突然ですが、侯爵令息から婚約破棄された私は、皇太子殿下の求婚を受けることにしました!

星ふくろう

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第二部 二人の帝位継承者

第二話 塔の二人 2

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「なあ、シェイルズ」
「なんだ?
 食い物ならその鞄の中にある」
「いや、それはありがたいんだが‥‥‥。
 許してはくれないか」
「何の件か分からんな。
 主語がない。銀色のその頭もだいぶもうろくしたようだ。
 本気で白髪になったか?」
「お前‥‥‥」

 グレンはシェイルズの手を借りて立ったあと、親友との再会を祝すように手を握り合ったまま固まっていた。
 ここで言わなければ、あとになって謝っても気を逃してしまう。
 謝罪には最適の時がある。
 それは今だろう、彼はそう感じていた。
 片手をあげて皇太子は自身の左眼を指差して頭を下げた。

「すまんシェイルズ。
 あの時、海の中で助けられていなければ俺はここにはいない‥‥‥」
「そうだな。
 正しい判断だ。
 しかし、過去の行いはそうそう簡単には許されないだろうな?」

 帝国の中枢の方々すらも巻き込んでこの始末だ。
 本当に、お前は恵まれているよグレン。
 黒い鷹はそうぼやいた。

「では‥‥‥、お前はなにを望む?
 俺の左眼か?
 それとも何かで代償を求めるのか‥‥‥?」
「‥‥‥代償?
 それは面白い提案だな、皇太子殿下。
 代償、か」
「それで、お前の気が済むなら。
 僕は厭うことは何もない‥‥‥」

 このバカめが。
 お前には捨てようにも捨てれないものがあまりにも多くあるだろう。
 俺以上にな。
 この白髪のような銀髪頭は、本当になにも変わらない。
 どこに行った?
 あの戦場で鬼気とした迫力を持ち、敵に迫ったお前は‥‥‥

「そう言えば、お前には二度、この眼を持って行かれたな」
「何?」
「一度は海だ。
 二度目はまだ二人が騎士見習だった時だ。
 敵からお前を守り、俺はやつらの剣でこの眼を失った。
 まあ、皇帝陛下の恩情でいまは回復しているがな」

 魔導さま様だ。
 そう、シェイルズは皮肉気に言うとグレンの軍人とは思えないほど整った、戦場の傷跡がない顔をみやった。

「もう少し、迫力が欠けるな。
 次期皇帝というわりには‥‥‥何かが足らん」
「まさ、か。
 僕の目を寄越せと?
 そういうのか???」
「いやー、それも悪くないんだが」

 しかし、それをすれば生涯あの連中に恨まれる。
 ユニスに自分の父親、皇帝夫妻からもだ。
 そうなると、ライナやニーエ母娘を守るには不都合が出てしまう。
 貰えるもの、か。
 黒き牙は貰った。グレンの貴族院に預けてある財産もほぼ自分が管理している。
 必要ならば領地すらも奪えるだろう。
 ああ、あの島は‥‥‥いずれエリオスが貰い受けるはずだから手をだすと揉め事になる。
 しかし、それ以外のもの、か。
 
「良くないと言えよ‥‥‥」
「言い出したのはお前だ。
 グレン、変わらず抜けているな?
 二つ、ある」
「なんだ‥‥‥」
「一つはお前がどれだけ歳月をかけても必ず帝位に返り咲くことだ。
 つまり、ここで死ぬな。
 二つ目は簡単だ。
 ライナとニーエ、その息子エリオスを守れ。
 その意味では、ユニス様はお前を皇帝にするためなら手段を選ばない。
 分かるよな?」
「ニアムがそこまで残虐非道になると言うのか?
 それは言い過ぎだろう」
「なら、今回のエニシス半島攻略はどう理由をつけるつもりだ?
 帝国の内部勢力を書き換えずに、十万もの軍勢を用意したあの手際の良さ。
 敵に回せば、誰も敵う者はいない存在になったぞ、あの御方は」
「うーむ‥‥‥。
 それは本当に、ユニスの一存で行ったのか?
 裏でエシャーナ侯とルサージュ子爵が結託していた。
 そういう話ではないのか??」
「はたから見ればそう映るだろうな。
 しかし、事実だ。
 いまや帝国の一進一退は、エシャーナの姉妹に握られている。
 女大公なんて肩書はあくまで、陛下の恩情に過ぎんからな」
「世間は僕が死んだとそう思う訳か。
 その上でユニスが戦功を挙げて側室に上がる、とそう見るわけだな、シェイルズ?」
「寝ぼけた頭がようやく動き始めたようだな。
 だが、その裏ではあの御方がお前を亡き者にしたという噂もある。
 特に王国では、な。
 枢軸に王国と帝国の内紛に、これ幸いと乗じてやれと攻め込んできた結果がお前のやった雪崩だな」
「まるでそのまま戻ってくれば良かった。
 そんな顔だな?」
「当たり前だろう‥‥‥余計な動きばかりするからだ。
 こんな遭難扱いなど、誰がしたいものか。
 帝国の魔導士が総員駆り出されて、お前の捜索だ。
 おまけに王国や枢軸の目をごまかしながらしなければならない。
 なんとも皮肉なもんだな‥‥‥黒き牙が諜報専門にやってきたことがこうも役に立つのだから」

