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四章 物語の主人公
29.甘くない
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「カツラギ。さっきの発言の撤回を要求する。主はもう、(地球の)人として転生することを自ら受け入れた。もうサカマキが「転生させた」と言うのはやめろ。自分で認めた以上は、どんな事があっても、それは自分のせいであって、サカマキのせいじゃない」
さっきのカツラギの「そうなったサカマキを恨む」発言に、フミカが抗議した。
「そうなった」原因‥つまり、「転生させた」サカマキ
ってことだ。
「‥悪かった」
失言だった。
と、カツラギがあっさりと自分の非を認めて頭を下げて謝った。
中身や口調は兎も角、外見は5歳児だ。カツラギだと一瞬忘れて「謝れて偉いですね~♡」って頭をなぜなぜしそうになるが、ぐっとこらえる。桜子も、真剣な話の腰を折るつもりはない。(ので我慢だ)
「別に気にしてない」
という言葉は、だけど、言わないでおいた。
気にしていないのは真実だが、フミカの自分に対する思いやりが嬉しかったし、カツラギの心からの謝罪を受けないのは失礼だ。
小さく首を振る代わりに、サカマキはゆっくりと大きめに頷いた。
「まったく、カツラギは逆恨みもいいところだな! 」
アララキがわざとオーバーな身振りで肩をすくめて、呆れ顔でカツラギを見た。
横に座っている俺の肩をそっと抱き寄せ、心配そうな目で俺を見つめる。
‥大丈夫、傷ついてなんかいない。
俺は小さく首を振って、否定する。
自分の行動に後悔なんてしていないし、カツラギから例え本当に批判を受けたって、‥それを受け入れるべきだってこと位分かっている。
‥ああ、そうか、失念していたのは俺だ。
‥俺は、二人から批判を受けても「仕方が無い」ことをしていたんだ‥。
‥気にしない、って言えるような立場じゃない。
一瞬にして血の気が引いて、下がっていった体温を補うように、アララキが慌てて抱きしめてくれた。背中を撫ぜる手は、昔のまんま優しくってあったかくって、世界で一番安心できた。
‥アララキは、俺をダメにする‥。
眉間に皴を寄せて、精一杯「ヤメロ」って顔を作って、アララキの胸から抜け出すと、フミカの隣りに座っていた桜子が立ち上がって俺の前に立つと、微笑んで頭を撫ぜてくれた。
その間舌戦を繰り広げていたらしい、フミカとカツラギは間に座っていた桜子が立ったことによって、完全に向かい合わせになった。
「それに、カツラギは、魔法というものを甘く見過ぎておる」
カツラギの目を真っ直ぐに見つめ、フミカの口調が強くなる。
‥ん?
魔法を使えないフミカが魔法の事を話すことは、普段は全くといっていい程、ない。
そんなフミカが、今「魔法について」‥若干怒っているような表情で熱弁を振るっている。
‥どうした? フミカ。
「使わなくても生活に支障がないとか、知的好奇心の一つ‥だとか‥魔法はそんな‥甘いもんじゃない」
「ん? 」
と、これは、カツラギ。
怪訝そうにフミカを見ている。
カツラギにとっても、今のフミカの様子には違和感があるのだろう。
‥一体フミカはどうしたんだ? ‥一体何に怒っているんだ?
