久野市さんは忍びたい

白い彗星

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第一章 現代くノ一、ただいま参上です!

第15話 主様、お背中……お流ししますね

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「はぁ~、生き返る~」

 ザバッ、と湯に浸かり、俺ははぁっとため息を漏らす。うーん、仕事終わりの風呂は効くなぁ。というか、湯船自体が久しぶりだ。
 それに、今日はいろんな意味で疲れたから、余計に疲れが取れていくようだ。

 あの後湯を入れる様子を、久野市さんは「おぉー」と言いながら見つめていた。ただボタン押しただけなんだけどな。
 自動運転で湯が入れられていく様子は、久野市さんにとっては面白かったらしい。ずっと見ていたからな。


『す、すごっ……どこから、お湯が出てきているんですか!? いや、そもそもなんでもうお湯になってるんですか!? 水は、どこから来てどこであたためているんですか!?』


 そのはしゃぎようったら、まるでおもちゃを前にした子供のようだった。ただ、仕組みを聞かれても俺にはよくわからないから適当にはぐらかしたけど。
 湯が張られたところで、俺は久野市さんに入浴を勧めたのだが……


『いえ、主様より先に入浴するなど、あってはなりません! どうぞ、お先に!』

『いや、でも女の子だし、その……風呂とか真っ先に入りたいもんじゃないの?』

『確かにお風呂は好きですが、それでも主様が先です!』


 と、数分ほどのやり取り。頑なに譲ろうとしないので、仕方なく俺が先に入ったわけだ。
 まあ、そもそもの話で言えば、久野市さんを風呂に入れる必要すらないんだけど……

 ……そういえば、俺はなんで湯を張ったのだろう。いつもなら、シャワーで済ませるところだ。
 一人だと、湯を入れる手間と金がもったいない。シャワーだけで済ませたほうが、水道代が安くつく。
 なのに、俺は当然のように、湯船を入れた。

「話の流れでそうなっただけか……いや、やっぱり久野市さんにも、入ってもらおうとしてたのか」

 俺には関係ないことだと思いつつ、しっかり気になっていたというわけか。外で寝泊まりさせてしまったことを。それに、今夜部屋に泊めるならきれいになってほしいしな。
 ただ、一週間も外で寝泊まりしていたにしては、そんなにくさいとは感じなかったな。

 さっき、抱きつかれたときだって……むしろ、女の子のいいにおいが……

「いやいや、なに思い出してんだキモいだろ俺。そういうんじゃなくて……」

「主様ー」

「ひゃい!?」

 邪心を払うべく首を振っていたが、外から聞こえた声に反射的に、変な声を出してしまった。しかし、これは仕方ないと思う。
 風呂場にいないはずの、久野市さんの声が、聞こえてきたのだから。またも反射的に声のした方へ顔を向けると……

 風呂場の扉は、すりガラスになっている。これは、このアパートの部屋だけじゃなく、ほとんどの家の風呂場はそうではないだろうか。
 すりガラスになっているため、その向こうになにかがあるのがわかる。それは、人影だ。

 つまり、なにかがあるのではなく誰かがいる。それは、声の主、久野市さんだとわかる。
 彼女が……年の近い女の子が、風呂場のすぐ外にいる、ということになる。

「なな、なんだ!?」

「いえ、お湯加減はいかがかなと思いまして。
 って、機械仕掛けのお湯がちゃんと温度を調整してくれるようなので、心配いらないとは思ったのですが」

「あ、はは……」

 外にいるとはわかっていても、体が縮こまってしまう。そりゃそうだろう。
 扉一枚隔てた向こうに、女の子がいるのだ。これで緊張しないほうがどうかしている。

 ……まさか、この展開は……!

『主様、お背中……お流ししますね』

 ……という感じで、風呂場に突入してくるパターン!? ラブコメでよくあるパターンなのでは!?
 いやいやそんなのフィクションの中だけだろないない、とは思いつつ、一度考えてしまうとその考えが振り払えない。

 扉の向こうの人影は、動く。縦に伸びた……ってことは、しゃがんでいたか座っていたのが、立ち上がったんだな。
 その人影の一挙手一投足から、目を離さないようにして……俺は……

「では、ごゆっくりおくつろぎください」

 盛大に、ズッコケた。まあ湯船の中なので、正確には心の中でズッコケた、だが。
 いや別に、期待していたわけじゃないし? そういう可能性がなくもないかなと、思っただけだし? まあありえないよねって思っていたし?

 なんか自分の中で虚しさを覚えながら、湯船から出て、髪と体を洗う。それを、湯で流す。
 その後再び湯船に浸かる……はぁー、やっぱり気持ちいい。極楽極楽。

 せっかく湯を張ったのだから、堪能しないともったいない。俺はいつもより、風呂の時間が長かった。多分、村で暮らしていたときよりも。
 さっぱりし、風呂から上がると、用意していた服に着替えて……部屋へ戻る。

「次、久野市さんどうぞ」

「え? わ、私はその……やっぱり、遠慮しようかなって……こ、怖いですし」

「せっかく湯を溜めたんだから、久野市さんに入ってもらわないと俺が困る。あと怖くない」

 初めてだよ、風呂を怖いなんて言った人は。
 まあ、機械仕掛けの風呂場に戸惑っていたから、なにか未知のものを相手にしている気分なんだろう。てか実際未知だし。

 とはいえ、今言ったように、せっかく湯を溜めたのだから入ってもらわないと、水道代が無駄になる。一人ならシャワーで済ませてたわけだし。

「こ、困る……主様が、困る……
 わ、わかりました!」

 どうやら、俺が困る、という言葉が彼女に決意をさせたらしい。
 それはいいんだけど、風呂入るだけでそんな神妙な顔にならんでも。

 ただ……着替えを、どうするかだよな。見た感じ、そんなもの持ってない。
 そもそも、初めて会ったときも追い出したときも、再会したときも……この子、なにも持ってなかったんだけど。

 手ぶらでここまで来た……ってことじゃ、ないよね。少なくともクナイは持っていたけど……
 まさか、手ぶらで公園で寝泊まりしたのか……? 一週間も? できるもんなのか……?

「……とりあえず、着替えは俺の服適当に貸すから。あと、ボディソープやシャンプーもどれがどれだか教えるから」

「はーい!」
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