周囲が放っておいてくれません!悪役令嬢は自由なりたい!

黒猫かの

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「止まれぇぇぇ!! 全車、停止せよ!!」

王都への街道にある主要関所「鉄壁の門」。

普段は商人の馬車が行き交うだけの場所だが、今日は違っていた。

重厚なバリケードが築かれ、数十人の兵士たちが槍を構えて待ち構えている。

私たちの馬車が近づくと、隊長らしき男が拡声器を使って叫んだ。

「そこまでだ! 凶悪犯ミシェル・フォン・ローゼン! 完全に包囲されている! 無駄な抵抗はやめて投降しろ!」

馬車が停止する。

御者台のルーカスが、静かに手綱を引いた。

「……ミシェル様。完全にロックオンされています」

「数は?」

「歩兵が三十、弓兵が十。……マリアなら3分、私なら1分で全滅させられますが」

「全滅させないで」

私は馬車の窓から顔を出した。

「殺生は禁止よ。あと、器物損耗も控えて。修理費を請求されるのは私なんだから」

「では、どうしますか?」

後ろの荷台で、野菜袋に詰められたアレクセイがモゴモゴと動いた。

「んぐぐ! ぷはっ!」

彼は顔だけを出して叫んだ。

「お、おい! あれは王宮守備隊だ! 助けを求めれば……」

「黙ってて、荷物」

私はアレクセイの頭を指で押し込み(デコピンではない)、馬車の扉を開けた。

「私が行くわ」

「ミシェル様? 丸腰で?」

「武器ならあるわ」

私は小脇に一冊の分厚い本を抱えていた。

『王国法典・完全版(六法全書)』だ。

「マリア、貴女は威圧担当。ルーカスは記録係。……いいこと? 私の合図があるまで手を出さないでね」

私は優雅に馬車から降りた。

コツ、コツ、コツ。

ヒールの音が乾いた地面に響く。

兵士たちが一斉にざわめいた。

「お、おい……出てきたぞ……」

「武器を持っていない……? いや、あの本は何だ? 魔導書か?」

「気をつけろ! あいつは王太子殿下を拉致した魔女だ!」

隊長が剣を抜いて前に出た。

「動くな! それ以上近づけば発砲する!」

私はピタリと足を止めた。

そして、扇子を開いて口元を隠し、冷ややかな視線を隊長に突き刺した。

「……喧しいわね」

「なっ……」

「公道において、貴族の馬車を理由なく停止させ、武器を向ける。……これが何を意味するか、わかっていて?」

私の声は決して大きくない。

だが、よく通る声だ。

隊長が怯みつつも言い返す。

「り、理由は明確だ! 貴様は王太子誘拐の容疑者として指名手配されている! おとなしく縛につけ!」

「誘拐?」

私は小首をかしげた。

「証拠は?」

「は? 証拠だと?」

「ええ。私が殿下を誘拐したという物的証拠はあるのかしら? 脅迫状? あれはただの添削指導よ。目撃証言? あれは殿下が勝手に倉庫に入って出られなくなっただけよ」

「へ、屁理屈を言うな! 現に今、殿下を連れているではないか!」

隊長が馬車を指差した。

「その馬車の中に殿下がいることはわかっている! 即時解放せよ!」

「ああ、あれですか」

私はため息をついた。

「あれは『誘拐』ではありません。『返品』です」

「へん……ぴん……?」

「ええ。機能不全を起こした不良品(王太子)を、製造元(王城)に送り返す途中です。むしろ感謝していただきたいくらいですわ」

「貴様! 殿下を不良品呼ばわりとは不敬罪だぞ!」

「事実陳列罪の間違いでは?」

隊長が顔を真っ赤にして怒鳴った。

「ええい、問答無用だ! 総員、突撃! その魔女を捕らえろ!」

兵士たちが動き出そうとした。

その瞬間。

私は抱えていた法典をバサリと開いた。

「止まりなさい」

鋭い声。

「貴方たち、公務員法第15条をご存知かしら?」

「は?」

「『正当な手続きを経ない逮捕・拘束の禁止』。貴方たち、私への逮捕状を持ってる?」

「た、逮捕状だと? 緊急時だぞ!」

「緊急時特例措置法第4条。『貴族に対する緊急逮捕は、国王または宰相の直筆サイン入りの令状を必要とする』。……持ってるの?」

「そ、それは……後で発行されるはずだ!」

「つまり今は持っていない。無免許運転と同じね」

私は一歩踏み出した。

「さらに、道路交通法第32条違反。そのバリケードの設置許可証は見当たらないけれど? 設置から24時間以内の申請が必要よ」