話の内容ではなく、目の前の彼女の様子に、カツラギは首を傾げた。
‥魔法を軽んじることは、サカマキを軽視することと同義だ。
サカマキは魔法を使えるから、「使うのが当たり前」、でも、「使えるから、使っているだけ」‥でもない。
魔法は、誰でも使えるものではない。魔法に踊らされ「使われる」者は多かろうが、「使っている」者は、少ない。
‥高位魔法使いだけが、魔法を「使っている」んだ。
それは、誰よりも高位魔法使いが魔法に愛され、魔法を愛し、魔法を理解しているから‥。魔法に敬意を払い、魔法と真摯に向き合っているから。‥それこそ命を懸けて。
そして、‥それ故に魔法から逃れることが出来ない。‥決して、魔法からも‥使命からも逃げることが出来ない。
「海と一緒だ‥」
カツラギから視線を外し、前を向いたフミカが、ふと遠くを見る様な目をする。
「海? 」
そこにいた全員が聞き返し、
首を傾げる。
「漁師が魚を捕る。だけど、その魚を消費するのは、漁師だけではない。直接海産物を食べるだけではない。海の水もまた、海洋資源だ。海の水が蒸発して雨となり、植物を育む。川に流れ込んで、やがて喉を潤す水道水となる。直接にでなく、海は我々の生活を支えている‥」
若干怒っているかのように見えた真剣な‥厳しい顔が最後は、心なしか恍惚の表情に変わっていた。
「? 」
‥また、マグロの話か?
‥あの番組、‥好きどころじゃなくって、リスペクトしてたのか‥。
「マグロを獲るのは漁師だけど、海はこの国全員を支えている。それゆえこの国全員は、海を支える義務がある。海と共に生きる漁師だけではなく‥だ。
海の恩恵を受けている以上、‥海を支える義務がある。
魔法も同じだ。
魔法によって支えられている我らは、もっと魔法を敬い、‥その化身である高位魔法使いを敬わなければいけない。
もっとサカマキは理解され、愛されなければいけないはずだ‥」
そこで、むっとした顔になったのは、アララキだった。
「尊敬しろ、敬え、恐れ多いから傍に寄るなというのは理解できるし(※フミカはそんなことは一言も言っていない)、大いに共感できるが、サカマキを愛し、理解するのは、別に僕だけでいい」
「え? あれ?? 我はそんな話をしておったか?? いや‥違う‥ぞ? 違う。
そんな話をしているわけではない‥。
我は、‥そんな話をしたかったわけではない。
魔法は‥魔法は、海と一緒で深くて厳しいものだから‥、軽々しい扱いをするな‥といいたかったんだ」
そう、
別に、アララキのサカマキ愛の話を聞きたいわけではない。
僕の愛は、海より深いって? ぬかせ、巡り巡って波打ち際に打ち上げられてろ!
老若男女がキャッキャ戯れる海水浴場に打ち上げられたワカメにでもなってろ!
彼(←マグロの漁師)は、違う。
彼の獲物はそんな海にはいない。
そんなピースフルでハピネスな海にはいない。
彼の獲物はワカメなんかじゃない。まして、ビーチのイケてるオネーサンでもない。
‥穏やさなんか、そこにはない。
冷たく深い真っ黒な厳しい冬の海。幼子の楽し気な声は記憶の奥に封印して、彼は戦場に向かう。一人、男の孤独な戦場に‥。
男たちとマグロの真剣勝負‥。
そこは、厳しく孤独な‥戦場だ。
海は‥甘くない。
「(そして海と同じ様に)魔法も、孤独で厳しい‥甘いものじゃない」
フミカは自分の意見に酔っている様に話し続ける。
祖国でのサカマキは、皆に畏怖の目で見られ、常に死と隣り合わせの戦いを強いられている。サカマキの魔法は皆を守る盾で、矛であるのに、誰も彼を労ったり感謝したりしない。同情することもまた、ない。
魔法をつかう彼が得られるものは何もない。周りの人は何も彼に与えてくれない。
孤独で厳しい戦いの先には栄光も、労いもない。
海だって、‥何も与えてくれない時もある。寧ろ、与えてくれる方が稀だろう。時には、海が彼らの命を奪っていくこともある。
