突然ですが、侯爵令息から婚約破棄された私は、皇太子殿下の求婚を受けることにしました!

星ふくろう

文字の大きさ
100 / 150
新章 魔導士シルドの成り上がり ~復縁を許された苦労する大公の領地経営~

第十八話 アルメンヌの嘆息 3

しおりを挟む
「そろそろ、側室をもらおうかしら?」
 家督を相続した女公爵のその言葉に、朝食を取ろうと大広間に集まっていた全員は口に含んでいた料理を思わずふきだしそうになった。
 いきなりなにを言い出すんだ!?
 そんな一同の視線が、この屋敷の主に注がれる。
 彼女は赤毛をうっとうしそうに肩に払いのけると、逆に全員を見返して口を開いた。
「もちろん、わたしが頂くというのも……悪くはないわね。
 そう言えば、女が複数の夫をもつことを禁止すること自体が不公平な訳ですし」
 そう言い、壁面に控える、自分よりも同年代かそれよりすこしだけ年長の従僕だの家臣だのに目をやる。
 彼らはここで視線を合わせればとんでもないとばっちりを喰らうことを恐れて思わず目を反らした。
 一人だけ、場の雰囲気を読まないというか、おっとりとした風情の少年、いや、この発言主と同年代の少年騎士がその視線を間近に受けてしまう。
「おはよう、アルフレッド?」
 その声かけに彼はこれはとてもマズイ雰囲気だ、そう感じながら、
「おはようございます、女公爵様」
 そう答えるしかなかった。
 ユニスはにっこりと優しい笑顔で微笑むと、テーブルに対面して座るグレンに別種の視線を向ける。
「アンリエッタ、ミーシャ、カレン、リナリー」
 数人いる侍女の名を読み上げ、呼ばれたその場にいる侍女もまた生きた心地がしなかった。
「旦那様は随分と、いろいろな侍女を釣りを誘われるのね?」
 この前、あれほどに注意をしたにのまだ懲りてないの?
 伝説の氷の女王のような微笑が、グレンの心を凍り付かせていた。
 含むような言い方をするときのユニスは、容赦がない。
 あの晩餐会の夜に身を投げようとしたその根性というか、揺るぎない信念は甘いものではなかったことをグレンはここ数か月、思い知らされていた。
 もっとも、皇帝夫妻に言わせればそれほどの賢妻でなければ困る、のらしいのだが。
 しかし、今回はグレンにも言い訳があった。
 逃げるための言い訳ではなく、彼もまた被害者だ。
 そういう意味の言い訳だった。
「なあ、ニアム。
 僕はあれ以降、公務の時間を除いて暇がきちんとあるときにしか釣りにはいそしんでいない。
 それも、一人でだ。
 公務の時間にお誘いに来られ、その用意を言いつけられるのはーー」
 視線の先にあるのは、ユニスの実父、元エシャーナ公である。
「あ、いやそれはーーな? 
 わしもたまには、剣より魚の心を知りたい、と‥‥‥」
 まだ四十代前半とはいえ、白髪交じりになってきたその髪を見ながら彼はしどろもどろにそう言った。
 決して、婿殿の邪魔をしたいわけではないのだが、と。
「そうですか、お父様。
 それで、誰がお好みなのですか?」
 いきなり核心をつく質問をされて、彼は返答に窮してしまう。
 誰が好みとは、そんなことを軽々しく言えるはずもない。
「みな、身元の明らかな商人、もしくは貴族令嬢ですよお父様。
 エイシャとシルド様もあと十年は領内平定で子造りをしないと宣言しておりますし。
 わたしと旦那様の間の子はそのまま帝室に入りますし。
 もう、十年後にはこのエシャーナの領地も帝国に返上して、お父様にはどこか別宅で静かに隠遁生活でもして頂こうかしら。
 また、青い狼の師団に戻るとか言い出さないうちに?」
 にこやかに言うユニスはさすが女大公としての席に座っただけのことはある。
 実父は冷や汗をかいていた。
「ユニス、わしはそんな気では‥‥‥ただ、グレン殿下との時間をはかりたいとだなーー」
「時間をはかるなら、公務を共にするなり、髪を染めさせて領内の細やかな領民との交流をさせるなり。
 いかようにでも手はあるのではないですか?
 陛下はこの屋敷から出るな、そうは言われましたが変装をして外を歩くことを禁じる。
 それは言われませんでしたわ、ねえ、お父様?」
「いや、それはさすがにーー」
「そうだ、ニアム。
 それをすれば僕の首がーー」
 お黙りなさい!
 ドン!!
 と屋敷の女主人はテーブルを叩いて一同を見渡した。
 その剣膜に逆らえる者は誰もいない。
「それならば、殿下を育てる方向性を模索してください、お父様。
 側室が御望みならば、今からでも、あの四人からお選びください」
 あの、お嬢様、いえ、御主人様‥‥‥
 そう、アンリエッタが力なさげに手を挙げる。
「何かしら、アンリエッタ?
 侍女長になるかもしれないのに、最近どういうことなの?」
 逆に問いただされてアンリエッタは困ってしまう。
「その、みな誰も、です‥‥‥ね。
 大旦那様の御年齢のお側にはちょっと‥‥‥ねえ?」
 そう言うと、四人以外の侍女たちも首を振る。
「このように、その大旦那様には失礼なのですが。
 みな、婚約者や恋人がおりまして。いえ、御下命とあらばそれは致し方ないのですが。
 さすがに三人目の側室や妾にはーー」
 十数名いる侍女たちはみんなユニスと同じ十代か、二十代前半。
 なかには夫もいて、通いで働いてくれている者も多い。
「はあ‥‥‥そうよねえ。
 でもエシャーナの血は絶やせないし」
 ため息をつくユニスに一言も言い返せない父親は逆に問いかけたかった。
 わしには自由はないのか、と‥‥‥
 そして、ユニスの脳裏に浮かんだのは誰であろう、アルメンヌの姿だった。
しおりを挟む
感想 130

