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新章 魔導士シルドの成り上がり ~復縁を許された苦労する大公の領地経営~
第四十五話 真紅の魔女ミレイアの微笑 2
しおりを挟む鈴が鳴った。
最初は薄く小さく、それでいて徐々に音色は輪郭をあらわに鳴り響く。
シルドが返ってきた。
待ち望んでいたその瞬間のために、この一週間を頑張ったのだ。
本当ならばまだ十六歳から十七歳の合間の年齢の少女は夫を持ち、一国の政務を取り仕切るには早すぎて重すぎる役目を背負っていた。
「あの音‥‥‥オーベルシュの帰宅の合図!」
夫、シルドの名を呼び、エイシャは心を躍らせて政務などを臣下に任せ、二人の部屋へと足早に向かう。
彼に会える。
この心を許せる者の少ない大公家の中で過ごす日々のどれほど辛いことか。
戦場を知り、政争の闇を知るシルドと違いエイシャはまだその片鱗も覗き込んだことがない。
王国にいたときにはシルドと義理の父親と慕うエルムンド侯がいた。
いまは、ただ一人で過ごす日々。
彼を追い出すようにして大公家の領内を周るように仕向けたものの‥‥‥
「シルド、あなた様。
ようやく帰られた!!」
エイシャはシルドの前では決して見せない口調と嬉しさに満ちた顔でその部屋の前まで来るとふと、歩みを止めた。
「何かしら?
一人ではない?」
どうにも雰囲気が違う。
シルドだけならば、もっとなんだろう。
不敵に?
いや、自分に絶大な自信を持つ夫は罠があるなら来い。
そんな風情で帰ってくるはずだ。
それなのに、扉の奥にある雰囲気は辺りを窺い、気配を消している。
これは何かがおかしい。
「ちょっと‥‥‥!!」
エイシャは通路の角で警護に当たる衛士の一人を小声で呼んだ。
「奥方様、何か‥‥‥?」
彼は特に気に留めた様子もなく、不可解な顔をして近付いてきた。
「いいから、呼んで来なさい。
うちのロクデナシ‥‥‥じゃないわ。
騎士団の連中を!!」
「奥方様、それはあまりにもな言い様‥‥‥。
彼等とて、練兵に精をだしております。
奥方様の木剣相手に負けた者が多いからといってそれはー‥‥‥」
騎士たちが可哀想です。
そうたしなめる衛士に、いいから早く呼んでおいで!!
エイシャはまるで、衛士の尻を蹴り飛ばすようにして家臣たちを呼びに行かせる。
その腰に帯びていた帯剣を奪い取り、鞘を抜いて構えることをもちろん、この妻は忘れなかった。
武装もほどほどに足音を潜ませてやってきたのは二十数名のアルム卿たちの同僚の者たち。
抜っ剣を命じると、エイシャは目で合図を出す。
(やりなさい!!)
それに騎士の一人がうなづいて、思いっきり扉を蹴り飛ばした。
バタンっとこれまた力づくで押し込んだものだから可哀想に、取っ手部分がへこんだ扉が内側に開いた時――
「はあ‥‥‥???」
いざ、賊退治にとびかからんとしていたエイシャ以下、騎士の面々は唖然としてしまった。
そこにいたのは、大公シルド以下三名。
見たことの無い、人間のはずなのに犬のような耳にふさふさの尾を持ち‥‥‥
あの子爵家から引き上げた際の、下着同然の姿のまま転移してきたシルドも悪いのだが。
狙いをクッション変わりにベッドにしたのがまずかった。
三人の情婦を今まさに、シルドが抱こうとしている。
そう見えてもおかしくない光景がそこには広がっており――
「お前たち、下がりなさい‥‥‥。
オーベルシュ?
覚悟は、宜しいですわね?」
ジャキン、と刃を上に剣を構えたエイシャがいままさにシルドを討とうとするのを、騎士たちが総出で止めに入りさんざん、家臣たちが彼女にぶっ叩かれている様を何をしているんだと見ているシルドと獣人たちがそこにいた。
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