だのに、人は、一握りの「サクセス」を感動秘話として取り上げる。
‥取り上げる場があるから、取り上げられているだけで、本当だったら、喜びも悲しみも全部漁師の中で消化されて終わっていくことだろう。
海と漁師の切り取られた日常のほんの一コマ。
それだけ見て、漁師の人生を分かった気でいることは、何て片腹が痛いことだろう。
魔法というものの、ほんの断片的側面。
結果とか、‥見えていることのみが評価され、‥否、評価されることもなく「当たり前」の一言で片付けられる。
マグロ漁師は、マグロが捕れない年も「マグロ漁師」なのに、‥高位魔法使いは、魔物を狩るのが当たり前で人々は高位の魔物を見たら(※雑魚な魔物なら人々でも刈れないこともない)「何故、高位魔法使いが狩っていない」と非難する。魔物が狩れなかった高位魔法使いは、「職務怠慢」な「出来損ない」で、魔物を狩る為には、その命すらかけろと‥かけることが当たり前だって‥。
海よりも、魔法よりも、‥人は怖い。
「甘えるな。自分の手を汚せ。‥自分の身を危険に晒す‥その恐怖をもっと理解しろ」
そして
魔法、舐めるな。
「マグロだったら、キハダだろうがメバチだろうが変わらないでしょ? 本マグロ? 食べたことないし、‥きっと食べても違いとか分かんないと思う~」
とか言ってんじゃない。
マグロ、舐めるな。
おやっさんの(←マグロの漁師)の戦いを軽んじるんじゃねえ‥。
「‥そ、そうだな」
‥フミカ、何にそんなに怒ってるんだ? ‥。さっき、なんか、「マグロ舐める」なって呟いたよね? 聞こえたよ‥? マグロ‥何のこと?
サカマキは苦笑した。
「遊びじゃ、ない。ソウルだ。ソウルをかけた戦いだ」
「‥うん‥? 」
‥戦い?
桜子が首を傾げる。
フミカちゃん、女の子だけど本当に好きなんだね。マグロの番組。あの時感じた、熱心な視線はサカマキさんじゃなくってフミカちゃんだったんだね‥。(鳩になっている時、桜子にはフミカとサカマキの区別はつかない)
アララキは何とも生温かい目をしている。『推し』なアニメの美少女戦士(ヒロイン)について熱弁する子供を見守る父親の目とは‥だけどちょっと違う。そんなに、優しい目じゃない。あれだ「よくわかんないけど、君が好きなら僕は別になんでもイイですよ。口出しません」って傍観の姿勢だ。
「まあ、‥こっちの日常生活に魔法は要らないわな」
若干フミカの様子に呆れながら、カツラギが小さく頷いた。
「そう。要らない。‥特別なものなんだ。だから、特別に慎重にならないといけない‥」
アララキが、重々しく頷き、
「これは、今まで散々言ってきたことの確認なんだけど
地球人を覚醒させる‥そうではなく、元々「多少の」素地のある者に、「魔法」を「貸与」するという形をとる。
期間は、世界の綻びを見つけ出して、その修復を終える迄。
それ以降の二世界間の関りは、以前同様のもの‥いや、これだけ関わって来た相手を今後は「素材置き場」的扱いをすることは出来ないな‥、その辺の付き合い方は、‥今回の戦いをみて決めようと思う‥。
まずは、魔法を貸与するにあたり、素地のある者の選別と、その者の素性、‥性格的なものの調査をする。そして、問題なしとみなした場合にのみ、魔法に対する「正しい知識」と、魔法との「正しい付き合い方」を学ばせる」
真剣な口調で言った。
それにはまったく異論がない。とサカマキも頷く。
魔法は、武器でも、攻撃の手段でもない。攻撃の手段になり得るが、それは一つの側面であり、魔法そのものではない。
魔法を単なる便利な道具(手段)と考えることも恐ろしい。
魔法を「有用な資源」と考えると、次にはその「利用法」「活用法」を考えたくなる。考えねば損とすら考えるだろう。‥この国のそういった、好奇心や勤勉さ。否、勤勉さゆえに純粋な好奇心が「目的ありき」に変わる危うさ。
有用なものであれば、使わないと損だと思う考えが、危険だ。