あなたにおすすめの小説

婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~

tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!! 壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは??? 一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

婚約破棄された際もらった慰謝料で田舎の土地を買い農家になった元貴族令嬢、野菜を買いにきたベジタリアン第三王子に求婚される

さくら
恋愛
婚約破棄された元伯爵令嬢クラリス。 慰謝料代わりに受け取った金で田舎の小さな土地を買い、農業を始めることに。泥にまみれて種を撒き、水をやり、必死に生きる日々。貴族の煌びやかな日々は失ったけれど、土と共に過ごす穏やかな時間が、彼女に新しい幸せをくれる――はずだった。 だがある日、畑に現れたのは野菜好きで有名な第三王子レオニール。 「この野菜は……他とは違う。僕は、あなたが欲しい」 そう言って真剣な瞳で求婚してきて!? 王妃も兄王子たちも立ちはだかる。 「身分違いの恋」なんて笑われても、二人の気持ちは揺るがない。荒れ地を畑に変えるように、愛もまた努力で実を結ぶのか――。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

不貞の子を身籠ったと夫に追い出されました。生まれた子供は『精霊のいとし子』のようです。

桧山 紗綺
恋愛
【完結】嫁いで5年。子供を身籠ったら追い出されました。不貞なんてしていないと言っても聞く耳をもちません。生まれた子は間違いなく夫の子です。夫の子……ですが。 私、離婚された方が良いのではないでしょうか。 戻ってきた実家で子供たちと幸せに暮らしていきます。 『精霊のいとし子』と呼ばれる存在を授かった主人公の、可愛い子供たちとの暮らしと新しい恋とか愛とかのお話です。 ※※番外編も完結しました。番外編は色々な視点で書いてます。 時系列も結構バラバラに本編の間の話や本編後の色々な出来事を書きました。 一通り主人公の周りの視点で書けたかな、と。 番外編の方が本編よりも長いです。 気がついたら10万文字を超えていました。 随分と長くなりましたが、お付き合いくださってありがとうございました!

「犯人は追放!」無実の彼女は国に絶対に必要な能力者で“価値の高い女性”だった

賢人 蓮
恋愛
セリーヌ・エレガント公爵令嬢とフレッド・ユーステルム王太子殿下は婚約成立を祝した。 その数週間後、ヴァレンティノ王立学園50周年の創立記念パーティー会場で、信じられない事態が起こった。 フレッド殿下がセリーヌ令嬢に婚約破棄を宣言した。様々な分野で活躍する著名な招待客たちは、激しい動揺と衝撃を受けてざわつき始めて、人々の目が一斉に注がれる。 フレッドの横にはステファニー男爵令嬢がいた。二人は恋人のような雰囲気を醸し出す。ステファニーは少し前に正式に聖女に選ばれた女性であった。 ステファニーの策略でセリーヌは罪を被せられてしまう。信じていた幼馴染のアランからも冷たい視線を向けられる。 セリーヌはいわれのない無実の罪で国を追放された。悔しくてたまりませんでした。だが彼女には秘められた能力があって、それは聖女の力をはるかに上回るものであった。 彼女はヴァレンティノ王国にとって絶対的に必要で貴重な女性でした。セリーヌがいなくなるとステファニーは聖女の力を失って、国は急速に衰退へと向かう事となる……。

幼い頃、義母に酸で顔を焼かれた公爵令嬢は、それでも愛してくれた王太子が冤罪で追放されたので、ついていくことにしました。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 設定はゆるくなっています、気になる方は最初から読まないでください。 ウィンターレン公爵家令嬢ジェミーは、幼い頃に義母のアイラに酸で顔を焼かれてしまった。何とか命は助かったものの、とても社交界にデビューできるような顔ではなかった。だが不屈の精神力と仮面をつける事で、社交界にデビューを果たした。そんなジェミーを、心優しく人の本質を見抜ける王太子レオナルドが見初めた。王太子はジェミーを婚約者に選び、幸せな家庭を築くかに思われたが、王位を狙う邪悪な弟に冤罪を着せられ追放刑にされてしまった。

当て馬令息の婚約者になったので美味しいお菓子を食べながら聖女との恋を応援しようと思います!

朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます
恋愛
「わたくし、当て馬令息の婚約者では?」 伯爵令嬢コーデリアは家同士が決めた婚約者ジャスティンと出会った瞬間、前世の記憶を思い出した。 ここは小説に出てくる世界で、当て馬令息ジャスティンは聖女に片思いするキャラ。婚約者に遠慮してアプローチできないまま失恋する優しいお兄様系キャラで、前世での推しだったのだ。 「わたくし、ジャスティン様の恋を応援しますわ」 推しの幸せが自分の幸せ! あとお菓子が美味しい! 特に小説では出番がなく悪役令嬢でもなんでもない脇役以前のモブキャラ(?)コーデリアは、全力でジャスティンを応援することにした! ※ゆるゆるほんわかハートフルラブコメ。 サブキャラに軽く百合カップルが出てきたりします 他サイトにも掲載しています( https://ncode.syosetu.com/n5753hy/ )

処理中です...