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第1唱 変転する世界とラピスの日常
月下師匠
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「大魔法使い……?」
「ああ、そうだ。……なんだ反応薄いな?」
落ち着けと言っておきながら、もっと大きな反応を期待していたのか不満そうである。ラピスはすごく困ってしまった。
「あの、魔法使いというのは」
「ん?」
「魔法使いになりきる遊びの最中……とかですか?」
三度手刀を下ろされて、ラピスは「あいたっ」と声を上げた。痛くないのだが。
「なんで俺がひとり夜の森で、魔法使いごっこをせねばならんのだ。なぜそうなる。お前だって、魔法使いの存在くらい知ってるだろうが」
「あ、はい。知ってはいますが……」
そう。ラピスとて、知識として『魔法使い』と呼ばれる人たちがいるのは知っている。だが亡き母からは繰り返し……
『魔法使いというのは、遠い世界の人々のことよ。まったく別の世界の話なのよ』
そう言い聞かせられてきた。
母のその意見は徹底していて、家庭教師がついていた頃も、魔法使いの話題になった途端に『奥様から、魔法と魔法使いについての教示は不要と言われているんだ』と、すまなそうに別の話に変えられてしまったものだ。
今にして思えば、母にしては強引な言い分だった気もする。
が、そのときもラピスは深く追求することなく済ませてしまっていた。
そこには、病気がちだった母に対して、反発したり心配させたりしないようにしようという、ラピスなりの気遣いもあったのだけれど。
しかし今ラピスは、目の前にいる初対面の人に対し、
(この人に嫌われたくない)
そんな想いが強くなる一方だった。
会ったばかりの、得体の知れない大人だというのに、本当に不思議だけれど。
だから正直に打ち明けた。
「僕、魔法使いというのは、遠い世界の人だと教わったのです」
すると青年の口が、「は?」のかたちに、ぱかっとひらいた。
「遠いって……自分だって魔法を使うだろうに、なに言ってんだ」
今度はラピスの口が「はひ?」とひらく。
「僕が? 魔法? ……え?」
「お前まさか、本当に知らんのか。自覚もなく竜といるのか。ああ、だから『竜の書』のことも……」
青年の青白く照らされた表情が、呆れ顔から驚愕、困惑へと変わっていく。
(どんな顔をしてもかっこいい人だなぁ)
呑気に観察してしまったが、腕の中で幼竜が「キュッ」と動いたので、それどころではないと思い出した。
「あの、あの。魔法やこの本のことも、すっごく知りたいのですけど……まずはこの竜の子を、どうにかしないといけないのです」
「うん? ああ、そうか。じゃあまず、そいつを保護した経緯について話してみろ」
ラピスは話した。
森でよく竜に会うこと、歌を聴くこと、歌の内容から怪我した幼竜がいると知ったこと、仕方なく家に連れ帰ったことなど……ここに至るまでのすべてを。
母の『秘密にしなさい』という言いつけを、忘れたわけではない。
だがこの青年は、ひと目でラピスは竜の子を盗んではいないと見抜いてくれた上、いきなり出現した謎の本についても、詳しく知っているようだし。
それに……竜の子が、まったく警戒していない。
ラピスにはわかる。幼竜は義兄たちには、もっと怯えていた。
そしてなによりラピス自身が、この人ともっと話したかった。
この人なら、わかってくれる気がした。
竜の素晴らしさを。尊さを。
いろんなことを教えてくれる優しさと、知性を。
独りぼっちになったラピスに、何度も歌を聴かせてくれたことへの、尽きることのない感謝を。
夢中で喋っているあいだ、青年はとき折り質問を挟んだだけで、黙って耳を傾けてくれた。
ラピスを先刻と同じ切り株に座らせ、自分の外套をかぶせてくれて。自身は腕を組み、手近な木の幹に寄りかかっていた。
あれほど凍えた秋の夜気も、もう感じない。
それこそ、魔法をかけられたみたいに。
心身共にぽかぽかと、日向ぼっこをしているような心地よさで。
説明を終えたラピスに、青年は「ふむ」とうなずいた。
「わかった」
「わかったんですか? すごい、何がわかったのですか? 竜の子についてですか?」
青年は「いや」と首を横に振り、なぜか満足げに笑った。
「ラピんこ。お前は、俺の弟子になれ」
「……弟子?」
「ああ、そうだ。この大魔法使いクロヴィス・グレゴワール様が師匠となって、無知なお前に『聴き手』たる『竜識』の真髄を叩き込んでやる。ありがたく思え」
ラピスは言葉を失って、あんぐりと口をあけた。
そして、やはり目の前の人は、月の化身なのではと思う。
そうでなければ、どうして初対面の人の、この意味もわからぬ提案に、こんなにどきどき胸が高鳴るのだろう。
送られた言葉が星のように、きらきらと胸で光るのだろう。
――とうとう『出会った』のだ、と。確信しているのだろう。
そのとき、「キュウッ」と鳴いた幼竜の大きな瞳に、流れ星が映った。
見上げた空に、流星群。
いくつもいくつも、あふれ出るように。
「わあ……!」
感嘆の声を上げながら、遠い日の母の言葉が、ラピスの心で瞬いた。
――『本当の本当に、心から信じられる人に出会ったら、そのときは打ち明けてもいいわ。母様がそのように、竜に頼んでおいてあげましょう。打ち明けるべきとき、打ち明けるべき人に、出会えるように』――