キラキラ光る玉(ぎょく)を純粋にただの玩具として遊んでいた子供たちに「それは宝石なんだよ」「価値があるから価値があるものとして扱わないといけないんだ」って教える。
ある子供にとって、その玉は「(今は加工する技術はないけれど)そのうち加工して装飾品にしよう」と「素材」になり、ある子供にとっては「価値のあるものなら将来売れるんじゃないか」貨幣的価値を持つ物になり、ある子供にとっては「なんだ、キレイだから遊んでたのに、遊んじゃダメなものだったのか‥。気を使うものなら面倒だからもう遊ばず、大事に持っておこう‥でも、なくすのも嫌だな‥本当に面倒なものだ」と、「手に余る物」になる。
使用目的はどうあれ、価値というものが産まれ、価値が産まれれば、「持つ者」「持たざる者」という二つの異なる立場が産まれる。
それが、‥貧富や貴賤にもつながる「経済の根本」だ。
礼賛して、価値を上げることは危険だ。だけど、
魔法を軽んじるなんて‥以ての外だ。
魔法は、軽んじていいような、甘いものではない。
元々なかったものであるということを忘れるのも危うい。
力を過信し、力に溺れる危うさ。
魔王にでもなったかのように自分の力を過信し、尊大に振舞うことの愚かしさ‥。
そして、
使い方を誤る危うさ。
魔法を、威嚇のために使う、恐喝、その他自分の欲望を果たすために使用すること‥。
「魔法は‥それから‥過ぎたる力も‥危ないものだ。使うこと‥持つことも‥持っていると思うことでさえ、だ。
‥だけど、使い方を誤らなければ、有用なものだし、不幸を生み出すだけのものでもない」
付け加えたのは、
他でもない、最も魔法に近い君のことを否定したくなんてないから。
魔法を悪し様に言うことは、君を批判することになる。
魔法は、危険だけど、でもそれ「だけ」じゃない。
君は、不幸(を産む魔法)を産む存在なんかじゃない。
不幸(を産む魔法)から君が産まれてきたわけじゃない。
‥どうか君が、大好きな魔法を苦しい顔をして使う日がこないように。
君が、魔法につぶされてしまわない様に。
魔法を誰よりも愛し、
誰よりも魔法に愛されている。
それは、子供が両親に愛されて育つように、君が魔法に愛されて育ったから。
実際に君を愛して‥誰よりも愛して育てたのは僕だけど、君の身体を心を作ったのは、間違いなく僕なんだけど、‥でも、君を僕に会わせてくれたのは‥魔法だった。
魔法は、危ういだけのものでは無い。
危ういけれど、何よりも素晴らしいものだ。
だから、‥魔法の申し子である君も、何よりも危うく、‥誰よりも美しく素晴らしい。
ホントは、会ったこともない「他の誰か」なんてどうでもいい。
今、自分が大事に思う言葉を交わして来た仲間、そして、友達、そして誰より大事な君。
そんな大事なものを守るので、精一杯だ。
たった少しのそんな大事なものでさえ、手のひらから零れ落ちる。
フミカやカツラギは一度命をなくした。
だけど、‥今、彼らは再び僕の前にいる。
カツラギを「産んで」くれたのは、「会ったこともなかった誰か」‥桜子だった。
僕の大事なものさえ、僕だけの力では守れなかった。サカマキやそして、「会ったこともない誰か」が、助けてくれた。
「会ったこともない誰か」の一人である桜子‥
桜子がいなかったら、カツラギも消えてしまっていただろうし、そもそも、桜子に助けてもらえるって思えたから、サカマキはあの‥核を作れた。‥あの、何となくいけ好かない正樹も、(あくまで間接的だけど)助けてくれた人の一人なんだ(子供は桜子一人に作れるものじゃないしね)。
‥こっち(正樹)は、何とも微妙なんだけど‥。(分かっちゃいるけど、認めたくないっていうかね)この前、サカマキを虐めたしね。‥どうも、好きになれないんだよね‥。
さっきのカツラギの「そうなったサカマキを恨む」発言に、フミカが抗議した。
「そうなった」原因‥つまり、「転生させた」サカマキ
ってことだ。
「‥悪かった」
失言だった。
