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翌朝。
テラスでの朝食は、至福の時間だった。
「コケッ!」
足元でコッコ1号が鳴き、私は焼きたての目玉焼きにナイフを入れた。
半熟の黄身がとろりと溢れ出す。
「素晴らしいわ。鮮度、焼き加減、そしてこのロケーション。五つ星ホテルでも味わえない贅沢ね」
「お気に召して光栄です。今日の卵は、特に元気なコッコ3号が産んだものです」
エプロン姿のルーカスが、恭しくコーヒーを注いでくれる。
その横で、マリアが巨大なボウルに入ったサラダ(洗面器サイズ)をバリバリと食べていた。
「ん~っ! 今日も野菜が美味しいですぅ! 筋肉が『もっと負荷をくれ』と喜んでいます!」
「マリア、口にドレッシングついてるわよ」
「あ、すみません! ペロリ」
平和だ。
昨日、アレクセイ殿下が空を飛び、どこかの倉庫に墜落したことなど、まるで悪い夢だったかのようだ。
私たちは誰も、その話題に触れようとしなかった。
触れたら、この平穏が壊れる気がしたからだ。
しかし。
「ごめんくださいーーっ!!」
ダダダダダッ!!
別荘の入り口から、血相を変えた村長が駆け込んできた。
手には新聞のような紙を握りしめている。
「どうしたの村長? またハーブの収穫量が増えた?」
「ち、違いますぅ! これ! これを見てくだせぇ!」
村長は震える手で、その紙をテーブルに広げた。
それは、王都から届いたばかりの『王宮号外』だった。
見出しを見た瞬間、私はコーヒーを吹き出しそうになった。
『凶悪! 悪役令嬢ミシェル、王太子を拉致監禁!』
「……ぶふっ」
「ミ、ミシェル様!?」
私は口元をナプキンで拭い、記事を凝視した。
そこには、おどろおどろしいフォントでこう書かれていた。
『元婚約者の逆恨みか!? 辺境の「闇の要塞(別荘)」に殿下を幽閉!』
『「金を出せ! さもなくば殿下の右手を切り落とす!」との脅迫状が王城に届く!』
『国軍、討伐隊を編成へ!』
「……」
私は新聞を持ったまま凍りついた。
「ルーカス」
「はい」
「これ、どういうこと?」
ルーカスが新聞を覗き込み、冷静に分析を始めた。
「ふむ……。『脅迫状』というのは、おそらく先日貴女が送り返した『着払いの手紙(添削済み)』のことですね」
「あれが脅迫状?」
「『ハンコは自分のポケットの中です』という追伸が、『(ハンコを押すための)右手を奪った』という暗喩に誤解された可能性があります」
「飛躍しすぎでしょ!」
「それに、『金を出せ』というのは、貴女が請求した『添削指導料』のことかと」
「正当な対価よ!」
私は頭を抱えた。
なんという被害妄想。
なんという情報操作。
「しかも『闇の要塞』って何よ。ただのリフォーム済みコテージじゃない」
「外壁に『幽霊注意』の看板があり、庭に筋肉少女と元騎士団長が徘徊していれば、端から見れば魔王城です」
「……否定できないのが悔しい」
その時、マリアが新聞の一角を指差した。
「あ、見てくださいミシェル様! 『目撃情報』が載ってますよ!」
記事の下の方に、小さな囲み記事があった。
『現場付近の村人の証言:昨夜、倉庫の方から「出してくれぇぇ! ここから出してくれぇぇ! 暗いよぉぉ!」という殿下の悲痛な叫び声が聞こえた。あれは間違いなく、過酷な拷問を受けている声だ』
「……」
私とルーカスとマリアは、顔を見合わせた。
「マリア」
「はい」
「昨日のアレクセイ殿下、なんて叫んでたっけ?」
「えーっと……『誰かここから出せぇぇ! 暗い! 狭い! 怖い!』でした」
「……事実ね」
「事実ですね」
監禁の事実は確定した。
ただし、犯人は私ではなく、偶然と自業自得だ。
「村長」
私は村長に向き直った。
「その『叫び声』を聞いた時、誰も助けようとしなかったの?」
「いやぁ、お嬢様……。あの倉庫は『開かずの倉庫』として有名でして。夜な夜な『王子の幽霊』が出ると噂になっていたので、てっきり村の若者が肝試しでもして閉じ込められたのかと……」
「まさか本物の王子だとは思わなかったと」
「はい。それに、『余は王太子アレクセイだ! 開けろ!』って叫んでたんで、『ああ、頭のおかしい浮浪者だな』と……」
「……まあ、そうなるわよね」
不審者扱いである。
アレクセイの威光、地に堕ちたり。
「で、どうするんですかミシェル様?」
マリアがボウルに残った野菜を平らげながら聞いた。
