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街道を歩き始めて数日。私たちはついに、隣国アステリア王国の国境を越えました。
検問はシオンさんの不思議なコネ(自称:顔の広い商人)のおかげで、驚くほどあっさりと通過。
目の前に広がるのは、我が国の牧歌的な風景とは少し違う、より洗練された、どこか活気に満ちた街並みでした。
「おーっほっほっほ! ついに国外逃亡成功ですわ! 見てください、シオンさん! 空気の味が、なんだかスパイシーですわ!」
「それは単に、近くの屋台でカレーを煮込んでいるからじゃないかな」
シオンさんは私の浮かれぶりに呆れつつも、そっと歩調を合わせてくれます。
ふと、彼は立ち止まって、私の顔をまじまじと見つめました。
「ところでリオナ。君、これからどうするつもりだい? 宝石を売ったお金はあるだろうけど、それもいつかは底を突く」
「あら、鋭いところを突きますわね。……ふふふ、ご安心を。私はこう見えても、公爵家で培った『家計管理』と『人心掌握』のプロ。どこかの商家にでも入り込んで、敏腕マネージャーとして君臨してやるつもりですわ!」
「……君が商家に入ったら、三日で店主が過労で倒れるか、在庫の食べ物が全て君の胃袋に消えるかの二択になりそうだね」
シオンさんは溜息をつき、顎に手を当てて考え込みました。
そして、何かを決意したように、私に向かって手を差し出しました。
「なら、うちで働かないかい?」
「……はい?」
私は思わず、手に持っていた(いつの間にか買っていた)揚げパンを落としそうになりました。
再就職の誘い。それも、この謎だらけの美青年からです。
「うち、と言いますと……シオンさんは商人なのでしょう? 私に荷物運びでもやらせるおつもり? これでも公爵令嬢ですのよ。重いものは、自分のプライドと宝石箱以外持ったことがありませんわ!」
「ははは、そんなことはさせないさ。私の実家は、これでもそれなりの規模の屋敷でね。……そうだ、ちょうど『侍女』に空きがあるんだ。君なら、いい刺激になると思ってね」
「侍女! 私が、侍女に!?」
私はその言葉を口の中で転がしました。
かつては十数人の侍女に傅かれていたこの私が、今度は逆の立場になる。
……なんて、なんて面白そうな響きかしら!
「シオンさん、それですわ! 『元悪役令嬢が、隣国で完璧な侍女を目指す』。……素晴らしい! 全米が泣くほどの大逆転劇ではありませんこと!」
「全米が何なのかは知らないが、やる気があるのはいいことだ。……ただ、侍女の仕事は厳しいよ? 掃除、洗濯、主人の身の回りの世話。君に務まるかな?」
「侮らないでちょうだい! 掃除なら、ヴィンス王子の鼻毛を掃除するよりは簡単でしょうし、洗濯も、ドロドロに腐った王都の人間関係を洗うよりはマシですわ!」
私は腰に手を当て、自信満々に胸を張りました。
シオンさんは「例えが酷すぎるな」と呟きながら、私の条件を提示してきました。
「給与は相場より高く出そう。三食昼寝付き、制服支給。ただし、主人の命令は絶対。……これで行けるかい?」
「三食昼寝付き! その言葉、公爵家の家訓に加えるべきでしたわ! 承諾いたしますわ、シオンさん! 今日から私は、貴方の……いえ、その屋敷の忠実なしもべとして生まれ変わりますわ!」
「……忠実、ね。期待はしていないけれど、退屈だけはしなさそうだ」
シオンさんの瞳が、どこか楽しげに、そして獲物を見つけた狩人のように怪しく光りました。
私はその時、彼が「それなりの規模の屋敷」と言ったのが、実はとんでもない場所であることをまだ知らないのでした。
「さあ、決まりだ。明日にはその『屋敷』に着く。今日は最後に、この街で一番旨い肉を食べて精をつけよう」
「まあ! 最高ですわ! シオンさん、貴方についてきて正解でしたわ。……あ、注文は私がやりますわよ。侍女としての修行の第一歩ですわ!」
私はまだ見ぬ再就職先への期待を胸に、意気揚々とレストランへと駆け込みました。
元悪役令嬢、リオナ。
ついに「労働」という名の未知の冒険に足を踏み入れることになったのです。
「……侍女、か。まあ、彼女が私のそばにいる理由としては、それが一番角が立たないからね」
シオンは、彼女の騒がしい背中を追いながら、誰にも聞こえない声で呟きました。
アステリア王国の第一王子、シオン・アステリア。