と、カツラギがあっさりと自分の非を認めて頭を下げて謝った。
中身や口調は兎も角、外見は5歳児だ。カツラギだと一瞬忘れて「謝れて偉いですね~♡」って頭をなぜなぜしそうになるが、ぐっとこらえる。桜子も、真剣な話の腰を折るつもりはない。(ので我慢だ)
「別に気にしてない」
という言葉は、だけど、言わないでおいた。
気にしていないのは真実だが、フミカの自分に対する思いやりが嬉しかったし、カツラギの心からの謝罪を受けないのは失礼だ。
小さく首を振る代わりに、サカマキはゆっくりと大きめに頷いた。
「まったく、カツラギは逆恨みもいいところだな! 」
アララキがわざとオーバーな身振りで肩をすくめて、呆れ顔でカツラギを見た。
横に座っている俺の肩をそっと抱き寄せ、心配そうな目で俺を見つめる。
‥大丈夫、傷ついてなんかいない。
俺は小さく首を振って、否定する。
自分の行動に後悔なんてしていないし、カツラギから例え本当に批判を受けたって、‥それを受け入れるべきだってこと位分かっている。
‥ああ、そうか、失念していたのは俺だ。
‥俺は、二人から批判を受けても「仕方が無い」ことをしていたんだ‥。
‥気にしない、って言えるような立場じゃない。
一瞬にして血の気が引いて、下がっていった体温を補うように、アララキが慌てて抱きしめてくれた。背中を撫ぜる手は、昔のまんま優しくってあったかくって、世界で一番安心できた。
‥アララキは、俺をダメにする‥。
眉間に皴を寄せて、精一杯「ヤメロ」って顔を作って、アララキの胸から抜け出すと、フミカの隣りに座っていた桜子が立ち上がって俺の前に立つと、微笑んで頭を撫ぜてくれた。
その間舌戦を繰り広げていたらしい、フミカとカツラギは間に座っていた桜子が立ったことによって、完全に向かい合わせになった。
「それに、カツラギは、魔法というものを甘く見過ぎておる」
カツラギの目を真っ直ぐに見つめ、フミカの口調が強くなる。
‥ん?
魔法を使えないフミカが魔法の事を話すことは、普段は全くといっていい程、ない。
そんなフミカが、今「魔法について」‥若干怒っているような表情で熱弁を振るっている。
‥どうした? フミカ。
「使わなくても生活に支障がないとか、知的好奇心の一つ‥だとか‥魔法はそんな‥甘いもんじゃない」
「ん? 」
と、これは、カツラギ。
怪訝そうにフミカを見ている。
カツラギにとっても、今のフミカの様子には違和感があるのだろう。
‥一体フミカはどうしたんだ? ‥一体何に怒っているんだ?
話の内容ではなく、目の前の彼女の様子に、カツラギは首を傾げた。
‥魔法を軽んじることは、サカマキを軽視することと同義だ。
サカマキは魔法を使えるから、「使うのが当たり前」、でも、「使えるから、使っているだけ」‥でもない。
魔法は、誰でも使えるものではない。魔法に踊らされ「使われる」者は多かろうが、「使っている」者は、少ない。
‥高位魔法使いだけが、魔法を「使っている」んだ。
それは、誰よりも高位魔法使いが魔法に愛され、魔法を愛し、魔法を理解しているから‥。魔法に敬意を払い、魔法と真摯に向き合っているから。‥それこそ命を懸けて。
そして、‥それ故に魔法から逃れることが出来ない。‥決して、魔法からも‥使命からも逃げることが出来ない。
「海と一緒だ‥」
カツラギから視線を外し、前を向いたフミカが、ふと遠くを見る様な目をする。
「海? 」
そこにいた全員が聞き返し、
首を傾げる。
「漁師が魚を捕る。だけど、その魚を消費するのは、漁師だけではない。直接海産物を食べるだけではない。海の水もまた、海洋資源だ。海の水が蒸発して雨となり、植物を育む。川に流れ込んで、やがて喉を潤す水道水となる。直接にでなく、海は我々の生活を支えている‥」
若干怒っているかのように見えた真剣な‥厳しい顔が最後は、心なしか恍惚の表情に変わっていた。
「? 」
‥また、マグロの話か?
