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第二章 平民ライフ稼働編

45.彼女と彼には来客が多い。

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(side リディア)
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 やっとお弁当屋さんをオープンできたわ。

 ここに来るまで長かった。
 ………ほぼ自業自得ではあるけれど。

 いや、だからと言ってね?
 わたしだって、無駄に仕事を増やしたいわけじゃないのよ。
 これでも、やらなくてもいいことはやりたくない派なのよ?

 でも、便利な生活をしていた記憶があれやこれやと提案してくる。
 それでうっかり口にしてしまって。今の事態を引き起こしている。

 周りの人たちにはいい迷惑だとも思ってるんだけど。
 彼らは、結果いいことだからって、笑顔で色々引き受けてくれて。
 それに甘えまくっているのよね。

 でも、さすがに、最近はやらかしすぎだと思うから。
 しばらくは自重するつもり。

 この世界が発展するのはいいことだと思う。
 でも、やっぱり急激な変化は良くないことも生み出すはずだから。
 争いとか強奪とか、そういうことを考える人もいるかもしれないもの。
 今のところ、わたしの周りでそう言うことは起きていないけど、可能性がないわけではないものね。

 ということで、レンダルの畑改革案を粗方出し終えた今は。
 お弁当屋さんに集中しているのよ。

 ラディには、きっとまた何か思い付いちゃうと思うよ?って言われたけど。
 自重してやるわよ?

 だってお弁当屋さんはわたしがやりたくてやっとオープンしたお店だもの。
 成功させたいわよね。

 オープンしてそろそろ半月くらいになるけれど。
 おかげさまで客足もよくて、順調にできているとは思う。

 とはいえ、問題点がないわけでもなくて。

 最初は、行列ができてしまったりお店の外で食べ始めてしまう人がいたりして。
 近隣の方々には随分とご迷惑をおかけしてしまった。

 でも、徐々に。
 混んでる時間を避けてくれるようになったお客さんもいるし、自警団の人たちが食べ歩きの規制――道端に座って食べるとか、常識外のことを取り締まるくらいだけど――をし始めてくれたようで。
 少しずつだけど、初期の問題点は解決してきているはずだ。

 それと、ハンバーガーがすごく人気になってしまって。
 いつ来ても買えない、という人が増えてしまったから。
 購入数を規制したり、十食までは予約を受け付ける方法に変えたりして、何とかみなさんのご要望に応えられるようにがんばっている。

 他にも、販売数を増やしてほしいとか、営業時間を長くしてほしいとかの要望はあるけれど、それは申し訳ないけど、今のところはお断りしているのよね。
 だって、そんなことしたら、商会の仕事に支障が出てしまう。

 ―――とはいうものの。
 実は、デュアル侯爵領の店舗は、ハンバーガーは常時販売だし。
 営業時間も長くて販売数だって限定されていなくて。
 商会主導で、従業員もシフト勤務なのよね。

 だから、ランドルのお弁当屋さんでだって出来ないことはないんだけど。
 そうしたら、わたしたちのお店じゃなくなるような気がして、なかなか踏ん切りがつかないのだ。

 そんな悩みもありながらも、今のところは当初の予定通りに営業している。

「嬢ちゃん、坊。弁当屋は大盛況だな。ギルドでも評判がいいぞ」
「マルコさん!バルスさん!いつもありがとうございます」

 ギルドの方々はすっかり常連になってくれて。
 笑顔で買って行ってくれるのを見ると、やっぱり自分たちでやりたいと思う。
 ほんと、悩ましいわよね。

「なあ、嬢ちゃん。もし、もしだ。予約したら、もっとたくさん作ってくれたり、ここにないメニューとかも作ってもらえたりするのか?」
「あ、やっぱり飽きちゃいました?」
「ああ、いや、そうじゃなくてな。今度、ギルドの会合があるんだよ。そん時の昼飯をな、頼めないかと思ってな」