「ああ、そうだ。……なんだ反応薄いな?」
落ち着けと言っておきながら、もっと大きな反応を期待していたのか不満そうである。ラピスはすごく困ってしまった。
「あの、魔法使いというのは」
「ん?」
「魔法使いになりきる遊びの最中……とかですか?」
三度手刀を下ろされて、ラピスは「あいたっ」と声を上げた。痛くないのだが。
「なんで俺がひとり夜の森で、魔法使いごっこをせねばならんのだ。なぜそうなる。お前だって、魔法使いの存在くらい知ってるだろうが」
「あ、はい。知ってはいますが……」
そう。ラピスとて、知識として『魔法使い』と呼ばれる人たちがいるのは知っている。だが亡き母からは繰り返し……
『魔法使いというのは、遠い世界の人々のことよ。まったく別の世界の話なのよ』
そう言い聞かせられてきた。
母のその意見は徹底していて、家庭教師がついていた頃も、魔法使いの話題になった途端に『奥様から、魔法と魔法使いについての教示は不要と言われているんだ』と、すまなそうに別の話に変えられてしまったものだ。
今にして思えば、母にしては強引な言い分だった気もする。
が、そのときもラピスは深く追求することなく済ませてしまっていた。
そこには、病気がちだった母に対して、反発したり心配させたりしないようにしようという、ラピスなりの気遣いもあったのだけれど。
しかし今ラピスは、目の前にいる初対面の人に対し、
(この人に嫌われたくない)
そんな想いが強くなる一方だった。
会ったばかりの、得体の知れない大人だというのに、本当に不思議だけれど。
だから正直に打ち明けた。
「僕、魔法使いというのは、遠い世界の人だと教わったのです」
すると青年の口が、「は?」のかたちに、ぱかっとひらいた。
「遠いって……自分だって魔法を使うだろうに、なに言ってんだ」
今度はラピスの口が「はひ?」とひらく。
「僕が? 魔法? ……え?」
「お前まさか、本当に知らんのか。自覚もなく竜といるのか。ああ、だから『竜の書』のことも……」
青年の青白く照らされた表情が、呆れ顔から驚愕、困惑へと変わっていく。
(どんな顔をしてもかっこいい人だなぁ)
呑気に観察してしまったが、腕の中で幼竜が「キュッ」と動いたので、それどころではないと思い出した。
「あの、あの。魔法やこの本のことも、すっごく知りたいのですけど……まずはこの竜の子を、どうにかしないといけないのです」
「うん? ああ、そうか。じゃあまず、そいつを保護した経緯について話してみろ」
ラピスは話した。
森でよく竜に会うこと、歌を聴くこと、歌の内容から怪我した幼竜がいると知ったこと、仕方なく家に連れ帰ったことなど……ここに至るまでのすべてを。
母の『秘密にしなさい』という言いつけを、忘れたわけではない。
だがこの青年は、ひと目でラピスは竜の子を盗んではいないと見抜いてくれた上、いきなり出現した謎の本についても、詳しく知っているようだし。
それに……竜の子が、まったく警戒していない。
ラピスにはわかる。幼竜は義兄たちには、もっと怯えていた。
そしてなによりラピス自身が、この人ともっと話したかった。
この人なら、わかってくれる気がした。
竜の素晴らしさを。尊さを。
いろんなことを教えてくれる優しさと、知性を。
独りぼっちになったラピスに、何度も歌を聴かせてくれたことへの、尽きることのない感謝を。
夢中で喋っているあいだ、青年はとき折り質問を挟んだだけで、黙って耳を傾けてくれた。
ラピスを先刻と同じ切り株に座らせ、自分の外套をかぶせてくれて。自身は腕を組み、手近な木の幹に寄りかかっていた。
あれほど凍えた秋の夜気も、もう感じない。
それこそ、魔法をかけられたみたいに。
心身共にぽかぽかと、日向ぼっこをしているような心地よさで。
説明を終えたラピスに、青年は「ふむ」とうなずいた。
「わかった」
「わかったんですか? すごい、何がわかったのですか? 竜の子についてですか?」
青年は「いや」と首を横に振り、なぜか満足げに笑った。
「ラピんこ。お前は、俺の弟子になれ」
「……弟子?」
「ああ、そうだ。この大魔法使いクロヴィス・グレゴワール様が師匠となって、無知なお前に『聴き手』たる『竜識』の真髄を叩き込んでやる。ありがたく思え」
ラピスは言葉を失って、あんぐりと口をあけた。
そして、やはり目の前の人は、月の化身なのではと思う。
そうでなければ、どうして初対面の人の、この意味もわからぬ提案に、こんなにどきどき胸が高鳴るのだろう。
送られた言葉が星のように、きらきらと胸で光るのだろう。
――とうとう『出会った』のだ、と。確信しているのだろう。
そのとき、「キュウッ」と鳴いた幼竜の大きな瞳に、流れ星が映った。
見上げた空に、流星群。
いくつもいくつも、あふれ出るように。
「わあ……!」
感嘆の声を上げながら、遠い日の母の言葉が、ラピスの心で瞬いた。
――『本当の本当に、心から信じられる人に出会ったら、そのときは打ち明けてもいいわ。母様がそのように、竜に頼んでおいてあげましょう。打ち明けるべきとき、打ち明けるべき人に、出会えるように』――
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