‥あの番組、‥好きどころじゃなくって、リスペクトしてたのか‥。
「マグロを獲るのは漁師だけど、海はこの国全員を支えている。それゆえこの国全員は、海を支える義務がある。海と共に生きる漁師だけではなく‥だ。
海の恩恵を受けている以上、‥海を支える義務がある。
魔法も同じだ。
魔法によって支えられている我らは、もっと魔法を敬い、‥その化身である高位魔法使いを敬わなければいけない。
もっとサカマキは理解され、愛されなければいけないはずだ‥」
そこで、むっとした顔になったのは、アララキだった。
「尊敬しろ、敬え、恐れ多いから傍に寄るなというのは理解できるし(※フミカはそんなことは一言も言っていない)、大いに共感できるが、サカマキを愛し、理解するのは、別に僕だけでいい」
「え? あれ?? 我はそんな話をしておったか?? いや‥違う‥ぞ? 違う。
そんな話をしているわけではない‥。
我は、‥そんな話をしたかったわけではない。
魔法は‥魔法は、海と一緒で深くて厳しいものだから‥、軽々しい扱いをするな‥といいたかったんだ」
そう、
別に、アララキのサカマキ愛の話を聞きたいわけではない。
僕の愛は、海より深いって? ぬかせ、巡り巡って波打ち際に打ち上げられてろ!
老若男女がキャッキャ戯れる海水浴場に打ち上げられたワカメにでもなってろ!
彼(←マグロの漁師)は、違う。
彼の獲物はそんな海にはいない。
そんなピースフルでハピネスな海にはいない。
彼の獲物はワカメなんかじゃない。まして、ビーチのイケてるオネーサンでもない。
‥穏やさなんか、そこにはない。
冷たく深い真っ黒な厳しい冬の海。幼子の楽し気な声は記憶の奥に封印して、彼は戦場に向かう。一人、男の孤独な戦場に‥。
男たちとマグロの真剣勝負‥。
そこは、厳しく孤独な‥戦場だ。
海は‥甘くない。
「(そして海と同じ様に)魔法も、孤独で厳しい‥甘いものじゃない」
フミカは自分の意見に酔っている様に話し続ける。
祖国でのサカマキは、皆に畏怖の目で見られ、常に死と隣り合わせの戦いを強いられている。サカマキの魔法は皆を守る盾で、矛であるのに、誰も彼を労ったり感謝したりしない。同情することもまた、ない。
魔法をつかう彼が得られるものは何もない。周りの人は何も彼に与えてくれない。
孤独で厳しい戦いの先には栄光も、労いもない。
海だって、‥何も与えてくれない時もある。寧ろ、与えてくれる方が稀だろう。時には、海が彼らの命を奪っていくこともある。
だのに、人は、一握りの「サクセス」を感動秘話として取り上げる。
‥取り上げる場があるから、取り上げられているだけで、本当だったら、喜びも悲しみも全部漁師の中で消化されて終わっていくことだろう。
海と漁師の切り取られた日常のほんの一コマ。
それだけ見て、漁師の人生を分かった気でいることは、何て片腹が痛いことだろう。
魔法というものの、ほんの断片的側面。
結果とか、‥見えていることのみが評価され、‥否、評価されることもなく「当たり前」の一言で片付けられる。
マグロ漁師は、マグロが捕れない年も「マグロ漁師」なのに、‥高位魔法使いは、魔物を狩るのが当たり前で人々は高位の魔物を見たら(※雑魚な魔物なら人々でも刈れないこともない)「何故、高位魔法使いが狩っていない」と非難する。魔物が狩れなかった高位魔法使いは、「職務怠慢」な「出来損ない」で、魔物を狩る為には、その命すらかけろと‥かけることが当たり前だって‥。