 おお。なるほど。
 その会合がどのくらいの人数でどんな人が来るのかはわからないけれど。
 そのために、今お店で売ってる分を買い占められたら、確かに困るわね。

「リディ、事前にわかってたら対応できそう?」
「そうね。日付と人数と、できれば、食べたいものとかのご要望があれば、それに合わせて作ることはできると思うわ」
「おお!そうか!来月だからまだ先なんだが、できれば頼みたい。ちょっと考えておいてくれ」

 まさか、この世界でも仕出し弁当をオーダーされるとは思わなった。
 幕の内弁当とかのイレギュラーも考えておいたほうがいいかしら?
 家に帰ったら、ラディに相談ね。
 ―――これは、やらかしじゃないわよね?お弁当屋さんの範囲内だもの。

 なんて考えているうちにもお客さんは次々と来てくれて。
 本当にありがたいわよね。

「お嬢!弁当を買いに来たぞ!」
「ダンさん!わざわざ来てくださったんですか?ありがとうございます」

 今日は、なんだかお知り合いがよく来てくれる日だわ。
 漁師のダンさんはマリンダの海の側に住んでいるから、ここに来るのも大変だと思うのに。でも、こうやって来てくれて、すごく嬉しい。

「いや、ギルドに用があったからな。せっかくだから寄ってみたんだ」
「あら、そうだったんですね。この店のこと思い出してくれてうれしいですわ」
「かなり評判だって聞いてるぞ。マリンダにも出してくれりゃいいのに。あ、でも、ここほどは儲からないか」

 そこは言わないでおいたのに。
 正直、確かにマリンダではここまでの集客は見込めなかったとは思う。

「どれにします?」
「本当はハンバーガーってやつを食べてみたいんだけどな。家に着くまでに冷めちゃうからなあ。嫁もお嬢の料理を楽しみにしてるんだ。だから、二人分、適当に詰めてくれ」

 それは困った。こういうの、苦手なのよね。
 どれでもいい、って言われるのがすごく困る。

 ってことで、ラディをチラ見したら。
 ラディはサナちゃんをチラ見した。

「もう!おふたりとも、自分で作ってるんですからおススメを詰めちゃえばいいのにー。リディアさんとラディンベルさんのお知り合いさんなんですよね?え、漁師さんなんですか!それなら……」

 さすがサナちゃん。
 頼りになるわ。

 サナちゃんは接客も得意で、ダンさんが採ってる魚まで聞き出して。
 海老天や焼き鯖のおにぎりやフィッシュフライサンドを詰めていた。
 なるほど。そうね、採ったものを食べてもらうのもいいわよね。

 そうして、ダンさんも笑顔で買ってくれて。
 今日も用意した分が完売して、片付けたところで。

「ラディンベルさーん!なんか、中を見てる人がいるんですけど」
「え、そうなの?じゃあ、今日は閉店って伝えてくるよ」

 カレンちゃんからそう言われて。
 ラディが出て行こうとするのを見送ろうとして。
 わたしもその中を伺っている人を見て、驚いた。

 は?

「え、ちょ、ラディ!」
「リディ?どうしたの………………って、は?」

 ラディもわたしの視線の先がわかったようで、驚いていた。
 当然だ。

 ちょっと、これは大変なことになった。

「カレンちゃん、サナちゃん。ごめんね。あの人たち、お知り合いだわ。だから、今日はもう上がって大丈夫よ」
「あ、そうなんですね!」
「はーい!わかりました。お疲れさまでしたー!」

 追い出すようになってしまって申し訳なかったけれど。
 素直なふたりは、何も疑うことなく、いつものように元気に帰っていった。

 そうして、外にいた方をお店に招いたら。

「やあ!この間ぶりだね。来てしまったよ」
「………殿下。ご機嫌麗しく」
「すみません。止められませんでした……」

 やあ、じゃないし。来ちゃった、みたいに言わないでほしい。
 王太子殿下ともあろう方がこんなところで何してるんですか。
 爽やかに挨拶されても困るから。

 ここ、辺境のお弁当屋さんよ?
 あなたのような方がいらっしゃるところじゃないんですけれど。

 しかも、側近の方の様子を見ると、無理やり来たっぽいし。
 本当に何してるんですか?

