Goodbye, weakness.

 例年に比べて長く続いた梅雨が明け、夏の始まりを報せる蝉の声が一斉に響きだした八月某日。
 とあるニュースが日本全土を震撼させた。

『女優 東雲すみか(28)死亡 自宅で首吊り自殺か』

 そのあまりにも早すぎる訃報はたちまちSNS上で拡散され、多くの悲しみの声と共に夏日最初のトップニュースを飾った。
 各新聞やテレビの報道番組では、彼女の死を悼む言葉と共に女優〈東雲すみか〉が残した多くの功績を称える特集が組まれ、彼女の死の真相や発見に至るまでの経緯が記事として、議論として、多くの人の目に留まった。

 特別、彼女に興味があったわけではないし、強い憧れや好意を抱いていたわけでもない。ましてやファンですらなかったと思う。
 彼女が普段どんな表情で大衆の前に姿を見せていたのか、どんな演技で大衆を魅了していたのか、外の世界と隔絶した生活を送っていた僕はほとんど知らない。

 ——だけど。

 ……たった一度だけ、彼女と二人きりで話をしたことがある。

 木陰に響く蝉時雨。
 アスファルトを焦がす夏の日差し。
 どこまでも澄んだ青い空と、天まで届く真っ白な入道雲。
 時折海からやって来る潮風と、幻影のように漂い続ける煙草の煙。

 忘れもしない。
 暑い暑い八月の、僕と彼女だけが知っている、あの夏の日の記憶——。
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