 そして俺が最初に見つけるとは、これもまた皮肉なものだ。
 そう言い、シェイルズは足先でグレンを蹴って寄越した。
 腹いせを解消しようというその様に、グレンの心は痛むばかりだった。

「なあ、シェイルズ。
 その二つだけではないのではないのか?
 まだありそうな口調だ。
 何より、ここから抜け出し帰還できなければ話は始まらんぞ?」
「その前に言っておくことがある」
「‥‥‥なんだ?」
「陛下から、ユニス様と結婚しろと命じられた」
「あの親父‥‥‥!?」
「最善策だ。
 我が父上に、エシャーナ侯、その全てが持つ軍備と、どれもを陛下が手にできる好機だからな」
「好機どころか、それはつまり‥‥‥」
「まあ、皇帝に、もしくは現宰相の地位に来いという誘いだろうな。
 ユニス様が女帝に上がればいいだけだ。
 表向きは俺の妻。
 裏では‥‥‥」
「現皇帝の側室、か。
 あれが受けるはずがないだろう。
 そんな無理強いをされれば、家族を人質に取られてもあれは死ぬぞ?
 そういう女だ。僕のニアムはな‥‥‥」

 なにが僕の、だ。
 散々、その相手に心労をかけておきながら。
 シェイルズは呆れかえってしまった。

「たいした遊び人だよ、グレン。
 お前は‥‥‥知らなかったとはいえ、息子がいて愛した女性もまだ生きている。
 その上で新たな結婚まで獲得し、おまけに死と引き換えにさせるほどに愛されている。
 ユニス様が可哀想だ! お前など、あの雪崩と共に死ねば良かったのだ」
「ひどい言い方だな、シェイルズ。
 ならどうすればいいんだ?」
「返事ができる時点で反省がないと思うのは俺だけかな、グレン。
 覚えておけ、そういうときはな。
 黙ってしおれていればいいんだ。この遊び人が‥‥‥」
「覚えておこう‥‥‥」

 ところで、とシェイルズは会話を遮る。
 塔の中に漂う、魔導の残滓。
 その先にあるものが一つではない事実を彼は嗅ぎつけていた。

「なあ、グレン。
 お前ここに来るまでにどれだけの道を見つけた?」
「なんだいきなり唐突だな。
 道は四十ほど分岐していたぞ。
 その先にあるものがどこかまでは分からん。
 しかし、起点はどこに至ろうともこの塔を経由している。
 それだけは確かだ」
「ふむ。
 だとすれば、あの伝説もあながち嘘ではないのか。
 聖者サユキが大陸全土どころか、他の大陸にまで数瞬で行き来したというあれだ」
「大袈裟な気もするがな?
 いくらこの回廊のような魔導の道を行けたとしても時間までは越えれないだろう?
 短縮は出来るかもしれん。
 しかし、数瞬となるとそれは別の次元の御業になるな」
「やはり、お前は皇帝ではなく魔導士の道を行くべきではないのか‥‥‥?
 ユニス様は俺に寄越せ。
 ライナもニーエも俺なら守れる。
 無能な皇太子殿下は去るべきだろう?」
「おい、帝位簒奪をする気か!?」
「お前には帝位など相応しくないと言っているんだ。
 もし、あの御方が迎えにくればどうするつもりだ?」

 迎えに?
 グレンは不思議な顔をした。

「それは無理だろう?
 あれは、ニアムは魔導を使えん」
「馬鹿め。
 妹御の夫は‥‥‥俺たちを出し抜いたあの銀鎖のシルドだぞ?
 どうにでもするに決まっている」

 今から心を決めておくんだな、グレン。
 愛する者を失うか、引き止めるか。
 再会したその時にすべては決まるぞ?
 シェイルズはそう言うと、塔の最上階を目指して歩き始めた。
 
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