「このままだと、討伐隊が来ちゃいますよ? やりますか? 迎撃」
「やらないわよ。正規軍と戦争してどうするの」
「じゃあ、殿下を解放してあげますか? 今頃、倉庫の中で埃まみれになって泣いてると思いますけど」
「それも癪(しゃく)ね」
私は腕を組んだ。
怒りがふつふつと湧いてきた。
私が怒っているのは、「監禁犯」と呼ばれたことではない。
「……センスがないわ」
「はい?」
「この新聞記事よ! 『逆恨み』? 『金目当て』? 私の動機が安っぽすぎるわ!」
私はテーブルをバンと叩いた。
「私がもし本気で王太子を誘拐するなら、もっとスマートに、かつ法的にギリギリのラインで、国庫が空になるくらいの身代金を要求するわよ! こんな金貨数枚(添削料)の手紙で満足すると思われているのが、私のプライドを傷つけたわ!」
「そこですか……」
ルーカスが呆れたように言った。
「私の『悪役令嬢』としての美学に対する侮辱よ。許せない」
私は立ち上がった。
ドレスの裾を翻し、テラスの端に立つ。
「ルーカス! マリア! 出撃準備よ!」
「おっ、ついに戦争ですか!」
マリアが嬉々として丸太(ストック用)を持ち出す。
「違うわ。……『逆進軍』よ」
「逆進軍?」
「ええ。向こうが討伐隊をよこす前に、こちらから王都へ乗り込むのよ。そして、このふざけた記事を書いた記者と、誤解を広めた関係者全員を……」
私はニヤリと笑った。
「論理的に、書類と証拠で、公衆の面前で『断罪』してやるわ」
「おお……!」
ルーカスが感動に打ち震えた。
「素晴らしい……! 守るのではなく攻める。それこそがミシェル様だ!」
「ついでにアレクセイ殿下も回収していくわよ。証人として必要だからね」
「了解です! では、倉庫から引っ張り出してきます!」
マリアが倉庫へ走っていく。
数分後。
ズルズルズル……。
「はなせぇぇ! 余は王太子だぞぉぉ! 扱いが雑だぞぉぉ!」
泥だらけで、蜘蛛の巣まみれになったアレクセイが、マリアに足を引きずられて連れてこられた。
彼は私を見るなり、涙目で叫んだ。
「ミシェルぅぅ! 貴様、よくも一晩も放置したな! トイレに行きたくて死ぬかと思ったぞ!」
「あら、生きていて残念……じゃなくて、良かったですわ殿下」
私は冷ややかに見下ろした。
「ちょうど良かった。今から王都へ行きますので、ご同行願います」
「王都へ? おお、やっと帰る気になったか! 改心したか!」
「いいえ。『冤罪(えんざい)』を晴らしに行くだけです。……貴方のその口で、真実を証言していただきますからね」
「えっ、なんか目が怖いんだけど。笑顔なのに目が笑ってないんだけど」
「ルーカス、殿下を荷台へ」
「御意。……生ゴミ用の袋に入れますか?」
「さすがに可哀想だから、野菜用の麻袋でいいわ」
「おのれぇぇ! 余は野菜ではないぃぃ!」
こうして。
「悪役令嬢ミシェル、王太子を拉致」というニュースは、ある意味で現実のものとなった。
私たちは、縛り上げた(拘束した)アレクセイを荷台に乗せ、最強の布陣で王都を目指すことになったのだ。
「行くわよ! 目標、王城!」
「イエッサー!」
「筋肉パワー全開ですぅ!」
「た、助けてくれぇぇ! 父上ぇぇ!」
一行は進む。
平和なスローライフを取り戻すための、最後の戦い(プレゼンテーション)へ向けて。
しかし、王都ではすでに「ミシェル討伐隊」として、近衛騎士団の残党や、暇を持て余した冒険者たちが結集しつつあった。
テラスでの朝食は、至福の時間だった。
「コケッ!」
足元でコッコ1号が鳴き、私は焼きたての目玉焼きにナイフを入れた。
半熟の黄身がとろりと溢れ出す。
「素晴らしいわ。鮮度、焼き加減、そしてこのロケーション。五つ星ホテルでも味わえない贅沢ね」
「お気に召して光栄です。今日の卵は、特に元気なコッコ3号が産んだものです」
エプロン姿のルーカスが、恭しくコーヒーを注いでくれる。
その横で、マリアが巨大なボウルに入ったサラダ(洗面器サイズ)をバリバリと食べていた。
「ん~っ! 今日も野菜が美味しいですぅ! 筋肉が『もっと負荷をくれ』と喜んでいます!」
「マリア、口にドレッシングついてるわよ」
「あ、すみません! ペロリ」
平和だ。
昨日、アレクセイ殿下が空を飛び、どこかの倉庫に墜落したことなど、まるで悪い夢だったかのようだ。
私たちは誰も、その話題に触れようとしなかった。
触れたら、この平穏が壊れる気がしたからだ。
しかし。
「ごめんくださいーーっ!!」
ダダダダダッ!!
