目の側室や妾にはーー」
十数名いる侍女たちはみんなユニスと同じ十代か、二十代前半。
なかには夫もいて、通いで働いてくれている者も多い。
「はあ‥‥‥そうよねえ。
でもエシャーナの血は絶やせないし」
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