「先日はありがとうございました。あの、今日はどうしてこちらに?」
「アンヌは来たんだよね?アンヌばかりずるいじゃないか」
「……………………………」

 え、そんな理由で?
 わたしもラディもさすがに言葉が出ない。

 いや、ほんとに。
 この国の王族ってどうしてこうフットワークが軽いのか。

「いや、まあ、それもそうなんだけど。実はね、この領に視察に来ているんだ。君たちが食品加工事業なんてものを始めたからさ、それを見に来たんだよ。それで、せっかくだからリディアのお店にも寄らせてもらったんだ」

 ああ、なるほど。視察のついででしたか。
 ここは王家直轄領だしね。
 よかった、本当に、妹の行動に嫉妬したとかじゃなくて。

 でも、せっかく来ていただいたけど。
 来るほどのお店でもないのが申し訳ないわ。

「そうでしたか……。わざわざありがとうございます。ただ、その、大変恐縮なのですが、本日は完売してしまいまして……」
「そうみたいだね。さすが評判の店だ。アンヌが持っていたのをうば……、貰って食べさせてもらったけど、本当においしかったよ。だから完売も当然だね」

 今、奪った、って言いそうになりました?

「ありがとうございます。そう言っていただけてうれしいですわ」
「うん。本当だよ。だから残念だけど、今日は私たちが来るのが遅かったのが悪かったんだし、お弁当は諦めるよ。ただ、相談があるんだ」

 王太子殿下からの相談。
 なんだろう。ちょっと怖いんですけど。

「君たちの家に行きたいんだよね」

 はい?

「殿下。さすがにご迷惑ですよ」
「もちろん今日ってわけじゃない。しばらくこの領にいるから、時間を作ってくれないかな?せっかくの機会だから、食品加工事業のことも含めて話を聞きたいじゃないか。それに、私だって平民の生活を知っておく必要があるだろう?」
「え、それ、我が家でやる必要あります?」

 あ、やばい。思わず突っ込んでしまった。
 すぐにラディに口をふさがれたけど。

「とんだご無礼を。誠に申し訳ありません」
「ははは!いいよ、それくらい。それよりも、ダメかな?」

 え、これ、断れる人いるの?
 王太子殿下からのお願い。相談じゃなくてお願いよね、これ。

 ―――――そうして、そこで断ることができなかったわたしたちは。

 両親やルイス伯父様、ミンスター卿に相談の手紙を書いたんだけど。
 よろしくね、がんばって、という返事が来ただけで。
 結局、王太子殿下御一行を我が家にお招きすることになった。

 そして、その当日は。

 各種魔道具設備に感心していただいたり。
 バスケットゴールを目敏く見つけられて。
 側近や護衛の方が止めるのも構わずバスケをしたり。
 海鮮料理が食べたいという殿下に。
 エビマヨやイカチリ、海鮮中華炒めなんかをごちそうしたり。
 ―――この日はいいお魚が手に入らなかったから海老や烏賊で何とかした。
 護衛方に作ったピザやフライを殿下がつまみ食いしたりして。

 そんな、なんだかよくわからない接待をした。

 でも、食品加工事業の話は面白かったわ。
 わたしたちは、マリンダとか、この辺のことを中心に考えてしまうけれど。
 殿下はそういうわけにもいかないものね。
 国の発展のためにいいところは広めるし、ジング王国との技術提携の話もあるらしくて、そのあたりは真剣に聞いてしまった。

 それで、うっかり、練り製品とか鰹節とかの話をしてしまって。
 全然自重できてなくて、ラディが、やっちゃったね、って顔をしてきたり。
 まあ、いろいろあったけど、粗相はしなかったと思う。

 ただ、後日アンヌ様から、お兄様ばかりずるい!という手紙が来てしまった。
 いや、あれ、平民からしたら断われないから。ほぼ命令だから。
 どうかアンヌ様は突撃しないでくださいね?
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