別荘の入り口から、血相を変えた村長が駆け込んできた。
手には新聞のような紙を握りしめている。
「どうしたの村長? またハーブの収穫量が増えた?」
「ち、違いますぅ! これ! これを見てくだせぇ!」
村長は震える手で、その紙をテーブルに広げた。
それは、王都から届いたばかりの『王宮号外』だった。
見出しを見た瞬間、私はコーヒーを吹き出しそうになった。
『凶悪! 悪役令嬢ミシェル、王太子を拉致監禁!』
「……ぶふっ」
「ミ、ミシェル様!?」
私は口元をナプキンで拭い、記事を凝視した。
そこには、おどろおどろしいフォントでこう書かれていた。
『元婚約者の逆恨みか!? 辺境の「闇の要塞(別荘)」に殿下を幽閉!』
『「金を出せ! さもなくば殿下の右手を切り落とす!」との脅迫状が王城に届く!』
『国軍、討伐隊を編成へ!』
「……」
私は新聞を持ったまま凍りついた。
「ルーカス」
「はい」
「これ、どういうこと?」
ルーカスが新聞を覗き込み、冷静に分析を始めた。
「ふむ……。『脅迫状』というのは、おそらく先日貴女が送り返した『着払いの手紙(添削済み)』のことですね」
「あれが脅迫状?」
「『ハンコは自分のポケットの中です』という追伸が、『(ハンコを押すための)右手を奪った』という暗喩に誤解された可能性があります」
「飛躍しすぎでしょ!」
「それに、『金を出せ』というのは、貴女が請求した『添削指導料』のことかと」
「正当な対価よ!」
私は頭を抱えた。
なんという被害妄想。
なんという情報操作。
「しかも『闇の要塞』って何よ。ただのリフォーム済みコテージじゃない」
「外壁に『幽霊注意』の看板があり、庭に筋肉少女と元騎士団長が徘徊していれば、端から見れば魔王城です」
「……否定できないのが悔しい」
その時、マリアが新聞の一角を指差した。
「あ、見てくださいミシェル様! 『目撃情報』が載ってますよ!」
記事の下の方に、小さな囲み記事があった。
『現場付近の村人の証言:昨夜、倉庫の方から「出してくれぇぇ! ここから出してくれぇぇ! 暗いよぉぉ!」という殿下の悲痛な叫び声が聞こえた。あれは間違いなく、過酷な拷問を受けている声だ』
「……」
私とルーカスとマリアは、顔を見合わせた。
「マリア」
「はい」
「昨日のアレクセイ殿下、なんて叫んでたっけ?」
「えーっと……『誰かここから出せぇぇ! 暗い! 狭い! 怖い!』でした」
「……事実ね」
「事実ですね」
監禁の事実は確定した。
ただし、犯人は私ではなく、偶然と自業自得だ。
「村長」
私は村長に向き直った。
「その『叫び声』を聞いた時、誰も助けようとしなかったの?」
「いやぁ、お嬢様……。あの倉庫は『開かずの倉庫』として有名でして。夜な夜な『王子の幽霊』が出ると噂になっていたので、てっきり村の若者が肝試しでもして閉じ込められたのかと……」
「まさか本物の王子だとは思わなかったと」
「はい。それに、『余は王太子アレクセイだ! 開けろ!』って叫んでたんで、『ああ、頭のおかしい浮浪者だな』と……」
「……まあ、そうなるわよね」
不審者扱いである。
アレクセイの威光、地に堕ちたり。
「で、どうするんですかミシェル様?」
マリアがボウルに残った野菜を平らげながら聞いた。
「このままだと、討伐隊が来ちゃいますよ? やりますか? 迎撃」
「やらないわよ。正規軍と戦争してどうするの」