海よりも、魔法よりも、‥人は怖い。
「甘えるな。自分の手を汚せ。‥自分の身を危険に晒す‥その恐怖をもっと理解しろ」
そして
魔法、舐めるな。
「マグロだったら、キハダだろうがメバチだろうが変わらないでしょ? 本マグロ? 食べたことないし、‥きっと食べても違いとか分かんないと思う~」
とか言ってんじゃない。
マグロ、舐めるな。
おやっさんの(←マグロの漁師)の戦いを軽んじるんじゃねえ‥。
「‥そ、そうだな」
‥フミカ、何にそんなに怒ってるんだ? ‥。さっき、なんか、「マグロ舐める」なって呟いたよね? 聞こえたよ‥? マグロ‥何のこと?
サカマキは苦笑した。
「遊びじゃ、ない。ソウルだ。ソウルをかけた戦いだ」
「‥うん‥? 」
‥戦い?
桜子が首を傾げる。
フミカちゃん、女の子だけど本当に好きなんだね。マグロの番組。あの時感じた、熱心な視線はサカマキさんじゃなくってフミカちゃんだったんだね‥。(鳩になっている時、桜子にはフミカとサカマキの区別はつかない)
アララキは何とも生温かい目をしている。『推し』なアニメの美少女戦士(ヒロイン)について熱弁する子供を見守る父親の目とは‥だけどちょっと違う。そんなに、優しい目じゃない。あれだ「よくわかんないけど、君が好きなら僕は別になんでもイイですよ。口出しません」って傍観の姿勢だ。
「まあ、‥こっちの日常生活に魔法は要らないわな」
若干フミカの様子に呆れながら、カツラギが小さく頷いた。
「そう。要らない。‥特別なものなんだ。だから、特別に慎重にならないといけない‥」
アララキが、重々しく頷き、
「これは、今まで散々言ってきたことの確認なんだけど
地球人を覚醒させる‥そうではなく、元々「多少の」素地のある者に、「魔法」を「貸与」するという形をとる。
期間は、世界の綻びを見つけ出して、その修復を終える迄。
それ以降の二世界間の関りは、以前同様のもの‥いや、これだけ関わって来た相手を今後は「素材置き場」的扱いをすることは出来ないな‥、その辺の付き合い方は、‥今回の戦いをみて決めようと思う‥。
まずは、魔法を貸与するにあたり、素地のある者の選別と、その者の素性、‥性格的なものの調査をする。そして、問題なしとみなした場合にのみ、魔法に対する「正しい知識」と、魔法との「正しい付き合い方」を学ばせる」
真剣な口調で言った。
それにはまったく異論がない。とサカマキも頷く。
魔法は、武器でも、攻撃の手段でもない。攻撃の手段になり得るが、それは一つの側面であり、魔法そのものではない。
魔法を単なる便利な道具(手段)と考えることも恐ろしい。
魔法を「有用な資源」と考えると、次にはその「利用法」「活用法」を考えたくなる。考えねば損とすら考えるだろう。‥この国のそういった、好奇心や勤勉さ。否、勤勉さゆえに純粋な好奇心が「目的ありき」に変わる危うさ。
有用なものであれば、使わないと損だと思う考えが、危険だ。
キラキラ光る玉(ぎょく)を純粋にただの玩具として遊んでいた子供たちに「それは宝石なんだよ」「価値があるから価値があるものとして扱わないといけないんだ」って教える。
ある子供にとって、その玉は「(今は加工する技術はないけれど)そのうち加工して装飾品にしよう」と「素材」になり、ある子供にとっては「価値のあるものなら将来売れるんじゃないか」貨幣的価値を持つ物になり、ある子供にとっては「なんだ、キレイだから遊んでたのに、遊んじゃダメなものだったのか‥。気を使うものなら面倒だからもう遊ばず、大事に持っておこう‥でも、なくすのも嫌だな‥本当に面倒なものだ」と、「手に余る物」になる。
