久野市さんは忍びたい

白い彗星

文字の大きさ
14 / 84
第一章 現代くノ一、ただいま参上です!

第14話 近くの公園で寝泊まりしてましたよ?

しおりを挟む


 はぁああ……嫌われたかなぁ。バカって言われたしなぁ。まさか、桃井さんにそんなこと言われるだなんて、考えたこともなかった。
 なんかすげーきついぞこれ。

 ……と、なにかが引っかかった。それは、直前の台詞の中にある。

「……ん? なぁ、今なんて言った? 桃井さんが泣いてたって……」

「主様、ばいとーお疲れ様でした! ささ、お風呂に入ってください!」

 さっき桃井さんが言った言葉が気にかかったので、それを聞こうとするが、それは最後まで言えなかった。
 ……いや、聞き違いだろうか。あの状況で、桃井さんが泣いていただなんて。

 まあ、今は……いくら考えても仕方ない。次に桃井さんに会った時、全力で誤解を解こう。別に、遺産の話とかも隠しておく必要はないし、必要なら話すさ。信じてもらえるかはともかく。
 とりあえずは、風呂、か。

「もしかして風呂、入れといてくれたの? ありがと。でもよくわかったね、初めて見ただろうに……」

「? 入れてませんよ」

「……」

 なに言ってんだこいつ……と言わんばかりに、久野市さんは首を傾げていた。
 いや、なに言ってんだこいつは俺の気持ちなんだけどな。

 え、入れてないの? そりゃ俺だって、留守を任せただけで風呂入れてくれとは言ってないけどさ……今、言ったじゃん。お風呂に入ってくださいって、言ったじゃん。
 それって、お風呂入れたから入ってくださいって意味なんじゃないの?

 そんな俺の疑問が通じたのかはわからないが、久野市さんは答える。

「すみません、お風呂場らしき場所はわかったのですが、かまどではないですし、水場も近くになく。水道を使うのかとも思ったのですが、村では近くの水場から水を汲んできていたので……
 それに、お風呂場にはなんだか、押すところがいっぱいあって、よくわからなくて」

「……」

 きょとんとした久野市さんの言葉に、俺は軽くため息を漏らす。本人に、悪気はないのだ。それに、気持ちはわかる。
 ずっと村で暮らしてきた俺も、都会のハイテク機械に面食らったもんだ。事前にこういうものだと聞いてはいたが、実際に見てみるとやっぱりわからなくなった。

 暮らしていた村は、まあ田舎も田舎で……お風呂は、今彼女が言ったようにかまど。さらに、近くの水場から水を汲んできて、それを沸かすという方法で湯を張っていた。
 この都会で、そんな方法はもちろんない。お風呂は機械式で、ボタン一つで湯を張ってくれるハイテク機能だ。

 だが、そんなこと久野市さんにわかるはずもなく……結果として、なにもできなくなってしまったわけだ。
 それと同時に、気になることが出てきた。

「……いや、そういや聞くの忘れてたんだけどさ。この一週間、どこでどう暮らしてたのさ。寝床とか、風呂場とか」

 一週間前、家までやって来たこの子を、俺は追い出した。そして、一週間経った今日、またここに現れた。
 忘れていた……というか気にする必要もなかったのだが、さすがに気になってしまったのだ。

 どこか、ホテル……はお高いにしても、ネカフェとか泊まれる場所はある。
 場所によってはシャワー付きのところもあるらしいし、そういうところを利用したのならば多少は、機械云々に詳しくなっててもおかしくはないが……

 なぜだか、とたんに嫌な予感がして。

「この一週間、近くの公園で寝泊まりしてましたよ?」

 ……久野市さんは、きょとんとした顔で、当たり前のように、そう言った。

「……え?」

「ですから、近くの公園に。あ、水飲み場はありましたので、助かりました。食べ物はなくともひと月以上は凌げますが、さすがに水がなければ……」

「えぇええええ!?」

 予想もしていなかった発言。俺は、今が夜だということも忘れて声を上げてしまい、とっさに押さえる。ご近所さん迷惑に、なっていないだろうか。
 ……嘘は、ついてないっぽい、けど……

 それが本当だとして……えぇ、一週間公園で寝泊まり……えぇ……

「てことは俺、女の子を追い出して、公園で寝泊まりさせたクソ野郎ってことなのでは……」

「主様? おーい、主様ー?」

 たまらず、うなだれる。なんてことだ……いや、まさかそんなことになってるとは、思わないじゃん?
 事情を知らなかったとはいえ、俺は女の子になんてことを……!

 ただ、この子、一週間外泊……と言っていいのかわからないけど……していたわりに、平気そうな顔をしているんだよな。なにか問題でもありますか、と言わんばかりの。
 この子にとって、外で寝て過ごすのはたいした苦じゃないってことか?

「まあ、私のことはどうでもいいんです。ささ、主様、お風呂どうぞ」

「……すぐ入れるもんでもないから、まず湯を張らないとな」

「どうやってです?」

 ていうかこの子、一週間公園生活ってそれこそ風呂とか……いや、考えるのはよそう。
 ああもう、考えるの面倒くさい、風呂だ風呂。それに、もうこんな時間だし……

 あんな話を聞いては、せめて今日はこの子をここに置いておくしかないじゃないか。これから追い出すわけにもいかないし、それがなくてもメシ作ってくれた相手を無下にはできないし。
 今夜は、久野市さんを部屋に泊めることにして……

 ……いやそれはそれで、まずくないか?
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】イケメンが邪魔して本命に告白できません

竹柏凪紗
青春
高校の入学式、芸能コースに通うアイドルでイケメンの如月風磨が普通科で目立たない最上碧衣の教室にやってきた。女子たちがキャーキャー騒ぐなか、風磨は碧衣の肩を抱き寄せ「お前、今日から俺の女な」と宣言する。その真意とウソつきたちによって複雑になっていく2人の結末とは──

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。

四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……? どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、 「私と同棲してください!」 「要求が増えてますよ!」 意味のわからない同棲宣言をされてしまう。 とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。 中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。 無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

処理中です...