「ぐっ……」

「そして極め付けは、労働基準法違反ね」

私は兵士たちの顔を見渡した。

「貴方たち、目の下にクマができているわよ。最後の休息はいつ?」

兵士たちがビクリとした。

「……そ、そういえば、ここ三日間、不眠不休で……」

「残業手当は出ているの? 休日出勤手当は? 装備の手入れも行き届いていないわね。その槍、錆びてるわよ。備品管理規定第8条違反」

私はマシンガンのように言葉を浴びせた。

「手続き不備、書類不備、装備不良、そして労務管理の欠如。……こんな杜撰(ずさん)な部隊に、私を捕まえる資格があるとでも?」

「う、うるさい! うるさいうるさい!」

隊長が錯乱気味に剣を振り回した。

「書類なんてどうでもいいんだよ! 俺たちは王命を受けているんだ!」

「王命? 口頭での命令かしら? 記録に残らない命令は、失敗した時に『そんなこと言っていない』とトカゲの尻尾切りにされるのがオチよ?」

「っ!!」

隊長の動きが止まった。

図星だったらしい。

私は畳み掛ける。

「いいこと? 私はこれから王城へ行って『監査』をするの。この国の腐った行政を叩き直すためにね」

私はニッコリと笑った。

「もしここで私を通せば、貴方たちの『不備』は見逃してあげる。でも、もしこれ以上邪魔をするなら……」

私は手帳を取り出した。

「貴方たちの名前と所属を全て控え、王城へ着いた瞬間に人事局へ通報するわ。『彼らは令状もなく公爵令嬢を襲いました』とね。……懲戒免職は確実ね」

「ちょ、懲戒……!?」

「退職金も出ないわよ?」

「再就職も絶望的ね」

兵士たちの顔から血の気が引いていく。

彼らにとって、ミシェルの「法と人事権をチラつかせた脅し」は、マリアの筋肉よりも遥かに恐ろしいものだった。

公務員にとって、最大の敵は魔王ではない。

『人事査定』なのだ。

「ど、どうする隊長……俺、家のローンが……」

「俺も来月子供が生まれるんだ……クビはまずい……」

兵士たちの戦意が、音を立てて崩れ去っていく。

隊長は剣を握る手を震わせていた。

「くっ……くそぉぉ……!」

彼は苦渋の決断を下した。

「……道を……空けろ」

「隊長!?」

「聞こえないのか! 道を空けろと言っているんだ! ……我々は何も見ていない! ただの『農作物を運ぶ馬車』が通るだけだ!」

「り、了解!」

ギギギギギ……。

重厚なバリケードが、左右に開かれた。

兵士たちが道を開け、一斉に背を向ける(見なかったことにするため)。

私はパタンと法典を閉じた。

「賢明な判断ね。お疲れ様」

私は再び馬車に乗り込んだ。

「出したまえ、ルーカスくん」

「……恐れ入りました」

ルーカスは感嘆のため息を漏らしながら馬車を出した。

「剣を一振りもせず、法典だけで関所を落とすとは……。貴女の舌鋒は、名刀よりも鋭い」

「ただの正論よ。痛いところを突かれただけ」

馬車が関所を通過する。

荷台のアレクセイが、信じられないものを見る目で私を見ていた。

「お前……あいつらを脅したのか?」

「いいえ。コンプライアンス順守を推奨しただけです」

「……悪魔だ。お前はやっぱり悪魔だ」

「あら、天使のように慈悲深かったでしょう? クビにせず済ませてあげたのだから」

関所を抜けると、王都の外壁が見えてきた。

そこには、さらなる大軍が待ち構えているはずだ。

「さて、次はどう来るかしら」

私が呟くと、マリアが窓から身を乗り出した。

「ミシェル様! 見てください! 城門の前に、なんかすごいのがあります!」

「すごいもの?」

目を凝らすと、王都の正門の前に、巨大な黄金の像が立っていた。

アレクセイを模した、巨大な銅像だ。

そして、その足元には無数の兵士たちと、なぜか「ミシェル歓迎」の横断幕。

「……何あれ」

「どうやら、力攻めでも法攻めでもなく……『トンチキ攻め』で来るようですね」

ルーカスが遠い目をした。

王都はもう目の前。

だが、そこはすでに私の知っている王都ではなく、アレクセイの(父王の?)暴走によってカオスなテーマパークと化していたのである。

「……帰りたくない」

私の本音が漏れた瞬間だった。
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