使用目的はどうあれ、価値というものが産まれ、価値が産まれれば、「持つ者」「持たざる者」という二つの異なる立場が産まれる。
それが、‥貧富や貴賤にもつながる「経済の根本」だ。
礼賛して、価値を上げることは危険だ。だけど、
魔法を軽んじるなんて‥以ての外だ。
魔法は、軽んじていいような、甘いものではない。
元々なかったものであるということを忘れるのも危うい。
力を過信し、力に溺れる危うさ。
魔王にでもなったかのように自分の力を過信し、尊大に振舞うことの愚かしさ‥。
そして、
使い方を誤る危うさ。
魔法を、威嚇のために使う、恐喝、その他自分の欲望を果たすために使用すること‥。
「魔法は‥それから‥過ぎたる力も‥危ないものだ。使うこと‥持つことも‥持っていると思うことでさえ、だ。
‥だけど、使い方を誤らなければ、有用なものだし、不幸を生み出すだけのものでもない」
付け加えたのは、
他でもない、最も魔法に近い君のことを否定したくなんてないから。
魔法を悪し様に言うことは、君を批判することになる。
魔法は、危険だけど、でもそれ「だけ」じゃない。
君は、不幸(を産む魔法)を産む存在なんかじゃない。
不幸(を産む魔法)から君が産まれてきたわけじゃない。
‥どうか君が、大好きな魔法を苦しい顔をして使う日がこないように。
君が、魔法につぶされてしまわない様に。
魔法を誰よりも愛し、
誰よりも魔法に愛されている。
それは、子供が両親に愛されて育つように、君が魔法に愛されて育ったから。
実際に君を愛して‥誰よりも愛して育てたのは僕だけど、君の身体を心を作ったのは、間違いなく僕なんだけど、‥でも、君を僕に会わせてくれたのは‥魔法だった。
魔法は、危ういだけのものでは無い。
危ういけれど、何よりも素晴らしいものだ。
だから、‥魔法の申し子である君も、何よりも危うく、‥誰よりも美しく素晴らしい。
ホントは、会ったこともない「他の誰か」なんてどうでもいい。
今、自分が大事に思う言葉を交わして来た仲間、そして、友達、そして誰より大事な君。
そんな大事なものを守るので、精一杯だ。
たった少しのそんな大事なものでさえ、手のひらから零れ落ちる。
フミカやカツラギは一度命をなくした。
だけど、‥今、彼らは再び僕の前にいる。
カツラギを「産んで」くれたのは、「会ったこともなかった誰か」‥桜子だった。
僕の大事なものさえ、僕だけの力では守れなかった。サカマキやそして、「会ったこともない誰か」が、助けてくれた。
「会ったこともない誰か」の一人である桜子‥
桜子がいなかったら、カツラギも消えてしまっていただろうし、そもそも、桜子に助けてもらえるって思えたから、サカマキはあの‥核を作れた。‥あの、何となくいけ好かない正樹も、(あくまで間接的だけど)助けてくれた人の一人なんだ(子供は桜子一人に作れるものじゃないしね)。
‥こっち(正樹)は、何とも微妙なんだけど‥。(分かっちゃいるけど、認めたくないっていうかね)この前、サカマキを虐めたしね。‥どうも、好きになれないんだよね‥。
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