「じゃあ、殿下を解放してあげますか? 今頃、倉庫の中で埃まみれになって泣いてると思いますけど」
「それも癪(しゃく)ね」
私は腕を組んだ。
怒りがふつふつと湧いてきた。
私が怒っているのは、「監禁犯」と呼ばれたことではない。
「……センスがないわ」
「はい?」
「この新聞記事よ! 『逆恨み』? 『金目当て』? 私の動機が安っぽすぎるわ!」
私はテーブルをバンと叩いた。
「私がもし本気で王太子を誘拐するなら、もっとスマートに、かつ法的にギリギリのラインで、国庫が空になるくらいの身代金を要求するわよ! こんな金貨数枚(添削料)の手紙で満足すると思われているのが、私のプライドを傷つけたわ!」
「そこですか……」
ルーカスが呆れたように言った。
「私の『悪役令嬢』としての美学に対する侮辱よ。許せない」
私は立ち上がった。
ドレスの裾を翻し、テラスの端に立つ。
「ルーカス! マリア! 出撃準備よ!」
「おっ、ついに戦争ですか!」
マリアが嬉々として丸太(ストック用)を持ち出す。
「違うわ。……『逆進軍』よ」
「逆進軍?」
「ええ。向こうが討伐隊をよこす前に、こちらから王都へ乗り込むのよ。そして、このふざけた記事を書いた記者と、誤解を広めた関係者全員を……」
私はニヤリと笑った。
「論理的に、書類と証拠で、公衆の面前で『断罪』してやるわ」
「おお……!」
ルーカスが感動に打ち震えた。
「素晴らしい……! 守るのではなく攻める。それこそがミシェル様だ!」
「ついでにアレクセイ殿下も回収していくわよ。証人として必要だからね」
「了解です! では、倉庫から引っ張り出してきます!」
マリアが倉庫へ走っていく。
数分後。
ズルズルズル……。
「はなせぇぇ! 余は王太子だぞぉぉ! 扱いが雑だぞぉぉ!」
泥だらけで、蜘蛛の巣まみれになったアレクセイが、マリアに足を引きずられて連れてこられた。
彼は私を見るなり、涙目で叫んだ。
「ミシェルぅぅ! 貴様、よくも一晩も放置したな! トイレに行きたくて死ぬかと思ったぞ!」
「あら、生きていて残念……じゃなくて、良かったですわ殿下」
私は冷ややかに見下ろした。
「ちょうど良かった。今から王都へ行きますので、ご同行願います」
「王都へ? おお、やっと帰る気になったか! 改心したか!」
「いいえ。『冤罪(えんざい)』を晴らしに行くだけです。……貴方のその口で、真実を証言していただきますからね」
「えっ、なんか目が怖いんだけど。笑顔なのに目が笑ってないんだけど」
「ルーカス、殿下を荷台へ」
「御意。……生ゴミ用の袋に入れますか?」
「さすがに可哀想だから、野菜用の麻袋でいいわ」
「おのれぇぇ! 余は野菜ではないぃぃ!」
こうして。
「悪役令嬢ミシェル、王太子を拉致」というニュースは、ある意味で現実のものとなった。
私たちは、縛り上げた(拘束した)アレクセイを荷台に乗せ、最強の布陣で王都を目指すことになったのだ。
「行くわよ! 目標、王城!」
「イエッサー!」
「筋肉パワー全開ですぅ!」
「た、助けてくれぇぇ! 父上ぇぇ!」
一行は進む。
平和なスローライフを取り戻すための、最後の戦い(プレゼンテーション)へ向けて。
しかし、王都ではすでに「ミシェル討伐隊」として、近衛騎士団の残党や、暇を持て余した冒険者たちが結集しつつあった。
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