彼が連れ帰る「史上最強に騒がしい侍女」の登場に、隣国の王宮が激震するのは、もうすぐのことでした。
検問はシオンさんの不思議なコネ(自称:顔の広い商人)のおかげで、驚くほどあっさりと通過。
目の前に広がるのは、我が国の牧歌的な風景とは少し違う、より洗練された、どこか活気に満ちた街並みでした。
「おーっほっほっほ! ついに国外逃亡成功ですわ! 見てください、シオンさん! 空気の味が、なんだかスパイシーですわ!」
「それは単に、近くの屋台でカレーを煮込んでいるからじゃないかな」
シオンさんは私の浮かれぶりに呆れつつも、そっと歩調を合わせてくれます。
ふと、彼は立ち止まって、私の顔をまじまじと見つめました。
「ところでリオナ。君、これからどうするつもりだい? 宝石を売ったお金はあるだろうけど、それもいつかは底を突く」
「あら、鋭いところを突きますわね。……ふふふ、ご安心を。私はこう見えても、公爵家で培った『家計管理』と『人心掌握』のプロ。どこかの商家にでも入り込んで、敏腕マネージャーとして君臨してやるつもりですわ!」
「……君が商家に入ったら、三日で店主が過労で倒れるか、在庫の食べ物が全て君の胃袋に消えるかの二択になりそうだね」
シオンさんは溜息をつき、顎に手を当てて考え込みました。
そして、何かを決意したように、私に向かって手を差し出しました。
「なら、うちで働かないかい?」
「……はい?」
私は思わず、手に持っていた(いつの間にか買っていた)揚げパンを落としそうになりました。
再就職の誘い。それも、この謎だらけの美青年からです。
「うち、と言いますと……シオンさんは商人なのでしょう? 私に荷物運びでもやらせるおつもり? これでも公爵令嬢ですのよ。重いものは、自分のプライドと宝石箱以外持ったことがありませんわ!」
「ははは、そんなことはさせないさ。私の実家は、これでもそれなりの規模の屋敷でね。……そうだ、ちょうど『侍女』に空きがあるんだ。君なら、いい刺激になると思ってね」
「侍女! 私が、侍女に!?」
私はその言葉を口の中で転がしました。
かつては十数人の侍女に傅かれていたこの私が、今度は逆の立場になる。
……なんて、なんて面白そうな響きかしら!
「シオンさん、それですわ! 『元悪役令嬢が、隣国で完璧な侍女を目指す』。……素晴らしい! 全米が泣くほどの大逆転劇ではありませんこと!」
「全米が何なのかは知らないが、やる気があるのはいいことだ。……ただ、侍女の仕事は厳しいよ? 掃除、洗濯、主人の身の回りの世話。君に務まるかな?」
「侮らないでちょうだい! 掃除なら、ヴィンス王子の鼻毛を掃除するよりは簡単でしょうし、洗濯も、ドロドロに腐った王都の人間関係を洗うよりはマシですわ!」
私は腰に手を当て、自信満々に胸を張りました。
シオンさんは「例えが酷すぎるな」と呟きながら、私の条件を提示してきました。
「給与は相場より高く出そう。三食昼寝付き、制服支給。ただし、主人の命令は絶対。……これで行けるかい?」
「三食昼寝付き! その言葉、公爵家の家訓に加えるべきでしたわ! 承諾いたしますわ、シオンさん! 今日から私は、貴方の……いえ、その屋敷の忠実なしもべとして生まれ変わりますわ!」
「……忠実、ね。期待はしていないけれど、退屈だけはしなさそうだ」
シオンさんの瞳が、どこか楽しげに、そして獲物を見つけた狩人のように怪しく光りました。
私はその時、彼が「それなりの規模の屋敷」と言ったのが、実はとんでもない場所であることをまだ知らないのでした。
「さあ、決まりだ。明日にはその『屋敷』に着く。今日は最後に、この街で一番旨い肉を食べて精をつけよう」
「まあ! 最高ですわ! シオンさん、貴方についてきて正解でしたわ。……あ、注文は私がやりますわよ。侍女としての修行の第一歩ですわ!」
私はまだ見ぬ再就職先への期待を胸に、意気揚々とレストランへと駆け込みました。
元悪役令嬢、リオナ。
ついに「労働」という名の未知の冒険に足を踏み入れることになったのです。
「……侍女、か。まあ、彼女が私のそばにいる理由としては、それが一番角が立たないからね」
シオンは、彼女の騒がしい背中を追いながら、誰にも聞こえない声で呟きました。
アステリア王国の第一王子、シオン・アステリア。
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